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《大魔道師》

「な、なんとっ!! そなたは本物の《大魔道師》殿であると申されるか……っ!?」

「いかにも、サヴァイヴの最高司祭殿。ボクは正真正銘、《大魔道師》ティエート・ザムイその人さ」

 サヴァイヴ神殿の応接室の一つ。そこで、ジュゼッペとティーナの邂逅がなされていた。

 もちろん、二人を引き合わせたのは辰巳である。

 ジュゼッペが若い頃から《大魔道師》に心酔していることを知っていた辰巳は、突然現れたティエート・ザムイ──ティーナ・エイビィ・ザハウィーを、サヴァイヴ神殿まで案内──あのまま往来の真ん中で話し込むわけにもいかない──したのだ。

「ボクは《天》の魔法使い。すなわち、時間と空間を操ることができる。ボクは自在に時間と空間を飛び越えることができるのさ。どうだい、凄いだろう? 驚いただろう? ささ、遠慮なく驚愕してくれたまえ。そして、褒め称えてくれたまえ」

 自信満々の笑顔で、ティーナが告げる。

 その有り余るばかりの自信に、辰巳とカルセドニアは思わず顔を見合わせて苦笑した。

 だが、ジュゼッペは違う。彼は目に称賛の光をこれでもかと湛えて、じっと伝説の大魔法使いを見つめていた。

「さすがは、《大魔道師》殿! このジュゼッペ、感服いたしました! して……《大魔道師》殿は如何様な理由でこの時代に?」

「もちろん、ボクの後継者くんに会いに来たのさ。ボクはあちこちの世界や時間を気ままに移動しているんだけど、たまたまこの時代を訪れた時、オーグン……こいつはこの時代のボクの部下のような男でね、彼からそちらのタツミくんの話を聞いてね。それでタツミくんを探していたのさ」

「ほほう、《大魔道師》殿の部下が婿殿をのぉ……婿殿や。おぬしはオーグンという人物に心当たりはあるかの?」

「オーグン……ですか? うーん、心当たりありませんね……」

「私も……そのような名前の方は覚えていません」

 辰巳は必死に記憶を掘り返すが、オーグンという名前は出てこない。

 それはカルセドニアも同じようだった。神殿以外では殆ど一緒にいる二人なので、もしもオーグンというティーナの部下とどこかで出会っていたとすれば、それは二人同時に出会っている可能性が高いのだ。

「ああ、タツミくんとカルセくんがあいつの名前を覚えていないのは無理もない。どうせあいつのことだから、自分から名乗ったりしないだろうしね。でもつい最近、君たちはとある行商人と出会っただろう? タツミくんの腰で揺れているその魔法の袋を売った行商人……あれがボクの部下のオーグンさ」

 《大魔道師》のその一言に、辰巳とカルセドニアは驚きに目を見開いた。

 にたにたと怪しく笑う行商人の顔を、辰巳は思い出す。

 あの行商人が、伝説の《大魔道師》のこの時代における部下などと誰が想像するだろう。

 驚きのあまりに声も出ない辰巳とカルセドニアを見て、ティーナはしてやったりとばかりに微笑んだ。

「数日ほど前にあいつのところに顔を出した時、その魔法の袋を売った相手がいると聞いたんだ。その袋は、しっかりと相手を見極めてから売れと厳命しておいた物。それをあいつは売ったと言う。ああ見えてオーグンもボクの部下だ。人を見極める目は持っている。そのあいつがその袋を売った相手に興味が湧いてね? しかも、袋を売った相手はボクのと非常によく似た籠手を身に着けていたそうじゃないか。そこで、ボクはピンときたんだ」

 先日、この王都レバンティスを巨大な飛竜が襲ったことは有名である。そして、その飛竜を一人の若者が倒したことも。

 飛竜を倒した若者は、永く封印されていた伝説の〈天〉の武器を甦らせ、その武器を以て飛竜を倒したと言う。

 最近では、どこの酒場でも毎日のように吟遊詩人たちに歌われている英雄譚である。

「オーグンが魔法の袋を売った相手こそが、その飛竜殺しの英雄だ、ってね。となると、その飛竜殺しは『アマリリス』と魔法の袋、二つの……いや、正確には三つもの〈天〉の魔封具(マジックアイテム)を持っていることになる。それら魔封具の製作者として、直接会ってみたくなったってわけさ」

「やっぱり……『アマリリス』や魔法の袋は、ティーナさんが作ったんですね?」

「その通り。どうやら君は気づいていたみたいだね? ボクには〈天〉だけではなく、〈錬〉の系統魔法も使えることに」

 にやりと笑ったティーナの視線が、辰巳の腰の魔法の袋に向けられる。

「その魔法の袋は、〈天〉の魔法使いでなければ本当の力を発揮できない。君も気づいたようだが、《瞬間転移》を用いなければ白と黒の二つの魔法の袋は一つにならないからね」

