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三人目の「タツミ」

 辰巳の顔を覆う鎧の兜は、バイク用のジェットタイプヘルメットに酷似したデザインであり、いわゆるバイザー部分は飛竜の複眼部分の素材が用いられていて、内側からの視界に影響ないものの、外側からは内側がよく見えない作りになっている。

 その不透明なバイザーの向こうに、樹美は確かに見た。

 腹を貫かれたにもかかわらず、僅かに透けて見えるバイザー越しに辰巳の口元が笑みの形に吊り上げられたのを。

 その直後、背後に感じる〈天〉の魔力波動。はっとした表情を浮かべた樹美が背後を振り返った時、そこに飛竜剣を振り上げた「第三のタツミ」の姿を見た。

 反射的に《瞬間転移》を発動させて、樹美は「三人目のタツミ」が振り下ろした飛竜剣を回避する。

 だが、ほんの僅かだが転移の発動が遅れ、飛竜剣が樹美の背中を浅く斬り裂く。

「ぐぁ……っ!! あ、あいつがもう一人だと……っ!? ど、どういうことだ……?」

 背中に走った痛みに顔を顰めながら、辰巳は空中に浮かぶ「二人の辰巳」を忌々しく見つめる。

 身に着けているのは、全く同じデザインの飛龍の鎧。そして、手にしているのもまた、同じ飛竜剣。

 身長も体つきも全く同じ二人の辰巳。この時、混乱している樹美は気づいていなかった。

 確かに腹を貫かれた辰巳だが、その傷口からは全く出血していないことに。




「ど、どうなっているの……?」

「た、タツミちゃんがもう一人……? も、もしかしてあの鎧の中身は別人なのかしら……?」

「い、いや、仮にあの二人以外に〈天〉の魔法使いがいたとしても、飛竜素材で全く同じ意匠の鎧など、そうそう存在するわけがないが……」

 混乱しているのは樹美だけではない。地上で軍竜と戦いながらちらちらと空を見上げるモルガーナイクたちもまた、樹美同様に混乱していた。

 辰巳が愛用している飛竜の鎧は、いわゆる「一点物」のオーダーメイドである。飛竜の素材を必要な分だけ揃え、そしてニーズたち兄弟の実家である〔ドワイエズ武具店〕に鎧の制作を依頼すれば、辰巳と全く同じ鎧を手に入れることは可能かもしれない。

 だが、飛竜の素材を集めることは極めて難しい。モルガーナイクが言ったように、飛竜の素材などそうそう転がっているようなものではないのだ。

「じゃ……じゃあ……あ、あれは……誰なのかしらン……?」

 迫る軍竜の頭を叩きつぶしながら、ジャドックが首を傾げる。

 突然現れた三人目のタツミの存在に混乱するモルガーナイクたちだが、軍竜はそんなこと関係なく襲いかかってくる。

 彼らは軍竜たちをあしらいつつ、時折空を見上げては言葉を交わし合っているのだ。

「周囲にいる軍竜はあと少しよン。話は後にしてまずは軍竜(こっち)を片付けましょう」

 ジャドックはぶんと斧を一振りして、刃についた軍竜の体液を振り払う。モルガーナイクとミルイルは、ジャドックの言葉に頷くと残る軍竜の掃討へと取りかかった。




 軍竜との戦いは若い者たちに任せて、ジュゼッペは庭の片隅に座り込み、突如現れた第三のタツミを見上げていた。

「なるほど……婿殿め、さてはアレを使いおったな?」

「やっぱり、お爺様もそう思われますか?」

 空を見上げながら呟いたジュゼッペの元に、軍竜を片付けたカルセドニアがエルを伴ってやってくる。どうやら、祖父の今の呟きにカルセドニアも心当たりがあるようだった。

「カルセさんも最高司祭様も、あの三人目のタツミさんに関して何か心当たりがあるのですか?」

 エルは不思議そうに三番目のタツミを見上げる。

 彼女も三人目のタツミの存在に関してまでは、()()()いなかったのだ。

「エル殿、あれは……あの三人目の婿殿は、おそらく鏡像じゃろう」

 辰巳の家の屋根裏部屋に保管されている姿見の鏡。それは『姿写しの鏡』と呼ばれる魔封具なのである。

 鏡に映り込んだ人物の複製、即ち鏡像を作り出す能力を持った魔封具であり、以前にとある目的でジュゼッペがバーライド国王から譲り受けたのだが、ジュゼッペの目的とは微妙に噛みあわなかったため、辰巳たちに贈られた──押しつけたとも言う──品であった。

 おそらく辰巳はその『姿写しの鏡』を使って、自分の鏡像を作り出したのだろう。

 もっとも、この『姿写しの鏡』にも欠点がある。作り出せる鏡像は一回につき一体のみで、一度鏡像を作り出すと魔力の充填に三日ほど必要となり、作り出された鏡像の持続時間も二時間ほどしかない。

