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第三の〈天〉

 突然、サヴァイヴ神殿の鍛錬場に現れたガルドー。彼は自身の周囲に漂う黄金の魔力光を振り払うように、手にした両手用の斧を大きく旋回させた。

 吹き散らされる黄金の魔力光。消えていくその輝きを、辰巳は呆然と見つめる。

「ど、どうして……どうしてガルドーが〈天〉の魔法を……」

 〈天〉の魔法が使えるのは、現在では辰巳ただ一人。神出鬼没な《大魔道師》ティエート・ザムイ──本名ティーナ・エイビィ・ザハウィー──を数に含めたとしても、それでも二人だけのはずなのだ。

 だが、突然目の前に現れたガルドーは、黄金の魔力光を纏いながら現れた。その出現の仕方から、彼が《瞬間転移》でこの場に現れたのは間違いない。

 ガルドーが自分以外に使えるはずがない〈天〉の魔法を使って現れた事実は、辰巳に大きな衝撃を与えていた。

 だが。

「……違います、旦那様。ガルドーは〈天〉の魔法使いではありません。よくご覧ください」

 隣に立つカルセドニアの声に、辰巳は我に返ると言われた通りにガルドーを注視する。黄金の光が吹き散らされた今、彼の身体から黄金の魔力光は全く見えない。

 その代わり、じくじくと禍々しい赤黒い光が周囲の空間を蝕むように漏れ出ているのが、感知者である辰巳にだけは、はっきりと見えている。

「〈天〉の魔力光が見えたのは最初だけ……おそらく、ガルドーは誰かにここに《瞬間転移》で送り込まれたのだと思います」

「誰かに……? ま、まさかティーナさんが……?」

 辰巳以外に《瞬間転移》が使える人物。それは先代の〈天〉の魔法使いであるティーナだけだ。

 だが、確かにティーナは興味を引かれたことなら何でも実行しそうな人物だが、それでも誰かを殺害してまで行うようなことはないだろう。

 仮に何らかの理由でガルドーを鉱山から逃がす必要があったとしても、そのために他の奴隷や監督官を殺害するようなことまではしないはずである。

 そう思い至った辰巳は、ガルドーをここに送り込んだ人物がティーナではないと判断した。

「じゃあ、一体誰が……?」

「そこまでは分かりません。ですが、はっきりしていることが一つだけあります。それは……」

 辰巳とティーナ以外に、第三の〈天〉の魔法使いが存在している。

 カルセドニアが示した事実に、辰巳は途轍もなく嫌な予感を感じた。




「ありゃりゃ。もうメッキが剥がれちまったか」

 ガルドーに宿らせた〈使い魔〉を通じて、サヴァイヴ神殿での出来事を遠く離れた場所から把握していたその人物は、仕込んだカラクリがあっさりと見破られたことに、目深に被ったフードの奥で溜め息を吐いた。

「ま、ちょっと目端が利く人間なら、すぐに気づくことだろうけどな。でも、こうもあっさりとカラクリを見破るとは、さすがはオレのチーコだ」

 溜め息を吐いた直後だが、その人物は気持ちをあっさりと切り替えてくつくつと楽しそうな笑い声を零す。

「さぁて、当て馬くんには精々がんばってもらおうか。あいつとあいつの周囲の戦力……少しでも多くの情報を引き出してくれればいいからさ」

 辰巳が〈天〉の魔法使いであることは、既に知っている。しかし、神官戦士としての具体的な実力までは分からない。そこでガルドーを当て馬にして、辰巳の各種実力を推し測るつもりなのだ。

 そして辰巳の周囲に存在する、最大の戦力であろうサヴァイヴ神殿の神官戦士たち。その総合的な戦力や戦い方などの情報も、少しでも引き出せればそれでいい。

 そのためだけに、ガルドーを鉱山から連れだして〈魔〉を憑かせたり戦い方を教え込んだのだから。

「あの当て馬くんががんばっている間に、オレはもう一つの仕込みをしないといけないしな」

 今、その人物がいるのはレバンティスの街から遠く離れた土地の、誰も踏み入らないような深い森の奥だ。

 そしてその人物の視線の先には、無数の巨大な魔獣たちが飛び交っていた。

 濃いオレンジ色と黒の独特の縞模様の体色。ぶんぶんと煩いほどの羽音。深い森の奥深くに存在するその魔獣の巨大な巣を中心に、牛ほどの大きさの魔獣たちが忙しそうに飛び回っている。

 その魔獣は、(ぐん)(りゅう)と呼ばれる竜種だ。地球世界のスズメバチに酷似したその外見は、見る者に生理的な恐怖を感じさせて止まない。

 個体の強さは飛竜どころか鎧竜にも及ばない竜種で、上級に分類される魔獣狩りならば単独で狩ることもできるだろう。しかし地球のスズメバチ同様、この竜種の恐ろしさは群れで行動する点にある。

