96話 「光の檻」
こいつどんだけ俺のことを敵視してんだよ!!
ユリの視界を埋め尽くすように広がっていた何十もの闇の手を突き破るようにして現れた化け物の剛腕を見たユリは、思わずそう叫びそうになった。
「死んでたまるか……っ!! 」
霞んで見えるほどの速さで振り下ろされる剛腕を、ユリは、両手を交差させて防ごうとした。
しかし、甘かった。
ユリの防御なんてお構いなしに化け物の振り下ろした剛腕は、防御する両腕ごとユリの右肩を抉るように振り払った。
「ごふっ!? 」
強烈な衝撃を受けたユリは、吹き飛んで地面をボールのように二度、三度跳ねて、湖に突っ込んだ。
そんな攻撃を受けてもユリは、辛うじて生きていた。
咄嗟に両腕でガードしたことと吹き飛ばされた際に地面に頭を打たないように庇ったことが功を奏した。
「ゲホゲホゲホッ」
ユリは、左手で右肩を抑えながら立ち上がった。
ユリを襲った化け物は、すぐに追撃を仕掛けようとしたが、シオンたちから攻撃を受けて、ユリから注意が逸れていた。ユリは、アイテムボックスからポーションを取り出してHPを回復した。
「あー痛かった」
回復したことで痛みが引いたユリは、肩の調子を確かめるようにグリグリと右腕を回した。
「もう許さねぇ……ぶん殴ってぶち殺す」
青い瞳に剣呑な光を宿したユリは、握り拳を作った右手をパシンと左手に打ち合わせた。
割と切れていた。
「クリス」
「きゅ? 」
ユリに呼ばれて、クリスがひょっこりとユリの胸元から顔を出した。
「お前の出番だ。一緒にアイツをぶん殴るぞ」
「きゅ! 」
任せろ! とばかりにクリスは元気よく鳴いて、ユリの肩に登った。
「獣の本能はまだ使えそうにないな」
使えるアーツを確認しながら、ユリはマナポーションを2本、アイテムボックスから取り出した。
「《疾脚》《柔拳》《剛脚》」
ユリの両足に赤と緑が混ざった光が宿り、両手に黄色の光が宿った。
ユリは、右手で持っていたマナポーションを握りつぶして、減ったMPを回復した。
「――さぁ、戦るぞ。《猫騙し》」
ユリの両手に紫色の光が宿る。ユリは、胸の前で掌を合わせて思いっきり叩いた。
掌が合わさった直後に外周がギザギザとした紫色の円がユリの合わさった掌を中心に一瞬の内に広がり、紫の円が限界まで広がりきったその直後――
――パァァァン!!
風船が弾けた音を何倍にも増幅したかのような破裂音が湖に響き渡った。
「GUGAッ!? 」
戦闘の真っ最中だった老人やラン達は、その音に全く動じなかったが、鋭敏な聴覚を持っていた化け物はその音に驚き、一瞬動きが止まった。
「もらったああああ!! 《連撃》! 」
ランは、その好機を見逃さず、化け物の脇腹を切り裂いた。
「《首狩り》」
「はぁっ! 」
そこに畳み掛けるようにシオンが化け物の太い首を切り裂き、老人の赤槍が化け物の右肩を抉るように貫いた。
もちろん、ランとシオンの武器には、たっぷりと薬が塗られていた。
「GYIaaAAAAAAAAAAAA!! 」
首と脇腹から白煙が吹き出し、化け物は絶叫を上げた。
無防備になった化け物を守るかのように、それまで散発的だった闇の手が一斉にシオンたちに襲いかかった。闇の手に捕まればろくなことにならないことが容易に想像できたシオンたちは、化け物から距離を取った。
その時、下がるランの横をユリが通り過ぎた。
「あ、お姉――」
「《健足》《鉄拳制裁》! 」
ランが声をかけるよりも早く、ユリはランを襲ってきた無数の闇の手の中に飛び込んでいった。
「クリス! 」
「きゅ! 」
ユリの合図で、クリスは口から木の実の弾丸をマシンガンのように次々と撃ち出して、真正面の闇の手を打ち払った。闇の手は、木の実の弾丸で簡単に弾かれて消滅した。
クリスの木の実の弾丸から逃れた闇の手をユリが雑に手で払う。
何重にも強化された拳は、それだけで闇の手を消滅させるに十分な威力があるようで、闇の手はユリの手を絡め捕ることなく次々と消滅していった。
闇の手を強引に突破すると、すぐ目の前に化け物が立っていた。
真っ赤な瞳は、ユリに向けられていた。
『マタ我ノ前ニ立ツカ。何故貴様ハ我ノ――』
「うっせえ! お前の話なんていちいち聞いてられるか! 《急所打ち》! 」
ユリは、サタンファントムを一喝し、《急所打ち》を発動した。
化け物の両目、角、顎、両肩、両膝、両肘、両脇腹、鳩尾、胸部、背骨の計15ヶ所に赤い点が浮かび上がった。
「そこかぁあああ! 《平手打ち》!! 」
浮かび上がった赤い点の1つだった顎をユリは、黄色い光を纏った右手を鞭のようにしならせて下から掬い上げるように思いっきり引っ叩いた。
パンッという乾いた音が響き、化け物の顔が仰け反った。しかし、赤い瞳だけはギョロリと動いてユリを睨んでいた。
そこに固く握りしめたユリの左拳が化け物の右目に直撃した。
「GYI……ッ」
「《岩砕脚》!! 」
薬がたっぷり塗られた拳で目を殴られた上に、《柔拳》の効果で弱点である眼球の内部にまでダメージが徹り、そのあまりの痛みに化け物は絶叫を上げかけた。
そこに畳みかけるように黄色い光を纏った右足の回し蹴りが、化け物の角に綺麗に決まった。
――パキィン!
