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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
96/138

95話 「魔王の残滓」

「GYAIaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! 」


 高速回転する金属同士を接触させたような耳障りな金切り音が無数のスピーカーで増幅されたかのような叫び声が湖に響き渡った。


 燃えるような赤い瞳、額から突き出た赤い角、つや消しのされた闇のような漆黒の肌を持った筋肉が異常に膨れ上がった化け物がそこにはいた。


 四つん這いで立つ化け物の手足の先は、黒い靄のようなものに覆われ、唸り声を上げる口からは荒々しい呼気とともに黒い靄のようなものが漏れ出ていた。



 そんな化け物が、薬を飲み変異した魔術師の変わり果てた姿だった。


「GURURURURUuuu……」


『我ハ滅ビヌ! 我ハ破レヌ! 』


 言葉を失った魔術師の代わりにくぐもった声が再びどこからか聞こえてくる。しかし、その声は、正気を逸した狂人の叫びへと変わっていた。



 その声を初めて聞いた老人は、カッと目を見開き叫んだ。


視えたぞ(・・・・)!! 数多のモンスターを操り、アクネリアすらも乗っ取ったその力! 貴様の正体は、サタンファントム(魔王の残滓)か! 」



『ソウダ! 我ハイズレ世界ヲ支配スル魔王ヘト再ビ至ルノダ! 貴様ラハ邪魔ダ! 死ネェェエエエエエ!! 』



 魔術師に憑りつくこの騒動の本当の黒幕、サタンファントム(魔王の残滓)は叫んだ。そして、手始めに一番近くにいたランに飛びかかった。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! 」



――ガィン!


「GAAッ!? 」


 しかし、ランに襲いかかろうとした化け物は、光の障壁に阻まれた。


『邪魔ヲスルナアアアアアアア!! 』


「GYIaaaAAAAAAAAAAAAAA! 」


 サタンファントム(魔王の残滓)は障壁に阻まれたことに逆上し、化け物は丸太のように太くなった剛腕を振るって、光の障壁を乱打した。化物の剛腕が振るわれる度に障壁には、ヒビが入る。



「おいおいおい……あいつ何やってんだよ」


 仲間であるはずの光兎が貼った障壁に阻まれ、それを壊そうとやっきになっている敵の姿にユリは戸惑いの声をあげる。


「仲間、割れ? 」


「どうなってんだ? 」


 他のメンバーも大なり小なり、その光景に戸惑いの色を見せていた。



「そうか……! あ奴は、今まで一歩も動かなかったのではなく動けなかったのか! あの障壁は外からの攻撃を防ぐだけではなく、あ奴を封じる檻でもあったのか! 」


「え、どういうことだよ爺さん。仲間なんだろ? 」


「違う。あ奴は、ホーリーラビット(光兎)の主であって、主ではなかった。あ奴の体にはサタンファントム(魔王の残滓)が憑りついているんじゃからな」


「あ……。ってことは、その兎は、魔術師に憑りついてる奴と敵対してるってことかっ!? 」


「恐らくな……しかし、まずいぞ。あ奴に意識があった時ならいざ知らず、完全に意識を失った今、あ奴の体はサタンファントム(魔王の残滓)が完全に乗っ取っておる。アレが邪魔をするホーリーラビットを生かしておくとは考えられん」


「じゃあ、兎は」


「……殺される」



――パリン!


 老人がその言葉を発した直後に無数のヒビが入った光の障壁に止めの一撃が入り、光の障壁は砕け散った。


『我ヲ邪魔スルモノハ全テ死ネ! 従ワヌ役立タズナドイラヌ! 』


 閉じ込められていた檻から出たサタンファントム(魔王の残滓)は初めの標的として、魔術師の従魔である光兎を狙った。


 最早自我のない化け物(魔術師)は、サタンファントム(魔王の残滓)に操られるままに仲間である光兎を狙った。


「GAAAAAAAAAAA!! 」


「ギュアッ!? 」


 化け物は、獣のように4足歩行で地面を走り、瞬く間に光兎との距離を詰めた。そして、2メートルを超える巨体で光兎に激突した。


 化け物の体当たりを受けた光兎は、まるで蹴られたボールのようにその場から勢いよく吹き飛び、ごつごつとした岩場を何度も跳ねて何十メートルも先に転がった。

 

 光兎は、即死を免れたが、残りHPが一割を切るほどの瀕死の重傷を負った。


「ピュィィィ……」


 光兎がか細い鳴き声を上げると、淡い白い光が光兎の体を優しく包み込んだ。光に包まれた光兎のHPが少しずつ回復し始めた。しかし、化け物に受けたダメージは重く、光兎はすぐに動けそうではなかった。



