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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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94話 「暴走する黒き欲望」

 丸薬がアクネリアの体内に埋め込まれると、一拍の間を置いてゴポポォ!という大きな音を出してアクネリアの全身から白煙が吹き出した。



「うわっ!? 」


 まるでミルクを溶かし込んだかのような白煙が視界一杯に広がり、ユリは、右手で顔を庇いながらアクネリアの体内から左手を抜き出した。


「な、何も見えないっ」


 視界全てが白く染まり、ユリは方向感覚を見失ってその場で右往左往した。


「こっちだよ! 」


「え? ――うおわぁああ!? 」


 そんな時、しゃがれた声が聞こえたかと思うと、ユリは襟首を思いっきり引っ張り上げられた。


 足が宙に浮いたかと思うと、そのまま後ろにぐいんっと引っ張られるようにその場から連れて行かれた。




「全く、手のかかる新人(ひよっこ)どもだよ」


「いてっ!? 」


「キュッ!? 」


 血紅狼を上回る大きさまで巨大化したノルンに襟首を咥えられて、白煙に包まれた場所からアルたちのいる岩場まで連れてこられたユリは、そんな老婆の言葉と共に放り投げられた。その衝撃で、ユリの懐に潜っていたクリスもごつごつとした岩場に放り出されて、悲鳴を上げた。


「あいててて……」


 尖った岩に腰を強かに打ちつけたユリが腰を擦っていると、ぽんと頭に手が置かれた。



「ようやったの」


 老人は、そう言ってユリの頭を優しく撫でた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 しばらくの間、地下水湖には、白煙が充満して中の様子が全く見えなかった。




 ただ、中から女性のか細いうめき声のような音が時折聞こえてきていた。


 アクネリアが無事に正気に戻ったのか、戻っていないのかは、湖の外にいるユリたちには全く分からなかった。



 ユリたちは湖の反対側にいる魔術師に攻撃するわけにも行かず、軽く装備の見直しやポーションの補充などを行い体勢を整えた。シオンも中々回収できなかった小刀をこの機会に無事に回収した。


 白煙が地下水湖に満ちていたのは、2分という僅かな時間だったが、ユリたちは、その間に手早く準備を済ませて万全の状態でその時を迎えた。

 


「晴れてきたな……」


 湖に充満していたミルクを溶かし込んだような濃い白煙がようやく薄まり、中の様子がぼんやりとだが、だんだんと見えるようになってきた。


「正気に戻ってるといいですね……」


 断続的に聞こえていた女性のうめき声は、もう聞こえなくなっていた。


「でなきゃもう一度やるしかないな」



「あ、見えてきたよ! 」



 ランが指差した方向。


 そこにアクネリアの姿がぼんやりと浮かび上がった。



 それから十数秒して完全に晴れた湖面に立っていたのは、ユリたちの知らない姿のアクネリアだった。


 光沢のある漆黒の水で形成されていた体が、透き通るような透明感のある淡い水色に変わり、濃いめの青い水を衣服のようにその身の表面に纏っていた。どことなく巫女衣装といった和風の服のような形状をしていた。


 また、アクネリアが立つ地下水湖も黒から本来の透き通った透明な水に変わっていた。


 ユリがアクネリアに埋め込んだあの丸薬はかなりの効果を発揮したようだった。

 アクネリアはもちろん、地下水湖に溶け込んでいた分までをも綺麗に浄化していた。




「色が変わってる……ということは戻ったってことか? 」


 確信が持てないユリは、未だに警戒した表情でアクネリアを見ていた。


 そんなユリにアクネリアは、サファイアのような美しい瞳を向けた。そこに敵意の色は一切なかった。

 その視線は、すぐに他のメンバーに移っていき、全員を見終えるとアクネリアは何も言わずに反対の魔術師の方に視線をやった。



 サファイアのように美しい瞳が揺らめく。そこには、ユリたちには向かれなかった怒りや敵意といった激情が込められていた。



 アクネリアは、一言も発さずに一拍の間を置いて、人間と変わらぬ右腕を振り上げ、そして、振り下ろした。


 その動作に呼応するように湖全体が青く輝き、湖面が怪しく波打った。


 湖面が大きく蠢いたかと思うと、湖の水が吸い込まれていくように一か所に吸い寄せられて巨大な水塊が湖の空中に作られた。直径10メートルを越えるとてつもなく巨大な水球である。


 その水塊は、アクネリアの意思に従って蜷局を巻いた巨大な龍へと姿を変えた。



「かっこいい……! 」


 その光景に言葉を失うユリの傍で、ランは、その水龍をキラキラとさせた目で見つめていた。




『ォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!! 』


 虚空に浮かぶ水龍は、咆哮のような音を響かせて、まるで空を泳ぐかのように空中を移動していき、魔術師を襲った。


 魔術師まで残り数メートルといったところで、水龍の目の前に光り輝く光の障壁が現れた。



――パリン!


