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最後の刺突


 空から落ちてくる黄金の流星群。その流星たちが降り注ぐ範囲は、広大なクリソプレーズ邸の敷地全体に及ぶだろう。

 どんどん近づく無数の魔力弾を、辰巳──本物の方──は鋭い視線で睨み付ける。

「こうなったら……撃ち落とす!」

「う、撃ち落とすっ!?」

 鏡像の方の辰巳が、ぎょっとした表情で隣に浮かぶ辰巳へと振り向く。

「見様見真似でこちらも魔力弾を撃つしかない! 目の前にこれだけ『お手本』があるんだ! 絶対にできる!」

 目前まで迫った流星群に対し、辰巳は左手を勢いよく突き出した。

 そして、もう一人の辰巳もまた、同じように右手を突き出す。

「なるほど……確かにおまえの言う通りだな!」

 辰巳の魔法の根源はイメージである。脳裏に描くイメージが明確であれば明確であるほど、それを実現する可能性は高くなる。

 そして彼の言葉通り、イメージの元となる「現物」が目の前に無数にあるのだ。ならば、同じ魔力弾を再現することだってできるはずだ。

 辰巳は脳裏に明確な魔力弾の姿を思い描く。そして描いた魔力弾を、そのまま体外へと押し出すようにイメージする。

 同時に、辰巳の中に存在する魔力が一気に抜けていき、突き出した彼の掌から思い描いた通りの魔力弾が連続して飛び出した。

 連射するマシンガンのように飛び出していく黄金の魔力弾が、降り注ぐ流星群を迎撃していく。

 その辰巳の隣では、やはり同じように魔力弾の再現に成功した鏡像の辰巳が、次々に流星群を撃ち落とし始めた。

 二人の辰巳はいつしか空中で背中合わせになり、周囲に存在する黄金の流星を片っ端から撃ち落としていく。

 実質上無限の魔力を有する辰巳たちは、まさに弾丸が尽きることはない砲台である。迎撃の魔力弾が、降り注ぐ黄金の流星を次々に食らっていく。

 だが、それでも黄金の流星群の方が数が多い。

 必死に流星を撃ち落とす辰巳たちをあざ笑うかのように、迎撃できなかった樹美の魔力弾が地上へと落ちていく。

 更には、黄金の魔力弾の雨に紛れて、『アマリリス』の鋭い(アンカー)が辰巳たちを襲う。

 二人の辰巳の腕を、足を、胸を、『アマリリス』の錘が転移を繰り返して次々に貫いていく。

 鏡像の辰巳は襲い来る『アマリリス』を完全に無視し、降り注ぐ魔力弾の迎撃に専念する。しかし、本物の辰巳の方はそうはいかない。手足などの致命傷に程遠い箇所は無視するも、胸や腹などの身体の重要器官はガードする必要がある。

 そのため、辰巳は『アマリリス』から身体を守ることが多くなり、どうしても降り注ぐ魔力弾への対応が疎かになってしまう。

 その結果、辰巳たちが撃ち漏らす魔力弾が徐々に増えていく。しかし辰巳たちが、撃ち漏らした魔力弾を気にする様子を見せることはない。

 なぜなら、彼は──いや、彼らは二人だけではないのだ。

 樹美と戦っている者は、他にもいるのだから。




 辰巳たちが撃ち漏らした魔力弾を、地上から撃ち上げられた炎が、雷が、氷が、水弾が迎え撃つ。

 言うまでもなく、地上にいるカルセドニアたち魔法使いがそれぞれの魔法を使って、地上へと迫る魔力弾を撃ち落としているのだ。

 辰巳が『アマリリス』を飛竜剣で斬り捨てながらちらりと地上へと目を向ければ、そこには魔法を行使する仲間たちの姿があった。

 モルガーナイクが、エルが、ジュゼッペが、そしてカルセドニアが。

 それぞれ連続で詠唱を行い、攻撃魔法を解き放っていく。

 そんな中、ジュゼッペの大きな声が辰巳たちに耳に届く。

「婿殿よ! ちと、大きな奴が行くぞい! 巻き込まれるでないぞ!」

 ジュゼッペの忠告と同時に、大量の水を孕んだ巨大な竜巻が出現した。

 〈海〉系統、最上位魔法の一つである《水竜巻》。広域型とでも言うべき〈海〉系統の魔法だけあって、出現した竜巻はしばらくその場に留まり続け、周囲に存在する流星たちを次々に飲み込んでいく。

