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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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87話 「黒い靄と血紅狼」

「下から5体接近! 敵が来たっ! 」


 リンのその言葉がユリ達の元に届いた時、真っ先に動いたのはシオンだった。

 壁を蹴って大きく跳躍すると、前にいたアルとユリの頭上を飛び越えて数段先に着地した。滑りやすい階段に着地したというのにシオンは滑って体勢を崩すようなことはなかった。


「先に行ってる」


 後ろを振り返り、そう言い残したシオンは、滑りやすい階段を数段飛ばしで駆け降りていった。



 あっという間にユリ達の視界からシオンが消えた後、ユリ達も遅れてシオンの後を追った。




◆◇◆◇◆◇◆




『UOOOOOOOOOOOOOOOOOON!! 』


 通路に複数の狼の遠吠えが木霊した。


 その鳴き声を聞いたリンは、接近する敵の正体がわかり舌打ちした。


「チッ、なんでこんな場所に狼がいんだよっ! 」


「リン姉、来るよっ! 」


「わかってる! 」


 ランがリンを庇うように前に出て大剣を両手で構えた。フーがいない今、リンには剣士()としてではなく魔法使い(砲台)として役立ってもらう必要があった。リンは、すぐに気持ちを切り替えて、ランの後ろで魔法の詠唱を始めた。


 狼たちが階段を走る足音と荒い呼吸が下から段々と近づいていき、しばらくすると、ラン達の前に姿を現した。



 血で染まったような赤黒い体毛に巨大な体躯。暗闇の中から光を反射し赤く光る狂気を宿した双眸。獲物を噛み切るために鋭く尖った大きな白い牙。それは、前に森でランとシオンが瞬殺した巨狼、森狼の異常種『血紅狼(クリムゾンウルフ)』だった。


 その機動力と攻撃力は、油断できない厄介な相手ではあるが、普段ならば2人で勝てない相手ではなかった。


 しかし、その血紅狼達の姿は森で出会った血紅狼たちとは明らかに違っていた。


 その体は一回り大きく、その赤黒い体毛は前よりも黒く、より禍々しくなっていた。体に纏わりつく黒い靄のようなものが、今までの血紅狼と違うことを何よりも示していた。


 先頭にいた血紅狼がランを視認するなり、牙を剥いて飛び掛かった。



「GAUッ!! 」『現れたナ、邪魔者メ!! 』


「喋ったっ!? 」


 突然、聞こえてきた声にランは驚きながらも、飛び掛かってきた血紅狼に向けて切っ先を地面につけるように構えていた大剣を振り上げて、下から掬い上げる強烈な斬撃を浴びせた。


 無防備に晒していた腹部を切り裂かれ、覆い被さろうとしていた血紅狼は、その衝撃で押し戻されて、ランの前に崩れ落ちた。


「GUッ」


 苦悶の声を上げる血紅狼を見て、チャンスと捉えたランは、頭上まで振り上げた大剣を両手を使った渾身の力で血紅狼の頭に目掛けて振り下ろした。


「GYANッ!? 」


 後ろに跳躍して血紅狼はそれを躱そうとしたが初動が遅れ、ランの大剣は血紅狼の顔を深く抉った。

 間を置かずしてランは、三撃目の攻撃を仕掛けたが、それは血紅狼が後ろに飛び退って躱された。


「GURURURUゥゥゥ……」


 顔を斬られた血紅狼は、唸り声を上げながら痛みを誤魔化すかのように首を左右に何度も振る素振りを見せる。ランの攻撃を受けた血紅狼のHPは、一割ほど減少していた。


「ぜんっぜん効いてないね! 」


 アーツで強化してない攻撃とは言え、通常の血紅狼なら少なくとも2割は削れていた攻撃があまり効いてないことに、実に楽しそうにランは驚いた。



『忌々シイ……。少しは出来るようダガ、一斉にならどうダ! 』


 先程のくぐもった声がまた聞こえたかと思うと、今度は一番前にいた血紅狼だけでなく後方にいた2体も動き出した。


 

 手傷を負っている先頭の血紅狼は体を低くして駆けだすと、その強靭な脚力でランとの僅かな距離を一瞬で縮め、下から潜り込むような動きでランの懐に飛び込んで脇腹に食らいつこうとした。

