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遺産の銘と飛竜の襲来

 レバンティスの街をぐるりと取り囲む城壁。その城壁の上を、多くの兵士が忙しなく行き交う。

 兵士たちは数人ずつに分かれ、城壁の上に設置された幾つもの大型の弩に取り付き、その整備や準備を行っている。

 そして、城壁に存在するのは兵士だけではない。

 兵士のように統一された武具ではなく、思い思いの装備で身を固めた者たち。もちろん、それは魔獣狩りたちだ。

 レバンティスを拠点とする魔獣狩りの中で、上位に属する腕利きたち。この場にいるのは、そんな腕利きたちの中でも射撃攻撃を得意とする者たちばかり。

 彼らもまた城壁の上で、己の得意とする弓や石弓の調整をしたり、矢の鏃を研いだりと最後の調整に勤しんでいた。

 この城壁こそが、間もなくやってくるだろう飛竜に対する文字通りの防衛線であり、防衛拠点でもある。

 腕利きの魔獣狩りたちの中でも近接戦闘を得意とする者たちは、街の各地に他の兵士や騎士と共に配置され、飛竜が城壁の守りを突破して街の中まで到達した時に備えていた。

 だが、もしも飛竜に城壁を突破されれば、地上にいる彼らでは空を飛ぶ飛竜に対して取れる手段はほとんどないだろう。

 まさに、城壁こそが最終防衛線。その最終防衛線である城壁の上に、辰巳とカルセドニア、そしてジャドックとミルイルの姿があった。




 辰巳たちの眼前には、広大な平原が広がっている。

 それはレバンティスの街の周囲に存在する平原で、普段ならばここは農地として利用されている場所だ。

 現に今でも各農地には作物が植えられたままになっており、遠目にも緑の作物たちが見て取れる。だが、そこに作物を手入れする者の姿はない。

 平時ならば農業に勤しむ者たちも、今は城壁の内側に避難している。そして彼らの代わりに、数十頭の豚たちが農地の一点に集められていた。

「…………あれがこっちの世界の豚か。初めて見たなぁ」

 城壁の上から豚たちの姿を眺め、辰巳は誰にも聞こえないように呟いた。

 こちらの世界で「豚」と呼ばれている生物。それは辰巳のよく知る豚ではなかった。

 その姿はどちらかと言うとネズミに近い。だが大きさは辰巳の知る豚よりも大きいぐらいだ。

「……まるでカピバラだな。いや、カピバラよりも大きいか」

 辰巳の言うように、その姿はカピバラにやや似ている。そして、このカピバラモドキの豚こそが、ラルゴフィーリ王国では主な食肉として流通しているのだ。

 ちなみに、ラルゴフィーリ王国では牛に該当する生物は存在しないらしい。

 城壁からやや離れた所に集められている豚たち。それはもちろん、飛竜に対する囮である。

 囮の豚たちに飛竜が襲いかかったところを、城壁の上から弓や魔法、そして大型の弩で狙い撃とうというのが、今回の作戦の第一段階なのであった。

「……これで仕留められればいいんだけどねぇ」

 辰巳の傍らに立ち、彼と同じように豚たちを眺めていたジャドックが呟く。

 その彼の手には、彼の身長ほどもある大きな長弓が握られていた。この長弓こそが、ジュセッペ秘蔵の魔封具であり、「リュルンの強弓」と呼ばれる逸品である。

 リュルンの強弓はその名の通り、常人では引くこともできない強力な弓だ。だが、人間の倍の腕を持ち、膂力に優れるシェイドのジャドックは、この強弓を見事に引いて見せた。

 二本の腕で弓を構え、残る二本の腕で弦を引く。ジャドックの筋力を以てして、初めて引くことのできる強弓である。そこから撃ち出される矢は、飛竜の強靭な外殻でさえ貫くだろう。

