辰巳の魔法検証
辰巳は目を閉じて、自分自身の感覚をゆっくりと解放していく。
感覚を解放した辰巳には、自分を取り巻く魔力の存在が確かに感じられる。
自分の周囲をゆっくりと流動していく魔力。その魔力を、辰巳は自身の体内に取り入れる。
そのイメージは呼吸。息を吸い込むと同時に、周囲に漂う魔力をも自身の身体の中へと取り込んでいくのだ。
カルセドニアやジュゼッペたちのような普通の魔法使いは、体内に「井戸」を思い浮かべ、そこから水を汲み上げるイメージで自身の魔力を感じ取ると言う。
だが、辰巳は内側に「井戸」を持たない。カルセドニアやジュゼッペから色々とアドバイスを受けた結果、辰巳に最も分かりやすかったのが呼吸のイメージだった。
肺に入った酸素が血液に溶け込み、心臓の鼓動によって身体の隅々まで送り込まれる。そのイメージに乗せて、辰巳は身体の中を魔力で満たしていく。
この辺り、現代日本で呼吸のメカニズムを学んだことが、辰巳の魔力循環イメージの助けになっていた。
全身に魔力が漲ったことを感じた辰巳は、目を開けると足元に置いてあった石を拾い上げる。
拳ほどの大きさの、どこにでもあるごく普通の石。
辰巳がその石を軽く握り締めると、まるで泥団子のようにあっさりと握り潰すことができた。
続いて、辰巳は目の前に立っている、武術鍛錬でも用いた革鎧を着た案山子へと目を向ける。
その案山子に黄金の魔力を宿した拳を力一杯ぶつければ、案山子は轟音と共に爆発でもしたかのように木っ端微塵に吹き飛んだ。
その光景を見て、ジュゼッペとカルセドニアが同時にはぁと深い溜め息を吐き出した。
「……相変わらずいろいろと出鱈目じゃのう、婿殿は……」
「……出鱈目もいいところですね、ご主人様は……」
二人が呆れたのはもちろん理由がある。
現在のカルセドニアたちの世界では、「魔力を用いて直接身体能力を強化する」ということはまず行われない。
身体能力を向上させる魔法は確かに存在するが、それはあくまでも「魔法の効果」であり、魔力で直接身体能力を上昇させるようなものではない。
呪文を詠唱することで予め決められた現象を発生させること。それがこの世界の魔法──詠唱魔法である。
魔力は魔法を発動させるためのエネルギーであり、呪文を詠唱することで、その呪文の中に織り込まれた一定量の魔力を自動的に消費する。
本来必要とされる以上の魔力を消費して、魔法の威力を高めたり、効果範囲を広げたりすることは可能だが、その場合は呪文の定められた箇所を複数回詠唱することによって、余分に魔力が消費されて威力を上げたり効果範囲が広がったりする。
つまり、直接的に魔力のみを操作するようなことは、殆ど行われていないのだ。
「呪文によって自動的に消費される魔力の量は、これまでの長い研鑚の中で絞りに絞り込まれたものじゃ。もちろん、今も呪文を更に改良しようと研究する魔法使いは存在するし、中にはその研究に一生を捧げる者もおる」
例えば、呪文を唱えることで「10」の魔力で発動する魔法があるとしよう。
同じ呪文を詠唱する以上、誰がこの魔法を使おうとも消費される魔力は常に「10」である。だが、この魔法と同じ効果を呪文を介さずに魔力を操作して発現させようとすれば、消費される魔力は術者の力量によって「20」になるかもしれないし、「30」になるかもしれない。
「……なるほど。つまり、呪文を使わないと燃費が格段に悪いわけだ」
ジュゼッペの説明を聞き、辰巳も納得する。
もちろん、魔法使いたちも直接魔力を操作すること自体は不可能ではない。
仮にカルセドニアが辰巳のように全身に魔力を行き渡らせ、身体能力を強化したとする。
カルセドニアと言えども、これまで殆ど魔力の直接操作などをした経験はないため、今の辰巳と同じかそれ以上に魔力を展開させるのに時間がかかるだろう。
そして何より、内包する魔力量の問題がある。
所詮は人間一人の体内に蓄えておける魔力の量など知れている。普通の魔法使いが辰巳のような魔力の使い方をすれば、すぐに魔力切れを起こしてしまう。
個人が内包する魔力量としては格段の魔力量を誇るカルセドニアでも、辰巳のように全身に魔力を行き渡らせて身体を強化した場合、その魔力が枯渇するまで十分とかからないだろう。