 その後ろから続く2体の血紅狼たちは、壁を利用した跳躍でランの頭上から襲いかかった。



『死ネ! 』


 殺意の籠った声が通路に響いた。


 身の危険を敏感に感じ取ったランは、咄嗟に背中に差したもう一本の大剣を引き抜いて、脇腹に食らいつこうとした血紅狼の眼前に盾のよう構えて噛みつきを防いだ。しかし、血紅狼の走ってきた衝突の衝撃までは殺し切れずにランは、滑りやすい階段の上では踏ん張りが効かずに宙を舞った。


 そのおかげでランは、上から飛び掛かってきた2体の血紅狼の攻撃が直撃しなかったが、その片方が振るった前足の鋭い爪が宙を舞うランの体に当たってランは空中で回った。


 回転しながらそのまま階段に落ちたランはすぐに立ち上がってみせたが、体がふらついて通路の壁に体をぶつけた。


「あれ? 」


 自分の意思とは無関係の行動にランはきょとんとした表情を見せた。どうやら、空中で回ったせいで目を回してしまったようで、体が思い通りに動かなくなっていた。


「GAUッ! 」『もらっタ! 』


 そんな隙を血紅狼たちが見逃すはずもなく血紅狼の一体が、未だ回復しきれてないランに飛びかかり、首に喰らいついた。


「あぐっ!? 」


 首筋を噛まれる鋭い痛みにランは、苦悶の声を上げた。

 首を噛みつかれたままランは押し倒され、両腕に前足を乗せられて動きを封じられた。


「このっ」


 ランは何とかして逃れようとするが、押さえつけられた状態では、体躯のある血紅狼をどかすことができなかった。


 血紅狼の噛みつき攻撃で継続ダメージを受け続けるランのHPは時間経過でジワジワと減少していった。アイテムボックスからポーションを出そうにも両腕を封じられて、画面操作が出来ないランには何もすることができなかった。



 ランのHPバーは、瞬く間にイエローゾーンからレッドゾーンに変わり、そして……


「ランちゃん、押し倒して何してんだぁ!! 犬っころのくせにっ!《炎弾(フレイムボール)》!! 」


 飛来した燃え盛る炎の塊が、ランを押し倒す血紅狼に直撃した。さらに怒声をあげながら眼前に現れたリンによって、ランに噛みついていた血紅狼は、長剣で顔を切り裂かれた。


「GYAUUNッ!!? 」


 痛みで悲鳴を上げた血紅狼は堪らずランを離した。背中で燃える炎を消そうとしたのか、自分から身を捩って地面に背中を擦りつけようとして、そのまま階段を転げ落ちていった。

 転げ落ちていった血紅狼は、すぐ下にいた血紅狼たちと衝突し、もみくちゃになった。


 血紅狼の背中で燃え盛る炎に他の血紅狼たちは、動物の本能を刺激されたのか慌てふためき、炎から離れようとしてお互いにぶつかり合った。血紅狼たちのパニックを起こした鳴き声が通路に響いた。



「ラン、大丈夫か? 」


 血紅狼達が混乱している間にリンは、ランを助け起こした。


「うん、大丈夫だよ! リン姉ちゃん助かったよ! 」


 片手で噛まれた部分を抑えていながらもランは、元気に返事を返した。


「そうか。ラン、悪いけど詠唱するからまた前を頼めるか? 」


「任せて! 次は完璧に壁役を務めてみせるよっ」


 そう言って笑顔を見せるランにリンは「頼んだぞ」と笑みを返し、ランの頭を乱暴に撫でてから後ろに下がった。


「次はもっとど派手なのをお見舞いしてやるぞ犬っころ……! 」


 ランの後ろでそう呟くリンは、自分が扱える最も威力の高い魔法の詠唱に入った。




◆◇◆◇◆◇◆




 シオンがその場に辿り着いたのは、それから間もなくのことだった。


 5体の血紅狼を相手に一対の大剣を使って攻撃を捨てて防御に徹しているランと剣を構えながら詠唱に集中しているリンを交互に見たシオンは、腰に差していたもう一本の小刀も引き抜いて両手にそれぞれ小刀を持つと、ランのいる場所まで跳躍(ジャンプ)した。


「加勢にきた」


 ランの頭上を通り過ぎる際にそう言ったシオンは、そのままランを通り越して血紅狼達の中に降り立った。


「《連撃》」


 血紅狼達が乱入してきたシオンに牙を向けるよりも早くシオンは近くにいた2体の血紅狼の首筋に一筋の赤い線を刻む。返す刀で、その赤い線に沿うように小刀が血紅狼を斬り裂いた。