 だが、今回は二時間もあれば十分である。辰巳と樹美の実力はほぼ拮抗しているが、「辰巳二人」と樹美ならば辰巳の方が断然有利になる。

「そう考えて、婿殿は自分の鏡像を作り出したんじゃろうて」

「なるほど。()()にタツミさんが言っていた切り札って、きっとこのことだったんですね」

 空を見上げながら呟くエル。今のエルの言葉に、カルセドニアは何か引っかかるものを感じた。

「女将さん……女将さんはもしかして……」

「さあ……どうでしょう?」

 カルセドニアの問いに、エルはぱちりと片目を閉じて応えるのだった。




「……奇襲は失敗か」

「あれを躱されるんじゃ、他のどんな奇襲だって同じだろうな。まあ、この奇襲は『アレ』が通用するかどうかの試験のようなものだし」

 宙に浮かんだ二人の辰巳は、同じように少し離れて宙に浮かぶ樹美を見つめながら言葉を交わす。

 今回の戦いに向けて、辰巳が用意した切り札は二枚。その内の一枚が「鏡像の辰巳」であった。

 そして、残されたもう一枚──辰巳的にはこちらこそが真打──が通用するかどうかを、鏡像を使ってテストしてみたのだ。

 鏡像を使った奇襲が成功するならそれでよし、失敗したとしても、真打の切り札を切るタイミングを見計らうことができる。

「この調子だと、普通にアレを使っても躱されるっぽいな」

「だろうな。おそらく通用するのは最初の一度だけだろうし、余程慎重にタイミングを見計らう必要があるな」

 樹美に聞こえないほどの小声でのやり取り。二人の辰巳は、これからの戦術を組み立てていく。

「俺が前面に出る。どうせこの身体は魔力でできた作り物だ。この通り、腹を貫かれても血も出ないし」

「いいのか?」

「俺はおまえだぜ? チーコを悲しませたあいつを許せないのは、おまえと一緒だよ」

 二人の辰巳は、右手と左手の手の甲をこつりと触れ合わせる。

「いくぞ!」

「おう!」

 撃ち出された矢のように、二人の辰巳が左右に分かれて樹美を挟撃する。

「ったく、何なんだよ、おまえたちはっ!?」

 樹美はいまだに三人目の正体が鏡像であることに気づいていない。いや、『姿写しの鏡』の存在そのものを知らないのだ。

 左右から襲いくる辰巳たちを見て、樹美は大きく後退する。だが、その程度で辰巳たちの追撃を振り切れるはずもなく、左右に分かれた辰巳たちは僅かな時間差をつけて樹美に向けて飛竜剣を振る。

 自分の右手側から襲い来る辰巳の剣を手にしたショートソードで往なし、左手側の辰巳へは魔力弾を放って牽制。

 このまま二人の辰巳に接近を許せば、自分の方が圧倒的に不利になる。そう判断した樹美は、辰巳たちを振り切るために《加速》を発動させて更に上空へと逃れた。

 もちろん、辰巳たちも樹美を追って上昇する。

「しつこいんだよ! ストーカーか、おまえらは!」

「少なくとも、異様にチーコに執着するおまえにだけは言われたくないな!」

 背後から迫る辰巳たちに向けて、樹美は魔力弾をでたらめに放つ。彼女としても、魔力弾が辰巳たちに通用するとは思っていない。放った魔力弾は単なる牽制であり、二人を近づけさせないのが目的である。

