82話 「馬車の加勢」
何とかタイラントゴブリンを倒すことが出来たユリ達は、すぐにシサイゴブリンたちを相手にしていたフーたちに加勢して、残り10体にまで減ったシサイゴブリンたちを倒した。
ユリ達は、他にモンスターがいないことを確認して、やっと一息つくことが出来た。
「お疲れー。今回のボスはホント強かったね。何度か良いのもらっちゃったー♪ 」
タイラントゴブリンとの戦いで弾き飛ばされた『守り手の攻双剣』を茂みから探し出したランは、大剣を装備し直して、剣の腹を撫でながらボス戦を思い出してうっとりとした表情になっていた。先程の戦闘の熱がまだ消えていないようだった。
その熱を発散させるためにモンスターを探して、キョロキョロと忙しなく動くランの新緑色の瞳は、獲物を探す狩人の目をしていた。
「アルが、耐えたの驚いた」
「だなー。アルの鎧って、確か紙装甲だもんな。そんなんで、よく死ななかったよなホント……おっ、シオン、クナイ一本見つけたぞ」
「ん。ありがとう」
「後、何本だっけ? 」
「2本」
「ユリが発見もちで助かった」
「それはよかった」
一方、シオンとユリの2人は、雑談しながらシオンがボス戦で使用したクナイを2人で回収していた。
クナイは、まだ量産できない上に必要な素材が現段階では入手困難な大変貴重で高価な素材のため、回収できる内は回収しておきたかった。
「いつ死ぬかとホントひやひやしました。ゴブリンロードと動きが似てなかったら防げずに死んでましたね」
「えっ、似てました? 」
「ええ、速度や威力は段違いでしたが、動きの癖は、ほとんど一緒でしたよ」
アルはまるで当たり前のことのように語ったが、フーとリンは、いや普通は防げないだろ、と内心思った。しかし、アルはタイラントゴブリンだけでなく、異常種のほとんどが初見なはずなのに今までも異常種との戦闘では、きちんと防いで見せていた。そんなアルなら出来ない芸当ではないか、と2人は思った。
「……何と言うか改めてアルの非常識っぷりを認識したな」
「ですね。ホントよくスキルなしで防げるんです」
「そこらへんは、まぁ慣れですよ」
呆れの色を含んだ2人の視線にアルは苦笑するしかなかった。
その2人の視線に耐えきれなかったアルは、2人の気を逸らすためにちょうどクナイを回収し終えて来たユリに声をかけた。
「あ、そう言えばユリさん。タイラントゴブリンの止めの一撃って、どうやって頭の位置まで飛んだんですか? あの高さまでスキルなしで飛びあがるのは無理ですよね? 」
声をかけた理由は、2人の気を逸らすためだったが、尋ねた内容は、アル自身が気になっていたことだった。
ユリの所持しているスキルを一度見ているアルは、その中に【跳躍】スキルがないのは知っていた。
だからこそ、6メートルも跳躍できないユリがタイラントゴブリンの後頭部を飛び蹴りできたことが気になった。
「あーあれか。あれは、思いつきでやってみたら成功したんだよ」
ユリは、アイテムボックスから『伸び蜘蛛の銛』を取り出して、それをアルに見せながら簡単に説明をした。少なからず関心があった他の4人も途中からアルと一緒になってユリの話を聞いていた。
「へぇー伸縮自在な紐ですか。最長が30メートルもある上に切れにくいって……使い勝手が良さそうですね」
「なるほど。だから、あの時、シオンさんを迎撃しようとしたボスの動きが一瞬固まったんですか。あれはユリさんが銛を刺したせいだったんですね」
「紐が元に戻ろうとするのを利用したんなら、上がれそうだな」
「まるでワイヤーアクションだねっ!! 」
「興味深い話……ただ、思いつきを土壇場で実行は、普通しない。失敗すればきっと死んでた」
「「「確かに」」」
シオンの言葉にユリ以外の4人が同調した。
もし、失敗していれば、ユリは確実にタイラントゴブリンによって死に戻りすることになっていただろう。
「でもまぁ、そんなことを実際に実行してしまうのがユリさんなんでしょうねー」