 吹き荒れる豪風が辰巳たちや樹美までをも蹂躙するが、彼らは何とかその驚異的な風に耐える。だが、このまま空中に留まれば、いつかは竜巻に飲み込まれてしまうだろう。

 そう判断した辰巳たちは、転移を用いて安全圏へと避難する。

 荒れ狂う竜巻は樹美の魔力弾だけではなく、クリソプレーズ邸の庭に置かれていたオブジェや植えられていた樹木、更には転がっていた軍竜の死骸までをも巻き上げ、ばらばらに引き裂いていった。




 《水竜巻》の猛威が消え去った時、美しく整えられていたクリソプレーズ邸の庭は見るも無残な姿へと変貌していた。

 景観を考えて植えられていた木々はへし折れ、中には根ごと引き抜かれたものもある。

 品よく配置されていたオブジェたちもその大半が破壊されており、その瓦礫が辺りに散らばっている。

 散らかっている瓦礫の中には軍竜の体の一部と思われるものもあり、ちょっとした戦場跡のような有様だ。

 それでも、屋敷そのものや近隣の屋敷にそれほど被害が及んでいない──多少の影響はどうしてもあった──ところを見ると、《水竜巻》はジュゼッペによってしっかりと制御されていたのだろう。

「お、お爺様……さ、さすがにこれは……少々やり過ぎではありませんか?」

 荒れ果てた庭を見回し、カルセドニアが祖父に問う。

「なに、庭など金さえかければいくらでも整えられるわい。カルセも知っていようが、儂、かなりの金持ちじゃしの」

 呵々と笑うジュゼッペに、カルセドニアは傍にいたエルと顔を見合わせて、大きな溜め息を吐く。

 確かに人的被害もなく、近隣の屋敷に大きな被害もなかった以上、今回に限っては結果オーライと言えるかもしれない。

「ところで、他の者たちはどうなったかの?」

 その言葉にカルセドニアが周囲を見渡せば、荒れ果てた庭のあちこちに転がる瓦礫の向こうで、モルガーナイクやジャドック、そしてミルイルが立ち上がるところだった。

「とんでもない竜巻だったわね……死ぬかと思ったわン」

「本当……軍竜と対峙した時より、余程怖かったわ……」

「……猊下の派手好きにも困ったものだ……」

 《水竜巻》が撒き散らした水でずぶ濡れになり、更には豪風に抗うために地面に伏せていた三人は泥だらけである。身体中にくっついた泥を振り払いながら、モルガーナイクたちがカルセドニアたちのいる場所へと集まってくる。

「おお、お主ら。無事だったようじゃのぉ」

「無事だった、じゃありませんよ、最高司祭様ン」

 じっとりとした目で、ジャドックがジュゼッペを睨む。

「いや、済まぬの。じゃが、あの時はあれが最善じゃったと儂は思うがの」

 確かに、ジュゼッペの《水竜巻》によって樹美の魔力弾を纏めて消滅できたのだ。他の魔法で一つずつ撃ち落としていては、撃ち漏らした魔力弾によって屋敷に被害が及んでいただろう。

