表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/169

 閑話 君を支持する

 これは、辰巳がカルセドニアと正式な婚約を交わした直後ぐらいの時期のこと。




「おまえが……タツミ・ヤマガタか?」

 神殿の廊下を歩いていると突然背後から名前を呼ばれ、辰巳は立ち止まって振り返った。

 辰巳の横を歩いていたバースも、同じように背後へと視線をむける。

 二人の視線の先。そこには厳つい顔の男性の神官。その彼の背後には、十人以上の男性神官がいる。

 彼らは一様に極めて真剣な表情で、じっと辰巳の顔を見ていた。いや、睨み付けていた。

「はい、確かに俺が辰巳ですが……?」

 先頭の厳つい顔の男性神官。身に着けている聖印と神官服から、彼が司祭の位にあることが分かる。

 背後にいる神官たちの階級はばらばらだが、先頭の彼より身分が高い者はいないようだ。

 タツミやバースよりも二つも上の位の人物。しかも、辰巳には彼との面識はない。

 どうしていきなり声をかけられたのか、と辰巳が内心で首を捻っていると、隣のバースがこっそりと耳打ちしてくれた。

「……こいつら、カルセドニア様の熱心な信奉者たちだ。気をつけた方がいいぜ」

 最近サヴァイヴ神殿内では、あの《聖女》が遂に婚約したという噂があちこちで囁かれている。

 当然、そうなるとカルセドニアの信奉者たちである彼らの耳にもその噂は入るに違いない。その噂を耳に挟んだ彼らは、こうして噂の《聖女》の相手──辰巳のところへとやって来たのだろう。

「おまえに聞きたいことがある」

 厳つい顔の男が、ずいっと一歩前に出る。

 彼は顔だけではなく体つきも大柄でがっしりとしており、辰巳は彼が一歩前に出るだけで自分にかかる圧力がぐっと増したような気がした。

「おまえ……《聖女》と……いや、カルセドニア様と婚約したって本当か……?」

 やはりそう来たか、と辰巳は内心で溜め息を吐く。

 だが、彼にやましいことは全くない。彼とカルセドニアが婚約したのは双方の同意に基づいたものであり、カルセドニアの養父であり、サヴァイヴ神殿の最高司祭であるジュゼッペも認めたことなのだ。

 だから辰巳は、彼の視線を真っ正面から受け止めるとはっきりと答えた。

「はい。俺とカルセドニアはジュゼッペさん……いえ、最高司祭様立ち会いの元、正式に婚約しましたが?」

 辰巳がそう答えると、先頭の厳つい顔の男性の後ろにいたカルセドニアの信奉者たちが、ざわざわと騒ぎ出す。

 中には膝から崩れ落ち、呆然とした表情を浮かべている者や、涙を流しながら床に拳をぶつけている者もいた。

「そうか……噂は……本当だったのか……」

 先頭の厳つい顔の男性もまた、どこか虚ろな表情でそう呟いた。

 だが、その男性はすぐに厳しい表情を浮かべると、そのまま更に辰巳に肉薄。辰巳も引く理由がないため、胸を張って男性と対峙する。

 辰巳よりも頭一つ分大きな男性は、厳しい視線で辰巳を見下ろす。

 しばらくそうやって辰巳を見つめていた男性だったが、不意に辰巳の肩に両手をどんと置くと、こんなことを言い出した。

「……我々、『《聖女》を影から見つめる団』は……おまえの……いや、君のことを全面的に支持する!」




──えっと……今、この人、何て言ったんだ?

 言われたことがすぐに理解できなくて、辰巳は思わず間抜けな顔を晒してしまった。

 助けを求めるように、隣にいるバースへと振り向く辰巳。だが、バースもまたぽかんとした表情で辰巳を見ているばかり。

 もしもこれが──目の前の厳つい顔の男性──おそらく、彼が『《聖女》を影から見つめる団』とやらの団長なのだろう──の言葉が「貴様が《聖女》の伴侶などと、我々は絶対に認めないからな!」と言われたのならば、まだ辰巳も理解できる。だってよくあるパターンだし。