 しかも、この強弓に用いられる矢は金属製の特別なもの。この特別製の矢もまた、リュルンの強弓でなければ射ることができないシロモノである。

 今回、ミルイルはジャドックの補佐に専念することになっている。得意の得物が槍であり、また、魔法も近接攻撃型の彼女は、飛竜とはとことん相性が悪いのだ。

 ミルイルの腰や背中に装備した矢筒には、リュルンの強弓専用の金属製の矢がしっかりと収められている。

「まあ、第一陣が失敗したその時は、タツミにがんばってもらうからな!」

 そう言って辰巳の背中をばしんと叩いたのは、誰あろうブガランクであった。

 太陽神の最高司祭である彼がこの場にいるのは、辰巳の補助のためである。こう見えて、実は彼はカルセドニアと肩を並べるほどの回復魔法の使い手なのだ。

「ところで、タツミ。『アマリリス』は実戦で使えそうか?」

 ブガランクのいう『アマリリス』とは、辰巳の右腕に装備されている《大魔道師》の遺産のこと。なぜか、《大魔道師》の遺産には『アマリリス』という不似合いな銘が与えられていた。




 辰巳たちが城壁の上で飛竜を待ち構えている一日ほど前。

 太陽神ゴライバの神殿に安置されていた、ティエート・ザムイの遺産。辰巳はその遺産を転移を用いることで装備することに成功した。

 そして、辰巳が《大魔道師》の遺産を装備した瞬間、それまで遺産の籠手に幾重にも巻き付いていた朱金の鎖は、しゃらんという心地よい音と共に弾けるように解け、辰巳の足元に小さな金色の海を作り出した。

「なるほどな。転移を使って直接装備する、か。ネタが分かれば実に簡単な結論だ」

「じゃが、逆に言えば転移を使わねば装備することはできんわけじゃ。確かにこれではティエート・ザムイが亡くなった後、誰にも使えなんだのも道理じゃな。して、どうじゃな婿殿? 鎖は見事に解けたようじゃが、その遺産はおぬしに他に何か語りかけてきたか?」

 ジュゼッペは、右手に装備した《大魔道師》の遺産にじっと目を向けている辰巳に問う。

 もちろん、右手に装備した籠手が何か発言するわけではない。ジュゼッペが問うているのは、実際に装備したことでこの遺産についての知識が得られたのかを尋ねているのだ。

「……はい。籠手を装備した瞬間、確かに自分の中に流れ込んできたものがあります。ですが……それはこの籠手の具体的な使い方ではありませんでした」

「ほう? では、何が分かったんじゃな?」

 辰巳はちょっと困ったような表情を浮かべた。

「それが────この武器の銘なんですよ」

「銘……とな?」

「そいつは《大魔道師》が愛用したものだ。銘ぐらいあっても不思議じゃねえわな。で? どんな銘なんだ?」

 太陽神の最高司祭から尋ねられて、辰巳の困惑は更に大きくなった。だが、ここで自分が知った銘を明かさないわけにはいかない。

「…………あ、『アマリリス』……らしいです」

「ほうほう、『あまりりす』とな? 何やら可憐な響きじゃが、聞き覚えのない言葉じゃな」

「爺ぃの言う通りだな。しかし、その『あまりりす』って何か意味がある言葉なのか?」

 どうやらジュゼッペもブガランクも、「アマリリス」という言葉に心当たりがないらしい。

 見れば義兄のレイルークも首を傾げている。そのことから、この世界にはアマリリスという植物は存在しないのだろう。ひょっとすると、存在はしていても別の名前で呼ばれているかだ。

 そして、その事実がとあることを辰巳に推測させた。

──もしかして……先代の〈天〉の魔法使い、ティエート・ザムイは……俺と同じ世界から来たんじゃないのか?

