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魔法の短剣


 エルは持って来た短剣を、ティーナへと差し出した。

「うん、ありがとう、エルくん」

 ティーナは相変わらず芝居がかった恭しい態度でエルから短剣を受け取ると、鞘から抜くこともなくじっくりと観察する。

「ふむ……少なくとも、この状態では魔封具特有の魔力光は見えないね」

 零れ出たティーナの言葉に、辰巳も内心で相槌を打つ。

 辰巳だけではなく、カルセドニアやジュゼッペと言った卓越した魔法使いたちにも、鞘に収まった短剣から魔力の輝きは一切見ることはできない。

「……この鞘が魔力を封じる役目をしているのかな? どれ……」

 ティーナは目を細め、無言で集中する。

 彼女は魔法の呪文、つまり「詠唱魔法」が成立する前の時代の人物である。

 そのため、彼女自身も辰巳と同じ「魔力使い」なのだ。

 無言のまましばらく集中を続けるティーナ。辰巳たちもまた、無言でじっと彼女の様子を見守り続ける。

 どれぐらいそうしていただろうか。

 不意にティーナが脱力しながら、ふうと大きく息を吐き出した。

「今、この短剣に《解析》の魔法を使ってみたんだが……この短剣は刃に一定以上の魔力を秘めた血が付着した時、それが鍵となって世界を超える力を解放するようだね」

「はい、その通りだと思います。最初は鞘から抜くことで魔力が発動するのだとばかり思っていたのですが、実際にそうではありませんでした」

 ティーナの解説を聞きながら、エルが彼女の言葉を肯定する。

 一番最初──エルが故郷の世界から地球世界へと転移した時、この短剣の刃に偶然エルの血が付着した。

 それが短剣に秘められた魔力を解放し、エルを地球世界へと送り届けたのだ。

 エルの夫が天に召された後、地球世界を去ろうとしたエルは、短剣を鞘から引き抜いた。

 しかし、それだけでは魔力は解放されない。てっきり鞘から引き抜くことで魔力を解放するとばかり思っていたエルは、短剣を引き抜いても魔力は発動されず、あたふたと思わず取り乱した記憶がある。

 その後、最初に転移した時のことを思い出して自らの指先を短剣で僅かに切り裂き、血を付着させたことで短剣の魔力を解放することに成功したのだった。

「……ふむ。転移先は完全にランダム……目的地を設定して世界を超えることはできない……か」

 《解析》の魔法の効果が続いているのだろう。ティーナは手の中の短剣を見続けながら言葉を続ける。

「こんなギャンブリックなマジック・アイテム、一体誰が作ったのやら……おや?」

 こう零したティーナの顔が、僅かに引き攣る。

「《大魔道師》殿、いかがなされたか?」

 ティーナの様子に気づいたジュゼッペが、不思議そうに尋ねる。

 辰巳もカルセドニアもエルも、そしてジャドックもミルイルも、部屋にいる全員がじっと伝説の《大魔道師》に注目した。

「…………………………それが、この短剣を作り出したのは……どうやらボクらしいんだ」

 手の中の短剣をふらふらと振りながら、ティーナは渇いた笑いを零した。




「え? え……っと……えええええええええええっ!?」

 エルが大きな声を出す。

 声こそ出さなかったものの、エルとティーナ以外の全員が同じ思いだ。

「そ、その短剣……《大魔道師》様が作ったものだったんですかっ!?」

 大きく目を見開いたエルに、ティーナが困った顔をする。

「そのようだねぇ……ボクは自分の作ったものには魔法的な刻印を刻むんだが、この短剣にその刻印があったんだよ。とは言え、今のボクにこの短剣を作った記憶はない。つまり、未来のボクがこの短剣を作ったってことになるね。ま、いつ頃のボクが作ったのかまでは分からないが」

 目的地を定めることもできずに、世界の壁を超えるマジック・アイテム。はた迷惑も甚だしい代物だが、確かにティーナならおもしろがって作り出しそうだ。

 言葉にすることはないものの、辰巳たちは誰もが納得する。

「ボクの作ったものが、どうしてエルくんの故郷の世界にあったのか……そこまではボクにも分からない。まあ、ボクのことだから、あちこちの異世界を渡り歩きながらどこかで落としでもしたんじゃないかな?」

「そんな他人事みたいな……」

「少なくとも、今のボクにしてみれば他人事みたいなものだしね」

 ははは、と笑うティーナに、辰巳は盛大に溜め息を吐いた。

 そんな辰巳を余所に、ティーナは笑顔で短剣をエルに返す。

「ありがとう、エルくん。しかし、ボク……というか、未来のボクが君に迷惑をかけたことにならないかな? ボクにできることであれば、何か申しつけてくれても構わないよ?」