だが、同じ効果を呪文を介した魔法として使用すれば、カルセドニアならば20回以上使用しても魔力は枯渇しないのだ。
「遥か昔……まだ呪文というものが開発される前は、皆婿殿のように魔力を直接操作しておったと聞く。じゃが、呪文が普及し出すと、次第に魔力を直接操作する方法は廃れていったのじゃ」
魔力を持ち、詠唱さえすれば誰でも最適化された魔力量で同じ効果を発揮する呪文の開発。
当然ながら、この使い勝手のいい技術が広まるにつれ、それまでの使い勝手の悪い技術は自然と淘汰されていった。
呪文は「魔法使い」を生み出したが、同時に「魔力使い」が衰退する切っかけともなったのだ。
それが、現在では魔法使いはいても魔力使いは僅かにしか存在しない理由でもあった。
しかし、「魔法使い」ではなく「魔力使い」である辰巳は、呪文に頼らず魔力を直接操作するしかない。
とは言え、辰巳は魔力使いにして外素使いという規格外すぎる存在でもある。
魔力切れというものが実質的にない辰巳は、残存魔力量を気にすることなく魔力を使うことができる。
また、先程の案山子相手にしたように、魔力を直接叩きつけて炸裂させるなんていう荒技も、彼ならではだ。
これがカルセドニアとジュゼッペをして、辰巳を「出鱈目もいいところだ」と言わしめる理由であった。
「ふむ。ようやく婿殿も魔力を感じ、それを意識的に操ることはできるようになったようじゃの」
「ですが、まだまだ魔力の展開が遅いですね。これでは実戦では使えないと思います」
「確かになぁ……周囲の魔力を感じ取り、それをある程度は意識的に使うことはできるようになったけど……まだまだ実戦レベルじゃないよな」
ジュゼッペとカルセドニアに指摘された点を顧みて、辰巳も納得して頷いた。
「まあ、その辺は今後の課題じゃな。今は魔力を意識的に操ることができるようになったことで良しとしようかの」
ジュゼッペとカルセドニアに魔法の指導を受け始めて、もう随分と経つ。
下級神官としての勤めや武術鍛錬も熟しながら、魔法の修練も一所懸命に積み重ねてきた辰巳である。
ようやくここまで来たと辰巳は思うが、ジュゼッペやカルセドニアからすれば、彼の進歩は飛躍的と言っていい程だった。
確かに最初こそ魔力を感じることに手間取っていたが、魔力を感じられるようになってからの辰巳の進歩は本当に早かった。
辰巳の〈天〉系統には呪文がないため、全ては魔力を直接操って魔法を発動させなくてはならない。
だが、この「魔力を直接操る」という点において、辰巳は類まれな適応を見せたのだ。
これには、辰巳がこれまで暮らしていた日本という環境が役に立っていた。
言うまでもなく、日本には、いや地球世界には魔法や魔術というものは存在しない。もしかすると社会の裏側にひっそりと存在しているのかも知れないが、少なくとも辰巳は本物の魔法を知らない。
だが、魔法や魔術は実在しなくとも、コミックやゲームなどのいわゆるサブカルチャーでは、魔法はごく当たり前の存在であった。
辰巳はサブカルチャーにそれほど深く関わってはこなかったが、それでも通り一遍的には触れてきた。
ゲームの中で魔法を使ったこともある。魔法使いが登場するコミックを読んだことだってある。映画に登場する魔法使いは、それは見事な火球や稲妻をばんばんと放っていた。
現代日本の洗練されたゲームやコミックなどのグラフィックは、明確な魔法のイメージを辰巳の脳に刻み込んでいたのだ。
脳に刻み込まれた明確なイメージと、周囲から取り込んだ魔力を結びつける。そうすることで、辰巳は魔法を発動させている。
ただし、この方法には膨大な魔力が必要となる。イメージなどという抽象的なものを現実のものへと転換するのだ。そこには一般的な魔法使いでは絶対に不可能なほどの膨大な魔力量が必要だった。
今後、辰巳がよりイメージと魔力を結びつけることに慣れていけば、消費する魔力量も減るかもしれない。それでもこのやり方で魔法を発動させることができるのは、やはり外素使いである辰巳だけだろう。
「では、次の修練へ移りましょうか」
カルセドニアの明るい声が、部屋の中に響く。