 そんな光兎に化け物は、追撃する。

 老人が言ったようにサタンファントム(魔王の残滓)は、障害となる光兎を生かす気はないようだった。



「oooOOOOOOOOOOO! 」


 化け物は、地面を力強く蹴り上げ、光兎との距離を縮める。

 光兎は、先程のダメージの影響で、力尽きたようにその場に倒れ伏してピクリとも動かなかった。





「ふっざけんなよ……! 」


 それを見たユリの体は、自然と動いていた。


 ユリは、腰から伸び蜘蛛の銛を引き抜いた。


「と、ど、けぇえええええええええええ!! 」


 ユリは、雄叫びをあげながら化け物に銛を投げた。


 投げられた銛はユリの意志が宿ったかのように高速で飛んでいき、化け物に吸い寄せられるかのように当たった。何の強化も施されていないただの鉄製の銛は、化け物の硬い皮膚に弾かれて、ダメージはほとんど入らなかった。


 だが、化け物とサタンファントム(魔王の残滓)の注意を引くには、それで十分だった。


『我ノ邪魔ヲスルカ忌々シイ青髪ノ娘! ナラバ、貴様カラ殺シテヤル!! 』


 ユリを忌々しく思っているサタンファントムの注意は、簡単に光兎からユリに変わった。

 光兎に迫っていた化け物が、途中で方向転換してユリに向かってきた。


()れるもんなら()ってみろ! 」

 