「いいえ……確かに、この短剣を手に入れたことで悲しいことも辛いこともありました。ですが、この短剣のお陰で私は、日本で夫や大切な友人たちと巡り会うことができたのも事実です。決して、この短剣を手に入れたことを後悔していません」

 きっぱりと断言するエルに、ティーナの笑みが深まる。

「そうか。では……そうだね、先程エルくんの身の上話で語られていた、亡くなった君の冒険者仲間ぐらいは丁重に弔ってこようか。ボクは時間を超える者として、過去には決して干渉しないことにしているから、君の冒険者仲間を助けるわけにはいかない。だが、せめてそれぐらいはしてもいいだろう」

「はい……それで十分です。是非、お願いします」

 エルは椅子から立ち上がると、ティーナに対して深々と頭を下げた。




 妙にしんみりした雰囲気を吹き飛ばすように、その後は明るい話題で辰巳たちは盛り上がった。

 エルとジュゼッペ、そしてティーナが魔法や魔力について興味深く語り合ったり。

「……では、同じ転移者でも、エル殿は婿殿や《大魔道師》殿とは違って、〈天〉の魔力を持っているわけではないんじゃな?」

「そのようですね。確証はありませんが、私は元々魔力を持って生まれました。その生来の魔力は、転移しても〈天〉の系統には染まらなかったのではないでしょうか」

「……興味深い考察だね。とは言え、これまた検証するわけにはいかないから、考察止まりなのが悔やまれる」

「では、カルセの場合はどのようにお考えか? カルセもまた、婿殿や《大魔道師》殿の世界から来た訳じゃろ?」

「そうですねぇ。カルセさんの場合、転移ではなく転生ですから……魔力が魂ではなく肉体に宿るものと考えれば、カルセさんが〈天〉の魔力を持っていなくても納得できる話ではありませんか?」

「それもまた興味深い考察だね。しかし、ボクにしてみれば精霊魔法というものもまた、興味深い対象だね。どうだろう? ボクでも精霊魔法を扱うことはできるかな?」

「精霊魔法は何より精霊との交信能力の有無が前提ですから、例え《大魔道師》様がどれだけ優れた魔法使いでも、精霊の声が聞けたり姿が見えたりしないと精霊魔法は使えないかと」

「むぅ、ボクには無理ってわけか。それは残念至極」

 その一方、辰巳とカルセドニアは、カルセドニアの故郷でのできごとをジャドックとミルイルに話して聞かせたり。

「……タツミやカルセに喧嘩を売るなんて……馬鹿な奴がいたものね」

「ホントね。しかも、タツミちゃんの目の前でカルセちゃんを奴隷にするとまで言ったんでしょ? それって飛竜の口に頭を突っ込むよりおっかないわ。アタシなら絶対そんな真似はしないわねン」

「相当、馬鹿だったのね、そいつ」

 はたまた、ジャドックとミルイルが体験した狩りの間の出来事を、辰巳とカルセドニアは楽しく聞かせてもらったり。

()(ぐま)()()(ざる)(らい)(ろう)……? それはまた、難敵ばかりを随分とたくさん狩ったんですね」

「ええ、お陰で予想よりもがっつり稼げたわン」

「それもこれもタツミがパジェロと(ちょ)(しゃ)を貸してくれたからよね。猪車がなかったら、あれだけの獲物は絶対運べなかったし」

「ホントよ。あ、パジェロちゃんはいつでもお返しするわ。タツミちゃんの都合のいい日を言ってちょうだい」

「最近、飛竜騒ぎとか神殿からの仕事が多かったからな。次は俺も一緒に魔獣を狩りに行きたいところだな」

「はい、旦那様。次は皆さんでご一緒しましょう」

 にっこりと微笑むカルセドニアに合わせるように、辰巳たち三人もまた、楽しげに頬を緩めるのだった。




 時が経つにつれ、話し相手を入れ替えて辰巳たちは楽しい一時を過ごしていく。

「そう言えば、どうしてティーナさんはスーツにスニーカーなんですか?」

「それはだね、タツミくん。単にこの方が都合がいいからさ。ほら、この世界の道は地球世界に比べるとお世辞にもいいとは言えないからね。特に君の時代からすると、例え王都でも道の具合はお粗末なものだろう?」