今、辰巳とカルセドニア、そしてジュゼッペがいるのは神殿の中のとある一室で、ここは魔法の鍛錬のために用意された、四方を強化された石の壁で囲まれた何もない広い一室であった。
あるのは部屋に出入りするための扉が一つだけ。大きさは辰巳が召喚された地下室の倍ぐらいだろうか。
カルセドニアは腰に下げていた小袋から、一枚の銀貨を取り出した。
このゾイサライト大陸全体で一般的に用いられている、「交易銀貨」と呼ばれる統一コインである。
「ご主人様もご存知でしょうが、これと同じ銀貨を一枚、私たちの家の居間の机の上に置いておきました。ご主人様は、その銀貨をここまで転移させてみてください」
カルセドニアの言葉に辰巳も頷く。彼も自宅を出る間際に、カルセドニアが銀貨を机の上に置いたのを見ている。
これから彼らが行おうとしているのは、〈天〉系統の代名詞ともいうべき《瞬間転移》の魔法の修練である。
辰巳は目を閉じ、すっかり見慣れた自宅の居間を脳裏に思い浮かべる。そして、自宅の中央に置かれている机の上の、一枚の銀貨も。
周囲から取り込んだ魔力が、辰巳の指先に集まる。彼の指先に黄金の淡い光が灯り、その輝きが徐々に強くなっていく。
そして黄金の輝きが閃光となって弾けた時。
辰巳の指先には一枚の銀貨が────────存在しなかった。
「うーん……失敗……ですか?」
「そうみたいだな……」
自宅の机の上に置かれた銀貨は明確にイメージできた。それでも、その銀貨をこの場に呼び寄せることはできなかったのだ。
「では、今度はこの銀貨を別の場所に移してみましょう」
カルセドニアに促され、辰巳は彼女の掌の上の銀貨に集中する。
先程と同じように彼の指先に魔力が集まり、その指先で銀貨に触れた時。カルセドニアの掌から銀貨は消え去り、次の瞬間にジュゼッペの掌に出現した。
「今度は成功のようじゃのぉ」
「そうですね……うーん……」
辰巳は腕を組んで首を傾げる。
失敗した時と成功した時。どちらも手応えとしては同じものが感じられた。それなのに結果が違うということは、一体何が違ったというのだろう。
辰巳と同じ疑問を、カルセドニアとジュゼッペも感じているのだろう。二人も不思議そうな顔でジュゼッペの掌の上の銀貨を注目していた。
そんな中、ジュゼッペが何かを思いついたようではっと顔を上げた。
「もしかすると……ふむ、検証してみる価値はありそうじゃな。のう、婿殿や」
「なんですか?」
「今度はこの銀貨を……そうじゃな、あの扉の向こう側に送ってみてくれんかの」
ジュゼッペが指差したのは、この部屋に唯一ある出入り口の扉であった。現在その扉は閉ざされていて、その向こうにある廊下を見ることはできない。
辰巳は言われた通りに、先程と同じプロセスでジュゼッペの持つ銀貨に触れてみる。
そして弾ける黄金の光。だが、今度はジュゼッペの掌から銀貨が消えることはなかった。
「どういうことなのでしょう?」
首を傾げるカルセドニア。そんな彼女とは対照的に、ジュゼッペは納得顔で何度も頷いていた。
「ふむ。やはりのぉ。じゃが、もう少し検証を重ねてみる必要があるの。婿殿や、もう少し儂の言う通りにしてみてくれんかの?」
ジュゼッペの言葉に頷いた辰巳は、その指示に従って何度も銀貨を転移させてみた。
成功した場合もあれば、失敗した場合もある。それらを何度も繰り返すことで、辰巳の魔法の特性が徐々に見えてきた。
何度も検証を重ねた結果、辰巳の《瞬間転移》にはいくつかの制限があることが判明した。
まず、辰巳が転移させることができるのは、彼が直接触れているものに限られること。
これは生物無生物関係なく、辰巳の体の一部が触れているものでなければ転移させることはできない。
この検証のために神殿の庭で捕まえたバッタのような生き物──脚が六本ではなく八本だったが──を使って実験してみたが、銀貨などの無機物と同じ結果だった。
また、転移できる場所にも制限があった。それは辰巳の「目で見えている範囲」に限られるということ。そのため、扉の向こうなどのように直接見えない場所には、転移を用いることはできない。
逆に、転移させるものには特に制限はないようだった。どれだけ大きかろうが小さかろうが、生き物だろうが無機物だろうが転移させることはできる。
