新年祭
「ラルゴフィーリ王国国王バーライド・レゾ・ラルゴフィーリの名において、ここに新しい年の訪れと共に新年祭の開催を宣言する!」
王宮の中庭に面した露台。
そこに姿を見せたラルゴフィーリ王国の国王は、貴族や庶民が詰めかけた中庭に向かって、堂々とそう宣言した。
この時をもって、国王の言葉通り新たな年の始まりと、今年の新年祭が幕を開けたのだ。
国王の宣言と同時に、王宮の中庭では酒や料理が振る舞われる。
この祭りの間は王宮の一部も一般公開され、普段は決して足を踏み入れることのない王宮の中を、庶民たちが物珍しそうに見物している。
もちろん、重要区画は立ち入り禁止であり、そのような場所には装飾の施された儀礼用の武器や鎧を身に着けた兵士や騎士が立っていた。
だが、騎士たちのその物々しい出で立ちも小さな子供たちには大好評で、子供たち──特に男の子たちは普段は間近で見ることのできない騎士たちの勇ましい姿を、きらきらした瞳で熱心に見つめている。
また、子供たちに憧憬の視線を向けられた騎士たちも、照れ臭そうでありながらも胸を張って子供たちの期待に自慢気に応えていた。
中には早速振るまい酒に酔っ払い、立ち入り禁止区域に入ろうとして騎士に摘み出されている者もいるが、それもまた新年祭の風物詩の一つだ。
当然、王宮だけではなくレバンティスの街全体も大いに浮かれており、辻のあちこちでは酒杯をぶつけ合う音が響き、楽師や曲芸師たちがその技を競い合っている。
市場には集まった商人たちが自慢の商品を並べて、客を呼び込むのに忙しい。
この日ばかりは普段は街に買い物に出ない貴族たち──貴族たちは普段、使用人に買い物させるか、商人を自宅に呼びつける──も、庶民に入り交じって商人たちが並べる商品を物色するのに忙しそうだ。
だが、街中がこうして浮かれた雰囲気に包まれると、当然ながらスリや置き引きといった犯罪も増える。
そのため、祭りを楽しむ人々の中に、厳めしい鎧姿の衛士や神官戦士たちの姿が街のあちこちで散見されていた。
「……これがこの国の祭りかぁ……」
神官戦士として武装した姿で街を歩いていた辰巳は、楽しそうな街の人々の様子を見て思わず呟いた。
人々のざわめきと様々な音楽に溢れた街中は、皆が本当に祭りを楽しんでいることがよく分かる。
祭りの賑やかな雰囲気は万国共通なのだろう。それは異世界であっても変わることはない。辰巳は街を見回りながら、そのことを改めて実感した。
同時に、周囲には警戒した視線を常に走らせる。
今の彼は神官戦士として、治安維持の任務中だ。祭りの雰囲気に自分が浮かれて、犯罪を見落としては目も当てられない。
とは言え、やはり祭りの真っ最中。辰巳も沸き立つ思いはどうしても抑えきれない。
と、そこへ。
「……しっかし、ジュゼッペ様もとんでもない無茶を言い出したものだなぁ」
呆れた口調でそう言うのは、辰巳とコンビで街を巡回しているバースだ。当然、彼も神官戦士としての正装で祭りで賑わう街中を歩いている。
「それで、タツミはジュゼッペ様の計画を引き受けたのか?」
「まあ……引き受けざるをえなかったってのが実情だけど……」
恩師であり、そして既に家族とも思っているジュゼッペの頼みとあれば、辰巳としては余程のことがないかぎり断るつもりはない。
確かに簡単に頷けるようなものではなかったが、ジュゼッペの計画はいずれは辰巳が通らなければならない道でもある。
ならば、これを機会にするのも一つの手だろう。
「……確かにとんでもない依頼だけど……内容自体は嫌じゃないしな……」
「へーへー。ごちそうさま」
呆れたように言うバース。もちろん、肘で辰巳の脇腹をちょっと強めに突くのも忘れない。
「そ、それで、さっき言ったことだけど……」