 魔術師を守るように生じた光の障壁は、水龍の体当たりに耐えきれずにガラスが割れたような音を響かせて、あっさりと突破された。


 水龍は、周囲に散った光る残滓(黄色い光の粒子)を呑み込み、その先にいる魔術師に食らいついた。


 口を開いた水龍の白い牙(・・・)が魔術師の体に食い込んだ。



『グァァァアアアアアアア!!? 』



 魔術師の絶叫がユリ達の元にまで届いた。


 魔術師を呑み込んだ水龍は、背後の壁に轟音を立てて激突した。


 その激突で、水龍はただの水に戻り湖に還った。


 魔術師は、壁のすぐそばの岩場にうつ伏せで倒れていた。うつ伏せで倒れる魔術師からは白煙が上がっていた。



 再びアクネリアは、ユリたちの方に振り向いた。


『疲れました。あとは任せます』



 透き通るような綺麗な声でアクネリアは、そう言い残すと、湖に溶け込むように姿を消した。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「辛うじて生きてますね。起き上がらないですけど、気絶してるんですかね? 」


「さぁな。死んだふりしてるだけじゃないのか。近づいたらズドンみたいな」



 アクネリアが姿を消した後、うつ伏せに倒れている魔術師の安否を確かめるために、ユリたちは不意打ちを警戒しつつも魔術師との距離を詰めていた。遠くからでは、相応のスキルでも無ければ相手のHPやMPが表示されないからだ。


 そんなわけで、有効範囲ギリギリまで魔術師に近づいたユリたちは、魔術師の頭上にHPバーが表示されたことで、魔術師がまだ辛うじて生きていることを確認した。傍には魔術師同様、HPが残り1割を切っている白い兎(光兎)の姿もあった。



「あ、動いた」


 ランの言葉通り、うつ伏せに倒れていた魔術師がユリたちの声で気がついたのかピクリと体を動かした。


 アクネリアの放ったあの水龍の攻撃が余程堪えたのか魔術師は、杖を支えにしなければ立っていられないほど弱っていた。


 その目は、ユリたちを見ているようで見ていなかった。


「おのレ……。あと少しデ、この街のすべてを手に入れたものヲ……(・・)は世界を手二……まだ死ぬわけにハ……そうダ……まだ滅ぶわけにハ……まだやり直せル……次こソ……いヤ、まダ……」


 目に宿した怪しい赤い光は明滅を繰り返し、魔術師は独り言のようにぶつぶつと呟いていた。もしかしたら、ユリたちが目の前にいることにも気づいていないのかもしれない。


「何か喋ってますね」


「小さすぎて聞こえないな」


「しっ! 静かに。聞こえません」


 魔術師の独り言にユリ達が興味を示し耳を澄ませた直後、魔術師はカッと限界まで真っ赤に染まった瞳を見開き叫んだ。


「我は滅びヌ! 世界を手に入れるまでハ! 」


 そう叫んだ魔術師の右手には、黒い液体が入ったガラス瓶が握られていた。それは、ユリが手に入れた『暴走する黒き欲望』と全く同じものだった。


 魔術師は、その中身を一気に飲み干した。




「うっ……ガッ! ガフッガハッ」



 一度ビクンと大きく痙攣した魔術師は、苦しそうに咳き込んだ。


 まるで、体が拒絶反応を起こしているかのようだった。

 魔術師はさらに懐から新たに取り出した『暴走する黒き欲望』を飲んだ。




「ゲホッ! ゲホッゲホゲホゲホ……ガッ、グゥゥゥゥウウウウウウ」



 2本目を飲み干したあたりで、魔術師の体には異変が起こり始めた。

 苦しげな唸り声を上げる魔術師の背中が、ゆったりしたローブの上からでも分かるほどボコボコと異様に盛り上がり始めた。


 魔術師のむき出しの青白く細い両腕が、瞬く間のうちにどす黒く変色した。



「おいおい……今度は自分自身が異常種化かよ……」


 異形の姿へと変わっていく魔術師。それを間近で見たユリは、無意識のうちにその場から一歩後ずさりながらうんざりとした声音で呟いた。


 この時ユリは、ただただ驚くばかりで明確な行動を起こせなかった。


 しかし、他のメンバーがそうだったかというとそうではなかった。


「《エアカッター(風の刃)》! 」


「《ファイヤーボール(火球)》!」


 魔術師が厄介な存在に変わっていくのを見過ごせなかったフーとリンは、地面に蹲り苦しそうにうめき声を上げる無防備な魔術師に魔法を放った。


 これが効けばよし、そんな気持ちでフーとリンが放った風の刃と炎の塊は、魔術師に当たる前に魔術師を守るように生じた光の障壁に防がれ四散した。こっそり投げていたシオンのクナイもその光の障壁に弾かれ、地面に転がった。


「ピュィィ……」


 魔術師の傍にいたあの光兎が張った障壁だった。



「堅いな。こりゃ、中級使っても怪しいな。突破するとしたら削るしかなさそうだな」


 魔法が弾かれた感触からリンは、その光の障壁の強度を推測した。



ホーリーラビット(光兎)とは、また珍しいのを従魔(テイムモンスター)にしてるもんだね。しかし、ホーリーラビットに認められるような者がこんなことをしでかすとは……妙な話だね」


 瀕死の状態からHPが徐々に回復していく淡い光に包まれた光兎を見ながら、老婆は訝しげに魔術師を見た。自らがテイムマスターであるからこそ、老婆は光兎を従えた魔術師が奇妙な存在に思えた。



「……あれは操られてる哀れな傀儡じゃよ。娘、危険じゃから儂の後ろに下がっておれ」


「あ、うん」


 ユリを後ろに隠しながら老人は、憐みの視線を魔術師に向けた。



「GYAIaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! 」



 ユリが老人の後ろに下がり、ランが障壁を攻撃しようとしたその直後、金属同士を高速で削り合わせたかのような叫び声が響き渡った。



『暴走する黒き欲望』

ガラス瓶の中に入ったドロッとした黒い液体

時折蠢いている。


キーアイテム扱いの為、名称が判明しているが、詳細は不明。

魔術師が、隠し部屋に残していたものと同一の物。


モンスターが異常種に変異した原因……?




14/11/19 18/06/28

改稿しました。

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