ただし、転移させるものが大きくなるほど、消費する魔力も多くなる。同じように、転移する距離が増えても消費魔力は多くなった。
もっとも、外素使いである辰巳には、この点はあまり関係しないだろう。
検証の場所を神殿の庭に変え、庭に置かれていた大きな庭石でも、その辺に落ちている小石でも結果は同じだったのだ。
ただし、これが辰巳が未熟ゆえの限界なのか、それとも《瞬間転移》自体の限界なのかは、現時点では不明である。
「では、いよいよ本日の主目的の実験に入ろうかのぉ」
再び魔法修練のための石壁の部屋に戻った辰巳たち。いつもの穏やかな笑みを消して、ジュゼッペが辰巳とカルセドニアに告げた。
本日行われた辰巳の《瞬間転移》の各種の検証と修練。その最後の実験であり主目的でもあるもの。
それが人間の《瞬間転移》である。
以前、確かに辰巳は自分自身を《瞬間転移》で転移させた。だが、それは彼が無意識のうちに行ったもの。それを今回は意識的に行おうというのだ。
もちろん、人間を《瞬間転移》させるのは予期せぬ危険を伴う。そのため、サヴァイヴ神殿でも魔法使いとして、また治療術師として最も実力の高いジュゼッペとカルセドニアの二人がこの実験に立ち合っているのだった。
「まずは、おぬし自身を転移させてみようかの」
ジュゼッペに言われ、辰巳は目を閉じて意識を集中させる。
自分の周囲に渦巻く魔力を感じ、自分自身が瞬間移動するシーンを脳裏の思い描く。
某映画で有名な「考えるな、感じろ」という台詞。その台詞をなぜか思い出しながら、辰巳はゆっくりと集中していく。
彼を取り巻く魔力が彼の体内に吸収されていき、その体内を満たした時。
辰巳が目を見開くと同時にその姿が掻き消え、石造りの部屋の片隅に出現した。
「まずは成功じゃの」
ジュゼッペがにこやかに微笑み、カルセドニアが笑顔で拍手をする。
「でも、魔法を発動させるまでにやっぱり時間がかかり過ぎですね」
「まあ、そこも今後の課題の一部じゃな。では……」
ジュゼッペが隣のカルセドニアを一瞥すると、カルセドニアは一回だけ頷いて辰巳へと近寄った。
「……次は自分以外を転移させてもらおうかの」
辰巳が自分以外の人間を転移させる。この試みは初めてのことであり、転移に失敗した時にその者がどうなるかは全く未知数である。
この危険な転移の対象として、何の躊躇いも見せずに名乗り出たのはやはりカルセドニアだった。
無言で辰巳の前に立つカルセドニア。その顔に浮かぶのは笑顔で、実験への恐怖は全く見られない。
「じゅ、ジュゼッペさん……やっぱり、いきなり人間で試すのは危険じゃないですか? まずは犬とか猫とかの小動物で……」
カルセドニアとは逆に不安そうな表情の辰巳。それはそうだろう。下手に魔法に失敗すれば、彼の大切な家族であるカルセドニアにどのような影響が出るか全く分からないのだから。
「そうは言うがの? いきなり都合のいい小動物などは手に入らんぞ?」
どうやらこのラルゴフィーリ王国では、ペットとして小動物を飼うという風習がないらしい。
犬と言えば狼や山犬、猫と言えば山猫が普通で、ペット用に品種改良された犬や猫などは存在しない。
猟犬や牧羊犬といった役割は、家畜化した魔獣に行わせるとのこと。
また、王都周辺には狼や山猫は殆ど棲息しておらず、これらを捕えるには魔獣狩りに依頼するしかないし、当然ながら費用と時間がかかる。
そのため、本日の修練には間に合わなかったのだ。
「大丈夫ですよ、ご主人様。私はご主人様を信じていますから」
にっこりと笑顔と共に信頼も向けられ、辰巳は思わず言葉に詰まってしまう。
「それに、何かあってもお祖父様がいらっしゃいます。お祖父様ならば、大抵の怪我は治療できますから」
「然様、然様。婿殿は自分を信じればよろしい」
カルセドニアとジュゼッペ。この世界で辰巳の家族とも言える二人に促され、ようやく彼も覚悟を決めた。
「じゃあ…………行くぞ?」
「はい……どうぞ……」
特に気負うこともなければ緊張することもなく、カルセドニアは自然体で両の瞳を閉じる。
魔力を十分に取り込んだ辰巳は、そのままカルセドニアの身体──左肩に右手で触れた。