「おう、分かったよ。騎乗槍の決勝を見にいくつもりだったけど、そっちの方がおもしろそうだ。でも、ナナゥには何て説明するかな?」
「やっぱり、ナナゥさんには言わない方がいいのか?」
「その方がいいぜ。あいつ、あれで結構お喋りだしな。それに内容が内容だ。女連中は浮かれてついぽろっと……ってのも考えられる」
「じゃあ、ミルイルにも言わない方がいいかな……?」
辰巳は魔獣狩り仲間の少女の姿を脳裏に描く。
「うーん、どうだろう? 俺はあの人とはそれほど親しくはないからなぁ。タツミの判断に任せるとしか言いようがない」
バースとミルイルは辰巳を通じて、もしくは〔エルフの憩い亭〕の従業員であり、バースの恋人であるナナゥを通じて何度か顔を合わせたことはある。
だが、その程度の知り合いでしかない。
「でも、ミルイルからナナゥさんに話が漏れるって可能性はあるか……」
「確かに、ネタがネタだけに女性陣が盛り上がるのは明らかだろうし、秘密の漏洩を考えるのなら知らせない方がいいかもな」
辰巳としてはミルイルがそれほどお喋りな方だとは思ってはいないが、バースの言う通り内容が内容である。それにやはり、秘密を知る者は少ない方がいい。
「……仕方ない。ミルイルには悪いけど黙っていよう。彼女は当日、ジャドックに会場に引っ張ってきてもらうか」
辰巳は心の中でミルイルに詫びつつ、そう決断した。
「後は……念のため、ニーズたちにも黙っていた方が良さそうじゃね? サーゴは意外と口が固そうだが、シーロは絶対軽いだろ?」
「うん、それは俺も同感だ」
ミルイルの時ほど迷うことなく辰巳は即断した。
各神殿の中庭に設けられた救護所。新年祭の間中、救護所は最も忙しい部署の一つだろう。
祭りの雰囲気の飲まれてついつい酒を飲みすぎた者、些細なことで殴り合いの喧嘩にまで発展した者、はたまた騎乗槍の試合やギッシュの大会で出た負傷者などなど。
様々な怪我人に加え、更には迷子になった子供までもが救護所に連れられてくる。
そんな者たちの相手をする神官たちにとって、この場はまさに戦場だろう。
そんな戦場の一角で、カルセドニアは怪我人の治療に精を出していた。
「……はい、これでもう大丈夫です。でも、いくらお祭りだからといって、軽々しく喧嘩なんてしないでくださいね?」
祭りに浮かれて殴り合いの喧嘩をし、サヴァイヴ神殿の救護所に担ぎ込まれてきた中年の男性は、照れ臭そうにしながら《聖女》直々の手当てを受けていた。
「……いやぁ、確かに調子に乗っていたかもしれないけどさ。でも、噂に名高い《聖女》様の治療が受けられるっていうのなら、喧嘩ぐらいいくらでもするってモンだぁな!」
がはははと高笑いする中年男性。カルセドニアは溜め息を吐きつつ、たった今自らが施した治療箇所──左の頬を殴られたらしいので、痛み止めの軟膏を塗っておいた──を少し強めにぱちんと叩いた。
「あだだだだっ」
「調子に乗らないでください」
「お、おう。いや、なかなか厳しいね、《聖女》様も。そんなんじゃ、噂の婚約者に嫌われるんじゃないか?」
《聖女》と呼ばれたカルセドニアが黒髪黒目の異国の青年と婚約したという噂は、最近では王都中に広まっている。どうやらこの中年男性も、その噂を耳にしているらしい。
「ご心配なく。私と旦那様はとっても仲良くやっていますから」
にっこりと微笑むカルセドニア。その笑顔に思わず魅入ってしまった中年男性は、毒気を抜かれた思いで呟いた。
「いや、まいったね。まさかここまで堂々と惚気られるとは」
中年男性はカルセドニアに最後に挨拶すると、そのまま救護所を後にした。
その確かな足取りを見て、カルセドニアも男性が問題ないことを確信し、次の怪我人へと取りかかろうとした時。