「「GYAUッ!? 」」『小癪ナ! 』


 苦痛で悲鳴を上げる血紅狼の背中を飛び越えて、別の血紅狼がシオンに襲いかかった。

 それを後ろに半歩下がることで躱したシオンは、壁を蹴って高く跳躍し、ランのすぐ後ろに着地した。


「あまり効いてない……前より強い? 」


 自分の攻撃で想定よりも削れてないことに気付いたシオンは、目の前の血紅狼を改めて観察して、今までの血紅狼と違うことに気づいた。


 血紅狼の体に纏わりついてる黒い靄のようなものを見て、シオンはすぐにそれが原因かとあたりをつけた。


「それなら……」


 黒い靄のようなものに心当たりがあったシオンは仮想ウィンドウを操作して、アイテムボックスから白く濁った液体が入ったガラス瓶を一つ取り出した。


 それは、馬車を助けた際に入手した薬の一つで、異常種になったモンスターに投与された薬の効果を一部解毒する薬だった。


 それを、シオンは目についた一体の血紅狼に投げつけた。

 ガラス瓶は血紅狼の体に当たって砕けると、その中身をぶちまけた。



 血紅狼の絶叫が通路に響き渡った。



 白い液体がかかった部分がシュワシュワと音を立てて白煙をあげていた。よく見ると、その周りの黒い靄が消えて、その部分の体毛が赤みを増していた。


『その薬ハ!! 貴様が何故それを持ってイル!? 』


 どこからか通路に響くその声には、怒りと焦りが混ざっていた。


「……よし」


 血紅狼の様子から効いてるようだと判断したシオンは謎の声を無視して、アイテムボックスから更に5つ取り出すと無造作に投げた。


『当たるカ! 』


 その声が言うように警戒していた血紅狼たちは、投げられたガラス瓶を全力で避けようとした。


「あたってもらうよっ! 《強撃》!」


 しかし、ガラス瓶を避けようとランから意識を外した血紅狼たちの隙をついて、ランが2本の大剣を力任せに思いっきり振った。


「GAッ!?? 」


 その強烈な攻撃を無防備なお腹に叩き込まれた血紅狼は、強引に軌道を変えられて投じられたガラス瓶ごと壁に叩きつけられた。


 残念ながら、ガラス瓶の内3つは当たることなく階段に落ちて割れてしまったが残りの2つは、ランのお陰で一体の血紅狼の体に当たっていた。


 血紅狼の絶叫が響く中、シオンはその血紅狼に接近する。


「《首狩り》」


 アーツの効果で赤い光を纏った2本の小刀は、赤みが増した血紅狼の首に吸い込まれるように入っていき、連続で斬り裂いた。


「GURURURURU………」


 それまでの攻撃でHPを削られていた血紅狼のHPは、その攻撃が止めとなって0となり、その場に血紅狼は崩れ落ちた。ガラスが砕けたような音が響き、その血紅狼の体は崩壊して赤い光の粒子となって周囲に四散した。



 シオンとランが協力して、血紅狼を1体倒したちょうどその時、ユリ達が遅れてやってきた。


「遅くなりました! 」


「ラン大丈夫か!? 」


「皆さん大丈夫ですかっ」


「あ、お姉ちゃん達来たんだ! 」


 残り4体となった血紅狼たちと戦いながら、ランはちらっとユリ達に視線を向けた。詠唱しているリンもユリ達の方に視線を向けて、口元に笑みを作った。


 遅れてきたユリ達を見て、シオンは「ん」と頷いた。


「狼たち、強くなってる。フー、風の単体魔法で狼を牽制して。ユリは、リンの魔法が完成するまでランのカバーに入って」


「わかりました! 」


「わかった! 」


 シオンに指示されたユリとフーは、すぐに行動を起こした。フーは詠唱に入り、ユリは階段を滑りそうになりながらも駆け下りるとランを攻撃している血紅狼に見事なドロップキックを決めた。


