最強無敵の二人
辰巳が零した言葉に、ティーナはぴくりと眉を震わせた。
「おや? タツミくんの口振りからして、この時代にはもう一人転移者がいるのかい?」
相変わらず優雅な仕草で、お茶のカップを口元へと運ぶティーナ。
だが、その目にはおもしろいものを見つけた子供のような光が浮かんでいる。
「えっと……エルさんというのは、この街にいるエルフの女性なんですけど、以前は俺と同じ日本にいたことがあるそうでして……」
「エルフがジャパンにいたのかい? それはおもしろそうな話じゃないか」
きらり。
と、ティーナの目元が光るのを、辰巳は見逃さなかった。
「よし。では、そのエルフのご婦人に会いに行ってみよう。ささ、先導してくれたまえ、タツミくん。そのエルフのご婦人のいる宿屋とやらにぱぱっと転移したまえ。ボクは君の魔力波動を追いかけて転移するから」
手にしていたカップを机の上に置き、ティーナはすらりと立ち上がった。
そして、辰巳を見てきょとんとした表情を浮かべる。
「どうしたんだい? ほら、さっさと転移したまえ。まさか《瞬間転移》が使えない、なんてことは言わないだろう?」
ティーナはぱんぱんと手を叩いて、辰巳に転移を促す。
「す、少しお待ちくださらんか、《大魔道士》殿。《大魔道士》殿はここから例のエルフの御仁のいる宿屋へ転移できるとおっしゃられるか……?」
「何を言っているんだ、最高司祭殿。転移できるに決まっているだろう?」
驚愕を露わにするジュゼッペと、そんな彼をきょとんとした表情で見つめるティーナ。
二人の間には、大きな意識の隔たりがあった。
「あ、あのーティーナさん? 俺はその……可視範囲じゃないと転移できなくてですね……」
辰巳は、自分自身の魔法の特性について、ティーナに説明を始めた。
辰巳の話を聞いたティーナは、改めて椅子に腰を下ろすと腕を組みながら唸り出した。
「うーむ……。どうやら、君とボクとでは同じ〈天〉の魔法使いであっても、いろいろと差があるようだね」
それは辰巳がまだ未熟ゆえにティーナには及ばないのか、それとも彼の才能の限界がそうさせるのか。
それはさすがのティーナと言えども、現時点では判断できない。
「君が転移できるのは、あくまでも可視範囲に限られ、時間の壁も飛び越えられない、という訳だね? では次元の壁は超えられそうかい?」
「次元の壁……ですか? それは試したことがないので断言できませんが……少なくとも、今は無理だと思います」
無遠慮に、ティーナは辰巳をじろじろと見つめる。彼女がじっと辰巳を見ていると、彼の隣にいたカルセドニアが不機嫌な表情を浮かべるが、ティーナはそれも無視して辰巳を見続けた。
「……もしも君が可視範囲以外に転移できるようになった時、おそらくは次元の壁を超えることも難しくはないだろう。しかし、不用意に次元の壁は超えないことだ。先程聞いた君の魔法特性によると、君は外素使いだそうじゃないか。我らの故郷のような世界に跳んでしまった場合、そこから帰れなくなるぞ」
真剣な表情で指摘するティーナ。辰巳もその指摘を受けて、はっとした表情を浮かべる。
外素使いである辰巳は、自分の体内に魔力を長時間維持できない。自身の周囲に満ちる魔力を自由に取り込める外素使いは、確かに優秀な能力だが逆にデメリットも存在する。
「……俺が日本に帰ったとしても、日本には魔力がないから……こっちに戻って来ることができないってわけですか……」
「その通りだよ。仮にカルセくんが再び召喚するとしても、その準備には数年の歳月を有するのだろう? それを忘れないことだね。まあ、こんなこと、君の師匠でもないボクが口出しすることではないかもね。君には立派な師匠がいるわけだし」
