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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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83話 「アルと黒き兎と吹き荒れる嵐」

『……もしもし』


「もしもし天使ちゃんですよね? フーです。さっき馬車に乗って北門に辿り着きました。薬も少しですが手に入りました」


『そう……。三人とも無事? 』


「あー……私とユリさんは無事です。ただ、そのー……アルさんが……」


『アルが、何? 』


「馬車と合流したところまでは一緒だったんです。……ただ馬車に乗り込む際に乗り遅れちゃったらしくて…………気付いたらいなくなってました」


『……え? 』



◆◇◆◇◆◇◆




 馬車に置いていかれた(・・・・・・・)アルは窮地に立っていた。



 ユリたちと馬車のそばまで辿り着いたところまでは、順調だった。しかし、馬車が北門に辿り着くには馬車を取り囲むモンスターたちをどうにかする必要があった。

 馬車の護衛たちだけの戦力では、モンスターを馬車に近づけさせないのが精いっぱいだった。そのため、ユリたちは馬車が始まりの街に着いた時に薬を多めに分けてもらうことを条件に馬車を取り囲む駿角兎や死剣兎を蹴散らして突破口を開く役割を請け負った。


 その作戦には当然、フーやユリだけでなくアルも参加していた。フーは、アルの足の遅さと火力のなさを懸念していい顔はしなかったが、アルは、魔法の詠唱をするフーの盾が必要だと主張して参加した。


 それが結果から言えば、まずかった。


 作戦自体は、上手くいった。

 ユリと協力して2人でモンスターを抑えている間に、馬車に乗って詠唱をしていたフーが《嵐舞ストむブレードフラッター》を再び使って突破口を開き、馬車がその開けた場所を全速力で突っ走ってモンスターの包囲網を抜け出すことに成功した。

 その際にユリは、走る馬車に素早く乗り込むことができたが、アルはその足の遅さから全速力で走り出した馬車には乗り遅れ、その速さについていけなかった。


 馬車が走り去ってすぐにフーが切り開いた穴は閉じられ、アルは一人置いていかれる形になってしまった。


 今更、馬車に合流した時に自分だけでもさっさと馬車に乗りこんどけばよかったとアルが後悔しても、この状況は変わらない。周囲には味方は居らず、いるのはアルとぐるりと取り囲む変異した兎たちだけだった。




 そんな並みのプレイヤーであれば、1分と持たずにHPを全損させそうな窮地に陥ってから実に10分以上の時が過ぎた。


 しかし、アルは未だにその地で変異した兎たちを相手に戦っていた。

 生きているだけでなく、未だにダメージを受けていないところが流石だと言えた。


 駿角兎と死剣兎との連戦に次ぐ連戦で、アルは2種の異常種の動きや癖を把握し、それに応じた動きをものにしていた。


 短時間でアルが癖を掴むことが出来たのは、駿角兎や死剣兎の動きや癖が基となっている角兎や剣兎の動きや癖と酷似していたことと、動きが早くなった分より動きが単調になっていたことが、アルにとっていい方向に働いた結果だった。


 しかし、だからといってすぐに対応ができるというわけではない。それ相応の技量が求められる。


 頭で分かっていても体がついていけないということはよくある話である。


 だが、そこはシオンに『ずば抜けたプレイヤースキルを持つ』と言わせるだけあってアルは、それを可能にする相応の技量というのを持ち合わせていた。



 だから、アルはこの窮地に追いやられても尚、しぶとく耐え忍ぶことができていた。



 しかし、それはこの窮地を1人で乗り越えられるということでは決してなかった。シオンやランなら無傷とはいかずともこの状況を余裕で切り抜けられる速さや火力を持っているが、アルには、この窮地に耐えられる守りと技量は持っていても、この窮地を切り抜けられる速さもなければ、火力も持ち合わせていなかった。


 いくら、アルが防御技術に長けているとは言っても、元々の防御力とHP量はそこらの初心者にすら劣る程しかないのだ。変異し大幅に攻撃力が上がっている駿角兎や死剣兎の攻撃がまともに通れば、アルのHPは2度も耐えれないくらい脆弱だった。


 今はまだ何とか四方八方からの攻撃を受け流し、ダメージを負うことなく踏み止まることが出来ている。しかし、それが時間の問題であることは、アル自身が一番よく理解していた。



「GYUUUuuuu!!! 」


「うおっ!? 」


 死角から突っ込んできた死剣兎の剣角をアルは、身を捻ることで辛うじて避けた。角による刺突を躱された死剣兎は、そのまま巨体で吹き飛ばそうと体当たりを仕掛けてきた。


 だが、アルは絶妙なタイミングで盾をぶつけて強引にその死剣兎の進路を逸らして、他の兎に衝突させた。衝突した兎たちは、お互いの角が体に刺さってHPを大きく減少させた。



 アルが息つく間もなく、新手の兎が前方と右方から向ってきた。

 ほとんど同時に仕掛けてきた2体の攻撃をアルは、盾と剣で辛うじて防いだ。


 意識せずとも力が逸れるように攻撃を受け流したアルには、ダメージは入らなかった。


「はっ! 」


「UGYUUッ!? 」



 新たに接近してきた1体をすれ違い様に『青薔薇の直剣』で斬った。

 『青薔薇の直剣』は、ルルルが製作した武器としては装飾に重点を置いた為に余り攻撃力が高くない。しかし、それでもそこらで売っている剣よりもその攻撃力は高かった。弱点の眼を斬られた駿角兎は、悲鳴を上げた。その駿角兎のHPは1割ほど減少していた。



