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突然の乱入

 モルガーナイクのその説明を聞いた時、辰巳は目から鱗が落ちる思いだった。

 そして、それは彼だけではない。カルセドニアもジャドックもミルイルも、皆驚きの表情を浮かべ、そしてその直後に納得して何度も首を縦に振る。

「そ、それは……発想の転換って奴ですね……」

「だが、この方法は誰か一人に厳しい役目を押しつけることになる」

 辰巳の言葉に返事をしながら、モルガーナイクはちらりととある人物を見る。

 その人物はモルガーナイクの視線を正面から受け止めると、にやりと笑いながらぐっと親指を突き出した。

「任せてよ。その役目……つまり、囮役なら私が一番適任でしょ?」

「この中では君が一番足が速く、敏捷性にも優れるからな。囮役は極めて危険だが……頼むぞ、ミルイル」

 モルガーナイクの言葉を受けて、ミルイルはどんと自分の胸を叩いた。

「よし、タツミとミルイルは先程話した計画通りに。俺とカルセ、そしてジャドックはここから少し離れつつ、二人をいつでも援護できるように待機だ」

 五人は互いに頷き合い、それぞれの役目を果たすために行動に移る。

 それは、触手を切断された鎧竜が苦しげに悶えている間に行われた、反撃への切っ掛けとなる作戦会議だった。




「タツミっ!! 今よっ!!」

 自らに迫る巨大な球体を前に、ミルイルは笑みを浮かべつつ上空を振り仰ぐ。鎧竜が回転移動で自分に迫るこの瞬間こそ、囮となった彼女が待ちに待っていた時なのだ。

 上空へと向けた視線の先、蒼穹を背負って宙に立っているのは、ミルイルの言葉通り辰巳だった。

 ミルイルの合図を受け、辰巳の右手に装着されている『アマリリス』に巻き付いていた金色の細鎖が一気にはらりと解ける。

 解けた細鎖は辰巳の意思を受け、上空から一直線に大地へと突き刺さる。それは船がその船体を固定するために碇を下ろす姿に似ていたかもしれない。

 しかし魔力光を目視できる者には、〈天〉の魔力光である黄金に輝きながら大地に突き刺さる細鎖は、まるで長い尾を引く流星のように見えただろう。

 上空より真っ直ぐに下ろされた金鎖が突き立ったのは、転がる鎧竜とミルイルの中間地点。

 大地に刺さった細鎖を操り、辰巳は鎖の弛みをなくす。そして、彼の右手と大地を繋ぐ金鎖に魔力を流した。

 一方鎧竜は、上空より大地に突き刺さった細鎖の存在に気づかない。

 体を丸めて転がりながら移動している真っ最中であるため、周囲の様子を感知しづらいのだ。更には、鎧竜は回転移動中はその進路を容易に変更できない。そのため、仮に鎖の存在に気づいていたとしても、それを完全に回避することは不可能であっただろう。

 (ミルイル)へと向けて真っ直ぐに回転移動する鎧竜。その進路の途中に、『アマリリス』の鎖が突き立つ。つまり、魔獣は自ら全てを斬り裂く死の刃へと飛び込んでいく形となった。

 こちらから捉えるのが難しいのであれば、向こうから来てもらえばいい。それがモルガーナイクの作戦の骨子であり、攻防無敵のはずの鎧竜の回転移動攻撃こそが最大の死角でもある、と彼は作戦の内容を辰巳たちに伝えたのだ。

