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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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93話 「短期決戦」

 ユリは、ランたちの加勢に入る前に後方にいたリンたちに声をかけた。


 黒水女(アクネリア)との戦いは、ラン、シオン、老婆の三人が入り乱れる激しい接近戦が繰り広げられている。後方から魔法で支援していたフーとリンたちは、誤爆の危険があるので下手に魔法を使うことが出来ないため、今は様子を見ながら会話をする余裕があった。


「クリス。見当たらないと思ったら、リンのところにいたのか」


「あー、やっと飼い主が引き取りに来たか。クリスが上から降ってきた時は驚いたぞ。あたしの頭の上が気に入ったのかずっと乗ってるし、お前は近くにいなかったからどうしようかと思ったぞ」


 リンの頭の上には、だらけきっているクリスの姿があった。

 

 ユリがアクネリア(黒水女)に飛ばされてしばらくした後に突然、天井からクリスが落ちてきて驚いた時のことや、その後クリスが頭まで這い上がってきて寛ぎだしてどうしようかと悩んだ時のことをリンガが苦笑気味に話した。


「悪い。たぶん最初の攻撃でクリスも一緒に飛ばされたんだと思う」


 アクネリア(黒水女)に吹き飛ばされた後、サメに襲われたりと何かと忙しかったユリは、いつの間にかいなくなっていたクリスに気付けなかったことを恥じて、リンに申し訳なさそうに謝った。


「ほら、クリスこっちこい」


「きゅ」


 ユリの言葉でクリスが顔をあげて、すぐにリンの頭からユリの肩に飛び乗ってきた。

 どうやら、離れ離れになっていたことにクリスは全く気にしてないようだった。


「迷惑かけて悪かったな」


「ちょっと気にはなったけど邪魔はしてこなかったし、気にしてねぇよ。むしろフーの羨ましそうな視線の方がうざかったな」


 そう言って、リンはフーをジト目を向けた。


「むー」


 リンに睨まれたフーは、不満そうにぷーと頬を膨らませた。可愛いもの好きのフーは、リンだけがクリスと接していたことに不満を抱いているようだ。


「ユリさん、これが終わったら私にもクリスちゃんを触らせてくださいね」


「クリスが大丈夫ならいいですよ」


「約束ですよ? 楽しみにしてますからね」


「わかった。この戦いが終わった時にでも触らせるよ」


「あ、そういやお前、これからあの戦いに参戦するんだろ? あんま無茶すんなよ」


「もし危なくなったらカバーしますからね! 」


「その時は頼む。あ、じゃあいってくるな! 」


 ちょっと離れた場所から老人が手招きして催促しているのに気付いたユリは、2人に別れを告げた。



「がんばれよー! 」「がんばってくださいねー」



 小走りで老人のもとに向かいながら、ユリは2人に対して手を振って応えた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「そろそろ一度距離を取るじゃろうから、その時に割り込むぞ」


「わかった」


 戻ってきてすぐに言われた老人の言葉にユリは、頷いた。


 アクネリア(黒水女)と激しい攻防戦を繰り広げるランたちにも減少したHPやMPを回復する必要があり、一度体勢を整える為に距離を取るクールタイム(休息)が存在した。


 しかし、アクネリアは、そんな事情をお構いなしに距離を取って回復を図ろうとするランたちを追撃してくるので、その時は後方にいるリン達が魔法で支援し、壁を作ってアクネリアの攻撃を防いだり、範囲攻撃を仕掛けて自分たちに気を逸らしてたりして、ランたちが回復を行える時間を稼いいでいた。


 老人とユリは、そのクールタイムの時を狙って、アクネリアとの戦いに割り込もうとしていた。

 すでにアルがフレンド通信で、シオンとランに、ユリと老人の加勢は伝えてあった。


 老人の言葉を聞いたユリは、アイテムボックスからガラス瓶に入ったあの薬を取り出して、ガラス瓶の蓋を開けて自らの両手足や籠手や脛当などの防具にその薬を塗りつけた。


「ちょっと臭いが気になるが、なんか保湿クリームに近い感じだな。問題なく塗れるな」


 薬から漂ってくる油臭さに少し顔を顰めつつも、ユリは薬一本分を両手足に何度も重ね塗りまでして丁寧に塗りこんだ。クリスにも塗ろうとしたユリだが、臭いが駄目だったのかクリスは嫌がったなので諦めた。