 だが、まさかカルセドニアの信奉者たちから、「全面的に支持する」と言われるとは。

 さすがに辰巳も想像さえしていなかった。

 実を言えば、カルセドニアと正式に婚約してから今日まで、いろいろと影で言われていることを辰巳は知っている。

 中には明白(あからさま)に、辰巳に聞こえるように陰口を言う者もいたぐらいだ。

 これまで、どんな貴族や王族の求婚にも頑なに応じなかったカルセドニア。その彼女が、突然現れた異国の男性と婚約したとなれば、誰だってあれこれと考えるだろう。

 もちろん、辰巳もカルセドニアと婚約した際、このようなことになることは覚悟していたし、影で何を言われようとも、カルセドニアと共にいられるのであれば、どんなことにも耐えてみせると自分に言い聞かせてもいた。

 だが。

 このような事態は、さすがに想定外すぎた。

 どう反応していいのか分からない辰巳を余所に、団長らしき男性──とりあえず、団長(仮)と呼称する──はつらつらと言葉を続けていく。

「我々、『《聖女》を影から見つめる団』は、ずっと彼女を……カルセドニア様を影から見守ってきた。だから分かるのだ。最近の……君が現れてからの彼女が、本当に楽しそうで幸せそうなのが、ね」

 団長(仮)は厳ついその顔に、とても優しげな表情を浮かべた。

 それを見た辰巳は、この人たちは本心からカルセドニアのことを考えてくれていたんだな、と悟る。

 自分の想い人に他の男が想いを寄せるというのは、正直複雑なところだ。だが、後から出てきたのは辰巳の方──少なくとも、彼とカルセドニアの前世との関係を知らない者たちからすれば──なのだし、それは仕方ないところだろう。

 どうやらこの団長(仮)は見かけはともかく、性格は優しい人物のようだ。

 そう判断した辰巳も笑みを浮かべ、自分の両肩をがっしりと掴んでいる団長(仮)へと感謝の言葉を述べようとした時。

 不意に、横にいたバースが不思議そうな顔をしつつ、団長(仮)へと尋ねかけた。

「あなたたち……えっと、『《聖女》を影から見つめる団』……でしたっけ?」

「いかにも。我々は『《聖女》を影から見つめる団』である」

 そう答える団長(仮)の背後で、『《聖女》を影から見つめる団』の団員たちが胸を張って何度も頷いていた。

「で、その『《聖女》を影から見つめる団』だけど、これまで具体的にどんなことをしてきたのですか?」

 相手の位が上ということもあって、バースは言葉遣いこそ丁寧だったが、なぜかその表情は胡乱げだ。

 しかし、相手の団長(仮)はそれに気づいているのかいないのか、まさによくぞ聞いてくれましたとばかりに自慢そうにその質問に答え出す。

「我々はその名前の通り、日々《聖女》カルセドニア様を影ながら見つめてきた。その歴史は古く、カルセドニア様が《聖女》という二つ名で呼ばれる以前、クリソプレーズ猊下の養女となられた頃にまで遡る。その身に宿した類まれなる魔法の才能を猊下により見出され、その養女となられたカルセドニア様。当時のそのお姿はまさに、純真可憐と呼ぶに相応しかった……」

 団長(仮)は、遠い目をしながら昔のカルセドニアのことを語り出した。

 団長(仮)の年齢は、その見た目からおそらく三十代後半から四十代前半。もしかするともう少し若いかもしれないが、それでも二十代ということはないだろう。

 そんな年齢の男性が、まだ年端もいかなかった頃のカルセドニアについて熱く語っている。

 この時点で、辰巳の団長(仮)──及びその背後にいる団員たちも含む──に対する評価は、先程の「優しい人」から「ヤバい人」へとクラスチェンジしていた。




「猊下のご指導によって、その魔法の才能を如何なく発揮されたカルセドニア様は、やがて周囲の者たちから《聖女》と呼ばれるようになった。だが、我々からすれば、《聖女》などという呼称ではまったく生ぬるい! 彼女……いや、あのお方こそ、サヴァイヴ神が地上に遣わした御使い! 《聖女》ではなく《天女》と呼ぶべきなのだ!」

 握り締めた拳を振り回しつつ、男性は力説する。

 だが、思い出して欲しい。

 今、辰巳やバースたちがいるのは、サヴァイヴ神殿の廊下なのだ。

 当然ながら、他にもこの廊下を通る神官たちがいる。彼らは廊下の真ん中でたむろし、何やら力説している男たち──辰巳たちも含む──に、明白な迷惑そうな目を向けていた。

 中にはいつの間にか『《聖女》を影から見つめる団』と合流し、団長(仮)が言葉と共に拳を突き上げる度に「そうだ! そうだ!」とか「その通りだ!」と一緒になって騒ぎ立てている者もいた。

