84話 「城壁を登ろう」
ランは、アルを肩に担いだままあっという間にモンスターの包囲網を突破し、その足でシオン達と合流した。
ランに担がれたアルを見るなり、リンが指を差して爆笑した。
「ぶはははははっ! アルお前なんつう格好してんだよっ」
「リンさん……。恥ずかしいので、あんまり笑わないでください」
「あははははっ! ランみたいな女の子に担がれてたら確かに恥ずかしいよな」
ランに担がれたままアルが気恥ずかしそうにリンに抗議した。しかし、リンは、そのアルの情けない声がツボに入ったのか余計に声をあげて笑っていた。
「もう……お姉ちゃん。そんなに笑ったらアルさんが、ふふっ、可哀そうですよ。ふふふっ」
フーは、リンを窘めようとしたが、堪え切れなかったのか途中から声が笑ってしまっていた。
「フーさんまで……。ランさん、もう皆さんと合流できたのでそろそろ僕を下ろしてください」
自らの精神衛生上から2人のことはもう無視することに決めたアルは、ランに下してくれるように頼んだ。ランの細腕からは信じられない力でがっちりとアルを固定していたため、自力で下りることができなかったのだ。
「あ、はーい。んしょ……っと」
「ありがとうございます。ランさん、ここまで運んでくれてありがとうございました。助かりました」
アルは、やっとランが下ろしてくれたことにほっと安堵する。そして、ここまで運んでくれたことの礼をランに伝えた。方法は兎も角、ランのおかげで無事にシオン達と合流できたことには変わりはない。そのことにアルは感謝していた。
礼を言う際にアルは、つい小さい子供をあやす様にちょうどいい位置にあったランの頭を撫でた。アルに頭を撫でられたランは、満更でもないようで嬉しそうに笑った。
「えへへー。また機会があったら運んであげるからいつでも言ってねアル兄! 」
「えっ。あーー……はい。そんな機会があれば、その時はよろしくお願いします」
本当は全力で遠慮したいアルだったが、ランの善意を無下にすることはできず、返答に困ってつい無難に答えてしまった。
「うん! 楽しみにしてるよ! 」
……2度目がありそう。
ランの笑顔を見たアルは、そう思った。
「……俺の妹がすまん」
「……いえ、気にしないでください」
◆◇◆◇◆◇◆
「今から城壁を登る」
「……冗談ですよね? 」
シオンから今後どうするのかの説明を受けていたアルは、シオンの口から飛び出してきた言葉に耳を疑った。
アルの視線が何度も城壁とシオンの間を行き来する。
冗談であって欲しいというアルの切実な思いがその行動から滲み出ていた。
「冗談じゃない」
しかし、アルの淡い幻想は、シオンの手によってきっぱりと否定された。
「……でもどうやって登るつもりですか? まさか、シオンさんのあの方法で僕に登れと無茶を言いませんよね? 僕には絶対無理ですからね」
馬車を探す際にシオンがまるで忍者のように垂直の壁を走っていったのを思い出しながらアルは、きっぱりと伝えた。あんな芸当ができるスキルの組み合わせに心当たりはあれど、スキルを持たないアルには到底できない登り方である。
「わかってる。アルでも可能な方法はちゃんと考えてある」
「どんな方法ですか? 」
アルがそう聞くとシオンは、ランに視線を向けた。アルもつられてランを見た。
「行ける? 」
「いつでもオーケーだよ、忍びちゃん! 」
シオンの呼びかけに元気よく答えたランの両手には、いつもの大剣ではなく普通の長剣が2本握られていた。右手は普通に握っているのに対し、左手は逆手に剣を持っていた。
「じゃ、よろしく」
「了解! 」
ランは元気よく応えると、城壁に向かって駆けだした。
何をするつもりなのかと疑問を抱きながらアルは、走っていくランを目で追った。
城壁に激突する寸前。
ランは、裂帛の気合と共に右手の剣を城壁に突き刺した。
「やっ! 」
――ガキィィン!