「次は油断しないからな。《疾脚》《剛脚》《鉄拳制裁》《柔拳》《獣の本能》」


 ユリは、アクネリアと戦う前に前回の反省を活かしてアーツを発動させて、自分とクリスを強化する。

 

 その分ごっそり減ったMPをポーションを割って回復する。

 ユリの両足に赤と緑の光が混ざり合った燐光を纏わり、両手に赤と黄色の燐光を纏わった。そして、クリスの全身が赤い光に包まれた。


 どのアーツも効果が切れると再使用まで5分、10分と長くかかる。そのため、ユリは短期決戦を狙っていた。


「よいか娘。丸薬は、投げるのではなくアクネリアの体に埋め込むつもりで使うのじゃよ。出なければ躱されてしまうじゃろうからのぅ。数は少ないから無駄遣いはするんじゃないぞ」


「うん、気を付ける」


「それと、アクネリアは、HPも膨大じゃが、物理攻撃に対しても耐性を持ってる。恐らくダメージは、ほとんど通らないじゃろうが、重要なのはアクネリアのHPを削ることではない。アクネリアの体に溶け込んでおる黒い瘴気をその両手足に塗った薬で浄化することに意味があるんじゃ。その辺を履き違えるのではないぞ。重い一撃よりも手数で押してゆくんじゃ」


「わかった」


「最後になるが……娘、無茶はするな。油断はするな。判断を見誤れば即、死に繋がると心しておけ。操られて自我がないとはいえ、アクネリアとの戦いは、それほど格上との戦いになることを理解しておくんじゃ」