「アル兄、その通りっ。そういうことするのが私のお姉ちゃんなんだよ!! 」
「流石姉妹。よく似てる」
「誰が姉妹だ! 」
◆◇◆◇◆◇◆
小休憩を終えた一同は、城壁に沿って【初心者の草原】まで移動してきていた。
そこは、門を死守しようとする人と街に侵入しようとするモンスターとの間で激しい戦いが巻き起こる激戦区だった。
「うわぁ、見渡す限り真っ黒……」
草原を黒く埋めつくすモンスターの数にユリは圧倒される。
2メートルを優に超える黒い兎とプレイヤーを見比べれば、プレイヤーはとても小さく見えてしまう。
「あ、シオンさんが降りてきましたよ! 」
アルの言葉で、城壁を見上げると、丁度シオンが城壁から降りてくる様子が下から見えた。
シオンは城壁を蹴ると、空中で一回転してからユリ達の傍に着地した。まるで曲芸師のような身軽さである。
シオンが城壁に上っていた理由は、薬を乗せた馬車を探すためだった。草原を一望できる城壁から見れば、馬車を探すのも容易だろうと判断したからだった。
【ゴブリン草原】での戦闘を経て、異常種の厄介さが骨身に染みて理解したシオン達は、少し方針を変えた。
最初は、黒幕を探し出してぶっ倒すというとてもシンプルな方針だった。しかし、黒幕の足取りが掴めず、手がかりを探している今の状況では、どうしても異常種と相対することになる。だから、異常種に対抗する手段として、シオン達は、変異したモンスターを元に戻す薬を入手することになったのだった。
【初心者の草原】に来た目的は、黒幕の手がかりを探す以外に変異したモンスターを元に戻す薬を入手が目的だった。そして、薬を入手するならそれを乗せた馬車を探すのが手っ取り早いという判断からくるものだった。
「忍びちゃん、馬車見つけかった? 」
「ん。見つけた。合わせて7台」
「おおー、結構多いね! それで、私たちはどれに向かうの? 」
「これを見て」
ランに聞かれたシオンは、メニュー欄から【初心者の草原】のエリアMAPを表示した。それを5人に見えるように空中に展開させた。
一同は、輪になってシオンが展開したMAPを覗き込んだ。
MAP機能を知らなかったユリは、こんな機能があったんだと興味津々にMAPを見た。
シオンが見せたMAPには、現在地を示す点と【初心者の草原】範囲の地形が書かれていた。
【初心者の草原】は、エリア全てが草原エリアな為、緑色に塗りつぶされていた。
「今いる場所から近いここと、離れたここの馬車に向かう」
シオンは、現在地を示す青い点から少し西に進んだ地点と、北西に少し進んだ地点を指さした。
西の近くにある馬車は隣の【ゴブリン草原】の近くにあり、北西の遠くにある馬車はMAPの端っこの方にあった。
「ということは、二手に分かれるってことですか? 」
MAPを覗き込んでいたアルがそう聞くとシオンは小さく頷いた。
「近い方はアルとユリとフー、遠い方にはランとリンと私で向かう。もし馬車を守りきれないと判断したなら逃げていい。ほかに質問は? ……ないようだから解散。もし迷ったら連絡いれて」
「分かりました。迷わなくても連絡しますねっ! 」
「それは迷惑だから止めて」
◆◇◆◇◆◇◆
「GYUUUUUUUUuuu! 」
螺旋に渦巻く角を額から生やした駿角兎が、高速で跳ねる。螺旋の角でアルの体を貫こうと駿角兎は体当たりを仕掛けてきた。
アルは出鱈目に跳ね回る駿角兎の動きを難なく見切って、体当たりしてきた駿角兎の角を剣で弾き、盾でその巨体を受け流す。
「ユリさん! 」
「了解! 」
「GUGYUッ!? 」
攻撃に失敗した駿角兎は、流されるようにアルの脇を駆け抜けていく。後ろに控えていたユリは、その無防備に晒された横っ腹に強烈な蹴りをお見舞いした。
《剛脚》によって威力を高められた蹴りは、その巨体を浮かび上がらせて駿角兎のHPを3割近く喪失させて数メートルほど吹っ飛ばした。
「次です! 」
「おうっ! 」