彼の右手に、カルセドニアの暖かくて柔らかな感触が伝わる。何かとスキンシップを好む彼女と一緒に暮らしているため、辰巳には既に馴染みと言ってもいいその感触。
その感触が失われることを少し残念に思いながら、辰巳は魔力を解放させた。
今、二人がいるのは部屋の片隅。そこから部屋の中央へと、カルセドニアを転移させる。
部屋の中央を目標に選んだのは、そこならば周囲になにもないため事故が起きる確率も下がると判断したからだ。
そして、辰巳の掌からカルセドニアの感覚が消え失せ、間を空けることなくカルセドニアの身体が部屋の中央に現れた。
「おお、またもや成功のよ……っ!?」
「へ……ぶぶっ!?」
石造りの部屋の中央、そこに確かにカルセドニアは現れた。
彼女の身体だけは。
僅かな浮遊感を感じたカルセドニア。だがその浮遊感はすぐに消え失せ、彼女は閉じていた目をゆっくりと開いた。
どうやら辰巳の転移は成功したらしく、自分は無事に部屋の中央へと移動したようだ。
少し離れた所にいる辰巳とジュゼッペへと視線を移動させたカルセドニア。だが、どういう訳が二人は目を見開いて自分を凝視している。
カルセドニアは頭頂部のアホ毛が揺らしながら、不思議そうに首を傾げる。その際、僅かに移動した彼女の視界に、それは入った。
床に脱ぎ捨てられたように蟠る、白い神官服。よく見れば、僅かだがその中に白い下着らしき物も覗いている。
そして、その神官服の上には、とても見覚えのあるサヴァイヴ神の聖印。
──あれ? あれって私の聖印? ってことは、あの神官服も私のもの?
その時になって、ようやく彼女の脳が事態に追いついた。
恐る恐る自分の身体へと視線を動かすカルセドニア。
その紅玉のような真紅の瞳に、真っ白な彼女の身体がはっきりと見えた。
すらりと長く、それでいて肉付きのよい両足。
ふっくらと絶妙な曲線を描く尻と、両足の付け根に存在する髪と同じ色合いの叢。
きゅっと括れた細い腰。
そして、たっぷりとした質量を誇りながらも、決して型くずれを見せない胸の両の膨らみ。
その膨らみの頂点には、可憐な淡い色合いの果実がちょこんと顔の覗かせていて。
「………………ひょ……」
カルセドニアは、自分が今、いわゆるひとつのすっぽんぽんの状態でいることに気づき、その顔と言わず胸元までを一瞬で赤く染めた。
どうやら、先程の辰巳による転移は、彼女「だけ」を転移させたらしい。
「ひょえええええええええええええええええええっ!?」
慌てて両腕で豊かな胸を抱くようにして隠し、その場にぺたんとしゃがみ込むカルセドニア。
「ご、ご主人様は構いませんが、お祖父様は早くあっちを向いてくださいっ!!」
思わず上がった悲鳴に、辰巳は慌てて、ジュゼッペはゆっくりと後ろを向く。
それを確認したカルセドニアは、涙目になりながら床に落ちている自分の服の元へと移動し、急いでそれを身に着けていく。内心で、辰巳までもが後ろを向いたことに若干の寂しさを感じつつ。
背後から聞こえる衣擦れの音。それは青少年である辰巳にはとても刺激の強いもので。
ただでさえ今しがた、カルセドニアの眩しい肢体を見たばかりなのだ。嫌でも辰巳の心臓は速く激しく鼓動してしまう。
自分の頬が火照りを持つのを自覚しながら、辰巳はとある事実に思い至る。
「あ、あれ? これって結局、実験は……」
「まあ、失敗じゃろうのぅ。とはいえ、修正は難しくはあるまい?」
カルセドニアを意識しすぎたため、彼女「だけ」を転移してしまった。今度は彼女と彼女が身に着けたもの「全体」をしっかりと認識すれば、次は彼女「だけ」を転移してしまうことはないだろう。
「確かに失敗は失敗じゃが、これはこれで婿殿にとっては嬉しい失敗じゃな? 婿殿がその気になれば、どんな女子じゃろうと……それこそがちがちに鎧を着込んだ女騎士でさえ、一瞬で裸に剥けるぞい? ほっほっほっ」
「し、しませんよ、そんなことっ!!」
カルセドニアには聞こえないように、ぼそぼそと小声で交わされる二人の会話。
赤くなった顔を更に赤く染めて否定する辰巳に、ジュゼッペはとってもイイ笑顔を浮かべながら、にゅっと右手の親指を突き出した。




