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鎧竜

 祝! 累計入り!

 でも、すぐに転落しそうだ(笑)。

 

 ばきりと大きな音を立てて、太い木がなぎ倒された。

 倒された木は周囲の木々をも巻き込んで、轟音と共に大地に倒れて積っていた枯れ葉や砂埃を巻き上げる。

 そして、それはそんな舞い上がった枯れ葉や砂埃の向こうから、のっそりと姿を現した。

 灰褐色の頑丈そうな甲殻に覆われた、巨大な魔獣。

 もしもこの場に辰巳かエルが居合わせたら、その魔獣を見て大型のバスの倍ほどの大きさだと感じただろう。

 幾つにも節別れした頑丈そうな甲殻の下には、無数の小さな足。そして、巨体の割に小さな頭部から突き出た触覚が、ひょこひょこと動いて周囲の様子を窺っている。

 やがて何かを感じたのか、巨大な魔獣は無数の足を動かして自らが巨体で押し倒した木々に近づくと、倒れた木を咀嚼し始めた。

 がりりっという音を立てて、生物の口が頑丈な木の幹を易々と齧り取る。

 巨体に比して小さな口だが、その口吻には細かくて鋭い牙がびっしりと生えている。この細かくて鋭い牙が、まるで(やすり)のように木の幹を齧り取るのだ。

 倒れた木々の音に驚いたのか、一頭の鹿のような動物が、魔獣の前を駆け抜けた。

 突き出た触覚がぴこぴこと再び蠢き、魔獣の頭部が一目散に逃げる鹿モドキへと向けられる。

 小さな口吻がにょきりと伸ばされ、そこからぷしゅうっと空気が抜けるような音がした。

 同時に鹿モドキの周囲に紫色の霧が立ちこめ、その霧に巻かれて鹿モドキの足が一気に鈍る。

 やがて鹿モドキは足を完全に止め、その場に音を立てて倒れ込む。

 四肢がぴくぴくと痙攣し、口からは泡を吐き出して、鹿モドキはあっと言う間に絶命する。

 先程魔獣が吐き出した紫の霧は、猛毒なのだろう。毒に犯されて絶命した鹿モドキの体に近寄ると、魔獣はその屍を貪り始める。

 強靭な顎の力で骨を砕いて肉を食いちぎり、大きな鹿モドキの体はすぐに魔獣の胃袋へと収まってしまう。

 だが、それだけでは魔獣は満足しないようだ。魔獣は手近にあった木にのしかかるようにして再び倒し、それを咀嚼していく。

 魔獣が木を咀嚼していると、すぐ傍でまたもや木の倒れる音がした。しかも、今度は一か所ではなく、周囲で幾つも同時に木々がなぎ倒されていく。

 もうもうと立ち籠める砂煙。その向こうにはがつりがつりと木々を咀嚼する、何体もの魔獣の姿が見えた。




 ぎい、という僅かな軋みと共に、〔エルフの憩い亭〕の扉が押し開かれた。

 店に居合わせた者たちは、何気なくそちらへと目を向け、驚きで僅かに目を見開く。

 入って来たのは、一人の男性と一人の女性。

 男性の方は魔獣素材の鎧──()(じゅう)(がい)を身に着け、大槍を手にしている。

 一方の女性はゆったりとした、足首まで裾のある貫頭衣のような衣服。

 男性は傭兵か魔獣狩り、女性は一般の庶民。一目でそうと分かる出で立ちであり、別段物珍しい格好をしているわけではない。

 だが、彼らは……いや、正確には「彼女」は、店内の魔獣狩りたちの視線を集めていた。

 空の色をした長い髪。緑柱石(エメラルド)のような輝きを持つ双眸。芸術品のような美しい容貌。そして何より特徴的なのは、髪より長く突き出した耳。

「おい、見ろよ」

「お? ありゃエルフか?」

 そう。彼女は亜人の中でも水と親しいとされるエルフだったのだ。

 エルフの女性は、連れらしき男性の背後から物珍しそうに〔エルフの憩い亭〕の中を見回している。

 傭兵か魔獣狩りらしいその男性も、背後のエルフの女性のように物珍しさは感じさせないものの、やはりゆっくりと店内を見回していた。

 やがて、探していたものを見つけたのだろう。背後の女性に短く何かを伝えると、店の一角を目指して歩き出す。

 一方、〔エルフの憩い亭〕の一角を占領していた者たちも、彼らの接近に気づいたようだ。

 彼女たち──そこにいたのは、殆どが女性だった──が、他の客たちと同じように驚きを浮かべる。

「あら、モルガー。久しぶりね」

