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〈魔〉を取り込む

 差し出されたティーナの手の上には、朱金の鎖で戒められた一羽の雀。

 彼女は部屋の中を見回すと、片隅に放置してあった鳥籠へと視線を向けた。

「ああ、あの鳥籠……少しの間だけ借りてもいいかな?」

「え? あ、はい、構いませんけど……」

 その鳥籠は、かつてオカメインコだった頃のチーコが使用していた鳥籠である。以前ならば、辰巳はその鳥籠にチーコ以外の鳥を入れることに難色を示したかもしれない。だが今、そのチーコはカルセドニアとして別の世界で生きている。

 ならば僅かな間、チーコの鳥籠に他の鳥を入れることに否を言うこともない。

 辰巳はティーナに頼まれて、鳥籠を彼女の元へと運んでくる。

 ティーナは鳥籠を受け取って扉を開けると、その中に雀を入れて鎖の戒めを解く。

 自由になった雀は籠の中で暴れるが、すぐに大人しくなってその真紅の双眸をじっと辰巳へと向けた。

「それでティーナさん……この雀をどうするんです?」

「もちろん、この雀を利用するわけだよ。……ああ、正確には雀ではなく、利用するのはこの雀に憑いている〈魔〉の方だけどね」

「え……えええええええっ!?」

 〈魔〉を利用する。それは辰巳にとっては大きな禁忌である。カルセドニアと共に暮らし、ジュゼッペから教えを受けた身として、辰巳には〈魔〉は忌避すべき存在だという思いが根付いている。

 そんな辰巳に、ティーナは〈魔〉を利用しろと言うのだ。

「そ、そんな……っ!? そ、それじゃあ、あいつと……もう一人の俺と同じじゃないですかっ!?」

「そう。君ともう一人の君……樹美くんは大元では同じなんだ。だから……君ならできるはずだ。〈魔〉を支配し、〈魔〉が持つ魔力を利用することがね」

 真っ正面から辰巳を射抜く、ティーナの鋭い視線。そこに冗談や戯言の類は一切含まれず、彼女が真剣に〈魔〉を支配しろと言っていることが辰巳には分かる。

「幸い……と言っていいかどうかは分からないが、君にも〈冥〉の素質がある。本来なら樹美くんのように自らの身体に〈魔〉を憑かせ、自身の力とする方が手っ取り早いと思うのだが……直接〈魔〉を自分に憑かせるのはやはり危険だし、君もそんなことはしたくはないだろう?」

 ティーナの言い分はこうだ。

 雀に憑いている〈魔〉の支配権を樹美から奪い、辰巳の《使い魔》とする。そして、その〈魔〉を封入石へと封印し、〈魔〉が有する魔力だけを《使い魔》とその主の間に繋がる魔力的なラインを通じて辰巳が使用する。

 そうすれば、魔力を持たない辰巳にとって、封入石に囚われた〈魔〉はいわば外付けの魔力タンクに等しくなるのだ。

 その理屈は辰巳にも理解できるが、果たしてそれを実行できるのか。正直、辰巳には全く自信がない。

「だが、最短で君が魔力を得られるのは、おそらくこの方法だけだ。もちろん時間さえかければ……ボクの傷が癒えれば、ボクが魔力を蓄える魔封具を作製することはできる。君は……それまで待てるかい?」

 ティーナの問いに、辰巳は黙って首を振る。

 ティーナの傷が癒え、そして魔封具を作製するのに、一体どれだけの日数が必要となるか。とてもではないが、そんな気長なことは辰巳にはできない。

「君にとって、〈魔〉が忌むべき存在なのは理解している。だが、今は手段を選り好みしている時ではない。それは君自身が一番よく分かっていることじゃないかな?」

 確かにティーナの言う通りだ、と辰巳も思う。今は手段を選り好みしている場合ではない。仮令(たとえ)、それが忌避すべき存在を利用することだとしても。

 辰巳はティーナの言葉を聞きながら、ひとつの決心を抱きつつじっと鳥籠の中の雀を見つめ続けた。




 心は決まった。

 仮に誰かに後ろ指を指されるような手段であっても、辰巳はそれを選択すると決めたのだ。

「それで……どうしたら、この雀に憑いている〈魔〉を支配できるんです?」

「………………さあ?」

 ひょい、と肩を竦めるティーナ。思わずぽかんとした表情で彼女を見つめる辰巳。

 しばらく、無言のまま時が流れ行く。

「い、いや、ボクには〈冥〉の才能はないしね。そもそも、ボクは召喚使役系の魔法って、治癒系と同じくらい苦手なんだよ」

 ははは、と乾いた笑いを零すティーナ。

 じっとりとした視線を向ける辰巳。

 再び、無言のまま時が流れた。

「し、仕方ないだろ? 人間、誰しも得手不得手はあるものじゃないかっ!!」

「得手不得手じゃなくて、単なる『無責任』って言いませんか……?」

 そうだった。この人はこういう人だった。

 と、ティーナに対する認識を改めて実感する辰巳である。

 ティーナ・エイビィ・ザハウィーという人物は、決して悪人ではないものの善人でもない。

 自分の興味を何より優先し、興味がなくなれば例え途中でも放り出す。

 彼女が樹美に手を差し伸べたのは、樹美が辰巳の同一存在としてティーナの興味を引いたからだろう。そして現在、彼女が辰巳にここまで助力するのは、樹美絡みで自分がやらかしてしまったという償いからだ。

