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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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92話 「アクネリア」

「はぁはぁ……あー怖かった。何だよあの手。ホラーゲームかっての」


 荒い息遣いで、ユリが湖から這い出てきた。その隣には、老人の姿もあった。


 魔術師のいた岩場から湖を渡って距離を取った老人は、追手を警戒したが、老人が最後に全滅させた30体余りの影狼の群れで打ち止めだったらしく新たな追手は来ていなかった。


「ふぅ、ひとまずは無事に撤退できたようじゃな」


 悪戯妖精が放った光弾の弾幕を強引に突破し、ユリを庇いながら撤退した老人は、その代償に少なからずダメージを受けていた。やや疲れた様子を見せる老人の頭上に表示されたHPバーは、最大値から2割近く削れていた。


「爺さん大丈夫か? 」


「これしき問題ない。娘には、小言の一つや二つ言いたいところじゃが……まぁ、今はよう頑張ったと言っておこう」


「……ごめん、爺さん」


 アルに忠告されたばかりだというのにまんまと相手の魔法に引っかかった上に、自分を庇って老人が負傷したことにユリは、本当に申し訳なさそうにしていた。


「よい。気にするな。娘は、まだ魔法に慣れておらぬようじゃから仕方あるまい。じゃが、次からはちゃんと周囲に気を配るのを忘れてはいかんぞ」


「うん……」


 老人の言葉にユリは、しょんぼりとさせて頷いた。


「じゃから、気にせんでよいと言うとるじゃろ」


 意気消沈している様子のユリを見かねて、老人はユリの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「さっきは、こちらに分が悪かったから撤退したが、対策を立てたらまた戦うことになる。その時に頑張ればよい」


「うん」


「よし、では一度他の者と合流するぞ」



 そう言って老人は、ユリを連れてゴツゴツした岩場を歩いて、ランたちのところへ向かったのだった。




◆◇◆◇◆◇◆




「あれ、どうしたんですかユリさん? 何かあったんですか? 」


 ユリと老人の2人が近づいてきているのにいち早く気付いたのは、フーとリンの護衛をしていたアルだった。アルは、フー達に断りを入れてからユリへと近寄って声をかけてきた。


「まぁな。分が悪かったから一回爺さんと撤退してきた」


「撤退ですか……魔術師は大丈夫なんですか? 」


「ここにくるまで特に何もしてこなかった。だから俺は大丈夫だと思うけど、こっちと合流しようと言ったのは爺さんだし、詳しいことは爺さんに聞いてみてくれ」


「そうですか……ところで、ユリさん。あのご老人とはどういった関係なんですか? 」


「湖で知り合った。ほら、俺って色々と知らないからさ。爺さんに色々と教えて貰ったりしてるんだよ」


「ああ、なるほど」


 アルは、湖で知り合ったと聞いて、老人が泳ぐのが異常に速かったことに合点がいった。

 サメからユリを助けた時も、アルの目からは老人が突如現れたように見えたが、老人が水中を移動してきたと考えれば納得できた。


「そっちはどうなんだ? 」


「僕もこちらに合流したばかりですが、ご覧の通りです。僕の出番はありそうにないですね」


 そう言ってアルが視線を向けた先では、黒水女を三方向から攻めるランとシオン、それに老婆とノルン(老婆の乗る森狼)が入り乱れる激しい攻防戦を繰り広げていた。


 金属と金属がぶつかり合うような硬質な音が地下水湖に響き、薬が塗られた武器で攻撃される黒水女はあちこちから白い煙を立ち昇らせていた。


「すげぇな」


 その光景にユリは、素直な感想を零した。


「相手も相当強いみたいですよ。それに相当堅いです。あれだけの攻防が続いていて、まだ一割も削れてませんからね」


「そりゃあ、そうじゃろ」


「あ、爺さん」


 アルとユリが話をしているとその会話に老人が入ってきた。


「何せあれは、水の精霊(・・・・)アクネリアじゃからの。意識は封じられて操られてるようじゃが、あれを正攻法で倒せると思わん方が良いぞ」


「アクネリア……? 操られてる(・・・・・)……? どういうことですか? 」


「なんじゃ、お主らガユンから事情を聞いておるのではないのか? 」


 アルの言葉に不思議そうにする老人に、ユリとアルは揃って左右に首を振った。


「なんか街の防衛機能の一部に異変が起きてるから、ちょっとここに来て調べてくれって言われただけで詳しいことは全然知らないよ」


「この地下水湖の存在自体、今まで知りませんでしたから、そのアクネリアという存在のことも僕たちは知りませんね」


「なるほどのぅ。……あ奴(ガユン)、ここのことを説明するのを端折りおったな」


 ユリとアルの言葉に頭が痛いとばかりに老人は頭を押さえた。



「アクネリアとは、この街『始まりの町』が出来た当初からここに住む水の精霊の名じゃ。一概に水の精霊と言っても個々によって、その強さは大きく変わってくるが、名持ちの精霊(ネームドモンスター)は大抵強大な力をもっておる。アクネリアはそんな(ネームドモンスター)中でも特に強い精霊じゃな。じゃが……」