 ティーナは差し出されたお茶──先程カルセドニアが淹れたもの──を、優雅な仕草で口に運びながらそう告げた。




 一口お茶を口の中に入れたティーナは、その細い眉を僅かに寄せた。

「…………お口に合いませんでしたか?」

「いやいや、別にそういうわけではないが……故郷のお茶の味に慣れていると、どうしてもジャスミン茶みたいなこの国のお茶に違和感を感じてしまってね。決して、カルセくんが淹れてくれたこのお茶が不味いわけではないよ」

「ティーナさんの故郷……?」

 改めて、辰巳はティーナの姿を見つめた。

 長身で細目の身体は、ファッションモデルと言っても通用しそうだ。

 顔も小さく、美人というよりは凛々しい印象を受ける。顔の作りが中性的なこともあり、男装すれば間違いなく男と思われるだろう。

 身体付きは全体的にスレンダーで、肉感的なカルセドニアとは対極に位置していると言っていいかもしれない。

 そして、最も辰巳が気になっている点。それはダークグレーのパンツタイプのビジネススーツやスニーカーらが、明らかに地球世界の物だろうということだ。

 そして、〈天〉の武器に付けられていた『アマリリス』という銘。ジュゼッペたちがアマリリスという言葉を知らないことから、辰巳は前からそうではないかと薄々思っていた。

「ティーナさんは……地球の方……なんですね?」

「その通り。ボクは地球のイングランドの生まれさ。タツミくんは……名前からして、おそらくジャパニーズだろう? いつの時代のジャパニーズかな?」

「え? お、俺は二十一世紀の日本から来ましたけど……しかし、イギリス人だったんですか……」

 思わず呟く辰巳。だが、一方のティーナは不快そうな顔だった。

「あのね、タツミくん。その『イギリス』というジャパン・オリジナルな表現、できれば止めてくれないかな? 我が故郷の二十一世紀におけるジャパンでの正式な名称は、『グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国』だろう? 長ったらしいその名前で呼べとは言わないが、どうせなら『イングランド』や『スコットランド』とより具体的に、四つの王国を総称するなら『ユナイテッド・キングダム』か、それを省略して『UK』、もしくは古き良き時代のように『大英帝国』と呼んでもらっても構わないよ?」

 現在、日本では英国を「イギリス」と呼ぶが、これは正式な名称ではない。

 この国は主島であるグレートブリテン島に存在するイングランド、ウェールズ、スコットランド、そしてアイルランド島北東部の北アイルランドの四つからなる連合王国である。

「ちなみに『イギリス』という言葉は、ポルトガル語で『イングランド』を意味する『イングレス』という言葉がジャパンで変化したものらしいから、丸っきり外れているわけではないがね。まあ、ボクなりのつまらない拘りだと思ってくれたまえ」

 ティーナは不快そうな表情から一転、にこりと微笑む。

 どうやら本気で気にしているわけではなく、本人が言うように彼女なりの拘りなのだろう。




「ボクが生まれたのは、一九世紀初頭のイングランドでね。その頃の我が祖国は工業化による生産力の増大により得た圧倒的な経済力と軍事力で世界の覇権を握っていた時代で、祖国は時には武力さえをも用いて世界各国に自由貿易を認めさせ、世界を祖国中心の国際経済体制に組み込んでいったんだ」

 確か世界史の授業で聞いた覚えがあるなぁ、と頭の片隅で考えながら、辰巳はティーナの話を聞く。

 カルセドニアやジュゼッペも、異世界の歴史に興味があるのか、辰巳と同じように無言だった。

「そうやって近代化で経済力や軍事力が増大する一方、魔術や妖術といったオカルト的なものも依然として信じられ、真面目に研究さえされていた。かく言う、ボクもそんな一人だったわけだ」

 キリスト教が正統派とされていた一九世紀のヨーロッパでは、「正統派キリスト教会」の信仰体系とは異なる信仰体系──いわゆる「異教」──こそが「オカルト」と呼ばれていた。

 しかし、「一九世紀以降の正統キリスト教以外の、平常の生活から隠された人間の知識を超えた神秘の研究とその結果である神秘主義体系」がオカルトと解されるようにもなり、その心理的原理から「オカルト」という言葉は拡張的に利用されていく。

 後年に科学が発展すると、自らを「正統な科学」の担い手と自認する勢力が自らとは異なる手法を「オカルト」と呼び、今日では主に「科学では説明できない事象」を「オカルト」と呼ぶようになる。

