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居候

 ソレは、探し求めていた。自らが宿るべきものを。

 それまでソレが宿っていたものは、長い時の流れの中で宿ることができなくなってしまった。

 そのため、ソレは新たな「宿り木」を探していたのだ。

 それまでソレが宿っていたものは、極めて居心地が良かった。

 永い永い時間が流れる中、存在し続けてきたソレ。これまでにもソレは数多くのものに宿ってきた。

 その中でも、最近までソレが宿っていたものは最も居心地が良かったのだ。

 だが、もうそれには宿ることができない。

 だから、ソレは新たな「宿り木」を探すことにした。

 ニンゲンたちが暮らす町という町、村という村。数多くのニンゲンの集落を見てきたが、ソレが宿るに相応しく思えるものは見つからなかった。

 多くのニンゲンが行き交う町の通りの片隅を、ソレはゆっくりと移動する。

 ニンゲンにはソレは見えない。いや、ニンゲンの中にはソレの姿を見ることができ、声を聞くことができる者もいるが、それは極めて少数なのだ。

 行き交うニンゲンの間を縫うように移動しながら、ソレは宿るべきものを探していた。

 だが、なかなかソレが気に入るような「宿り木」は見つからない。

 この集落にも、相応しいものはないのだろうか?

 ソレがそんなことを考えた時。

 ソレは遂に見つけた。

 ソレが宿るに相応しい「宿り木」を。

 一目見ただけで分かる。その「宿り木」は、ソレが今までに宿ったどの「宿り木」よりも、居心地の良いものだということが。

 ソレは「宿り木」を見つけ出したことを大いに喜ぶと、早速その「宿り木」へと弾むような足取りで近づいて行った。




 華美な装飾を施された椅子。

 その椅子に腰を下ろした老齢の男性が、目の前に跪いている人物へ向かって口を開いた。

「……なるほど。なかなかおもしろいことを考える奴だな」

「は。現場を任された者として、あの者の考え方の方が救える者が増えると判断し、あの者にそのまま陣頭指揮を執らせました」

「ああ、それは構わん。現場の最高責任者は貴様だったのだ。その貴様がそう判断したのならばそれでいい」

 老齢の男性は椅子の背もたれに身体を預けると、そのままおもしろそうにくつくつと笑う。

「異国の知識か……どうだ? 貴様の目から見て、その異国の医療知識、この国に広めることはできると思うか?」

 跪いている人物は、問われたことをしばしの間考えた後、老齢の男性を見上げながら答える。

「それは無理ではないかと愚考致します。あの知識はこの国の常識とは相反するものゆえ、例え陛下が主導して広めようとも、貴族たちが黙っておらぬでしょう」

「やはりそうか……」

 老齢の男性は、背中を椅子に預けたまま目を閉じた。

 彼個人としては、良いものは何でも取り入れることに忌避はないのだが、周囲を納得させるのはまた別問題である。

 老齢の男性は、そのまま身動き一つすることなく思考の海をゆっくりと漂う。

 どれ程の時間が経っただろう。その間、跪いた人物も、老齢の男性の背後に控えていた護衛らしき騎士たちも、文句一つ言うことなく老齢の男性が再び思考の海から浮上してくるのを待つ。

