切断魔法
新年あけましておめでとうございます。
今年も引き続き、よろしくお願いします。
例の一件から数日後、辰巳はジュゼッペと共に彼の執務室にいた。
本日はジュゼッペとの魔法の座学がある日であり、そこで辰巳は先日の棍の件をジュゼッペに相談したのだ。
もちろん、自宅とはいえ庭先でカルセドニアを半裸に剥いてしまったことは内緒の方向で。
その席で辰巳から一連の話を聞かされたジュゼッペは、斬り落とされた棍の先端を手に取って興味深そうにしげしげと眺めた。
「ほうほう、これはまた……随分と綺麗に切断されておるのぉ」
棍の切断面は、まるで磨いた鉱石のようにつるりとしていた。少なくとも、普通に木材を切っただけでは、こんな断面にはならないだろう。
辰巳から数日前の一件を聞かされたジュゼッペは、まるで新しい玩具を前にした子供のようにその目を輝かせていた。
「それで、カルセはこれが俺の魔法によるものだと言うんですけど……実際、〈天〉の魔法でこんなことができますかね?」
「そうさのぉ……うむ、ちょっと待っておれ」
長く伸ばした白い髭に触れながら考え込んでいたジュゼッペは、何かを思いついたらしく彼の執務室に存在する、多数の本が収められた本棚へと向かう。
そしてあれこれと本を引き出してはぱらぱらと中味を確認し、やがて一冊の本を手にして辰巳の前に戻って来た。
「これじゃ、これじゃ。この本の記述によるとじゃな、先代の〈天〉の魔法使いであるティエート・ザムイは、愛用の武器で大木だろうが岩だろうが何でも斬ってのけた、とある」
おそらくその本は、若き日のジュゼッペが〈天〉の魔法について集めた資料の一つなのだろう。随分と年季の入ったその本には、確かにジュゼッペの言った通りのことが記載されていた。
「……ところで、この記述は信用できるんですか?」
「婿殿の言う通りじゃな。この書物はティエートの没後、随分と経ってから記されたもののようじゃからの。全てをそのまま信用するわけにはいくまいて。じゃがの、ティエートが愛用していたと言われる武器ならば、今も現存しておるんじゃよ」
「ほ、本当ですか? もしかして、この神殿にあるとか?」
「いや、残念ながらここではないんじゃ。その武器は、太陽神ゴライバの神殿に保存されておるよ」
《大魔道師》ティエート・ザムイが存命だったのは、今から約500年ほど前らしい。現代日本でもそれ以上昔の物が現存している場合も多々あるので、《大魔道師》の愛用した武器とやらが残されているのも不思議ではないだろう。
しかも、この世界には魔法が存在する。魔法を用いれば、500年でも1000年でも朽ちることなく保存することができるに違いない。
「ティエート・ザムイの没後は、誰も使うことができなんだそうでな。戦神でもあるゴライバの神殿に、《大魔道師》が亡くなった後に収められたと言われておるわい。じゃが、同じ〈天〉の使い手である婿殿ならば、もしかするとあれを使うことができるかもしれんのぉ」
ふぉっふぉっふぉっ、と楽しそうに笑うジュゼッペ。かく言う辰巳も、《大魔道師》が残したという武器には興味が湧いた。
これはいわゆるところの「伝説の武器」という奴だろう。その武器が本当に自分に使えるとは思わないが、せめて実物を一目見てみたいと考える辰巳だった。
「さて、話を戻すとするかの。〈天〉系統で『切断』が可能かどうか、じゃったな?」
ジュゼッペが改めてそう切り出す。
先程辰巳が見た書物以外にも、《大魔道師》が何かを斬り裂いたという逸話はかなりあるらしい。
そのことから、ジュゼッペは《大魔道師》が何らかの切断系の魔法を有していたと考えていた。
「そもそも、先程も言うた《大魔道師》が使っていたという武器からして、切断に適したものではないからの。まず間違いなく、何らかの切断系の魔法を使っておったのじゃろう」
「え? 《大魔道師》の武器って、剣じゃないんですか?」
「伝説の武器」と「斬り裂く」という二つの言葉から、辰巳は漠然とその武器が剣であろうと考えていた。
だが、ジュゼッペの今の口振りからすると、件の「伝説の武器」は剣でなさそうだ。
「うむ、剣ではない。それどころか、一見しただけでは武器とは思えん代物じゃよ。そうさな、あれこれ説明するより、現物を見た方が早いか。なに、ゴライバ神殿の最高司祭──ブガランクの奴も一度お主に会いたがっておったからの。お主との対面を条件にすれば、すんなりと見せてくれるじゃろうて」