 樹美の周囲に、十発ほどの魔力弾が現れる。しかし、その魔力弾はこれまでのような赤黒いものではなく、黄金に輝く魔力弾だった。

 〈天〉の魔力によって作り出された魔力弾。それがまるで戦闘機から放たれるミサイル欺瞞用のフレアのように、樹美を追う辰巳たちの前方に一斉に展開された。

「て、〈天〉の魔力弾かっ!!」

「なるほど、〈冥〉の魔力で魔力弾が放てるなら、〈天〉でもできるよな」

「感心している場合じゃないぞ!」

 高速で押し寄せる、黄金の魔力弾の群れ。しかし、十発程度なら二人で十分あしらえる。

 二人の辰巳は、近づく魔力弾を片っ端から斬り払っていく。もちろん、ただ斬り払うだけではなく、可能であれば魔力弾を回避してやり過ごすこともある。

 今も、片方の辰巳のすぐ近くを魔力弾が通過した。予めその弾道が自分に当たらないと予測した辰巳は、特に気にすることもなく魔力弾が通過するに任せていた。

 その辰巳の胸を、突然何かが貫いた。驚いた辰巳が自分の胸を見下ろせば、そこには血に濡れた朱金の細鎖が見える。

「あ、『アマリリス』か……っ!?」

 血を吐き、激痛に顔を歪めながら、辰巳は鎖を掴んで一気に引き抜く。だが、彼が引き抜くより早く、『アマリリス』の鎖は転移によって消滅した。

 どうやら先程の〈天〉魔力弾は、『アマリリス』による攻撃を隠すデコイだったようだ。

 〈天〉の魔力によって作り出された魔力弾が乱れ飛ぶことで、転移を使う際の魔力波動を隠すことこそが樹美の狙いだったのだろう。

 しかも、『アマリリス』が貫いたのは、本体の方の辰巳であった。空中に一筋の真紅の糸を引きながら、辰巳の高度が一気に下がる。

「お、おい、大丈夫かっ!?」

 落下する辰巳の元へと、鏡像の辰巳が近寄ってくる。

「だ……大丈夫だ……さ、幸い急所は外……てい……ようだし……《自己治癒》が発動……から、すぐに回復……る」

 苦しげに胸を押さえつつ、辰巳は何とか体勢を整える。

「やっぱり、『アマリリス』は厄介だな……」

「ああ。自分が使っていた時よりも、こうして敵に回すとその反則的な強さがよく分かる」

 自分たちよりも上空に停止している樹美を見上げながら、ようやく喋れる程度に回復した辰巳は、鏡像の自分と言葉を交わす。

 そして、その二人の表情が引き攣ったのは、次の瞬間だった。

 なぜなら見上げる辰巳たちの視線の先で、無数の魔力弾が鉛色の空を黄金に染め上げていたのだから。




「どういう仕掛けか知らないが……どうやら、もう一人のあいつは何らかの手段で魔法的に作り出したダミー……いや、コピーってところだろうな」

 先程、自分は間違いなく辰巳の腹を刺したのだ。その手応えが確かにあったことから、もう一人の辰巳が幻覚の類ではないのは間違いない。しかし、その辰巳は腹の傷を一向に気にする素振りもなければ、出血している様子もない。

 そのことから、自分が刺した辰巳が魔法的に作られた存在であると樹美は判断した。

「それに、冷静になればどっちが本物でどっちが偽者か、見分けるのも容易いし」

 にやりと口元を歪めながら、樹美は二人の辰巳を見下ろす。

 二人の辰巳は飛竜剣を手にしているが、それぞれ違う側の手に飛竜剣を持っている。片方は右手、片方は左手。辰巳が右利きであることは、これまで《使い魔》を通した観察や前回の戦いで分かっている。つまり、左手に飛竜剣を持っている方が偽者の辰巳なのだ。

「どちらが偽者なのか、見分けがつけばそれ程恐れることはない。後は距離さえ詰められなければいいんだ」

 本物と偽者の見分けがついても、接近戦に持ち込まれればそんなことは関係なくなる。剣の腕も飛竜剣の威力も、両方とも同じなのだから。

 そう判断した樹美は、体内に残る魔力を総動員して〈天〉の魔力弾を作り出していく。

 作り出された魔力弾はどんどん増えていき、やがて、周囲を黄金の魔力光で染め上げるまでになる。

「そもそも、二人纏めて潰しちまえばいいだけの話だ」

 樹美の目は、自分を見上げる二人の辰巳の更に下へと向けられる。

 彼女は無策に上昇したのではない。こうして辰巳たちの頭上を押さえることこそが、樹美の狙いであった。

 彼らの足元には、クレソプレーズ邸がある。そして、その庭ではモルガーナイクたちが軍竜と戦っているのだ。軍竜との戦いそのものはほぼ終わり、モルガーナイクたちもその顔に驚きを浮かべて空を見上げていたのだが、上空の樹美にはそこまで分からない。

 もしも二人の辰巳が《瞬間転移》で魔力弾の群れを回避すれば、無数の黄金の輝きはクリソプレーズ邸を思うがままに蹂躙する。

 モルガーナイクたちならば、黄金の魔力弾による絨毯爆撃を何とか凌げるかもしれない。だが、クリソプレーズ邸には、争いごととは全く無縁の使用人たちだっているのだ。

 地上へと降り注いだ魔力弾はクリソプレーズ邸を破壊し、そこで働く使用人たちに少なくない被害が出るだろう。

「くくくく、さあ、《天翔》サマたちは……どう対処してくれるのかな?」

 狂的な笑みを顔中に貼り付けた樹美が、黄金の死の雨を今、降らせた。



 『姿写しの鏡』につきましては、139話『ディグアンとリリナリア』の後書きにも書いたように、書籍版1巻が初出です。

 興味のある方は、是非書籍版でご確認のほどを(笑)。

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