「して、婿殿たちはどこじゃな?」

「そ、そう言えばご主人様たちはどこに……?」

 カルセドニアだけではなく、仲間たち全員が周囲を見回す。

 と、その時だった。

 空中から全身を漆黒の鎧で包んだ人物が、その身体を穴だらけにして落ちて来たのは。




 時間はやや巻き戻る。

 ジュゼッペの《水竜巻》から転移で逃れた辰巳たち三人は、《水竜巻》の影響の及ばない上空で改めて対峙した。

 元より「ヤマガタタツミ」という同一存在故に、《水竜巻》から逃れようと考えた先が一緒だったのか、それとも無意識の内に相手の魔力波動を追いかけたのか。

 辰巳たちと樹美は同時に上空に現れ、そのまま再び刃を交えることになった。

 とはいえ、先程あれだけの魔力弾を作り出した樹美は、魔力も体力も尽きかけている。

 対する辰巳たちもまた、魔力はともかく体力の方は限界に近い。不慣れな魔力弾を連続して撃ち出したため、体力の方を大幅に削られてしまったのだ。

 共に肩で大きく息をする三人の「タツミ」たち。

「……本っ当に……しつこい奴らだな……」

 樹美は〈魔〉を数体呼び出して、それを魔力として吸収する。体力の方は簡単には回復しないが、これで僅かとはいえ魔力だけでも回復した。

 一方の外素使いである辰巳たちも、既に魔力はフル回復している。だが、やはり体力だけはすぐには戻らない。

 更には、先程の魔力弾の迎撃の際に『アマリリス』による攻撃を、辰巳たちは身体の各所に受けていた。

 手足には無数の穴が開き、鏡像はともかく本物の辰巳は出血も深刻だ。

 《自己治癒》が既に発動し、怪我は徐々にふさがっている。だが、完全に回復するにはもう少し時間が必要だろう。

「回復する時間を与えるつもりはねえぞ!」

 残り少ない力を振り絞り、樹美が〈天〉の魔力弾をばら撒く。黄金の魔力弾が後方以外の上下左右前方より、辰巳たちを包囲するように迫る。

 退路は後方。だが、おそらくそちらは罠だろう。乱れ飛ぶ魔力弾に紛れて、『アマリリス』が虎視眈々と辰巳たちが後ろへと下がるのを待ち構えているに違いない。

 それを理解しているから、辰巳たちは後退することなく迫る魔力弾を迎え撃つ。

「魔力弾で応戦するなよ! 余計に『アマリリス』の気配が読み辛くなる!」

「分かっている!」

 手にした飛竜剣に《裂空》を纏わせ、辰巳たちは迫る魔力弾を斬り払っていく。

 樹美の体力も限界が近く、魔力弾の数はそれほど多くはない。だが、本当に警戒すべきは『アマリリス』である。

 今も本体の辰巳が魔力弾を斬り払うと同時に、その弾けた魔力に紛れて『アマリリス』の錘が転移し、辰巳の身体へと襲いかかる。

 『アマリリス』が狙うのは、辰巳の右目。咄嗟に飛竜剣を引き戻し、ぎりぎりで『アマリリス』を払いのけることに成功。だが、その直後に『アマリリス』は再び転移して別の角度から辰巳へと襲いかかり、左の太股を貫いた。

「……ぐ……っ!!」

「どうやら、どっちが本物なのか区別がついているようだな」

「そうらしい」

 『アマリリス』は、的確に本物の辰巳を狙ってくる。それは樹美が本物と鏡像をはっきりと見分けているからだろう。

「でもどうやって見極めを……そ、そうか……利き腕か……!」

 鏡像の自分──左手に飛竜剣を持っているその姿を見た辰巳は、そのことに気づく。

 かつて、姿写しの鏡が作り出した鏡像のカルセドニアを辰巳が見極められたのは、鏡像ゆえに本物とは全てが左右逆だったからだ。

 おそらく、樹美も飛竜剣を持つ利き腕で鏡像と本物を区別しているに違いない。

「だったら……」

「……それを利用するまでだ」

 互いに一つ頷き、二人の辰巳が転移した。




 次に辰巳たちが現れたのは、樹美の左右。だが、彼らが転移で現れることは樹美にも読めている。

 樹美は現れた辰巳たちを瞬時に見極め、片方──右手に飛竜剣を持っている方──へと『アマリリス』の鎖を放つ。

「ははっ!! どちらが本物か、もうバレているんだよ!」

 勝ち誇った樹美の宣言。

 転移後の辰巳が身構えるより早く、樹美に右腕から迸った朱金の細鎖が辰巳の身体を貫いた。

 しかも、『アマリリス』の攻撃は一度だけでは止まらない。何度も転移を繰り返し、辰巳の腕、足、腹、胸、頭を次々に串刺しにしていく。

 だが。

「……い……や……おま……の読み……は……外れ……よ」

 身体中に穴を穿たれた辰巳が、途切れ途切れに言葉を零す。

「な……なに……? お、おまえは偽者の方か……っ!!」

 樹美が利き腕で本物と偽者を判断していると推測した辰巳たちは、樹美の左右へと転移する直前、互いに飛竜剣を持つ手を変えたのだ。つまり、『アマリリス』が貫いたのは、右手に飛竜剣を持った鏡像なのである。

 そのことに気づいた樹美は、思わず動きを止めた。止めてしまった。

 彼女が動きを止めたのは、一秒にも満たないごく僅かな時間。だが、その隙を身逃すことなく、飛竜剣を改めて右手に構えた本物の辰巳が、樹美目がけて一直線に飛翔する。

 辰巳の急接近に気づいた樹美は、『アマリリス』が貫いた鏡像の辰巳を邪魔だとばかりに地上へと蹴り落とす。

 鏡像は出血することもなければ、痛みを感じることもない。だが、それでも鏡像自体に耐久限界は存在する。『アマリリス』の猛攻を全身に受けた鏡像は、その時点で既に耐久限界に達していたのだろう。