 そして。

「…………タウロード」

 老齢の男性が目を開けると、跪いたままの男性を見下ろした。

「ジュゼッペに……貴様の親父と改めて話がしたい。あの老いぼれにそう伝えてくれ」

「御意」

 跪いていた人物──タウロード・クリソプレーズは、改めて目の前の老齢の男性に低頭した後、立ち上がってその部屋──謁見の間──から退出しようとした。

「ちょっと待てよ、タウロード」

 だが、突然予想外の声がかけられ、タウロードは立ち止まって声のした方へと振り向いた。

「殿下……いつからそこに……」

 タウロードの視線は、初老の男性が腰掛けている華美な装飾を施された椅子──玉座の背後にある、幾重にも重なったカーテンの奥へと向けられていた。

 いや、タウロードが見ているのは、そのカーテンの一部からひょっこりと覗いている少年の顔だ。

 カーテンの影からひょこひょこと姿を見せたその少年。

 年齢は14歳か15歳ぐらい。成人少し前といった印象の少年で、身に着けている物は全て最上級品だということが見ただけで分かる。

 そしてその少年が姿を見せても、タウロードを始めとした騎士たちは、驚くことはあっても咎めようとはしなかった。

 少年は悪びれた風もなく、呼び止めたタウロードをも無視して玉座に腰を下ろしている老齢の男性に呼びかける。

「なあ、爺ちゃん」

「なんだ?」

 玉座の男性もまた、特に気にした風もなくその少年の声に応えた。

「今、爺ちゃんたちが話していたのって、噂の〈天〉の魔法使いのことだろ?」

「ああ、その通りだ。それがどうかしたか?」

「もしかして爺ちゃんさ、ジュゼッペの爺ちゃんをここに呼ぶってことは、その〈天〉の魔法使いもここに……王宮に呼ぶつもりじゃないのか?」

 玉座の男性は少年の問いかけに応えることはせず、ただにやりと笑うのみ。

 だが、少年はそれを肯定と取ったようで、幼さの残る顔に玉座の男性とよく似た笑みを浮かべた。

「じゃあさ、その時……俺も一緒に〈天〉の魔法使いに会わせてくれない?」




 朝……というより限りなく昼に近い時間。

 ようやく辰巳は眠りから目覚め、枕元に置いておいた腕時計を取り上げて時間を確かめる。

「……うわ。こんな時間まで眠っていたのか……」

 昼近い時間に驚きつつも何気なく横を見れば、そこには彼の愛する女性の気持ち良さそうな寝顔があった。

 その安らかな寝顔を見て、辰巳は思わず微笑む。

 いつもなら、カルセドニアは朝早くに目覚め、朝食の準備をしてくれるのだが今日は彼女も寝坊したようだ。

 珍しいこともあるものだなと思いつつ、辰巳は昨日の事故のことを思い出してそれも仕方あるまいと考え直す。

 昨日は王宮の練兵場の事故の後始末で、カルセドニアは魔力と体力が尽きるまで魔法を使ったのだ。

「カルセだって、疲れて寝坊ぐらいするか」

 そう思った辰巳は、幸せそうに寝ているカルセドニアを起こさないようにそっと寝台を抜け出そうとした。

 だが、よく見れば彼の腕をカルセドニアがぎゅっと握り締めている。

 辰巳は愛しそうに目を細めると、そっと彼女の指を解いて腕を抜く。

 さて、カルセドニアが起きる前に顔でも洗おうと思い、室内用の布靴を履こうとしたところ、ふと違和感を覚えた。

「あれ?」

 足元に目を向ければ、布靴が左右逆になっている。

「……おかしいな。夕べ、ベッドに入る時にしっかりと揃えておいたはずなのに……」

 手を伸ばして靴を揃え直し、辰巳は改めて靴を履く。

「……俺の記憶違いかな?」

 辰巳は首を傾げながら、井戸へ向かうべく寝室を後にした。




「も、申し訳ありませんっ!!」

 ようやく目覚めたらしいカルセドニアが、髪を整えることもなく居間へ飛び込んで来た。

「おはよう、カルセ。今日は神殿の方も休みだから、慌てなくてもいいぞ?」

 昨日の事故に関しての報告をジュゼッペにしたところ、今日はその働きの報賞として特別に休暇をくれたのだ。

 そのため、本日は二人とも朝からのんびりしていたわけである。

「で、ですが、旦那様を空腹のままにしておくわけには……」

