伝説の武器
ジュゼッペが辰巳を伴って神殿の外に出ると、既に一台の馬車が彼らを待っていた。
馬車の横腹に刻まれているのは、間違いなく太陽神の聖印。どうやらゴライバ神殿からの迎えのようだ。
そして、神殿から出た彼らの姿を確認したのか、馬車の扉が開くと中から一人の男性が姿を現した。
「お? レイルークではないか」
「レイルーク義兄さん……?」
「おう、親父とタツミ。待っていたぜ」
馬車から現れた鎧姿の三十歳ぐらいの男性は、にこやかな笑顔と共にしゅたっと片手を上げて辰巳たちに告げた。
彼はレイルーク・クリソプレーズ。ジュゼッペの三男にして、太陽神ゴライバの神官戦士でもある人物だ。
「おぬしが迎えに来たのか?」
「まあな。ウチの大将から、親父とタツミを迎えに行くのならば、身内の俺の方が都合が良かろうって言われてな」
と、人好きのする笑顔を浮かべながらレイルークは言う。
確かに辰巳としても、迎えに来た人物が見知った相手であった方が気楽である。実際、太陽神の神殿に初めて向かうこともあって、いささか緊張していたのだ。
「我らが最高司祭様がお待ちかねだ。早速、太陽神の神殿に向かおうぜ?」
レイルークはちょっと芝居がかった仕草で馬車を指し示す。
慣れた様子で馬車に乗り込むジュゼッペに続き、辰巳はレイルークににこりと笑顔を向けてから、ジュゼッペの後に続いて馬車へと乗り込んだ。
がたごとと揺れる馬車の中から、辰巳は街の様子を眺めていた。
やはり、街中には兵士の姿が目立つ。逆に、魔獣狩りの姿は普段よりも少ないように感じる。
さすがに相手が飛竜ともなると、並の魔獣狩りでは相手にならない。そのため、飛竜の迎撃に参加するのは魔獣狩りの中でも上位に属する者たちだけなのだろう。
街中で見かける兵士たちも、その表情はどこか強張っているように見える。
住民たちも忙しそうに行き来しており、荷車に家財道具を積んで通り過ぎる者も数多い。
「街にも飛竜襲来の報は出してあるからの。兵の誘導に従って、街の住民たちも順に避難しておる」
もちろん、中には頑なに街に残る決意をする者たちもいた。彼らは板などで家を補強し、その中に立て籠もって騒動が終わるのを待つのだろう。
そんな者たちのほとんどは、この街に愛着があって敢えてここから離れない者たちだ。
「これだけは忘れるでないぞ、レイルークに婿殿。我らは民たちの命運も背負っておる。我らが飛竜に破れれば、飛竜はその牙を民たちに向けるじゃろう」
真剣な表情でそう告げるジュゼッペの顔を、辰巳は無言で見つめながら頷いた。
馬車の中で辰巳の対面に座っているレイルークも、いつものように笑顔を浮かべたままだが、その目には真剣な光が浮かんでいる。
そう。自分たちが背負っているのは、この街の住民たちの命や財産なのだ。もしも自分たちが飛竜の迎撃に失敗すれば、レバンティスの街に及ぶ被害はとても大きなものになるのは間違いない。
自分たちの役目の重大さに、辰巳は決意を新たにする。
そして、辰巳たちを乗せた馬車の前方に、太陽神ゴライバの巨大な神殿が徐々に迫って来た。
太陽神の神殿の正面の出入り口へと横付けされた馬車。
辰巳とジュゼッペがその馬車から降りると、神殿の正面の扉の前に一人の男性が立っていた。
見た目の年齢は辰巳の隣にいるレイルークより若干上、つまり三十代半ばほどだろうか。
上背のあるがっしりした体格を、ジュゼッペに負けず劣らずな煌びやかな法衣で包んでいる。その法衣を見て、辰巳は一人立っている男性が誰なのか、おおよその見当をつけることができた。
「もしかして、あの人が……」
「その通り。あの方こそがウチの大将……ゴライバ教団の最高司祭、ブガランク・イシュカン様だ」
辰巳の口から零れた呟きを聞き取ったレイルークが、その男の身分を説明する。
立っていた男──ブガランク・イシュカンは、辰巳の姿を認めると気負った風もなくつかつかと歩み寄って来た。
「……おまえさんが噂の〈天〉の魔法使い……タツミ・ヤマガタか?」
「は、はい……お、俺が辰巳ですが……」
辰巳よりもブガランクの方が身長が高いため、彼はやや腰を屈めて辰巳と視線の高さを合わせる。と、それまで厳めしかったその顔を、笑みの形へと崩した。
「ようやく会えたな! そうか、おまえさんがタツミか。ははは、思っていたよりも小さいな!」