 ユリは威勢よく叫んで、無手で身構えた。車並みの速度で迫ってくる巨体をユリは、真正面から対抗する気だった。


「GAAAAAAAAAAAAAAA!! 」



 このままぶつかれば、ユリが打ち負けるのは目に見えていた。



「些か無謀すぎるが。まぁよくやったと言っておこう」


 老人は、ユリを突き飛ばした。


「おわっ」


 かなり強めに突き飛ばされたユリは、化け物の進行方向から外れ、代わりに赤槍を構えた老人が化け物の突進を真正面から受け止めた。


「むぅぅん! なかなかの力じゃの」


 ずざざざっとゴツゴツとした岩場を削って地面に二筋の線を刻みながらも老人は、化け物の突進を受け止めた。


「マチルダ、お前さんはホーリーラビット(光兎)のところに行け! 」


「GUGAッ!? 」


 何か考えがあるのか老人は、老婆にそう指示を出して、化け物の顎を赤槍の石突でかち上げた。



「私に指示してんじゃないよ! ……ったく、ノルン行くよっ! 」


「おんっ! 」


 老婆は文句を言いつつも老人の指示に従って光兎の元に向かった。


「GAAッ! 」


 化け物は、怪しく光る赤い瞳で老人を睨みつけ、刃物のような鋭爪を生やした剛腕を老人の脇を抉るように横に振り払う。


「おっと」


 うねりを上げて迫る剛腕を老人は、軽やかに躱した。


 老人と化け物との間に僅かな距離が開く。

 その隙間に入り込むようにユリが横から飛び出してきた。


「《岩砕脚》! 」


「GUGOOッ!? 」


 ユリは、化け物の側頭部を飛び蹴りで打ち抜いた。


「爺さん、俺も一緒に戦うぞ! 」


「GURURURUu……」


 岩をも砕く飛び蹴りを頭に受けたにも関わらず、化け物はうめき声を上げただけでピンピンしていた。



 しかし、その時の化け物は、ユリに気を取られて隙だらけだった。

 化け物の背後から《忍び足》を発動させたシオンが足音を立てずに接近していることに、化け物は気づかなかった。


「《3連撃》」


 赤い光を纏った小刀が、化け物の後ろ足に2筋の赤い軌跡を刻んだ。


「GYAU!? 」


 化け物が悲鳴を上げて、後ろ足の両膝を地面につけた。体勢を崩した化け物の頭上から、今度は大剣を大きく振り被ったランが落ちてきた。


「やぁぁあああああ! 《一撃小破》! 」


 黄色い光を纏った大剣が化け物の背中に触れた瞬間、光が炸裂した。

 まるでゼロ距離で火薬が爆ぜたような衝撃を受けて、化け物は、ランの大剣に押し潰された。前足が衝撃で屈したかのように膝を折って地面に膝をついた。


 化け物の動きを殺すと、2人はすぐに後ろに下がった。



「喰らえ! 《フレイムランス(炎の槍)》! 」


 2人が下がってすぐに、リンの掛け声とともに射出された炎の槍が、化け物の脇腹に突き刺さって爆発した。



 全ての攻撃をまともに受けた化け物のHPは大きく減少し、ランとシオンが斬りつけた傷口からは白煙が立ち昇った。


『グオオォォ……我ガ(ちから)ガ……』


「あっ、やっぱり薬塗りつけた攻撃は効くんだね」


「じゃあ薬を直接かけるのも、良さそう……」


 化け物の様子を見たシオンは、懐からスッと薬を出した。


「のた打ち回れ」


 シオンはそれを化け物に投げた。


 ガラス瓶入った薬は、くるくると回りながら化け物の背中に向かって飛んでいき



『調子二………ノルナァァアアアアアアアアアア!!! 』


「GUooOOOOOOOOOOO!! 」



 サタンファントム(魔王の残滓)が叫び、化け物の全身から黒い闇が吹き出した。噴出した闇がシオンが投げた薬を割らずに受け止めた。


 化け物から吹き出した正体不明の闇は、ユリたちがいる場所にまで迫り、ユリたちは、その場から飛び退って距離を取った。


「なにあれっ!? 」


「第三形態? 」


「あと何形態あるんだよ……」


 化け物の全身から吹き出した闇は、初めは明確な形を持っていなかったが、段々と無数の細長い黒い布のような形に変わり、布の端が割れて手のような形に変わった。


無数の黒い手は、ゆらゆらと化け物の周囲を漂っていた。無数の黒い手の1つに、シオンが投げた薬が握られていた。


「うっ……この手ってもしかしてあの時、魔術師が出した」


 化け物の周りに漂う手は、撤退する時に魔術師が放った《拘束する(フェザーシャドウ)》によって影から伸びてきた手に酷似していた。


「いや、あれとは違って実体があるようじゃな」


 伸びてきた黒い手を赤槍で切り飛ばした老人は、冷静に分析した。


「GAッ! 」


 変化を終えた化け物は、誰かに攻撃してくるかと思いきや、ユリ達がいない方向に走り出した。

 サタンファントム(魔王の残滓)は、不利を悟ってユリ達に包囲された場所から飛び出して仕切り直しを図った。


「チッ! 間に合え《アースウォール(土の壁)》! 」


 予防策で、《アースウォール(土の壁)》を待機させていたリンは、すぐにその魔法を発動させて、化け物が逃げる先の地面を隆起させ、土壁を作り出した。


 しかし、土壁が完成するよりも早く、化け物はその場所を通り過ぎた。


「シッ! 」


 シオンが放ったクナイは、化け物の周囲を漂う闇の手を犠牲に防がれ、化け物まで届かなかった。


「思った以上に速かったか」


「逃がさないつもりだったのに」


「ちっ」


 俊足の化け物に大きく距離を取られてしまったことに悔しがるリンとラン。シオンも小さく舌打ちした。



「GYIaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! 」


 ユリたちから大きく距離を取った化け物が吠えた。

 すると、化け物の周囲に漂っていた闇の手が一斉にユリたちの方へと伸びてきた。


 無数の闇の手が、化け物の眼前で収束し、迫ってくる光景は、化け物の口から黒い光線が吐き出されたようにも見えた。



 収束した無数の手は、ユリたちの目の前までくると五つに分裂した。更には、向かった相手の手前で無数に分裂した。


 何十もの闇の手が各個人に襲いかかってきた。


「ちょ、そんな攻撃までしてくるのかよ! 」「やあっ! 」「ふんっ! 」「《剣舞『鬼纏(キテン)』》」「ぎゃあああ、こっちくんな!? 」


 リンは、驚きながらも体を掴もうとする闇の手を剣で切り払い、ランは、嬉々として大剣を振り回して切り飛ばし、老人は、赤槍を一閃して闇の手を一度にすべて両断し、シオンは、冷静に掴んで来ようとする闇の手から優先して斬っていき、ユリは、迫ってくる無数の闇の手に取り乱しながらも逃げ出さず、掴んでくる手を必死に殴り飛ばした。



 5人が、闇の手の対応に追われた瞬間。

 5人の注意が外れたその一瞬をついて、化け物は走り出した。



 化け物が向かう先には、ユリがいた。


 ユリが、世界を手に入れる手始めに『始まりの町』を手中に収めようと立てたいくつもの実験、計画を狂わせた忌々しい存在だと信じて疑わないサタンファントム(魔王の残滓)は、真っ先にユリを狙った。


 サタンファントム(魔王の残滓)は、いくつもの実験、計画を邪魔したのが実はシオンだということに未だに気づいていなかった。


 化け物は瞬く間のうちにユリとの距離を詰めると、地面が陥没する程の強さで地面を蹴って砲弾のように飛びかかった。


『死ネ死ネ死ネ死ネ死ネェエエエエエ! 忌々シイ青髪ノ娘ヨ! 』


「GAAAAAAAAAAッ! 」


 化け物の剛腕がユリを押し潰すように振り下ろされた。



フレイムランス(炎の槍)

【中級火魔法】で覚える魔法

文字通り、炎で出来た1メートル半ほどの槍を作り出し射出する魔法。

接触すると小規模だが爆発する。


貫通力が高く、速度も速いが、追尾機能はないため、動き回る敵には当てにくい。

消費MPはやや多いが、冷却時間(リキャストタイム)は、十秒程度と短い。詠唱時間も三秒ほどなので、使い勝手はいい。先制攻撃で使われることが多い。



サタンファントム(魔王の残滓)

黒い靄のような体を持つモンスター。

モンスターや人に乗り移り、体を乗っ取る。

サタンファントムに自我を奪われ、完全に乗っ取られた存在は、体色が黒く染まり、目は赤く染まる。


魔術師に乗り移ったサタンファントム(魔王の残滓)は、勘違いからユリを目の敵にしている。



18/07/02

改稿しました。


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