 ちなみに日本では、「滅亡した伝説の大陸」の名を冠した有名な雑誌の登場によって、オカルトは世間に一気に知れ渡ることになった。

 ティーナの生まれた時代のヨーロッパは、「近代化」と「オカルト」といういわば対極に位置する二つのものが同時に発達した時代と言えるのかもしれない。

 科学が発達したからこそ、「科学」と「非科学」の境界線が明確化したのだろう。

「ボクが幼い頃からこの『オカルト』に興味を持ったのは、父親の影響だったんだ。ボクの父親は重度のオカルト信者で、家には怪しげな書物などが大量にあった。まあ、そんな書物を買い集めることができるくらい我が家は裕福だったということも、ボクにオカルトを研究させた要因の一つではあるね。幼い頃から父親の蔵書をこっそりと読み解き、時には父親に隠れて夜中に魔術の儀式を執り行ったりもしたものさ」

 今では黒歴史だけどね、とティーナは苦笑した。

「ボクは幼い頃より魔術を研究し、若き日の自分を全て魔術に捧げてきたと言っても過言じゃない。それぐらい、若き日のボクはオカルト信者だった」

 懐かしそうな遠い眼差しで、ティーナはかつての自分を語る。

 その仕草はどこまでも優雅であり、思わず見蕩れてしまうほど。先程ティーナは自身が裕福な家の生まれと言っていたが、もしかすると貴族に名を連ねるような名家の生まれだったのかもしれない、と辰巳は想像した。

「二十歳前のある日の真夜中、いつものように魔術の儀式をしていたんだ。そしてその日、ボクはこの世界に転移した。奇跡的に幾つもの偶然が重なったのか、それともボクに秘められた神秘的な力があったのか。ボクとしては、間違いなく後者だと自負しているけどね!」

 真相はいまだに不明らしいが、とにかく彼女はその日、地球世界からこの世界へと繋がる「扉」を開けることに成功したのだった。




「ボクがこっちに来てからは……まあ、今更語ることはないよね?」

 伝説とまで呼ばれ、幾つもの逸話を打ち立てたティーナ……いや、ティエート・ザムイ。

 その活躍は吟遊詩人が歌う歌から、演劇、そして御伽噺と幅広く伝わっている。

 中には誇張されて伝わっているものもあるだろう。時には完全な創作だってあるかもしれない。

 それでも、ティエート・ザムイという名前と《大魔道師》の二つ名、そしてその活躍を知らぬ者はまずいないだろう。

「さて、タツミくん。ここまでボクの話を聞いて、何か感じたことはないかな?」

 それまでのにこやかな表情を真剣なものへと変化させ、ティーナは辰巳に問う。

「これまで、〈天〉の魔力を得たのはボクと君の二人だけ……もしかすると、知られていないだけでボクたち以外にも〈天〉の魔力持ちはいたのかもしれないが、それは今は置いておこう。少なくとも、世間に知られている〈天〉の魔法使いは君とボクだけだ。この事実を前に、君は何を思う?」

 ティーナの真っ直ぐな視線が、辰巳を射抜く。

 それは生徒に問題を出す教師のようであり、真実を追い求める探究者のようでもあった。

「〈天〉の魔力を得るには……世界を超えないといけない……ということですか……?」

「うん、ボクはそう考えている。実例が君とボクの二人だけでは確証としては不十分だが、ボクはこの仮説は間違っていないと確信しているね」

「確かに《大魔道師》殿の仮説を証明するならば、数多くの人間をこちらの世界に召喚せねばなりますまいな」

「最高司祭殿の言う通りだ。でも、そんな実験で何人もの人間を召喚するなんてしたくないんだ。もちろん、やろうと思えばやれるけど、『できる』と『実際にする』は別問題だからね」

 無理矢理こちらに召喚された人間は、それまでの人生を捨てることになる。

 辰巳は以前の生活を捨てることに躊躇はなかったが、それは彼が特殊な環境にいたからだ。

 普通なら、それまでの生活や人生を全て捨てて、突然異世界に召喚されたら怒り狂うだろう。

 しかし、ティーナの仮説自体は辰巳も理解できるし、信憑性だって高い気がする。

「ああ、そうそう。実はボクの仮説はもう一つあって、こちらは地球世界の住人が全て〈天〉の系統を持つ、というものなんだが、君はどう思う?」

「え……ええっ!? 地球の人間全てが……ですか……?」

「向こうはこっちと違って魔力を持つ人間なんて殆どいないからね。それで誰も自分の系統に気づいていないという説なんだけど、さすがにこっちは突拍子もなさすぎかな? まあ、どっちの仮説も実証が難しいのは一緒だね」

 唖然とする辰巳を前にしながら、ティーナは「自分としても前者の仮説の方が正しいと思っているんだ」と付け加えた。

 確かに彼女の言う通り後者の仮説も前者と同様、実証するには何人もの地球の人々をこちらの世界に招かねばならないだろう。

 と、呆れ半分で辰巳が考えていた時、不意に彼の脳裏を駆け抜けたものがあった。

「あ、あれ? だったら……エルさんはどうなんだ……?」

 彼の脳裏を駆け抜けたもの。それは彼と同じように日本からこの国に来たエルフの女性の面影だった。



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