 まさに統率された軍隊のように群れで襲い来る軍竜は、飛竜には及ばぬものの鎧竜よりも脅威となるだろう。

「こいつらに〈魔〉を憑かせれば、名前の通りちょいとした軍隊以上の戦力だからな」

 灰色のパーカーのポケットに無造作に手を突っ込んだまま、その人物は誰に告げるでもなく言う。

 同時に、その人物の周囲にぽつぽつと何かが出現する。

 目には見えない「ソレ」はどんどんとその数を増していく。そしてその数が一定に及んだ時、その人物は右手をポケットから引き抜き、すっと魔獣の群れを指差した。

「さあ、行け。オレの〈使い魔〉たち」

 命令を受けた「ソレ」──〈魔〉たちは、音もなく空を滑って軍竜たちへと近づき、次々にその体内へと侵入していく。

 軍竜たちの複眼が全て禍々しい赤へと変わった時、恐るべき魔獣の群れはそのまま忠実な兵隊と化したのだった。




「よう、黒尽くめ。今日はあの安っぽい黒い鎧を着ていないんだなぁ?」

 カルセドニアやリリナリアを守るように数歩前に出た辰巳を見て、ガルドーはにたにたと嫌らしい笑みを浮かべている。

 鍛錬中だった辰巳は狩りの際に愛用する飛竜素材の鎧ではなく、サヴァイヴ神殿の神官戦士の鎧を着用していた。更には、手にしている剣も盾も鍛錬用のものばかりだ。特に剣は刃引きされており、彼の愛剣である飛竜剣に比べると格段に品質が下がる。

 だが最も痛手なのは、辰巳の切り札とも言える『アマリリス』を装備していないことだろう。さすがに神殿での鍛錬に『アマリリス』を用いることはないので、現在は装備していなかったのだ。

「てめえのせいで臭くて暗い穴蔵に押し込められて、毎日毎日穴ばかり掘らされたぜ?」

「言いがかりだな。おまえが奴隷に落とされたのは、全ておまえが悪いからだろう」

 剣と盾を構えつつ、辰巳はじりじりとガルドーとの間合いを詰める。そうしながら、辰巳は改めてガルドーを「視る」。

 彼の身体から滲み出る赤黒い光。それは両目に宿る赤い光と同じ色だ。〈魔〉に憑かれた生物──魔物は、その目に赤い光を宿すことは誰もが知っているが、今のガルドーのように身体から魔力光にも似た光が滲み出るようなことはない。