 それが辰巳の推測である。または、エルのようにかつて地球世界にいたことのある人物なのかもしれない。

 他にも疑問はある。なぜティエート・ザムイは、『アマリリス』という銘をこの遺産に与えたのだろうか。

 何らかの意味があるのか。それとも、ただ単に思いついた名を銘としただけなのか。もしかして、アマリリスの花に強い思い入れでもあったのだろうか。

 だが、今はそれらのことを追求している時ではない。

 現時点で最も重要なのは、間近に迫っている飛竜を撃退できるかどうかだ。『アマリリス』とそれに纏わるティエート・ザムイに関する疑問は、後日ジュゼッペと相談すればいいだろう。

 辰巳はそう思い、改めて右手に装着した『アマリリス』へと意識を集中させてみる。

 だが、それ以上の知識は『アマリリス』から得られることはなかった。




 ブガランクに『アマリリス』が使えそうかと尋ねられた辰巳は、己の右手に視線を向ける。

 今、『アマリリス』には再びあの細い鎖が巻き付いている。

 一度は解けた鎖だが、今では再び籠手に巻き付いていた。それもまた、一日前に起こった出来事だ。

「……他には……具体的な使い方は何も……」

 『アマリリス』から得られた知識は他にはなく、辰巳は落胆の表情を浮かべながらジュゼッペたちに告げた。

「そうか……じゃが、その鎖はただ単に封印のためにあったわけではなさそうじゃの」

 ジュゼッペは、辰巳の足元でわだかまっている細い鎖へと目を向けている。

 籠手から解けた鎖は、完全に籠手から離れたわけではない。鎖の端の片方は、籠手の一部に繋がったままなのだ。

「もしもその鎖が封印のためのものであれば、解けた時に完全に籠手から離れると儂は思うんじゃよ。じゃが、鎖の一端は依然として籠手と繋がっておる。これには意味があって然るべきじゃろ」

「ということは、やっぱりこっちの鎖の方が武器なんでしょうか?」

 辰巳は足元にわだかまっている鎖を、順に手繰り寄せてみる。

 鎖はしゃらしゃらと心地よい音色を奏でながら、するすると辰巳の手の中を移動していく。その長さはざっと7メートルから8メートルほどだろうか。

 そして、鎖の一端──籠手と接続されていない側──には、円錐形の重り(アンカー)らしきものがあった。

「そんなものが付いているってことは、やっぱりこの鎖には何か意味があるな」

 ブガランクが辰巳の手元を覗き込む。重りの大きさは辰巳の人差し指ほど。太さも丁度それぐらいだ。

「重りがあるってことは、振り回して使うんですかね?」

 そう言う辰巳の脳裏には、時代劇などに登場する鎖分銅が浮かび上がっていた。鎌の柄の先などに取り付けられ、ぐるぐると回転させながら使うあれだ。

 もちろん、辰巳の知る鎖分銅に比べると鎖はかなり細いし、先端の重りもかなり小さい。それに何より鎖が長すぎる。

 7、8メートルもある長さを、この小さな重り一つで振り回すのはかなり難しいだろう。

「何にせよ、この狭い部屋の中でその鎖を振り回すわけにもいくまいて。まずは広い場所に移動してからあれこれ考えんかの?」

 ジュゼッペの言うことももっともだ。辰巳たちは、彼の言う通りに別の場所に移動することにした。

「……このまま鎖をずるずると引き摺っていくわけにもいかないよな」

 いくら細いとはいえ、この長さは移動の邪魔以外のなにものでもない。

──とりあえず、もう一度籠手に巻き付けておこうか。

 そうすれば移動の邪魔にもなるまいと辰巳が考えた時。突然鎖がするすると勝手に動き出し、あっと言う間に再び籠手に巻き付いた。

「…………おぬし、一体何をしよった?」

 ジュゼッペが鋭い視線を『アマリリス』へと向ける中、辰巳は引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。