「そうだな、カルセ。今日は一人なのか? タツミはどうした?」

「旦那様なら、神殿で鍛錬中よ。今頃、スレイト()()様にしごかれているんじゃないかしら?」

「スレイト様にか? それは……タツミも大変だな」

 同情の篭もった苦笑いを浮かべる男性──モルガーナイク。

 彼らが言うスレイトとは、ジュゼッペの実子であり辰巳とカルセドニアにとっては義兄に当たる人物で、サヴァイヴ神殿の神官戦士を取り纏める総戦士長の地位にいる人物である。

 魔法使いではないものの、その戦闘技術は名実共にサヴァイヴ神殿の頂点であり、《城壁》の二つ名を持つ神官戦士である。

 ラルゴフィーリ王国では珍しい巨大な方形型の盾と片手剣という装備を得意としており、辰巳とは戦闘スタイルが重なる部分も多い。そのためか、最近の辰巳は義兄より直々に稽古をつけてもらうことが多いのだ。

 当然ながら、サヴァイヴ神殿にいた頃のモルガーナイクも幾度となくスレイトとは手合わせしていたが、彼でも殆ど星を取ることができない程の実力の持ち主なのである。

「それで、今日はどうしたの?」

「ああ、それなんだが……」

 カルセドニアに尋ねられたモルガーナイクが僅かに身体をずらせば、背後にいた女性の姿がカルセドニアたちに露となる。

 その女性の姿を見て、カルセドニアとミーラが同じタイミングで驚きの声を上げた。

「シェーラ様っ!?」

「え? しぇ、シェーラ姉さんっ!?」

 同時に声を上げたカルセドニアとミーラは互いに顔を見合わせる。

「ミーラさんは、シェーラ様をご存知だったのですか?」

「そ、そういう《聖女》様こそ、どうしてシェーラ姉さんのことを知っているんだ?」

 一方のシェーラもまた、この場にミーラがいるとは思ってもいなかったらしい。

「み、ミーラっ!! よ、良かった……あなたに会えて本当に良かった……あなたを探してこうして人間の街に出てきたのはいいけど、あまりにも人が多すぎてどうやってあなたを探そうか、ほとほと困っていたのよ……」

 それぞれに驚くカルセドニアたちを、落ち着かせて取り纏めようとするのはやはりこの人だった。

「まあまあ、カルセちゃんもミーラちゃんも落ち着きましょ? もちろんモルガーナイク様とそっちのエルフのお嬢さんもね? まずは腰を落ち着けて、それからそれぞれの情報交換と行きましょうよ」

 ばちりと音がしそうな勢いで、ジャドックは四つある目の内の一つを閉じた。




「鎧竜?」

 神殿での鍛錬を終えて帰宅した辰巳。

 カルセドニアが丹精込めて用意した夕食を美味しく味わいながら、辰巳は自分がいない間のできごとを愛妻から聞いていた。

「はい。シェーラ様の里の近くで鎧竜の姿を見かけたらしく、ミーラさんはその鎧竜を狩るために仲間を探していたようなんです」

「なるほど、あのミーラって人にはそんな事情があったんだな……で、そのシェーラってエルフは、カルセとモルガーさんとも知り合いだったってわけだ」

「シェーラ様は以前、まだ私がモルガーナイクと組んでいた頃に、〈魔〉の憑いたとある水棲の魔獣……魔物の退治の際に知り合った方なんです」

 とある湖の中に存在するエルフの里。シェーラはその里の長の娘であり、カルセドニアとモルガーナイクは、以前にその里に襲いかかった魔獣を退治する依頼を受けたことがあった。

 その際、二人はシェーラと知り合ったのだ。

 また、湖の近くには人間の村が点在しており、その一つがミーラの故郷だった。

 幼い頃、ミーラが村の近くの湖で遊んでいた時に、溺れそうになったところを助けてくれたのがシェーラらしい。

 それがきっかけでミーラとシェーラは仲良くなり、姉妹のような関係が今も続いているそうなのだ。

「モルガーさんやジャドックたちは、その鎧竜を狩りに行くつもりなんだろ?」

「はい、モルガーもジャドックさんもミルイルさんも、そしてミーラさんも、鎧竜狩りの準備に取りかかりました。私もシェーラ様とは知らない仲でもありませんし、こんな時にミーラさんと出会ったのも何かの縁……サヴァイヴ様の何らかのご意思だと私には思えます。ですから……私も鎧竜退治には力を貸したいのです」