 今回の〈魔〉を利用するという手段を言い出したのも、もしかすると〈冥〉という未知の魔法に対する興味本位がその根底にあるからかもしれない。

 そんなことを考えながら、辰巳は冷めた目でじっとティーナを見つめた。

「も、もちろん、君が〈魔〉を従えるべく努力する間、ボクだってただ寝て過ごすつもりはないよ? こんな状態のボクにも、何かできることはあるはずだ。ささ、ボクにしてもらいたいことがあれば、遠慮なく言いたまえ」

 盛大に視線を泳がせながら、ティーナは更に言葉を続ける。

「な、何なら、ボクの『アマリリス』を貸そうか? 君が所持していた『アマリリス』は、現在樹美くんの手にあるのだろう? そういえば、彼女は『アマリリス』を使わせろっていつもせがんでいたっけね。樹美くんには断ったが、君になら貸しても構わないよ?」

 狼狽えるティーナの様子に内心で盛大に溜め息を吐きながら、辰巳はふとあることを思いつく。

「じゃあ、一つお願いしたいことがあるんですが……こういうことは可能ですか?」

 部屋の片隅に立てかけられた「それ」を見つめながら、辰巳はティーナにひとつのことを願い出るのだった。




 辰巳は、鳥籠の中の赤い目をした雀をじっと見つめる。

 今彼がいるのは、自分のアパートのキッチン。そこに置かれたダイニングテーブルの上に、その鳥籠は置かれていた。

 彼の部屋は六畳二間とキッチンのいわゆる2K。二つの六畳間は引き戸で仕切られ、開け放てば一つの部屋としても使用できる。

 普段は引き戸で仕切ることなく使用しているその部屋では、ティーナが辰巳が願い出たことを実行しているはずだ。

「そうだね。それぐらいなら、手持ちの資材で加工できるだろう。だが、ボクの怪我の具合も考慮に入れて、その加工には二日ほどかかりそうだが……それでもいいかね?」

 辰巳の願いを聞いたティーナは、逆にそう問い返してきた。

 ティーナはジャケットのポケットから、様々なもの──辰巳には全く分からない物ばかり──を取り出してはフローリング張りの床に並べていく。おそらく、辰巳が願ったことに使用する資材なのだろう。

 どうやら彼女のジャケットのポケットは、辰巳の『魔法の袋』と同じかそれ以上の収容能力を持っているようだ。

 そのティーナの言葉に、辰巳としては頷くしかない。どのみち、現時点では……魔力のない彼には、できることなど何もないのだから。

 いや、できることはなくとも、すべきことはある。

 ティーナが費やす二日の間に、辰巳は〈魔〉を支配しなければならない。たったの二日で〈魔〉を支配するのは極めて難しいが、それでも他に選択肢はないのだ。

 だが、〈魔〉を支配すると決めたはいいが、その具体的な方法さえ分からない。つまり、完全な手探り状態。とりあえず、〈魔〉が憑いている雀をじっと見つめてみる辰巳だった。

 ちなみに、現在この鳥籠には特殊な結界が施されている。もちろん施したのはティーナで、この《使い魔》と主である樹美との接続を阻む効果があるらしい。

 《使い魔》と接続できないことに樹美も訝しむだろうが、わざわざこちらの世界まで確認しに来ることはないだろう、というのがティーナの弁だった。

 じっと雀を見つめる辰巳を、雀もまたその赤い目で見つめ返してくる。

 互いに見つめ合う形となった、辰巳と雀。

 赤く染まっているとはいえ、雀のその円らな目はやはり可愛い。最初こそ真剣に雀を見つめていた辰巳だったが、雀の愛らしい姿についつい心が揺るんでしまう。

 犬よりも猫よりも鳥が好きな辰巳にとって、雀を真剣に見つめ続けるのはある意味でとても難しかった。




 いつしか、日が暮れかけていた。

 引き戸で隔たれた向こうからティーナのものらしき気配がする。最初こそそれらの気配を気にしていた辰巳だったが、気づけば目の前の雀だけに集中していた。

 いや、彼が集中しているのは雀ではなく、その雀の内に存在する「モノ」だ。

 初めは雀の愛らしい仕草に集中を乱しがちだった辰巳も、いつしか時を忘れるほど雀の内側の「モノ」へと集中していた。

 飲食も忘れ、部屋の外から聞こえる雑音は遠のき、赤く染まる陽光にも気づかず。引き戸の向こうの部屋にいるはずのティーナの気配すら忘れて、ただただ目の前の「モノ」にのみ意識を向ける。