 もっとも、それには辰巳という規格外の切断能力を持つ者がいたからこそ、行える作戦である。

 進路変更を行うこともできずに自ら死の刃へと飛び込んだ鎧竜は、まるで製材所で木材が切断加工されるかのように、すっぱりとその頑強な体を二つに斬り裂かれた。




 体を縦に斬り裂かれた鎧竜。しかし、それは体の中心で綺麗に真っ二つになった訳ではなかった。

 辰巳が『アマリリス』の鎖を下ろす位置の目測を誤ったのか、それとも魔獣が咄嗟に進路変更を行おうとした結果なのか。

 理由は不明だが、切断面は身体の中心からやや左にずれ、比率で言えば約七:三で鎧竜の体は断たれた。

 切断面から夥しい体液を零しながら、鎧竜が苦しげにのたうち回る。

 しかし、それでも魔獣の命の炎は消えていない。

 二つに分かれた鎧竜の体はそれぞれが激しく打ち震え続けている。

「……ま、まさか、プラナリアみたいに二つに切ったら二体に増えるなんてこと……ないよな?」

 辰巳は上空より、悶え続ける魔獣の体を見下ろしていた。

 いくら竜種とはいえ、さすがにプラナリアのような再生能力はないだろう、と辰巳は思う。しかし、ここは彼の常識など軽々と超越してしまう異世界だ。巨大な竜種がプラナリアのように再生する可能性は零ではない。

 辰巳が、そしてモルガーナイクたちが、緊張の表情を浮かべつつ魔獣の様子を見つめ続ける。そんな中、二つに断たれた体の小さな方──「七」と「三」の「三」の方──が、その動きを緩慢なものへと変えていった。

 やがて、一際大きな震えと共に、「三」の方が動かなくなる。どうやら、プラナリアのような再生能力はないようだ。

 そのことに安堵しながら、辰巳は残る「七」へと注意を向けた。

 「七」の方は、相変わらずのたうち回り続けている。しかし、その動きはゆっくりではあるものの、段々と鈍くなってきている。

 鎧竜の命の炎は消えかけている。間もなくその炎は完全に消え去るだろう。その瞬間を辰巳たちはただただじっと待っていた。

 丁度その時だ。

 彼らの誰もが予想しなかった事態が生じたのは。




 それに最初に気づいたのは辰巳だった。いや、辰巳だからこそ気づけたのだ。

 上空よりじっと魔獣の断末魔を見下ろしていた彼の視界の片隅に、「ソレ」は突然入り込んできた。

 遥か遠方より一直線に、命の炎が消えかけている鎧竜へと「ソレ」は近づいていく。

 「ソレ」が何なのか、辰巳にはすぐに分かった。しかし、あまりにも突然の「ソレ」の乱入に、辰巳の中に僅かな混乱が生じる。そしてその僅かな混乱が、致命的な行動の遅れへと繋がった。

「ど……どうして……」

 辰巳が混乱より立ち直って行動に移るより僅かに早く、「ソレ」は死にかけの鎧竜へと近づき、そのままその体の中へと染み込むように入り込む。

 途端、緩慢になっていた鎧竜の動きが、再び激しくなる。

 口を開くことなく、黙って魔獣の死を待っていたモルガーナイクやカルセドニアたちも、突然のこの変化に戸惑いを見せていた。

「みんな! すぐに離れろ!」

 頭上から辰巳の声がかかり、地上の四人はすぐにそれに従って森の木々の陰へと逃げ込んだ。

 その彼らの元へ、上空から転移してきた辰巳が姿を見せる。

「タツミ! 一体何が起こったっ!?」

 困惑も露に、モルガーナイクが辰巳へと詰め寄る。その彼へ、辰巳はやや震える声でこう伝えた。

「〈魔〉です……突然現れた〈魔〉が……死にかけていた鎧竜に取り憑きました……」

 感知者である辰巳には見えていたのだ。どこからともなく突然乱入してきた〈魔〉が、一直線に鎧竜に取り憑いたのを。

 辰巳以外の全員が驚きに目を見張り、反射的に鎧竜へと振り向く。五人の視線の先、それまで確かに黒々としていた鎧竜の複眼が、今は禍々しい赤に染まっていた。




「ば、馬鹿な……〈魔〉が死にかけている魔獣に憑くなど……聞いたこともない……」

 呆然としながら、モルガーナイクが呟く。

 〈魔〉とは生き物に取り憑き、その生き物の欲望を啜る怪物である。

 死に瀕している生き物には、〈魔〉の食糧たる欲望がほとんどない。いや正確には、迫る死から逃れようとする強烈すぎる生に対する欲望は、容易に〈魔〉の支配を逆転させてしまう。

