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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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85話 「姉は妹を想う」


 無事に城壁の上まで登り終えたユリたちは、10分程度の小休憩をとっていた。

 

 ついさっきまで孤軍奮闘していたアルに対しての配慮とまたしばらく休憩する暇がないことを考慮してのことだった。


 この短い休憩を6人は、それぞれ思い思いに過ごしていた。


 フーとリンは、2人して深刻そうな表情で、また城壁から飛び降りるのかと話し合い。


 シオンは、フレンド通信で誰かと連絡を取り合い。


 ランは、自分のスキルを確認していた。



 ユリもまた、肩に乗せたクリスを撫でながら街の景色を眺めていた。そんなユリにアルが声をかけた。


「ユリさん、街の様子はどうですか? 」


「きゅ? 」


「……アルか」


 ユリとクリスが同時に振り返った。


 先の一件で置いていかれ、置いていった関係の2人だが、ユリとフーが謝罪し、アルがそれを許したことで穏便に済んでいた。アルとユリの間にわだかまりのようなものはなかった。


「アルの言ってた通り、門は破られてないけど、ここからでもモンスターがちらほらと見えるな。見かけるのは、何故か蜘蛛とか猿とか西の森のモンスターばっかだけど」


「ああ、それはモンスターも僕たちのように城壁を越えて侵入してきているからですよ。城壁を越えれるのは、木登りが得意な猿や蜘蛛のような西の森のモンスターに多いですからねぇ」


「プレイヤーが登れて、モンスターが登れない道理はない……ってことか」


 アルの言葉にユリは、納得の色を示す。


 しかし、城壁はモンスターなどの外敵から街を守るためのものである。

 そう易々とモンスターが越えられて良いわけがないのだが、思考の大半が他のことで占められていたユリは、そんなところまでは気づけなかった。



「ところでさ、ちょっと相談に乗ってくれないか? 」


「僕でよろしければ別に構いませんよ。どうしたんですか? 」


「助かるよ。今ちょっと自分のスキルを確認してみたら【拳】がレベル限界になってたんだけどさ、【拳】は【脚】の時みたいに派生スキルが【柔拳】と【剛拳】の2つあるみたいなんだ。最初はどっちも取ろうかと思ったんだけど、所持SPが心許なくてどちらかしか取れそうにないんだ。どっちを取ったらいいかで悩んでるんだけど、ちょっとアドバイスをもらえないか? 」


「なるほど。良ければ、ユリさんのスキルをちょっと見せてもらえますか? 」


「今はこんな感じだな」


 ユリは、自分の前に展開させていた2つの仮想ウィンドウ、ユリのスキル構成画面と【拳】スキルの派生スキル選択画面をアルにも見えるように可視化して、動かした。



スキル

【☆拳LV50】【剛脚Lv7】【投擲LV3】【関節LV26】

【調理LV6】【泳ぎLV32】【発見LV31】【調教Lv12】【疾脚Lv4】


控え

【脚Lv--】【投Lv--】


称号

【無謀な拳闘家】【ラビットキラー】【見習い料理人】【見習いテイムマスター】【漁師】





『このスキルは上限に達しました。派生スキル【剛拳】又は【柔拳】に昇格することができます。

【剛拳】/【柔拳】/N』



【剛拳】

武器など不要。

立ち塞がる障害は己の拳で打ち砕く。



【柔拳】

武器など不要。

迫りくる脅威は己の拳で振り払う。



「うーん」


 2つの仮想ウィンドウを見て、アルは難しそうに唸った。

 今までのユリの戦い方を見ていると、どちらのスキルもユリの戦い方に沿ったスキルに思えるからこそ、先にどちらを取るべきなのかアルは悩んだ。



 2分ほど悩んだ末にアルは答えを出した。


「【柔拳】……ですかね」


「どうしてだ? 」


「どちらがいいか悩みましたが、決め手はユリさんが水中戦もやるからです。

 SMOでは、水中での打撃や斬撃と言った物理攻撃は、ほとんどが水の抵抗によって威力や攻撃速度にマイナス補正がつきますが、ダメージを内部にまで徹す貫通補正がある【柔拳】は、水中でも余り威力を落とさずに敵にダメージを与えることができます。それに粘体生物(スライム)のような物理耐性の高いモンスターにも【柔拳】の貫通補正でダメージが入るようになります。ですから水中戦もするユリさんには【柔拳】がいいと思いました。