 無言のまま地上へと落ちていく鏡像。だが、辰巳はそちらに目を向けることはない。この僅かな隙は、鏡像が身体を張って作り出した、おそらく最後であり最大の好機である。

 辰巳自身、魔力はともかく体力の方が限界に近い。最後の力を振り絞り、辰巳は樹美目がけて突っ込んでいく。

 一方の樹美も、すでに回避が間に合わないことを悟っていた。彼女もまた、魔力、体力共に底を突く寸前。体力の低下は身体の動きの鋭さを奪っている。疲れきった今の彼女に、辰巳の全身全霊の特攻を躱す余裕はない。

 だから。

 だから樹美は、ちらりと僅かに視線を動かし、地上にいるとある人物の存在を確かめる。

 まだ、《瞬間転移》を一回使うぐらいの魔力と体力は残っている。その最後の《瞬間転移》で、彼女は自分が転移して移動するのではなく、別の誰かをこの場に転移させることを選んだのだ。

 今、樹美の視線は、地上にいる白金色の髪の女性の姿を捉えていた。




 突然空から落ちて来た、漆黒の鎧──飛竜の鎧で身を包んだ人物。その身体のあちこちには無残に穴が開いている。だが、そこから出るべき血は見えない。

「ご、ご主人様……っ!? い、いえ、鏡像の方……?」

 無残な姿となった辰巳──の鏡像へと、カルセドニアが駆け寄る。いや、駆け寄ろうとした時。

 不意に、彼女の視界が変化した。それまで地に横たわった鏡像の辰巳を見ていたはずなのに、今の彼女の視界には、もう一人の辰巳──本物の彼女の夫の姿が、剣を構えて間近に迫っている光景が映り込んでいるのだ。

「…………え?」

 カルセドニアはすぐに自分が《瞬間転移》したことに気づく。そして、同時に感じる誰かが背後にいる気配。

 振り返るまでもなく、背後にいるのは樹美に違いない。そして、目前まで迫っているのは飛竜剣を構えた辰巳。

 今、自分の置かれている状況が、数日前と同じであることにカルセドニアは嫌でも気づかされる。

 あの時、辰巳は自分を傷つけないために飛竜剣を自ら手放し、樹美の反撃を食らった。そして、日本へと強制的に送り返されたのだ。

 その時と全く同じ状況。違うことと言えば、あの時は地上だったが、今は空の上にいることぐらいか。

 樹美の狙いは明らかに、あの時と同じだろう。カルセドニアを守るために辰巳が剣を手放した時、今度こそ辰巳を殺すつもりなのだ。

 間近に迫った辰巳と、言葉にならない悲鳴を飲み込むカルセドニアの視線が空中で絡み合う。

 辰巳の黒い双眸にあるのは、ある種の決意。その決意が何なのかまではカルセドニアにも分からないが。それでも彼女がこの世界で最も愛し、最も信頼する男性が決意したことである以上、カルセドニアはただ辰巳を信じることを選ぶ。

 目を閉じ、微笑みさえ浮かべるカルセドニア。

 彼女のその覚悟が伝わったのか、辰巳もまた柔らかな笑みを口元に浮かべる。

 一方、樹美の方は明らかに焦りを見せていた。

 カルセドニアを地上より転移させ、辰巳の攻撃から身を守る盾とする。当然、辰巳にカルセドニアを傷つけられるはずもなく、数日前と同じ状況が生み出されるだろう。

 そう考えていた樹美だが、辰巳が攻撃を止める気配を感じられないのだ。

──ま、まさかあの野郎……チーコごと俺を貫くつもりか……?

 焦りの表情を浮かべる樹美。

 辰巳を信じて全てを受け入れるカルセドニア。

 胸の奥で決意の炎を燃やし、そのまま突っ込む辰巳。

 辰巳が止まるつもりがないと判断した樹美は、『アマリリス』を飛ばす。

 放たれた『アマリリス』の錘が、辰巳の左胸──心臓を貫こうとする。それに対し、辰巳は迫る『アマリリス』を無視して、右手に持った飛竜剣を力一杯突き出した。

 結果、辰巳の身体は右側を前にした半身となり、『アマリリス』は鎧の胸の部分を削るに留まった。

 そして、辰巳が放った最後の刺突は、盾にされているカルセドニアの身体に届き──




 鉛色の空に、真紅の花が咲いた。



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