その目元に笑みを浮かべて、ティーナは辰巳とジュゼッペを交互に見比べた。
確かに、辰巳にとっての師匠はジュゼッペである。だが、それは魔法全体の教えをジュゼッペから受けているだけであり、〈天〉の専門的なことはジュゼッペでは辰巳に教えられない。
そのことを普段から考えていたジュゼッペは、大きくテーブルの上に身体を乗り出した。
「《大魔道士》殿。確かに儂は婿殿に魔法について教えております。じゃが、やはり儂は〈天〉に関しては門外漢。僅かなりとも、彼に〈天〉の魔法を手ほどきしてくださらぬか?」
無論、報酬が必要とあらばお支払い致す、とジュゼッペは続けた。
「サヴァイヴの最高司祭殿。申し訳ないが、ボクは弟子は取らないことにしているんだ。だから、タツミくんに教えを授けるつもりはないよ。今回、彼に会いに来たのは単なる興味本位だけだったし」
そう言ったティーナは、再び立ち上がった。
明らかに落胆を見せるジュゼッペ。辰巳もまた、伝説の《大魔道士》から僅かなりとも教えを受けられることを期待していたが、どうもティーナにその気がないようだ。
「……あれ? でも、ティーナさんには弟子がいたって聞いたことが……」
確かに、辰巳はそう聞いたことがある。
今も辰巳の右腕に装着されている『アマリリス』も、一旦は彼女の弟子が受け継ぎ、結局使えなかったために太陽神ゴライバの神殿に収められていたはずだ。
「うん、その話ならボクも聞いたよ。でも、ボクはこれまでも、そしてこれからも弟子なんて取るつもりはない。しかし、オーグンのような部下は何人もいるから、そいつらがボクの没後に勝手に弟子を名乗ったか、時代と共に事実が歪んだようだね。それにほら、ボクって典型的な直感型の人間だからね。人にものを教えるのには向いていないのさ!」
ティーナは堂々と胸を張り、そして高らかに笑う。
「天才」というものは、独自の理論で自分だけで完結してしまっている場合が多いという。
おそらくは、ティーナもまた「天才」に違いない。そして彼女自身が言うように、「天才」である彼女の感覚は他人には理解しがたいものなのだろう。
「では、改めてそのエルフのご婦人のいる店に行くとしよう。もちろん、歩いて、ね」
一同を見回したティーナは、にこやかな笑顔で宣言した。
レバンティスの街の大通りを、一台の馬車がゆっくりと走っていく。
その馬車の横腹には、サヴァイヴ神を示す聖印が描かれ、その馬車がサヴァイヴ神の神殿に属するものであることを、周囲に顕示していた。
その馬車の中には、二人の男性と二人の女性。
二十歳前後の男女と、三十前後の女性、そして、老齢の男性が一人。
もちろん、辰巳とカルセドニア、そしてティーナとジュゼッペだ。
彼らは今、エルが経営する酒場兼宿屋である〔エルフの憩い亭〕を目指して馬車を走らせていた。
「ティーナさんは分かるとして……どうしてジュゼッペさんまで?」
馬車の中、対面に腰を下ろしたジュゼッペに辰巳が尋ねる。
「儂もおぬしらが世話になっておるエルというエルフの御仁と話がしてみたくてのぉ。以前の飛竜騒ぎの時、ちらりと顔を合わせて言葉も交えたが、それっきりじゃしな。それに前々から精霊魔法の開祖たるその御仁には会ってみたかったし、丁度いい機会じゃて」
長い髭を扱きながら、いつものようにほっほっほとジュゼッペは笑う。
「お祖父様、お仕事の方はよろしいのですか?」
「なに、急を要する仕事は取り敢えずないわい。それに、折角こうして伝説の《大魔道師》殿と出会ったのじゃ。少しでも長く一緒にいて話を聞きたいんじゃよ」