 ……とは言っても、【剛拳】も【剛拳】でかなり使い勝手のいいスキルですから、SPに余裕が出来たなら後で取得しておいた方がいいと思いますよ」


「水中でも攻撃がまともに入るってのはいいな。うん、取りあえず先に【柔拳】を取るか。アドバイスありがとうアル」


「いえいえ、どういたしまして」



 ユリは、アルのおすすめ通りに【拳】を【柔拳】にランクアップさせた。早速、取得した【柔拳】の説明欄を開いて新たに覚えたアーツの確認をした。



 【柔拳】のアーツは、4つあった。

 高確率で相手を怯ませ、相手の注意を引かせる間接系の《猫騙し》

 平手打ちの攻撃でダメージを内部に徹すと共に痛覚を倍増させる攻撃系の《平手打ち》

 30秒間、対象の表面に複数の赤い点が見えるようになりそこを的確に攻撃するとダメージが増加し、効果時間内に全ての点に攻撃を当てると高確率で相手が気絶する補助系の《急所打ち》

 3分間、拳での内部に徹ったダメージが増加する補助系の《柔拳》



「《急所打ち》……使いこなせれば、重宝しそうなアーツだな。他のアーツもそんなに悪くはなさそうだ」


 使えそうなアーツがあったことにユリは、嬉しそうに笑った。



 しかし、それは床から立ち上がったシオンの静かだが、不思議と耳に残る一言で凍りついた。


「時間」


 ちょうどユリが新しく手に入れた【柔拳】を確かめ終わった時だった。

 

 休憩をしてから10分が経過していた。


「準備は出来てる? 」


 シオンが確認するように5人に聞いた。


「だ、大丈夫です……! 」「お、応っ! 」「ばっちりだよ! 」「いつでも問題ないです」「覚悟は出来た」


 城壁に沿って横一列に並んだ5人を見てシオンは「ん」とだけ言った。5人にはシオンが何となく満足してるのがわかった。


「これから街に入る。奇襲に注意して。戦闘は速やかに。地下水湖(・・・・)までの移動は迅速に。……アル、遅れないように」


 シオンは、最後にアルを念を押した。言うまでもなくアルは、このパーティーの中で断トツの鈍足だった。


「善処します」


 言われたアルは、顔を引き締め真剣な表情で応えた。



 その様子に、シオンは満足気に「ん」と喉を鳴らして小さく頷いた。




「……用意」


 シオンの放ったその一言でユリとリンの顔が緊張で強張った。

 リンは抜身の剣を右手に持ち、ユリは左手にクナイを持っている。


「滑降」


 シオンの声を合図に6人は、城壁から飛び降りた(・・・・・)




◆◇◆◇◆◇◆



 薬を目的に、馬車の加勢に向ったシオンは、向かった先で薬と一通の手紙を手に入れた。

 

 薬を乗せた馬車は組合に所属しており、薬の他に組合の指示書を何通か所持していた。その指示書の中に、シオンに当てたものも存在した。


 組合は、全ての馬車が辿り着かないことを考慮して同じ内容の指示書を全ての馬車に持たせていた。ユリ達が加勢した馬車にもシオンに当てた指示書は存在したのだが、ユリ達がシオンの関係者であることを伝えていなかったために渡されることはなかった。


 その内容を要約すると、『始まりの町』の防衛機能の一部が停止しているという状況と、その原因を探るために街の中央の噴水を降りた先にある【アクネリア地下水湖】に向ってくれ。というようなものだった。


 その指示書を受け取ったシオンは、街の防衛機能が停止して喜ぶのはこのイベントの黒幕なのだから、そこに自分たちが追っている黒幕に関する重要な手がかりがあるのではないかと考えた。黒幕の正体を探るよう自分に依頼した支部長からの指示なのだろうからその可能性は、高いと考えられた。


 シオン自身は、そこに黒幕自身がいる可能性も高いと考えていた。



 だから、シオン達はその指示に従って地下水湖を目指すことにした。


 城壁を飛び降りたシオン達は、今まさに街の中央を目指して、モンスターが跋扈する街の内部に侵入したのだった。




◆◇◆◇◆◇◆




 大規模イベント【襲いかかる黒きモンスターの襲撃】の影響で、普段は非戦闘エリアの街も戦闘可能なエリアとなっていた。街には、西の森から城壁を登って侵入したモンスターが徘徊し、視界の中で動く者を手当たり次第に襲っていた。


 中央を目指して北大通りを駆けるシオン達もまた、例外なく変異したモンスター達に襲われた。


 しかし、複数の補助系アーツの重ね掛けで基礎能力を底上げしたシオン達が苦戦する程の強さでもなかった。襲ってくるモンスターを片っ端から蹴散らしていき、わずか15分で街の中央の噴水まで辿り着いた。