ブガランクは無遠慮に辰巳の肩をばんばんと叩く。彼の手が肩に振り下ろされる度、無視できない痛みが走って辰巳は思わず顔を顰めた。
「大将、それぐらいにしといてくださいや。あまりタツミをいじめると、ウチの義妹が殴り込んで来ますぜ?」
「おう、それは困るな。高名な《聖女》様に殴り込まれたら、ウチの神殿の評判が下がっちまうからな!」
がははと豪快に笑うブガランク。彼は一頻り笑った後、悪びれた風もなく辰巳とジュゼッペを神殿の中へと案内した。
「なあ、タツミ。おまえさんがここに呼ばれた理由……もう分かっているよな?」
客人である辰巳とジュゼッペを先導して神殿の廊下を歩きながら、ブガランクは振り返ることもなく辰巳に尋ねた。
「はい、おおよそは……この神殿に安置されているという、先代の〈天〉の武器について……じゃないですか?」
「ご名答。おまえさんも知っての通り、この街は今危機に直面している。使える物は何でも使わないと、ってのが正直な現状であり、俺たちの考えなわけだ」
先代の〈天〉……ティエート・ザムイが残した武器は、彼の死後、誰にも使うことができなかったと言われている。
《大魔道師》ティエート・ザムイには家族はなく、彼の遺産は当時数人いた弟子たちに引き継がれた。
当然《大魔道師》が愛用した武器も弟子の一人が受け継いだのだが、結局その弟子には使うことができなかったらしい。
──儂の死後、儂の遺産は自由にするがいい。だが、自分で使えぬ物があれば素直に使える者へと譲れ。使える者がいなければ、使える者が現れるまでどこぞの神殿にでも預けておけ──
それが《大魔道師》の遺言であり、弟子はその遺言に素直に従った。
弟子が受け継いだ武器を収める先として選んだ神殿は太陽神ゴライバのもの。戦神としての側面を持つ彼の神ならば、武器を預けるのに適していると考えたからだろう。
「……それ以後、その武器を扱える者が現れることはなく、ずっとウチの神殿に安置されているってわけだ」
「ですが……同じ〈天〉だからと言っても、俺に使えるかどうかは分かりませんよ?」
「だから、今から試してみるんじゃねえか」
肩越しに振り返ったブガランクは、にやりと笑う。そして、神殿の奥まった部屋の前で足を止めた。
「ここだ。この部屋の中に、ティエート・ザムイが残した武器がある」
ブガランクは懐から装飾の施された小さな鍵を取り出すと、扉にある鍵穴へと差し込んだ。
がちゃん。
小さな解錠のその音が、辰巳には異様に大きく聞こえた。
その部屋は小さな部屋だった。
大きさとしては、辰巳とカルセドニアが暮らす家の居間よりもやや狭いぐらいか。
部屋の中に装飾は一切なく、ただただ、部屋の中央に小さな台座があるばかり。そして、その台座の上に、ティエート・ザムイが遺した武器はあった。
意識せず息を飲みながら、辰巳は部屋の中へと足を踏み入れる。
今、その部屋にいるのは辰巳を含めて四人。太陽神と豊穣神のそれぞれの最高司祭と、太陽神の神官戦士であるレイルーク、そして辰巳である。
三人が無言で見守る中、辰巳は台座へとゆっくり近づいていく。そして、台座の前まで来た辰巳は、その上に置かれている武器を見て────思わずぽかんとした表情を浮かべてしまった。
「え、えっと……これが伝説の『武器』……ですか?」
困ったような表情で、辰巳は背後を振り返って問う。
「如何にも。それが《大魔道師》が遺した『武器』だ」
ブガランクがにやりと笑う。
「どうじゃな、婿殿。おぬしに使えそうかの?」
そう言うジュゼッペもどこか楽しそうだ。この場合の「楽しさ」は間違いなく悪戯が成功した時の「楽しさ」に違いない。
「あー、その様子じゃこの部屋に置かれている物のこと、親父から詳しく聞かされていなかったな?」
義兄であるレイルークは、二人の最高司祭とは違って哀れみの視線を辰巳に投げかけていた。
「た、確かにジュゼッペさんからは、『見た方が早い』って言われて……詳しい説明は聞かされていませんけど……」
辰巳は視線を移動させて、再び台座の上に置かれている「武器」へと目を向けた。
そこにある物は。
赤味のかかった金色の細い鎖がぐるぐると幾重にも巻き付いた、とある物体。辰巳にもそれが何に用いるものなのかは、一目で判断できる。だが、それはとてもではないが「武器」には見えない。
もしかして、この巻き付いている鎖の方が武器なのか?