 おそらく、ガルドーに憑いている〈魔〉は、かなり力の強い個体なのだろう。その強すぎる力が、ガルドーの全身から滲むように漏れ出しているのだ。

 その〈魔〉の力は、これまで辰巳が相手にしてきたどの〈魔〉よりも強いに違いない。

 辰巳が注意深く警戒する先で、ガルドーが嬉しそうに嗤う。

「だが、こうして俺は自由になった。てめえをぶっ殺す力も得た。てめえをばらばらに引き裂いた後で、今日こそカルセを俺のものにしてやるぜぇ」

 赤い光を宿す目に好色な気配を滲ませ、ガルドーは辰巳の背後のカルセドニアを見る。

「ん? カルセの隣にいる女は……そうか、カルセの妹のリリナリアか。どうしてリリナリアがここにいるかは知らねえが、ついでに妹の方も俺のものにしてやろう」

 相変わらずなガルドーに辰巳が怒りを覚えて口を開くよりも早く、激しい言葉を叩きつけた人物がいた。

「ガルドーっ!! まだおまえは自分に都合のいいことばかり考えているのかっ!?」

「おやおや、誰かと思えばディグアン様じゃないですか。どうしててめえまでがここにいやがる?」

 ようやくディグアンの存在に気づいたガルドーは、その目をすぅと細めた。

「あれだけいろいろと貢いでやったってのに、あっさりと俺を裏切りやがってっ!! 黒尽くめをぶっ殺した後、てめえもぐちゃぐちゃに潰してやるから待っていやがれっ!!」

 全身から怒りの炎を燃え上がらせたガルドーが、斧を構えて駆け出した。それに合わせて、辰巳も盾をしっかりと構えて腰を落としてガルドーを待ち構える。

 ガルドーは復讐に荒ぶる気持ちを咆哮に乗せ、気合いと共に頭上に構えた斧を全力で振り下ろす。斧の刃が辰巳の盾の表面を捉え、激しい音が鍛錬場に響き渡る。

 だが、その音の正体は斧と盾がぶつかった激突音ではない。辰巳は盾を操って斧の刃を盾の表面で滑らせ、斧の刃を受け流したのだ。

 逸らされた刃は勢い余って辰巳の近くの地面に激突。先程の音の正体は、この時に発生した激突音である。

 斧を受け流した辰巳は、素早く斧の柄を踏みつけてガルドーの動きを固定、そのまま《裂空》を纏わせた剣を振るう。狙うは斧の柄。まずは敵の攻撃力を奪うことが目的だ。

 だが、その狙いをガルドーはすぐに看破する。

「へっ、させるかよっ!!」

 元々腕力には自信があるガルドー。そのガルドーが魔物と化したことで、彼の膂力は人間の域を遥かに超越していた。

 地面に突き立った斧を、柄に片足を乗せていた辰巳ごと力任せに持ち上げる。

 身体が持ち上げられる感覚を覚え、辰巳は素早く転移を発動。バランスを崩される前にガルドーの背後に移動し、そのまま右手の剣をガルドーのがら空きの延髄へと叩き込む。

 残念ながら、《瞬間転移》を用いたことで剣に宿っていた《裂空》はキャンセルせれてしまったが、鉄の塊である剣を延髄にまともに受ければ、大きなダメージを与えられるだろう。

 しかし、剣がガルドーの延髄を捉えるより僅かに早く、横殴りの斧の一撃が辰巳の剣を弾き上げた。

 下から掬い上げるように振り抜いた斧を、その勢いを殺すことなく身体を一回転させ、遠心力を利用して更に力を乗せた一撃を辰巳の側面へと叩きつけるガルドー。

 一方の辰巳は、剣を弾き上げられた格好のままだ。体勢を崩された今の状態で斧の一撃を受ければ、どれだけ盾を巧みに使っても、そのまま弾き飛ばされることは避けられない。当然ながら、今の体勢では回避など不可能である。

 しかし、それは辰巳以外の人間ならば、だ。

 再び《瞬間転移》を発動させた辰巳は、斧の間合いから易々と脱出。十歩分ほどの距離を空けて体勢を立て直す。

「ちょこまかと……鬱陶しい野郎だな」

 斧の間合いの外に逃げた辰巳を、ガルドーは忌々しそうに睨み付ける。

 対する辰巳は、顔色を変えないように務めながら、ガルドーの戦い方に内心で大いに驚いていた。

 以前、ガルドーは戦い方の基本も知らないただの筋肉馬鹿だった。巨漢を活かして力任せに腕を振り回すだけで、技術的なものは何も持ち合わせていなかった。

 だが、今日のガルドーは違う。確かに技量は拙いものの、しっかりとした「戦い方」を身に着けている。

 ガルドーが鉱山を脱走してから、まだそれほどの時間は経過していない。その短い間で、どうやってここまで戦う技術を覚えたのか。

 訝しくガルドーを見つめる辰巳を、ガルドーもまた睨み返す。

「ふん、まあいい。こうなりゃ、てめえは後回しだ」

 ぎろり、と狂気に満ちた視線を、ガルドーはカルセドニアやリリナリア、そしてディグアンたちがいる方へと向ける。

「先にディグアンの野郎をぶっ殺してやらぁっ!!」

 再び獣じみた咆哮を上げつつ、ガルドーはカルセドニアたちへと駆け出した。

「させるか!」

 辰巳は転移でガルドーの進路上へと割り込もうと試みる。しかし、彼が魔法を発動させるより早く、狂気に満ちた魔物の進路を阻む者がいた。

 全身を覆う板金製の鎧と、巨大な方形盾。そして、その鎧の胸には神官戦士の長である印。

「俺の義妹(いもうと)とその客人に対して、これ以上の暴言は止めてもらおう」

「うるせぇっ!! どこのどいつか知らねえが、邪魔するとてめえもぶっ殺すぞっ!!」

 《城壁》の二つ名が示すごとく、ガルドーの前に立ち塞がるスレイト。巨大な盾を押し出し、ガルドーの突進を真っ正面から受け止める。

 ガルドーは、突然横から割り込んできた男に怒りの炎を更に燃やし、勢いよく振り上げた斧を瀑布のごとく振り下ろす。

 共に巨漢同士のガルドーとスレイト。激しい激突音が、再び鍛錬場に響いた。

 ガルドーの振り下ろした斧を、スレイトは盾で完全に受け止めた。辰巳のように表面で受け流すのではなく、真っ向から受け止め、完璧にガルドーの攻撃を防ぎ切ったのだ。

「…………この野郎っ!!」

「この程度か?」

 渾身の攻撃を受け止められて怒りに顔を歪めるガルドーに、スレイトは不敵な笑みで応える。

 ぎりぎりと拮抗する盾と斧。だが、次の瞬間にスレイトは盾を支える腕から力を抜き、ガルドーの体勢を崩すと共に素早く横に回避。

 思わずたたらを踏み、それでも転倒だけはどうにか堪えたガルドーは、自分の周囲をたくさんの人間が取り囲んでいることに、この時ようやく気づいた。

「サヴァイヴ教団神官戦士、その総戦士長の名の下に命じる。これより、我が神殿内に侵入した魔物の討伐を行う!」

 サヴァイヴ教団が誇る精鋭たる神官戦士たちは総戦士長の命令に応と答え、手にした得物をがちゃりと鳴らしながら魔物へと向けた。


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