「だから、俺が先に起きた時ぐらい、俺が食事の用意をするって。まあ、カルセに比べたら大したものは作れないけどな」

 日本にいた時、家事など殆どしたことのなかった辰巳である。

 一人暮らしの時も、食事は大抵出来合いのものを買うぐらいで、自炊は全くといっていい程したことがなかった。

 だが、今では魔獣狩りとして野外生活をする必要もあり、ちょっとした料理なら作れるようになっている。

「駄目です! ご主人様のお食事を作るのは私の大切な役目なのです! この役目だけは誰にも譲れません! 例え、旦那様本人であろうとも!」

 変な使命感に燃えるカルセドニア。辰巳としては苦笑いを浮かべる他ない。

「じゃあ、頼むよ。実を言うと腹ペコだったんだ」

「はい! すぐに準備しますね!」

 嬉しそうな笑みを浮かべ、頷いたカルセドニアは早速台所へ向かう。

 だが。

「あら?」

 彼女が台所へ入ると、昨夜ちゃんと片付けたはずの木製の皿が数枚、台所に出しっぱなしになっていた。

「……変ね。確かに片付けたはずなのに……」

 首を傾げるカルセドニア。だが、これから朝食の用意をするのにこの皿を使えばいいかと思い直し、朝食の準備を始めた。




 その日は一日中家にいた辰巳とカルセドニアだが、不思議なことがしばしば起こった。

 飲もうと思って器に入れたお茶が、いつの間にか空になっていたり。

 食事中のおかずが一品、食べた覚えもないのになくなっていたり。

 閉めたはずの窓が開け放たれていたり。

 そうかと思えば、干してあった洗濯物が取り込んであったり、昼間は使われない寝室の中が、いつの間にか掃除されていた、なんてこともあった。

「……もしかして、俺たち以外に誰かいるのか……?」

 辰巳は居間で、視線を左右に飛ばしながら呟いた。

 日本にいた時、いつの間にか見知らぬ人間が、天井裏などに住み着いていたという怪談めいた話を聞いたことがある。

 それを思い出した辰巳は、この家にも誰かが知らないうちに住んでいるのでは、と考えたのだ。

「これは家の中を調べてみないと……」

「いえ、その必要はないかと思います。でも、旦那様がおっしゃる通り、何かが住み着いたのは間違いないでしょう」

「えええ? 何かって何がっ!?」

 思わず椅子から腰を上げ、不安そうに室内を見回す辰巳。

 だが、カルセドニアは辰巳とは違って落ち着いたままだ。

「私は……ブラウニーが住み着いたのではないかと思います」

「ブラウニー?」

 ブラウニーとは家に住み着く精霊である。

 ブラウニーは住み着いた家の家人にイタズラをしかけることもあるが、姿こそ人前には現さないものの、どちらかと言えば家やそこに住む家人を見守ってくれる存在だとカルセドニアは辰巳に説明した。

「確かに他愛のないイタズラばかりだけど、これが続くとちょっと問題じゃないか?」

「大丈夫ですよ。台所にブラウニー用のちょっとした食事を用意して置いておけば、彼らはイタズラをしなくなりますから。それどころか、ブラウニーの住む家には幸運が訪れると言われています」

「ふぅん。まるで座敷わらしみたいだなぁ」

 まあ、無害な精霊ならば居候を許可してもいいかな、と辰巳も考える。

 しかも座敷わらしのように家に幸福をもたらすというのなら、歓迎こそすれ拒否することもない。

 それに、その家と家人を気に入ったブラウニーは、時々家事なども手伝ってくれるという。洗濯物が取り込んであったり、寝室が掃除されていたのはそのためだろう。

「じゃあ、この家と俺たちはブラウニーに気に入られたのかな?」

「多分、そうだと思いますよ」

 辰巳とカルセドニアは顔を見合わせて笑う。

「そっか……じゃあ、ブラウニー。これからよろしくな」

「よろしくお願いしますね」

 こうして、辰巳とカルセドニアは姿の見えない居候を迎え入れることにした。




「あ……でも、夜の私と旦那様の寝室は……覗いたら駄目ですよ?」

 カルセドニアは頬を赤くしながら最後にそう付け加え、ちらっと辰巳を見ては微笑みを浮かべた。


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