 その後にあれこれと確かめてみて、この朱金の鎖の解除と巻き付きは、辰巳の思考によって行えることが判明した。

 とはいえ、それは単に鎖を解除するか巻き付けるかが可能なだけ。特に隠された魔法が分かったとか、何らかの特殊能力が判明したわけではない。

 ちなみに、辰巳の転移によってジュゼッペやフガランク、そしてレイルークの腕にも装着してみたが、辰巳が得た以上の知識はなく──辰巳以外には遺産の銘さえ分からなかった──、鎖を操作することもできなかった。

 そのことから、この遺産はやはり〈天〉の魔力に反応するのではないか、というのがジュゼッペやフガランクの辿り着いた結論である。

 結局、それ以上のことは何も判明せず、『アマリリス』はそのまま辰巳が持ち帰ることとなった。

 ある程度とは言え現状では辰巳だけが操作可能であり、このまま彼が使うことで、何らかの秘められた能力が明らかになるかもしれない。

 それが二人の最高司祭の判断であり、これに異を唱える者は誰もいなかったのだ。

 その後、家に帰った辰巳はカルセドニアともあれこれと相談したり試したりしたが、新たな発見はなく本日に至ったのである。




 辰巳が昨日の出来事を思い返していた時、それは起こった。

「き、来たぞっ!! 飛竜だっ!!」

 城壁の各所に建てられた見張り塔の上から、遂に飛竜接近を告げる声がした。

 城壁の上にいた兵士や騎士、そして魔獣狩りたちは、それまで動かしていた手を止めて一斉に見張りが指差す方向へと目を凝らす。

 辰巳たちもそちらへと目を向ければ、青い空に小さな黒点が確かに見えた。しかも、その黒点は見る間に大きくなっていく。

「どうやら、おいでなすったようだぜ」

 ブガランクがにぃと好戦的な笑みを浮かべ、左の掌に右の拳を打ち付けた。

「各員! 攻撃用意!」

 辰巳の耳に響いてきたのは、彼の義兄の一人であるタウロードの声。タウロードは国王よりこの場の総指揮官として任命され、現在は見張り塔の上に陣取って指示を飛ばしていた。

 そのタウロードの声に従い、兵士や魔獣狩りたちが定められた持ち場へと駆け寄り、それぞれ攻撃の用意をする。

 そうしている間にも飛竜はどんどんと近づいており、とうとうその姿を見て取れるところまで近寄って来ていた。

 辰巳の目にも、飛竜の姿は映っている。

 その全体は黒くて強靭そうな外殻に覆われ、二対四枚の透明な羽根は極めて巨大だ。

 身体は全体に細長く、全長の半分以上が尻尾のようにも見える。だが、その全長は優に10メートルを超えていて、もしかすると15メートルさえ超えているかもしれない。

 巨体に比して六本の足が小さく細いのは、それだけ飛竜という生物が飛ぶことに特化しているからだろうか。

 身体に比べると頭部はそれほど大きくはない。だが、その頭部の殆どは巨大な眼だった。

 本来ならば他の色彩を宿すその眼は、今は禍々しい赤に染められている。

「あ、あれが……飛竜……?」

「はい。『空の王者』、『天空の覇者』……空においては敵なしと言われる、この世界でも最強の一角を占める魔獣です」

 辰巳の隣に立つカルセドニアの表情と声は固い。それだけ、飛竜が恐ろしい相手ということだろう。

 知らず、カルセドニアは愛する夫の手を握り締めていた。彼女にとってもやはり飛竜は強敵なのである。

 だが。

 だが、そんなカルセドニアの様子さえも気づかず、辰巳はぽかんとした表情で飛竜をじっと見つめていた。

 なぜなら、どんどんと近づいてくる飛竜が、彼が想像していたようなものではなく、それどころか彼がよく知る別の生物そっくりだったからだ。

「あ……あれが……飛竜……?」

 再び呟く辰巳。その顔には、信じられないといった表情が浮かんでいる。

 それもそのはず。なぜなら────




「……………………………………………………と、トンボ?」

 初めて目にした飛竜の姿は、大きさは違えども辰巳が知るトンボそっくりだったのだから。


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