岩を砕く蹴りは、化け物の赤い角を根元からへし折った。
『グアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!? 』
「GYIaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!? 」
サタンファントムと化け物の絶叫が湖に響いた。
赤い角があった部分から黒い靄が勢いよく吹き出した。
『ウウゥゥゥ………力ガ……力が消エテイク……我ガ、消エル?……我ガ、死ヌ? 』
吹き出す黒い靄は、空気に溶け込んでいくかのように霧散し、黒い靄が体から抜け出ていく化け物の体は心なしか小さなっていた。
『……嫌ダ』
化け物が、右手で額を押さえた。
しかし、吹き出す黒い靄を抑えきれずに隙間から黒い靄は、どんどんと抜け出していく。
『嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ嫌ダ』
サタンファントムは、壊れたように同じ言葉を繰り返した。
『マダダ、マダ我ハ死ネナイ……我ハ、世界ヲ……世界ヲ』
操っているサタンファントムが我を忘れているせいなのか、化け物は、僅かにうめき声を上げるだけだった。
「お前には無理だよ」
化け物の眼前にユリが立っていた。手には、丸薬が握られていた。
『イ、嫌ダ! 嫌ダァァアアアアアア!! 』
サタンファントムから戦う意思が砕けた今、化け物は僅かな躊躇いもなくユリに背を向けて、その強靭な脚力で脱兎のごとく逃げ出した。
「ピュイ! 」
「GAッ!? 」
しかし、逃げ出した化け物は、すぐに光輝く壁に行く手を阻まれた。
「逃がしゃしないよ」
化け物に向けてそう言ったのは、ノルンに乗る老婆だった。その隣にはHPを全快した光兎の姿もあった。化け物の行く手を阻んだ壁は、光兎が生み出した光の障壁だった。
光の壁の中には、化け物だけでなくユリたち全員も入っていた。
化け物を逃がさない為の檻だった。
「行くぞフー! 」「オッケー! 」
「《燃える舞》! 」「《嵐舞》!」
化け物の足元から炎が吹き上がり、化け物を中心に全てを斬り裂く風の刃の暴風が吹き荒れた。
「GYIaaAAAAAAAAAAAAAA!? 」
その身を炎に焼かれ、体を切り刻まれた化け物の絶叫が響く。
炎の中に表示されている化け物のHPは、ガリガリと削れていき残り2割を切った。
その時、吹き上がる炎の中から化け物が飛び出してきた。
『ココカラダセェエエエ!! 』
「GAAAAAAAAAAAッ!!! 」
額から漏れ出る黒い靄が尾を引きながら、化け物は光の障壁を生み出した光兎に迫った。
そこにユリが割り込んだ。
「お前はこっから出さねぇよ!! クリス! 」
「きゅ! 」
ユリの合図でクリスが飛ばした木の実の弾丸は、距離を詰めてくる化け物の額、黒い靄が吹き出す場所を正確に打ち抜いた。
「GAッ!? 」
その攻撃で一瞬体を硬直させた化け物は、足を縺れさせてその場に転がった。
「GUッ、GAッ……! 」
余程当たり所が良かったのか、化け物は地面を転がった後もすぐには動けずに何度も体を痙攣させていた。
『動ケ動ケ動ケ動ケェエエエエエエエエエ!! 』
サタンファントムは叫ぶが、化け物は動けなかった。
ユリは、右手に持った丸薬をおもむろに化け物の口元に運んだ。
『ヨ、ヨセ。止メロ止メロ止メロォォオオオオオオオオ!! 』
「じゃあな」
ユリは、サタンファントムの制止を無視して、化け物の口に丸薬を突っ込んだ。
『アガッ、アガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 』
サタンファントムの断末魔が辺りに響いた。
「GAフッ、GAッ、ガッ、ぐあああああああああああああっ!!? 」
化け物は、口から黒い塊が吐き出すと、全身から白煙を吹き出した。
体は瞬く間の内に縮み、肌は白くなり、目は青くなり、黒かった髪は金髪に変わった。
白煙が治まると、そこに倒れていたのは、黒いローブを着たあの魔術師だった。
「終わった……」
ユリがそう呟いた時、ユリの目の前に仮想ウィンドウが勝手に展開されて、次々と表示された。
『リーダー:・・・・のパーティーが【襲いかかる黒きモンスターの襲撃】のボス【サタンファントム】を討伐! 』
『【襲いかかる黒きモンスターの襲撃】の全ての勝利条件が満たされました! 』
『おめでとうございます! 【襲いかかる黒きモンスターの襲撃】をクリアしました! 』
こうして、大規模イベント『襲いかかる黒きモンスターの襲撃』は、ユリたちプレイヤーの勝利で幕を閉じた。
18/07/02
改稿しました。