 ティーナの言葉に辰巳は無言で頷く。

 王都の大通りやその周辺の通りは石畳が敷かれた立派な道であるが、それでも現代日本のアスファルトによる舗装に比べると大きく劣る。

 そんな所を、ヒールなどの踵の高い靴で歩けば、あっと言う間に石畳の隙間にヒールが挟まってしまうに違いない。

「それに、大きな通りから外れて少し奥の路地などに入ると、舗装どころかゴミばかり散乱している場所も珍しくはないからね。そんな所を歩くことを考えると、スニーカーが一番なのさ」

 王都レバンティスは確かに治安がいい。とはいえ、それでも危険で薄暗い場所はどうしたって存在する。

 ティーナの言うように路地の奥には、地面に一日中座り込んだり寝転んだりしている人間だっているし、追い剥ぎなどの犯罪者だっている。

 動物の死体や糞、生ゴミなどはあちこちに転がっているし、時には人糞や人間の死体だって見かけることだってある。

 その好奇心の強さからか、ティーナは度々そのような場所にも踏み込んでいるようだ。

「もっとも、ハイヒールは元々地面に散乱したゴミや汚物を踏まないようにと考案された履き物だけどね」

「ああ、その話なら聞いたことがありますよ。当時は男性もハイヒールを履いていたとか」

「男性が履くヒールと言えば、十七世紀のフランス──ヴェルサイユ宮廷が最も華やかだった時代、当時の権力の頂点に座していたルイ十四世は、その脚線美を自慢するためにヒールを愛用していたそうだ。踵に赤い皮を貼り付けた独特のヒールは、『ルイヒール』と呼ばれて宮廷貴族たちの制服とまで言われたそうだよ」

 ボクは合理主義者だから最も適したものを使うのさ、というティーナの言葉を、辰巳は渇いた笑みを浮かべて聞いた。

 どちらかって言えば刹那主義者じゃないのか、という言葉が喉元まで迫り上がってきたが、幸いにもそれが辰巳の唇から漏れることはなかった。




 やがて太陽が大地に近づき始める頃になると、この楽しい時間も終わりを迎える。

 エルが気を利かせて部屋の中に料理や酒を運び込んでくれたが、それらも殆どが辰巳たちの腹の中に消え去っていた。

「いやぁ、今日は本当に楽しかった。時間と空間を超えて来た甲斐があったってものだね!」

 上機嫌なティーナが、ふらりと椅子から立ち上がった。

「だが、ボクは時空の放浪者(エグザイル)。いつまでも同じ所にはいないのさ。だから、そろそろここからお暇しないとね」

 ティーナは辰巳、カルセドニア、ジュゼッペ、エル、ジャドック、ミルイルと、部屋にいた者たちを順にその瞳に写し込んでいく。

「今日は新たな友人も得られたし、貴重な論議もできた。今日ほど充実した一日は、ボクの人生の中でも五指に入るだろうね」

「行きなさるか《大魔道師》殿……いや、ティーナ殿。また、いつでも立ち寄ってくだされ」

 ジュゼッペは皺の刻まれた顔に、感謝と哀愁を滲ませる。

「うん、気が向いたらまたここに遊びに来よう。その時は今日のように楽しく語り合おうじゃないか」

 右手を胸に、左手を腰の後ろに。

 そして右足を後ろに引いたティーナは、優雅に一礼した。その仕草は今日の中で一番芝居がかっていて、そして最も彼女に似合っていた。

「では、最も新しき我が友たち……タツミくん、カルセくん、エルくん、ジャドックくん、ミルイルくん、そしてジュゼッペくん。君たちの人生に幸あることを願って──」

 下げていた頭を上げたティーナは、にこりと微笑み。

 その姿は黄金の光となって、辰巳たちの前から消え去った。




「……現れた時と同じで、唐突に去って行ったな……」

 黄金の光の残滓を見つめながら、辰巳が呟く。

 その隣に寄り添うように立ったカルセドニアは、そっと夫の腕に自らの腕を絡めた。

「ティーナさんもおっしゃっていましたが、また遊びに来られますよ」

「そうだな。でも、ティーナさんはこれからどこに行くんだろう?」

 そう口にしつつも、辰巳には確信があった。

 先程ティーナ自身が言っていたではないか。かつて非業の死を遂げることとなった、エルの冒険者仲間たちを弔うと。

 おそらく、《大魔道師》はエルの魔力波動を手がかりに、その約束を果たすために過去へと赴いたに違いない。

 そんな確信を抱きつつ、辰巳はエルへと振り返れる。

 今のエルは長年の懸念事項が解決したためか、晴々とした安堵の表情を浮かべていた。


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