「……わかった」


 老人の目はどこまでも真剣だった。ユリは、改めて気を引き締めた。



 ユリの様子に老人は、満足そうに頷くとチラリと視線をアクネリアに向けて言葉を発した。


「うむ……では行くぞ! 」


「おう! 」




◆◇◆◇◆◇◆




 体勢を整えたランたちに合わせて割り込んだユリは、当初、アクネリアから見向きもされてなかった。

 アクネリアの赤い瞳は、直前まで攻撃を仕掛けていたリンたち、それに再び向かってきたランたちに向けられていた。


 その為、ユリは妨害らしい妨害を全く受けることなく、アクネリアの領域である湖のすぐ傍まで安全に距離を詰めることが出来た。


 しかし、流石にアクネリアも湖のすぐ近くまで近づいてきたユリを見逃し続けるわけがなかった。


 ユリの接近に気づいたアクネリアの右腕の触手が蛇のようにしなり、襲いかかってきた。


「らああああ! 《連打》! 」


 その触手をユリは、赤い光を纏わせた左拳で殴って弾いた。赤い拳の痕がくっきりと触手の側面についた。


 そこに吸い込まれるようにユリの二撃目が入った。



 薬がたっぷり塗られた拳を同じ場所に二度も叩き込まれた触手は、そこから先が形を失い崩れ落ちて、その断面から白煙が立ち昇った。



 この攻防で、ユリはアクネリアから危険対象として、積極的に排除する対象として目をつけられた。


 アクネリアとの距離を詰めるユリに今度は、アクネリアの左手から繰り出された黒水弾が迫ってきた。


「っつあ! 」


 迫りくる黒水弾に、ユリはタイミングを合わせて掌打を入れた。掌打を放った右腕にとんでもない衝撃が走ったが、黒水弾は弾け飛んで周囲に四散した。


 ユリは、その衝撃でよろめいたが、すぐに体勢を整えると再び走り出した。


「反射的に殴っちゃったけど、あれを殴るのはもう止めとこう」


 右腕に走った衝撃と鈍痛に、ユリは今後黒水弾は全て避けることに決めた。




 そうして、ユリは、アクネリアの、アクネリアを操っている者(・・・・・・)領域(テリトリー)である湖に足を踏み込んだ。



 ユリが湖に足を踏み込んですぐに、先に辿り着いていたランたちと同じように黒く染まっている(・・・・・・・・)湖は、ユリにも牙を剥いた。



 ユリの行く手を阻むように目の前の水面から水壁が競り上がった。そして、間髪入れずに左右と後ろからも水壁が現れた。


 ユリを隔離するように四方の水壁が現れると、今度はその隔離した空間の水面からアクネリア(黒水女)を小さくしたミニ黒水女(水の守り乙女)たちが現れた。


「げ、そんなのありかよ」


 四方に現れた水壁と目の前に現れた水の守り乙女(ミニ黒水女)たちにユリは思わずうめき声を上げた。


 驚きで足が止まったユリに、水の守り乙女の一体が、剣のように鋭く変形した右腕を前に突き出して迫ってきた。


「《回し蹴り》! 」


 ユリは、首を狙って突き出された剣腕を体を捻って躱し、そのままぐるっと回って敵に左後ろ回し蹴りを放った。


 それに反応できなかった水の守り乙女の頭は、直撃すると弾け飛び、その直後に他の部分も形を失ってばしゃっと音を立てて崩れた。


「仕方ない。ここにいる敵全部倒して、こんな場所さっさと抜けだ―――」


 ユリが残りの敵に鋭い視線を向けながら独り言を言っていると、突然、四方に出来ていた水壁の1つから何かが飛び出してきた。


「無事か!? 」


 孤立したユリを助けにきたのは、老人だった。

 左手に帯電する『雷鰻の三叉槍』を持って現れた老人は、無事なユリを確認すると同時に、そのユリの周囲にいる敵を視認すると、左手に持った槍を一閃させ、一瞬で全滅させた。

 

 残っていた水の守り乙女たちは全て水に還った。


「こんな場所にいれば、いい的になる。すぐにここから抜けるぞ」


 老人はそうユリに言うと、詠唱を唱えた。


「《嵐弾(ストームバレッド)》」


 1秒にも満たない僅かな時間で詠唱を終えた老人の右手から巨大な空気の塊が射出された。

 その嵐弾は、老人の目の前にあった厚さ50センチもあった水壁を吹き飛ばした。


「ほれ、いくぞ」


「ありがとう爺さん、助かった」


「何、気にするな。儂は娘のサポート役だから、のっ!」


 隔離された空間から脱出したユリたちを阻むように無数の水柱が迫る中、老人が突き出した三叉槍から極太の雷光線が飛び出し、行く手を阻んでいた水壁ごと迫ってきていた水柱を吹き飛ばした。


 目の前の水壁が四散し、ぽっかりと空いた空間の先に真っ黒に染まったアクネリアの姿があった。


「ほれ、行け娘! 」


 老人の合図でユリは、飛び出した。



 あと少しというところまで迫ってきたユリにアクネリアは、黒水に浸かっている膝より下を拘束しようとしたが、ユリが脛当てと草履に塗り込んだ薬が、拘束しようとして接触した黒水を浄化していくせいで上手くいっていなかったようだった。


 ならばと、以前シオンにした黒水の塊に閉じ込める黒水牢をユリに仕掛けようとしたが、両腕両足、籠手や脛当てに塗られた薬のせいで上手く拘束できず、【泳ぎ】スキルを持っているユリには、難なく脱出されてしまった。



 これがユリ1人だけが向かってきているのならアクネリアは、全力で持ってユリを排除することができたのだろうが、別方向からランやシオン、ノルンに乗った老婆なども向かってきている状況では、持てる力全てをユリ1人に割り振ることは出来なかった。



 ゆえにアクネリアは、いやアクネリアを操る者(・・・)は、ユリの接近を許した。



「正気に戻れ、アクネリアあああああああっ!! 」


 丸薬を握りしめたユリの左手がアクネリアの胸部に突き刺さった。



《連打》

【拳】で覚えるアーツ

《連撃》の打撃バージョン

一撃目の箇所にくっきりと赤く光る拳の跡が残る。

2撃目は一撃目で加えたのと同じ手でやる。


《連撃》同様、両手同時に使用可能。


嵐弾(ストームバレット)

【中級風魔法】で覚える魔法

空気の塊を飛ばす。【風弾(エアバレット)】の上位版。


衝突時に激しい突風を発せさせて吹き飛ばす追加効果もある。


・水の守り乙女(ミニ黒水女)

アクネリアが生み出した水のゴーレムのようなもの

アクネリアの意識が封じられてる為、弱体化している。

本来は、透き通るような透明な水で形成されている。


弱体化の影響で動きもかなり単調になり、敵に接近して腕を剣に変形させての攻撃しかしてこないようになっている。



18/06/28

改稿しました。

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