 そこで一旦、口を噤んだ老人は、キッとフー達の方を睨んだかと思うと懐から『伸び蜘蛛の銛』を4本取り出して投げた。目の前にいたアルとユリが止める間もないほどの早業だった。


 投擲された銛は、フー達の背後から音もなく接近していたミニ黒水女たちに当たり爆散させた。爆散したミニ黒水女たちは、周囲に黒水を飛び散らして跡形もなく消えた。

 フーとリンの2人が驚いたように後ろを振り返り、そして老人の方を見た。


「なっ……」「すげ……」


 それを間近で見ていたユリたちも言葉を失う。



 老人は投擲した銛と繋がっている紐を二度引いて銛を手元に引き戻すと、それらを再び懐に仕舞った。


 そして、老人は、唖然として言葉を失っているアルとユリをよそに何事もなかったかのように話を再開した。


「そんなアクネリアじゃが、どうやら体を何者かに乗っ取られたようじゃ。意識も封じられとるのか、ないようじゃ。娘の言うこの街の防衛機能の一部に異変が起きたのは、恐らくアクネリアが敵の手に落ちたことが原因じゃろう。長くなるから詳しいことは省くが、この街とアクネリアは深い繋がりを持っておる。アクネリアの身に異変が起きれば、街にもその影響が現れるんじゃよ」


「……では、僕たちが受けた手紙は、要するにアクネリアに異変が起きてるから、その原因を探る為に地下水湖に向かえと指示していたということですか? 」


驚きから立ち直ったアルがそう尋ねると老人は満足そうに頷いた。


「うむ、そうなるな。お主は理解が早いようで助かる。ガユンが何故遠まわしな言い方をしたのかは知らんが要するにそう言うことだ」


「爺さん、その今のアクネリアっていう水精霊は操られて敵の手に落ちてるようだけど、正気に返らせる手段って、やっぱりあの薬とかか? 」


「そうじゃの。既にそれで成功例もあるし、それが今の所一番確実な方法じゃのぅ。娘たちは薬をいくつ用意できてるんじゃ? 」


「僕は24ですね」「俺は21」


老人の言葉に、アルとユリは揃ってアイテムボックスを確認して応えた。


「ふむ、それは瓶に入ってる方だけか? 」


「うん。爺さんは瓶の方は持ってなかったっけ? 」


 これだけど、と言いながらユリが実際にアイテムボックスからガラス瓶に入った白く濁った液状の薬を取り出して老人に見せながら尋ねた。


「うむ、儂は丸薬の方を10つ程しか持ち合わせておらん」


「ならいくつか爺さんにやるよ」


ユリは、そう言って取り出した薬を老人に渡した。


「なら儂からもお主らに2つずつ渡しておくか。こっちの方が効果が高いようじゃしの」


 老人は、懐から丸薬を取り出して2人に渡した。


「お、ありがとな爺さん」


「ありがとうございます。では僕も代わりに」


 2人はそれを礼を言って受け取り、アルは丸薬の礼に老人に自分の分の薬を渡した。


「この薬球臭っさいな。油? ガソリン? なんか火気厳禁っぽい臭いだな」


「ユリさん、薬球じゃなくて丸薬ですよ、丸薬。でも確かにかなり臭いますね」


 丸薬を嗅いで、その臭いに顔を顰めるユリにアルは苦笑しながら、失くさないようにもらった丸薬をアイテムボックスにしまった。ユリは、一つは腰に着けていた巾着袋の中に石と入れ替えで入れて、もう一つはアイテムボックスにしまった。


「で、爺さん。これからどうするんだ? 」



「そうじゃのぅ。まずは、アクネリアを敵の手から救い出すとするかのぅ」


 こうして話している間も魔術師が邪魔をしてこない今、老人は相手の手駒を奪っておくことを優先した。


「わかった。じゃあ、ランたちと一緒に戦うってことだな! 」


「うむ、そういうことじゃな」


 先ほどの失態を取り戻すために、ユリはいつも以上に張り切っていた。

(姉?)としてユリは、妹が見ている前では、下手な姿を見せれなかった。


「どちらも頑張ってくださいね! 僕も後方から出来る限りの支援をします! 」


「おう、アルも頑張れ! 」


「危なっかしい娘のサポートは儂もしてやるからの。娘はあまり無理をせずに頑張るんじゃよ」


 少々気張り過ぎのユリに苦笑する老人は、緊張を解す意味でユリの肩をぽんぽんと軽く叩いた。


「さて、行くぞ」


「はい! 」「おう! 」

18/06/27


改稿しました。


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