 キラキラと輝く青く澄んだ水と一緒に色とりどりの光球を吐き出していた幻想的な噴水は、その様相を一変させていた。あれほど噴水の周りを漂っていた光球の姿は消え去り、水は輝きを失っていた。街の象徴(シンボル)とも言うべき噴水は、面白みのない姿に変わっていた。



「うん? 何かいつもと違うような……まっ、どうでもいいか」

 

 そんな噴水を一瞥して、リンはその縁にどかっと座り込んだ。抜身の刀身が赤い剣を腰の鞘に戻さずに隣に立てかけた。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 縁に腰かけたリンのすぐ近くでは、鞘に納めた『青薔薇の直剣』を支えに地面に膝をついて完全にへばっているアルの姿があった。重装備の全身鎧を着込んでの全力疾走は、アルにはかなりこたえたようだった。



「あー疲れた……。そんなにいねえかと思ったら、うじゃうじゃ出て来やがって。猿の奇襲とか喰らうと痛いんだよな。蜘蛛の糸もうっとうしいし……ちっ、次に会ったらあいつらぜってぇー丸焼きにしてやる」


 リンは、誰に向けたわけでもなく独白した。


 剣呑な雰囲気を漂わせているリンは、道中で変異した蜘蛛や猿に散々な目に合わされて少々気が立っていた。


 誰だって何度も頭に大きな木の実を投げつけられたり、ネバネバする糸を体に浴びせられたら腹が立つのである。



「ランやシオンがいなかなったら、もっと手間取ったかもな」


 道中での戦いを振り返ってリンは、2人に随分助けられたとリンは感じた。


 剣と初級ではあるが火魔法と土魔法を扱うリンは、限定された条件下では、時にランやシオンにも遅れを取らない活躍ができる実力を持つが、周りに建造物が立ち並び、魔法の使用を著しく制限してしまう街中での戦闘は、詠唱が唱えられない水中での戦闘に次いでリンにとって相性が悪かった。


 リンのようにフーも風の攻撃魔法を迂闊に使えないので、今回は足の遅いアルのサポートに回っていた。ランやシオンがいなければ、火力不足であの数の猿や蜘蛛を捌ききることはできなかったとリンは思っていた。



「ランやシオンには助けられてばっかだな、あたし」


 振り返ってリンは、自嘲気味に笑う。今回のパーティーに参加したのも、シオンに受けた恩を少しでも返そうと思ったリンなりの思いがあったのだが、恩を返せているのかリンは不安に思う。


 はぁーと一人深い息を吐いたリンは、何となしに噴水の中に入ってシオンやユリと何やら話し合っているフーの様子を見た。


「……シオンといる時の楓香(・・・)は、本当に楽しそうだな」


 リアルのフー()を知るリン()は、それが嬉しく。それが悔しく感じた。


 リアルでは、余り見ることのできない生き生きとした本当に楽しそうな姿を見せるフーに対して、リンは妹を見守る姉の表情を向けていた。



「っと、そんなことをしてる場合じゃなかったな。ほら、アル。へばってないで、早く立て。男なんだから根性見せろよ」


「はぁ……はぁ……はぁ……首に剣を当てて脅してくるなんて鬼ですか、貴方も……! 」


「馬鹿言え。鼓舞してあげてんだよ。ほら、ちゃんと立たないとぶすっと首に剣が刺さるぞ」


「やっぱり脅しじゃないですか……! 」



《猫騙し》

【柔拳】で覚えるアーツ。

効果範囲内の対象に高確率で怯ませることが出来、対象の注意を引くことも出来る。

使い所を間違えれば、周囲のモンスターを呼び寄せて集中砲火されるので注意が必要。ただ使いこなせば、冷却時間も短くMP消費量も少ないので有用。



《平手打ち》

【柔拳】で覚えるアーツ。

平手打ちの攻撃でダメージを内部に徹す貫通攻撃。

と同時に、ダメージに比例して発生する痛覚を倍増させるので、モンスターには与えたダメージ以上の威力だと錯覚させることが出来る。

壁役をやる時は、意外と使える。


《急所打ち》

【柔拳】で覚えるアーツ。

30秒間、対象の表面に複数の赤い点が見えるようになりそこを的確に攻撃するとダメージが増加し、効果時間内に全ての点に攻撃を当てると高確率で相手が気絶する。

モンスターによって赤い点の数は変わり、同じモンスターでも個体によって、点の位置は多少変わる。

時間内に、全ての点に的確に攻撃を与えるのは角兎相手にも難しい。



《柔拳》

【柔拳】で覚えるアーツ。

3分間、拳での内部に徹ったダメージが増加する。

多用するプレイヤーは多い。



14/10/27 18/06/23

改稿しました。

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