 ちなみに、普段カルセドニアが愛用している灰色のローブと杖は、元々はシェーラの里に代々伝わってきた宝物であり、魔物退治の報酬として譲り受けたものであった。

「そうか……カルセが行くのなら、当然俺も一緒に行くからな」

「旦那様……」

 カルセドニアの顔が喜びに輝く。

 シェーラの依頼はあくまでも個人的な依頼であり、神殿を通したものでも、〔エルフの憩い亭〕を介したものでもない。

 確かにジャドックやミルイルはシェーラの依頼を受けるつもりのようだが、それに辰巳も同行する義務はないのだ。

 辰巳、ジャドック、ミルイルは確かに魔獣狩りとしてのチームを組んでいる。だが、それは必ずしも常にチームで行動しなければならないというものではない。

 今は魔獣狩りとしての依頼を受けている辰巳だが、彼の最終的な目標はサヴァイヴ神殿の魔祓い師である。

 魔獣狩りはあくまでも修行の一環であり、いずれ辰巳は魔獣狩りではなく魔祓い師として行動することになる。その際、ジャドックやミルイルとは道を違えることになるだろう。

 だが、それはまだまだ先の話。今は目の前のことに全力を注ぐことだけを辰巳は考える。

「さて、そうすると……まずは鎧竜についてだな。カルセ、鎧竜がどんな魔獣なのか、知っている限りのことを教えてくれないか?」

「はい、分かりました」

 辰巳の要請に嬉しそうな笑顔で応えたカルセドニアは、鎧竜について自分が知っている限りのことを、辰巳に教えていった。




「なるほど……大型の魔獣でその名の通り鎧のような強固な外殻を持つ、か。その上、毒まで持っているとは……強敵だな」

 カルセドニアから聞いた鎧竜という魔獣。辰巳は今回の敵が間違いなく強敵であることを、はっきりと認識した。

「しかも、そのシェーラって人の話だと、鎧竜は一体じゃないんだろ?」

「はい。どうやら、少なくとも五体はいるとのことでした」

 シェーラがミーラを訪ねて来た理由。それはエルフの里の近くに出現した鎧竜が、一体ではないことを伝えに来たのだ。最初に目撃されたのは一体だけだったのだが、現在では最低でも五体の鎧竜が目撃されている。

 単体でも強敵である鎧竜。それが少なくとも五体はいるとなると、中堅クラスの魔獣狩りでも対処は難しい。

「だけど、こっちにはモルガーさんだっているんだ。そう簡単には負けないと思うけどな」

 モルガーナイクの存在は、やはり頼もしい。そして、彼が持つ魔獣狩りとしての経験と知識は、辰巳たちにとって強力な武器となるだろう。

 モルガーナイクと肩を並べて戦えると知り、辰巳は嬉しそうな表情を浮かべる。

 (せき)()の時もモルガーナイクとは一緒に戦ったが、相手が小型でそれほど強い魔獣ではなかったため、少々肩透かし気味だったのだ。

 だが、今回は強敵相手である。辰巳の中の「戦士」としての心は、モルガーナイクとの共闘にどうしても期待してしまう。

 うきうきする気持ちを隠しきれない辰巳を、カルセドニアがむすっとした表情で見つめる。そして(おもむ)ろに立ち上がった彼女は、テーブルを回ってそのままつかつかと辰巳に近づくと、すとんと腰を下ろした。

 椅子に座っている、辰巳の膝の上に。

「え、えっと……ち、チーコさん……?」

 突然膝の上に座られて、わけが分からない顔をする辰巳。

 そんな彼の首元に、カルセドニアは額をぐりぐりと擦り付ける。

「……モルガーの話をする時のご主人様って……いつも嬉しそうですよね……なんか……悔しい……」

「い、いやいやっ!! お、俺にとってモルガーさんは、目標というか憧れというか……け、決して俺に変な趣味があるわけじゃなくてだな……っ!!」

「分かっていますよ、そんなことっ!! でも……悔しいものは悔しいんですっ!!」

 頭部を擦り付ける仕草は、かつてオカメインコだった頃の彼女もよくした仕草だ。

 いくらなんでも、モルガーさん相手に嫉妬するなよな。そう思って苦笑を浮かべる辰巳。だが、同時にカルセドニアに対する愛しい気持ちが改めて湧き上がってきて、彼は掌で愛妻の頭をゆっくりと撫でてやった。


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