 それは、見えない手を伸ばすようなものだった。

 目の前に存在する「モノ」に、意識という名の見えない手をただひたすら伸ばし続ける。

 何時間という時が流れる中、ただただ伸ばし続けたその見えない手の指先に、不意に何かがふわりと触れたことに辰巳は気づいた。

 風に流れる蜘蛛の糸が偶然指先に絡まったような、ごくごく小さな感触。だが、辰巳が伸ばした意識の先端に、触れてくるものが確かにあったのだ。

──おまえの望みは何だ? おまえは何を抱えている? おまえは何を望む?

 声ではない声。だが、明確な意思が、辰巳が伸ばした見えない手に触れてくる。

──女か? おまえが求めているものは、一人の女か?

 辰巳の脳裏に、彼が誰よりも愛しいと思う白金色の髪の女性が浮かび上がる。それに気づいたのか、声なき声を発する「ソレ」は明らかに嘲笑した。

──どうして自ら一人の女に縛られようとする? 女なぞいくらでもいるというのに……他の女に興味はないのか? 何人、何十人という女を抱きたいとは思わないのか?

 それは、まさに悪魔の囁きだ。

──飛竜を始めとした多くの魔獣を打ち倒し、国王より称号()を得たおまえなら、一人の女に自ら縛られる必要などないであろう? おまえが望めば、女など好きなだけ手に入るのだぞ?

 耳ではなく心に直接響くその「声」は、甘美な誘いで以て辰巳の心を心地良く擽る。

──望め! 望め! 心の底より強く望め! 我が身を縛る見えない鎖を引きちぎるほど、強く強く強く望め! さすれば、我はおまえに力を与えよう!

 どうやら、「ソレ」自身も現状が気に入いっていないらしい。「ソレ」を縛る呪縛という名の魔力(くさり)が解けることを望んでいるのだ。

 「ソレ」は辰巳から力を得ることで──辰巳の欲望を啜り上げることで、我が身を縛る戒めを振り払おうとしていた。

 だから、「ソレ」は一層甘く心地良い言葉を辰巳に注ぎ込む。

──望め! 望め! 望め! 望め! おまえの『欲』を我に曝け出せ! おまえの『欲』が我の力となり、我を戒めから解き放つだろう!

 伸ばされた見えない手の指先に僅かに触れていた「モノ」は、徐々にその存在感をはっきりとさせていく。いつしか「ソレ」は、しっかりと辰巳の見えない手を掴んでいた。

──女が欲しければ、まずは隣の部屋にいる女をおまえのものにしてみたらどうだ? あの女がどれだけ手練であろうとも、怪我をした今なら容易く組み敷けるだろう。

 「ソレ」が甘く囁く「声」に、辰巳は思わず昨夜の治療の際、半裸にしたティーナの姿を思い返していた。

 一般的な女性の魅力としてはカルセドニアに劣るだろうが、ティーナの肢体には彼女としての魅力が確かにあった。

 高級そうな下着に包まれた、程よい大きさのティーナの胸。そこにはカルセドニアとはまた別の、女性としての魅力が詰まっているのだろう。

 そんな艶めかしいティーナの姿をよりはっきりと思い返すためか、いつしか辰巳の双眸はぎゅっと閉じられていた。

──もっとだ! もっと、もっと、もっと、もっと、もっと! おまえの『欲』を曝け出せ!

 いつしか、辰巳と「ソレ」の間に、がっしりとした「橋」が築かれていた。ちょっとやそっとの台風でも押し流すことができないほど、強固で堅牢な橋が。

 同時に、ガラスが砕けるような甲高い音を、辰巳は聞いたような気がした。おそらく、「ソレ」を縛り付けていた魔力(くさり)が、辰巳との間に新たな「橋」が築かれたことで砕け散ったのだろう。

 そして、辰巳の身体の内に馴染みのあるモノが湧き上がっていた。

 魔力だ。築かれた「橋」を越えて、辰巳の体内に確かに魔力が流れ込んできている。

 辰巳の体内を満たすほどの量はないものの、魔力を宿すという馴染みのある感覚は、今の辰巳には恍惚さえ感じるほどだった。

 にたりと歪められる口元。そして、ゆっくりと開いていく目蓋。




 露になった彼の双眸。そこには、赤い光が確かに宿っていた。



 祝! 「評価者数」1000人達成!

 これまで評価を入れてくださった1000人もの皆様、本当にありがとうございました。

 あと少しで完結ですが、最後までお付き合いいただけると幸いです。


 もう少しで、『魔獣使い』の評価者数を越えそうだ(笑)。


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