 剣を扱うスキルを持っておけば、今の弱点をついた攻撃ならば3割以上は確実に削ることが出来た一撃だったのだが、アルはまだ持っていなかった。

 アルの持つ【無謀な剣士】や【命知らずの剣士】といった称号の補正によって雀の涙ほどにダメージ量が増えているのだが、それはスキルの補正値と比べれば微々たるものであった。

 だが、ルルルに剣を貰う以前の剣であれば、一割どころか減ったのかすら分かりにくい程度のダメージしか与えられなかったことを考えれば、まだましと言えた。


 自分の攻撃力の低さにうんざりしながらもアルは、自分にそう言い聞かせて気持ちを落ち着かせた。



 兎たちは絶え間なくアルに襲いかかった。アルはその攻撃を防ぎ、隙あらば剣でHPを少しずつ削った。


 相手の攻撃を防ぎながらも、弱点である目を剣で的確に攻撃するアルの集中力とその技量は、驚異的だった。普段からモンスターの攻撃を防ぐのに精密な受け流しが必要なアルだからこそ出来る離れ業だとも言える。





 一度の失敗も許されない綱渡りのような攻防に、アルの神経はいつになく研ぎ澄まされていた。



 だからだろうか。



 アルは、落ちてくる謎の飛来物にも即座に反応することが出来た。



「っ! 」



 何かが自分の元へと飛来してきているのに気付いたアルは後先考えずにその場から飛び退った。



「G Y U U U U U u u u u u u u U U U U U U U U !! 」


 さっきまでアルがいた場所に巨大な黒い塊が悲鳴を上げながら墜落した。

 その塊は、地面に衝突した際にガラスの砕ける音共に形が崩れて黒い光の粒子になって消滅した。


 しかし、形が崩れる前にアルは、その正体をはっきりと見た。



 飛んできたのは死剣兎だった。



「ウサギっ!? ってまさかっ」


 もしや――という思いで、アルは死剣兎が飛んできた方へと目を向けた。



「アル兄みーつけたっ! 」


 そのタイミングで、この場にそぐわない可愛らしい声がアルの耳に届いた。


 と同時に、アルが見ていた目の前でアルを取り囲んでいた兎達の一角が吹き飛ばされた。



 飛び出してきたのは、赤い燐光を全身に纏った白ゴス姿の少女だった。


 その左右の手には赤い燐光を纏った2本の大剣。



 その少女は、間違いなくランだった。



「「「GYUUUUUUU! 」」」



 突然乱入してきたランに周囲の兎達は一斉に襲いかかった。

 自分たちよりも遥かに小柄な少女を突き殺さんとばかりに何十ものの螺旋に捻じれた角や刃物のような角がランに向けられた。


 しかし、ランが近くに飛んできた虫を追い払うように剣を振るえば、ランの体に角の切っ先がひとつも届くことはなく、ランに近づいた兎たちは例外なく強風に煽られた木の葉のように簡単に吹き飛ばされた。



 体長2メートルを超す巨体の兎たちが次々と宙を舞う光景にアルは、口をぽかんとさせてただ見ていることしかできなかった。



 兎たちに防戦一方だったアルをあざ笑うかのような圧倒的な力による蹂躙がそこにはあった。



「よし、これくらいかな! 」


 粗方、周りにいる兎を吹き飛ばし終えたランは、固まったまま動かないアルの方へと走ってきた。


「アル兄、ちょっとごめんね」


 そうアルに断りを入れると、ランは剣を片方閉まうと、空いた手で無造作にアルを持ち上げて肩に担いだ。


「うわっ!? ランさん急に何をっ! 」


 ランの突然の行動にアルは我に返って驚きの声を上げた。


「アル兄の足に合わせると時間かかるから、私が一気に運んであげるの! 」


 ランは、そう言うとアルを肩に担いだまま走り出した。

 重い鎧を着たアルを担いでいるにも関わらず、ランの走る速度はアルが走るよりも速かった。


「いや、そこまでしてもらわなくても………」


「問答無用っ! 特急でいっきまーす! 《ダッシュ》!」


 アルの言葉を遮ってランが《ダッシュ》を発動すると、一気にグンと加速した。



「うわああああああああああ!! 」


「アハハハハハ! 」


 その速さに堪らずアルは悲鳴を上げて、ランは楽しそうに笑った。



 アルの悲鳴とランの笑い声を周囲に響かせながらアルを担いだランは草原を疾走する。


 ラン達が北門に到着したのはそれから5分後のことだった。



《ダッシュ》

【走る】で覚えるアーツ

5分間、移動速度が上昇する。


【無謀な剣士】

剣を使った攻撃に微補正


入手条件は

・スキルをセットせずに剣で複数のモンスターと複数回戦闘を行う


【命知らずの剣士】

剣を使った攻撃に補正

デスペナルティ中(HPとMPの最大値が減少する)は、剣を使った攻撃が1.1倍


入手条件は

・デスペナルティ中(死亡してから2時間)にも戦闘を行う

・デスペナルティ中に何度も死亡する

・上記の2つを一回のデスペナルティ中に満たす。




SMOでのデスペナルティ


・死亡してから2時間HPとMPの最大値が減少(普段の7割)

・所持金の一部喪失

・デスペナルティ中に死亡した場合、デスペナルティは発生しない



14/12/27 18/06/19

改稿しました。

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