今、彼らが乗っている馬車の手配をしたのはジュゼッペだった。もちろん、その理由は自分も一緒について行くためである。
楽しそうな様子を隠そうともしない祖父を見て、辰巳の隣に腰を下ろしたカルセドニアが小さな声で呟く。
「……はぁ。女将さんに迷惑にならないといいのですが……」
隣に座る妻の心中は、辰巳も痛いほど理解できる。
今、彼の目の前にいるジュゼッペは、いつものように最高司祭の地位を示す神官服姿なのだ。
儀式の時のような煌びやかな法衣ではないものの、魔獣狩りたちが集まる酒場では場違いも甚だしいだろう。
普段なら〔エルフの憩い亭〕へ行く時は普段着か鎧姿の辰巳とカルセドニアも、今日は神殿からエルの店へ直行するため神官服姿だし、ティーナにいたってはスーツ姿だ。これほど場違いな集団も他にはあるまい。
そして、間違いなく〔エルフの憩い亭〕では騒ぎになるだろう。
「……後でしっかりとエルさんに謝ろう……」
「……私も一緒に頭を下げます……」
こっそりと溜め息を吐く二人を余所に、サヴァイヴ神の最高司祭と《大魔道師》は和気藹々と会話を続けている。
「ほほう。では、婿殿が最近手に入れたあの魔法の袋は試作品であると?」
「その通りだよ、最高司祭殿。まあ、気まぐれに思いついて作った物とか、不要になった試作品や完成度がイマイチなものをオーグンに払い下げているわけさ。あの魔法の袋もその一つってわけだね」
「《大魔道師》殿が作られた魔封具か……それは興味がありますなぁ」
「そうかい? じゃあ、特別に最高司祭殿にはこれを贈ろう。なに、こうして出会えた記念の品と思ってくれたまえ」
ティーナは徐ろにスーツの内側に片手を入れると、そこから小さな革袋を取り出した。
それは辰巳が持つ魔法の袋とそっくりの革袋で、おそらくはあの袋こそが完成版の「魔法の袋」なのだろう。
《大魔道師》はその袋の中から小さく折り畳まれた灰色の革袋を取り出し、それをジュゼッペに手渡した。
「それは《時間停止》の魔法が込められた袋さ。袋の容量などに拡張はないが、その中に入れた物は時間が停止する。食糧など腐敗が心配なものを入れるといい」
きらきらとした目で、ジュゼッペは受け取った革袋を広げる。
その大きさは、辰巳の感覚で言えば四五リットルサイズのゴミ袋と同じぐらいだ。
「袋の口以上の大きさの物は、当然ながら入らないからね。それはタツミくんの魔法の袋も同様だ」
その辺は、辰巳も魔法の袋を手に入れてからいろいろと試したので理解している。
ティーナも言ったように、袋の口に拡張性はないようで、袋の口以上の大きさの物は入らない。
また袋に入れた物を取り出す時は、袋の中に直接手を入れなければならず、その時に取り出される物もランダムに出てくるようだった。
例えば、野球のボールを九九個、テニスボールを一個袋に入れた場合、テニスボールを取り出せる確率は一パーセント、ということになる。
「おお、それは素晴らしい! このようなものを作ってしまうとは、さすがは伝説の《大魔道師》殿ですな!」
「うんうん。もっとボクを褒め称えたまえ! しかし、最高司祭殿とはいい友情が築けそうだね!」
「おお、儂を友と呼んでくださるか! それは願ってもないことですわい」
呵々大笑するティーナとジュゼッペ。
そんな二人を見て、辰巳とカルセドニアは再び深々と溜め息を吐き出した。
「……すっかり意気投合しているし……」
「……ですね……」
「ってか、あの二人が組んだら誰も敵わないよな……」
いや、「誰も敵わない」ではなく、「誰にも止められない」が正しいのではないか。
ある意味で最強無敵のコンビを前にして、辰巳は先が思いやられて仕方がなかった。