 そのため、〈魔〉は死にかけの生物に取り憑くことはまずない。それが魔祓い師たちの間の常識であり、モルガーナイクもカルセドニアもそう信じていた。

 しかし今、辰巳の言葉を信じるならば、死に瀕していた鎧竜に〈魔〉が取り憑いたという。

 この場面で辰巳が適当なことを言うはずがないし、仲間たちは彼が感知者であることを知っている。そして何より、鎧竜の赤へと変じた複眼が、辰巳の言葉が真実であることを裏付けている。

 戸惑う仲間たちと同じように魔獣を見つめながら、辰巳もまた違和感を感じていた。

 それは先程の〈魔〉の動きに対してだ。

 これまで辰巳も数回とはいえ、〈魔〉を直接その目で見ている。これまで見た〈魔〉の動きと今回の〈魔〉とでは、あまりにも違いがありすぎるように思える。

 これまで辰巳が見た〈魔〉は、ふわふわと漂うように移動していた。しかし、今回の〈魔〉は一直線に鎧竜目がけて移動したのだ。

 その違いにどんな意味があるのか、〈魔〉に対する経験が少ない辰巳には分からない。

 これまでに何度も〈魔〉と戦ってきたモルガーナイクやカルセドニアだが、感知者ではない彼らは直接〈魔〉を見たことがない。だから辰巳が感じたことを相談しても、おそらく的確な答えを持っていないだろう。

 そのことにもやもやとした不安を感じつつも、辰巳は今すべきことを重視することにした。

 今すべきなのは、目の前の鎧竜を倒すことだ。〈魔〉に関する違和感は、王都に戻ってジュゼッペにでも尋ねてみればいい。そう判断した辰巳は、周囲の仲間たちへと声をかける。