甲高い金属音が響き、剣が根元まで城壁に深く突き刺さった。
「ふぅっ! 」
突き刺した剣を支点にランは地面を蹴ってくるっと回った。
回りながらランは、遠心力を利用して逆手で持った剣をさっき刺した剣のちょうど真上に突き刺した。甲高い金属音が再び響き、剣が根元まで突き刺さった。
「《コール『鋼鉄の剣』》! 」
それで終わりかと思いきや、ランは高々と叫んだ。すると、銀色に輝く光の粒子がランの右手に集まり剣の形を形作ると、ランの右手に新たな剣が現れた。
それを握ったランは、城壁に根元まで埋まった剣の柄を持つ左腕に力を込めて、全身を利用してまた回った。そして、その遠心力を利用して、剣をちょうど真上に突き刺した。
「《コール『鋼鉄の剣』》! 」
今度は、銀色の粒子がランの左手に集まり、ランの左手に新たな剣が現れる。それをまたランは、さっき刺した剣の真上に突き刺した。
「《コール『鋼鉄の剣』》! 」
また剣を右手に呼び出し、それをさっき刺した剣の真上に突き刺した。
ランは、それを何度も何度も繰り返していく。それを繰り返いしていくことでランは、どんどん城壁を登っていく。
「《コール『鋼鉄の剣』》!! こ れ で 最後!!! 」
ランは、最後の剣を城壁に突き刺すと、その剣の柄を足場にして大きく飛び上がった。そして、くるくると空中で体を回転しながら城壁の上に着地した。
城壁には、ランが突き刺した剣の柄が等間隔に縦に真っ直ぐと刻まれていた。
「忍びちゃーん。終わったよー! 」
城壁の上から身を乗り出したランは、下にいるシオンに向かってぶんぶんと大きく手を振った。
そんなランにシオンも軽く振り返した。
そして、シオンはチラリと隣に立つアルに視線を向けた。
アルは笑っていた。いつも顔に貼り付けている笑みではなく、時折ユリに向けるような心の底から楽しそうな笑みをアルは、城壁の上から手を振るランに浮かべていた。
いつもと質の違ったその笑みに何を感じたのか、シオンはアルに声をかけた。
「アル」
「あ、はい。何ですかシオンさん? 」
シオンに呼ばれたアルは、その笑みをすぐにひっこめてしまった。
「あの刺さった剣の柄を手がかりにすれば、アルでも城壁を登れるはず」
「うーん、そうですね。それなら、たぶん僕でも登れると思います」
「私が考えた。……すごい? 」
下から覗き込むようにアルを見上げながらシオンは、そう尋ねた。
相変わらず、感情の読み取れない無表情だったが、アルには〝どう? 私の考えたこの方法すごいでしょ! 〟と言わんばかりのドヤ顔に見えた。
「ええ、すごいと思いますよ。助かります」
即興で梯子もどきを作る発想に至ったシオンにアルは素直に称賛する。
アルは、ユリやランのことを突拍子もないことを思いつき実際に実行してみせる見ていて飽きないプレイヤーという評価を自身の中で下していた。
シオンは、そんなユリやランにも負けず劣らず見ていて飽きないプレイヤーである。フーやリンも型破りなことを時たま見せてくれるので見逃せない。
一緒にいてこれ程面白いパーティーはそうはない。そう考えるアルは、自然と楽しそうな笑みを浮かべた。
「ん。笑った」
アルをじーーっと見つめていたシオンは、そう言うとアルから体を離した。
「上で待ってる」
アルにそう言い残したシオンは、ランが用意した足場は利用せずに自力で城壁をあっという間に登って行ってしまった。
「え? そんなに僕、笑ったことなかったですかね? 」
取り残されたアルは、自分の口元に手を当てて首をかしげた。
アルに背中を向ける直前に見せたシオンの表情は、どこか満足気だった。
《コール『〇〇〇(アイテム名)』》
【着装】で覚えるアーツ
アイテムボックス内に入っているアイテムを手元に呼び出す。
消費MPは少量、冷却時間はなく連続使用が可能。
武器を場面に合わせて使い分けをするプレイヤーの多くが序盤によく使うアーツ。
14/12/27 18/06/21
改稿しました。