『貴様ハ! あの時ノッ! 』


「ラン、今こいつ喋ったぞ!? 」


「その狼たちは喋るんだよ、お姉ちゃん! 」


「マジかっ!? 」


 シオンも何だか盛り上がってるユリとランの2人の加勢に入ろうとしたところで、アルに呼び止められた。


「あの、シオンさん」


「……何? 」


「僕は何をしたらいいんですか? 」


「危険だから、皆のフォローに回って」


 それは、アルだと死ぬから大人しくしててと言外に言っていた。


 アルは、今までと様子の違う血紅狼に視線を向けて、確かにあれはまだきつい……と自分でも判断を下して、残念に思いつつも大人しくシオンの指示に従った。




◆◇◆◇◆◇◆




「全員、犬っころ(血紅狼)から離れろ! 」


「狼たちからすぐに距離を取ってください! 」


 ランが壁役に徹し、ユリとシオンがタフな血紅狼達をチマチマと攻撃して削っていると、後方で詠唱をしていたリンが大声を上げた。間を置かずにフーからも警告の声が上がった。


「お姉ちゃん達、先に下がって! 」


「わかった! 」


 ランの言葉にシオンとユリは素直に従って先に下がった。


 攻撃を加えていた2人が下がったことで、血紅狼たちがその後を追おうとするが、その目の前にランが立ち塞がった。


「GAAッ! 」


「あっ、ナイスタイミングっ! 《チャージング》! 」


「GAッ……ッ」


 邪魔なランを蹴散らそうと一体の血紅狼が飛び掛かったが、ランの大剣によって弾かれた上に《チャージング》の効果で体は硬直した。

 そのせいで後続の血紅狼たちは、その血紅狼が邪魔で一時的に前に進めなくなった。


 その間にランは素早く後ろに下がって血紅狼たちから距離を取った。


「いくぞ、 《燃える舞(バーンダンス)》!! 」


 ランがリンのところまで下がったところで、下から炎が吹き上がり血紅狼たちを包み込んだ。 

 燃え上がる魔法の炎の中から、炎に身を焼かれる血紅狼たちの悲鳴が通路に響いた。


 燃え盛る魔法の業火の中に表示されている血紅狼達のHPバーは、ユリ達が見守る中、減少していき、一体また一体と、残りHPが少なかった順にHPが0になって消滅していった。



 リンの出した炎はその後一分近く燃え続けて鎮火した。

 炎が消えた場所に立っている血紅狼の姿はなく、4体全てがリンの魔炎によって焼失していた。



 血紅狼に纏わりついていた黒い靄だけが、その場に残っていた。



『殺ス殺ス殺ス!! 』


 ユリたちに殺意を向ける4つの黒い靄は、一か所に集まり巨大な黒い靄となった。その黒い靄にはHPバーが表示された。


 そのHPバーが、その黒い靄がモンスターだということを表していた。


「しぶとい」


 そう言ってシオンが、その黒い靄に白く濁った液体の入ったガラス瓶を投げたが、黒い靄の中をすり抜けてガラス瓶は地面に当たって砕けた。階段にぶちまけられた液体も黒い靄には一滴も当たらなかった。



「やぁああああ! 」


 今度はランが、攻撃を仕掛けた。

 MPが切れていたランは、アーツを使用せずに両手に持った2本の大剣を振り回した3連撃を行うが、大剣は黒い靄の中をすり抜けるだけで、黒い靄に表示されたHPバーを少しも削ることはなかった。



『貴様らは殺ス……必ず殺してヤル! 降りて来イ! 貴様らには恐怖と絶望を味わせてヤル! 我が全てを、世界を支配するその時を目の前で見せてヤル! 我を恐れヨ! 我を崇めヨ! フハハ……フハハハハハハハハ!! 』


 黒い靄は狂ったような笑い声を残して、ユリたちの前から姿を消した。


《燃える(バーンダンス)

【中級火魔法】で覚える範囲魔法

地面から吹き上がるように炎が燃え上がる。炎は高さ三メートル近くまで吹き上がる。炎は50秒間燃え続けた後一瞬で鎮火する。

詠唱時間や冷却時間が長く、消費魔力も多いがそれに見合うだけの火力がある。

余談ではあるが、β時代にボス戦の際に森を燃やしたバカ(魔法使い)が使用した火の範囲魔法が、この魔法である。プレイヤー間で森での使用は厳禁となっている魔法である。


因みにリンは、馬車の救援に向かった際に【初級火魔法】から【中級火魔法】に派生した。



18/06/23

改稿しました。

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