 一方、辰巳とバースは完全にげんなりとした顔つき。

 端から見たら、彼らも『《聖女》を影から見つめる団』の仲間に見えているのかもしれない。そう考えると、辰巳とバースがげんなりとするのも無理はないだろう。

 そうこうしている間も、団長(仮)の力説は続く。

「────よって、我々は影ながらカルセドニア様を見守り、その身までを守ると誓い合ったのだ! その日より、我々は常にカルセドニア様を見つめてきた! いや、お守りしてきた! ある時は、神殿の中で様々な職務に励む時も! またある時は、礼拝堂で神の御言葉を信者たちに語る時も! またある時は、その御身体を清めるべく、湯殿に向かわれる時も! またある時は、不埒な輩に突然襲われないように厠へ入られる時も! 片時も目を離すことなく、我々の誰かが遠くからこっそりとお守りしてきたのだ!」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 男性の言葉に、聞き逃せない部分があることに気づいて辰巳が思わず叫ぶ。

 だが、調子が出てきたらしい団長(仮)は、辰巳が叫んだぐらいではその力説を止めようとしない。

「最近ではカルセドニア様は神殿を出て君と暮らし始めたのでな。我々も君の家の近くで……といっても少し離れた所からだが、常に監視の目を光らせている。安心したまえ! 庭に干したカルセドニア様の下着が盗まれたりしないよう、我々はカルセドニア様の下着が取り込まれるまでしっかりと監視をしているからな!」

「かんっぺきにストーカーだろ、それじゃあっ!!」

 もしもここが現代日本であれば、言い逃れできずに警察に厄介になること間違いない。

 だがこの世界には、セクハラもストーカーも概念さえないのだ。残念ながら。

 しかも、どうやらこの『《聖女》を影から見つめる団』は──というか、少なくとも団長(仮)は悪気があってやっているのではないようだ。

「……余計にタチが悪いだろ……」

「ってか、こいつらの存在、気づいていなかったのかよ?」

 呆れたような疲れたような様子のバースの質問に、辰巳は黙って首を横に振った。

 男性が言ったように、辰巳たちの家からは少し離れた所にでも潜んでいたのだろう。それに、二人っきりの時はお互いしか見えていない場合も多々あるし。

 今日家に帰ったら、ご近所の奥さん連中に警告しておこうと、秘かに心に決める辰巳だった。

「ところで、タツミくん? 先程君が言った『すとぉかぁ』とやらは、一体どういう意味だね?」

 推測するに君の故郷の言葉のようだが、と団長(仮)は不思議そうに首を傾げていた。

「……あなたたちのような人のことですよ……」

 辰巳は口の中で小さく呟いた。だが、至近距離にいた団長(仮)の耳には、しっかりと届いていたらしい。

「ほう、我々のような影の功労者のことを、君の故郷では『すとぉかぁ』と言うのか……しかも、何やら力強そうな響きの言葉だ……よし、気に入ったぞ! 今後、我々『《聖女》を影から見つめる団』は、その名称を『《聖女》すとぉかぁ団』に変更しようと思うが、いかがだろうか、諸君っ!?」

 団長(仮)の声に、背後の団員たちが一斉に「異議なし!」と賛成する。

 こうして。

 ストーカーであることを全面的に看板に掲げた、世にも珍しい──辰巳の主観では──ストーカー集団が、ここに誕生したのであった。




「ところで、ちょっと君に確かめたいことがあるのだが……」

 呼称を改めた『《聖女》すとぉかぁ団』の団員たちは、新たな名称に興奮冷めやらない。そんな中、団長(仮)が再びずいっとその大きな身体を辰巳へと肉薄させた。

「……聞くところによると、そ、その……なんだ、君と親しくすると、君の婚約者であるカルセドニア様とも親しくできるそうだが……そ、それは本当かね?」

 どうやら、彼らが辰巳をカルセドニアの婚約者として支持する本当の理由は、単なる下心だったらしい。




 後日、『《聖女》すとぉかぁ団』はなぜか解散したそうだ。

 解散の理由は定かではないが、団員だった者の一人がこう漏らしていたという。


「……あ、あんな甘甘な場面ばかりを見せつけられて…………やっていられないよ……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