近づいてきた年配の女性神官が、カルセドニアに声をかけた。
「カルセドニア様はそろそろ休憩に入ってください。ここは私が代りますから」
「そうですか? なら、そうさせていただきます」
カルセドニアは年配の神官と交替すると、救護所務めの神官たちの控え室へと戻る。
「あら、カルセ。あなたも休憩?」
「あ、カルセドニア様。お疲れさまですー」
控え室に入ってきたカルセドニアに声をかけたのは、ふわふわした栗色の髪と青味がかかった灰色の瞳の少女と、燻んだ金髪と焦げちゃ色の瞳の、カルセドニアよりやや年上といった印象の女性神官。
栗色の髪の少女は下級神官の、そして燻んだ金髪の女性は侍祭の身分を現す聖印を首から下げている。
「クーリとラライナ? あなたちも休憩中?」
顔馴染みを見つけたカルセドニアは、笑顔を浮かべて彼女たちの方へと近づく。
神官の控え室と言っても、ここは神殿の中庭の一角に天幕を張っただけの場所。そのため、それなりに広くはあるのものの、椅子やテーブルはいくつもない。
クーリとラライナは椅子ではなく地面に敷かれた敷物の上に直接腰を下ろしていたので、カルセドニアも彼女たちの近くで敷物の上に腰を下ろした。
クーリは手慣れた様子でお茶を淹れると、暖かく香りのいいそれをカルセドニアへと差し出した。
「でも良かったのですか、カルセドニア様? 今日はカルセドニア様はお勤めの日じゃなかったはずですけど……」
「私たちはあなたが手伝ってくれて大助かりだけどね。でも、噂の婚約者さんと一緒にお祭り見物に行かないの?」
クーリとラライナは、数少ないカルセドニアの友人たちである。
特にラライナはカルセドニアとは同期で、あまり友人のいないカルセドニアを何かと気にかけてくれた姉のような存在であり、その付き合いは今もこうして続いていた。
対してクーリはカルセドニアの部下に相当する人物で、以前に辰巳への伝言を託したこともある少女である。
「私ならいいのよ。だって、今日の午後は旦那様がお勤めだから、家で一人でいても仕方ないし。それに、旦那様のお勤めが終わった後、家に一緒に帰りがてら少し夜のお祭りを見て回る予定だから」
嬉しそうに微笑むカルセドニア。そんな彼女の笑顔を見たラライナとクーリは、思わず互いの顔を見合わせた。
「……最近のカルセドニア様、変わりましたよねぇ」
「本当ね。以前ならこんな自然に笑ったりしなかったし。でも、さらりと惚気られるとちょっと腹立つ。まさか、カルセに惚気られる日が来ようとは思いもしなかたわ」
ラライナもクーリも辰巳とは少し話をしたことぐらいならあるが、それほど親しいわけではない。
だが、カルセドニアの想いはよく知っているし、彼女の婚約者である辰巳もまた、カルセドニアをとても大切にしていることも知っている。
特にラライナは、こうして軽口を叩いていてもその表情は優しい。それが分かっているからこそ、カルセドニアも彼女の言葉を軽く聞き流すことができるのだ。
「うふふ。さっきも怪我人の方に同じようなことを言われたわ」
「あー、そーですか」
ラライナが呆れたとばかりに肩を竦める。
「そこまで惚気るんなら、婚約で止まっていないでさっさと結婚しちゃえば?」
「え……? け……こん?」
辰巳と結婚する自分を思わず妄想し、ぼわんと一瞬で真っ赤になるカルセドニア。
「もう一年も一緒に暮らしておいて、今更どうしてそこで照れるかな……?」
そんなカルセドニアを見て、ラライナは思わず溜め息を吐いた。
「だ、だって……っ!! あ、改めて結婚となると……そ、その……」
「じゃあ、あの婚約者さんと正式に結婚したくないの?」
「け、結婚したいっ!! そりゃあもうっ!!」
真っ赤な顔のまま、拳を握って即答するカルセドニアだった。