思わずそんなことを考えるが、鎖の太さは女性の首飾りにでも使えるような、細くて繊細なもの。普通に考えれば、武器として使用できるようなものではないだろう。
とは言え、この世界には魔法という不思議技術があるので、見た目とは違って桁違いの強度を持つ鎖なのかもしれないが。
だがしかし。
辰巳の目の前にあるそれは、一般的には「武器」と呼ばれるカテゴリーには含まれないもの。
それは「武器」ではなく、本来は「防具」に分類されるはずのもので。
「…………これって……籠手……ですよね?」
「如何にも。おまえさんの言う通り、こいつは籠手だな」
相変わらず笑みを浮かべたままのブガランクが、辰巳の質問に答える。
籠手。即ち、腕を守るための防具である。
見たところ、「《大魔道師》の武器」は拳と手の甲、そして肘辺りまでを覆う形状の籠手であった。
「もしかして、この籠手に巻き付いている金色の細い鎖の方が『武器』なんですか?」
「さてのぅ? この籠手がここに収められて以来、その鎖は外れたことがないからの。詳細は殆ど分かっておらんわい」
分かっているのは、この籠手と鎖がドワーフだけが鍛えることができると言われる、朱金鉱という名前の特殊な金属製であることと、何らかの魔力を秘めていることぐらいだそうだ。
「どのようにしてこの鎖を籠手から外すのか……それさえも不明なんじゃよ」
この籠手が太陽神の神殿に収められて以来、何人もの賢者や魔法使いがこの籠手を調べてきた。
だが、分かったのは先述した二点ぐらいで、他は一切不明。そもそも、巻き付いた鎖の外し方さえ判明せず、実際に腕に装備してみることもできない。
「実際に装備してみることができれば、何か分かるかもしれないのじゃがのぅ」
強力な魔力を秘めた武具の中には、装備した瞬間にその使い方が理解できるものがあるという。そのような「取扱説明書」的なものを秘めた魔力の一部に組み込んであるためであり、実際に現在でも魔封具を作り出す際、そのような仕掛けを施すこともある。
もっとも、中にはそのような親切設計を施されておらず、装備しても何も分からない魔封具も多々あるのだが。
ジュゼッペから説明を受けた辰巳は、ブガランクの許可を得てから籠手を手にしてみる。
籠手とは大抵が二つかそれ以上のパーツから成り、それらのパーツを革紐や鎖などで固定して装備するものだ。だが、籠手全体にびっしりと鎖が巻き付いた状態では各パーツに分けることさえできず、このままでは装備することは不可能だ。
細い鎖は何重にも籠手に巻き付いており、その長さは鎖の細さから推測しても、かなりの長さがあるのは間違いないだろう。
確かに、これでは過去に誰も使えなかったというのも納得できる。そして同時に辰巳には──いや、辰巳ならではの閃きもあった。
「あれ……? もしかして、これって……」
「お? 何か気づいたのか?」
辰巳の表情の変化を目敏く見つけたブガランク。今、彼の顔には明らかに何かを期待するようなものが浮かんでいた。
「は、はい。この籠手ですけど……装備するだけならばできると思います」
辰巳の思いつきが正しければ、彼の言葉通り装備することは不可能ではない。もちろん、それは辰巳ならではのものだ。
「ほ、本当か? よし、じゃあ、予定通りにおまえさんが装備して試してみろ」
「安心せい、婿殿。呪いの類はかかっておらんことは確認してあるわい」
最高司祭二人の許可を得て、辰巳は自身の魔力を練り上げる。
そして発動させたのは、彼の……いや、〈天〉の代名詞と言ってもいい《瞬間転移》。
彼が魔法を発動させると同時に、手にしていた籠手が消え去り、次に瞬間に彼の右手にその姿を現した。
辰巳は籠手を魔法で転移させて、直接自身の右腕に装備したのだ。