相も変わらず楽しそうに笑うジュゼッペであった。
その日の座学を終えた辰巳は、サヴァイヴ神殿の中を歩いていた。
彼が目指しているのは神官戦士の鍛錬場。これから、他の神官戦士と一緒に武術鍛錬があるのだ。
鍛錬場を目指す辰巳の視界の端に、下働きの途中らしい数人の下級神官たちの姿が映る。
その下級神官たちは大量の薪をその背に背負い、どこかへと運んでいる最中のようだ。
下級神官たちのその姿を、辰巳は懐かしい思いで見つめた。
上級神官となり、正式な神官戦士でもある今の彼には、当然ながら下級神官のような雑用はない。
だが、この神殿に来たばかり──いや、この世界に来たばかりの頃の辰巳も、あの下級神官たちと同じように雑用に明け暮れていた時があった。
「そういやボガードさん、元気かな? 上級神官になってからは顔を合わせなくなっちゃったけど……」
下級神官の取り纏めのような立場であるボガード。彼とは下級神官時代にはしょっちゅう顔を合わせていたが、上級神官となってからは会わなくなってしまった。
仕事上の都合で仕方ないとはいえ、今度機会があったら尋ねてみようと思いながら辰巳が再び足を踏み出した時。
再び、彼の足が止まる。
「……そう言えば……」
辰巳は遠くなる下級神官たちの背中を見つめながら、かつての自分を思い出す。
それは初めて辰巳が下働きとして薪割りをした時のことだ。
当然ながら人生で初めて薪割りという行為をしたのだが、あの時は薪が思いの外あっけなく割れた。
あの時は、世界を越えたことによる何らかの超越的な力が働いたのだとばかり思っていたし、その後はすぐに神官戦士としての本格的な鍛錬にも入り、ジュゼッペから魔力封じの腕輪を借りていたので、薪割りも初日のように楽に割れることはなくなった。
そのため、当時は特に不思議にも思わなかったが、今になって考えてみると明らかにおかしい。
彼の魔法系統の〈天〉は移動特化であり、その性質は時間と空間に作用する魔法である。それなのに、あの時の薪は特別力を込めるまでもなく、すぱんと楽に割れたのだ。
「……もしかして、あの時からもう……?」
〈天〉にあるという切断系の魔法。もしかすると、辰巳は以前からその魔法の片鱗を見せていたのかもしれない。
辰巳との座学が終り、ジュゼッペはいつもの執務に戻る。
当然ながら、最高司祭という立場は極めて忙しい。神殿内における様々な事案の決定、地方の神殿から寄せられる陳情への返答。そして、教会側としても無視できない有力な信者との面談。
そんな忙しい日々の中、辰巳との座学はジュゼッペにとっては丁度いい息抜きだった。
座学の合間に辰巳と交わす何気ない会話。こちらの世界における常識だったり、逆に辰巳がいた世界の話などは、ジュゼッペにとっても楽しい時間なのだ。
しかも、辰巳は極めて前向きな、実に教えがいのある生徒だ。教えることを素直に実践し、時にジュゼッペの想像を超えるような真似までしてみせる。
「本当に、あやつは儂を楽しませてくれるわい」
椅子にゆったりとその身を預けながら、ジュゼッペは先程の愛弟子とのやり取りを思い出していた。
「〈天〉の切断魔法か……あやつが本当にその切断魔法を使いこなせるのか、楽しみで仕方ないわい」
先代の〈天〉の魔法使いであったティエート・ザムイの逸話は、多くの伝承として残されている。
だが、それは彼の活躍を脚色して、より大袈裟なものにしたものが殆どだろう。
「物語」としての盛り上がりを持たせるため、多少の脚色は止むを得ないものだ。
しかし、それでも〈天〉には何らかの切断魔法があるとジュゼッペは考えている。そしてそれを、辰巳が証明してくれるかもしれないのだ。
ジュゼッペの辰巳に対する期待が、更に大きくなるのも無理はない。
辰巳の師匠として、また、彼の身内として、辰巳の更なる成長を期待するジュゼッペ。
だが、最高司祭の密かな楽しい時間は、唐突に終わりを告げた。
王宮よりの使者が、大至急ジュゼッペを始めとした四つの教団の最高司祭に緊急招集を告げたのだ。
そして急いで王宮へと赴いた各最高司祭たちに、国王と王国の重鎮たちは重大な要件を伝える。
即ち、巨大な飛竜がこの王都レバンティスを目指して移動している事実を。