「例え〈魔〉が憑いたとしても、鎧竜自体は瀕死だ。一気に止めを刺してしまおう」

「そ、そうです。鎧竜に止めを刺せば、憑いた〈魔〉も再び鎧竜から離れるはずです。そこで旦那様が〈魔〉を仕留めれば、全ては解決するはずです」

 辰巳の提案をカルセドニアが支持する。もちろん、モルガーナイクもジャドックもミルイルも、辰巳の言葉に不満はない。

 五人が改めて行動を開始し、木々の陰から飛び出した時。魔物と化した鎧竜もまた動きを見せていた。

 鎧竜とて敵が強ければ逃走を選択する。自分よりも強い敵から逃げるのは、生き物が持つ本能の一つと言っていい。

 どうやら鎧竜は、自分の体を断った者たちを強敵と認めたようだ。

 残された足を必死に使って体を起こし、鎧竜は一気に前方へと転がりながら逃亡を開始する。そして、逃げ出そうとする鎧竜を見て辰巳の中にある迷いが生じた。

 このまま放っておいても、遠からず鎧竜は死に至るだろう。例え〈魔〉が憑いたとしても、消えかけた命の炎が再び燃え盛ることはもうあるまい。

 ならば下手にこちらから手を出す必要はないのではないか。それが辰巳の中に生じた迷いだった。

 こちらから攻撃を加えることは、当然ながらリスクを伴う。仲間たちの誰かが、怪我を負ったり命を落とす危険性が付き纏うのだ。

 仲間たちの安全性を考えれば、ここは手を出すことなく鎧竜の死を待てばいい。

 しかし。

 しかし、魔獣の命の炎が消え去るのは、果たしていつのことか。

 数分後かもしれない。数時間後かもしれない。もしかしたら、あの状態でも数日生き長らえるかもしれない。

 そして、その命が尽きるまで鎧竜とて大人しくはしていないだろう。

 この付近には村がいくつも点在している。そして、すぐ近くの湖の中にはエルフたちの集落もあるのだ。

 もしかすると、苦し紛れに鎧竜がそれらの村や集落を襲うかもしれない。特に今は〈魔〉が憑いているのだ。普通ならば取らないような行動を取る可能性もある。

 やはり、ここで一気に止めを刺すべきだ。辰巳は改めてそう判断し、仲間たちと共に逃げる鎧竜を追いかける。

 体の三割ほどを失っていても、回転移動する速度は変わらない。しかし、体の一部を失ったことで、魔獣は直進ではなくやや左斜めに曲がりながら前進していく。

 曲進するとはいえ、その勢いに変わりはない。鎧竜は周囲の木々をへし折りつつどんどん遠ざかる。

 このままでは引き離される一方だ。そう考えた辰巳が《瞬間転移》を発動させようとした時。

 木々を破壊しながら突き進む鎧竜の前方が、急に開けた。

 木々の向こうには、青々とした水を湛えた広大な湖。どうやら、鎧竜は水中に逃げ込むつもりのようだ。

「水中に逃げ込まれると厄介だ! タツミ!」

 モルガーナイクの指示が飛ぶと同時に、辰巳は《瞬間転移》を発動、鎧竜の前方へと回り込む。

 魔獣の進路先の空中に出現した辰巳は、右手の『アマリリス』へと魔力を流し込んだ。

 先程と同じように細鎖に《裂空》を纏わせ、再び鎧竜の進路の前方に金鎖を上空から打ち込む。

 進路変更できない鎧竜は、自ら再び死の刃へと飛び込む──はずだった。

 上空から打ち込まれた金鎖に触れる直前、丸めていた体を突然伸ばし、回転移動の勢いと慣性を利用して、鎧竜は金鎖を避けるように斜め前方へと跳躍したのだ。

「──なっ!?」

 通常の鎧竜より更に大きな巨体が、僅かな間とはいえ宙を舞う。その光景を見て、辰巳は思わず言葉を失った。

 同時に、空中にいた彼の身体を何かが激しく打ち付けた。全身に強い衝撃を感じた直後、辰巳はそのまま水中へと没する。

 湖に落ちる直前、辰巳は自分を打ち付けたものの正体を見た。

──触手っ!? まだ残っていたのかっ!?

 辰巳を攻撃したものの正体、それは魔獣の口元から伸びた一本の触手だ。

 最後の一本を隠していたのか、それとも先程切られた触手が再生したのか。

 どちらかは知れないが、宙を舞った魔獣は触手を伸ばし、空中にいた辰巳を奇襲したのだ。

 それはおそらく、取り憑いた〈魔〉が鎧竜にそのような行動を取らせたのだろう。そして先程の鎧竜が宙を舞った事実もまた、〈魔〉が憑いたせいに違いない。

 果たして、本当に〈魔〉にそこまでできるだけの力があるのか疑わしいが、大量の気泡を口と鼻から吐き出しながら湖の底へと沈みつつ、衝撃でぐらぐらする頭の片隅で辰巳はどこか他人事のようにそう考えていた。

 予想を斜め上に文字通り飛び越えた鎧竜の行動。そして、魔獣の攻撃を受けて湖に落下した辰巳。

 地上に残されたカルセドニアたちは、湖に巨大な水の柱が生じたのをただ見ているしかできなかった。



 現在、仕事の方が毎年恒例の年度末繁忙期に入っています。

 そのためしばらくの間、予告なく更新が遅れるかもしれません。

 極力、今まで通り月曜の午前0時の更新を維持するよう努力する所存ですが、もしかすると数日更新が遅れる可能性もあります。

 申し訳ありませんが、ご了承願います。


 では、これからも引き続きよろしくお願いします。


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