息つく暇もなくユリのもとにアルが受け流した兎が転がりこみ、ユリはその兎を蹴り飛ばす。
当然、吹っ飛ばされた駿角兎は立ち直るとユリに襲いかかろうとするが
「行かせませんよっ!《嵐刃》! 」
フーが放った斬撃の刃によって防がれる。
《風の刃》と《嵐刃》を交互に使い、絶え間なく斬撃の刃を飛ばすフーは、一切のモンスターを寄せ付けず、一方的にダメージを与えていた。その代償として、MPはガンガン無くなっていくが、買いだめしていたMPポーションを惜しみなく消費してフーは、失ったMPを回復しては風魔法にMPを回していた。
後方に味方はいないのでフレンドファイヤの心配はなく、フーは遠慮なく魔法をぶっ放していた。いるかもわからない他プレイヤーの存在は全く考慮に入れてなかった。
しかし、モンスター側もやられっぱなしというわけではない。
アルに注意が向いた駿角兎と死剣兎が、それぞれ両側面から同時にアルに対して体当たりを仕掛けてきた。
鈍重なアルでは、その挟み撃ちを避けることはできない。
アルは、両方を防ぐことを早々に諦めると、極低確率だが攻撃に即死効果がつく死剣兎の角を盾と剣を使って全力で防いだ。
当然、死剣兎の攻撃だけを受ければ、もう片側から攻撃してきていた駿角兎の角は防ぐことはできない。螺旋状の捻じれた角がアルの鎧に突き刺さった。
「ぐはっ!? 」
重いくせに防御力は布の服と同程度の紙装甲の鎧は、容易く貫かれてアルのHPはごっそり削られて吹き飛んだ。吹き飛んだ際に左手に握っていた剣は、あらぬ方向に飛んでいった。
すぐには衝撃を殺せず、地面を二転三転と転がっていくアルのHPは、6割近く減っていた。アルを吹き飛ばした駿角兎は、そのまま止まらず、吹き飛んでいったアルを追いかけた。
「アル!? くっそ、こっちにかかってこいよっ! 」
咄嗟にユリが死剣兎の気を引いたおかげで、追撃は駿角兎のみで済んだが、次に体当たりがまともに直撃すれば、今度こそアルのHPは全損してしまう。
しかし、もたもたと立ち上がろうとすれば、その間に体当たりを喰らうのは目に見えていた。
だが、アルも伊達に数百回も死んでいない。
「くっ」
転がる勢いがなくなるとアルはすぐに起き上がって片膝立ちになる。下手に避けようとはせず、盾を駿角兎の方に向け地面に突き立てて立ち向かう。
アルは、駿角兎の体当たりを真正面から受けるつもりだった。
「GYUUUUUuuuu!! 」
強靭な後ろ足で地面を蹴って高速で迫る駿角兎の体当たりをアルは真正面から受け止めた。
「ぐっ!! 」
駿角兎が衝突した際の衝撃がアルの体を突き抜け、そのまま1メートル近く後ろに押し込まれる。少なくなっていたアルのHPは、その衝突で2割近く削られた。
しかし、それでも駿角兎の体当たりを受け止めることには成功した。
「《岩砕脚》!! 」
「UGYUU!? 」
受け止められた駿角兎は、盾を突き破ろうと再度後ろ足で地面を蹴って前に跳ぼうとしたが、駆けつけてきたユリによって蹴り飛ばされた。
ユリの《岩砕脚》を頭にまともに受けた駿角兎は、吹っ飛んだ先でガラスが砕けるような音を立てて消滅した。
「アル、大丈夫だったか? 」
「ええ、間一髪でした。ありがとうございます」
「ならよかった。ほら薬と剣」
ユリがHP回復ポーションを取り出し、アルのHPを回復させる。ついでにアルが吹き飛ばされた際に手から離れた『青薔薇の直剣』もアルに投げ渡した。
「っと、重ね重ねありがとうございます」
剣を受け取ったアルはユリに礼を言って剣を装備し直した。そして、再び馬車を目指して突き進んだ。
そんな調子で、休むことなく連戦して15分。
ようやく目的の馬車をユリが視認した。
「アル! 馬車が見えたぞ! 」
「本当ですかっ! フーさん、馬車が範囲に入らない程度に邪魔になるモンスターを蹴散らして下さい! 」
「わっかりましたっ! 」
アルの指示に従ってフーは、モンスターを一掃する為の魔法を唱え始めた。その詠唱文からして、どうやら以前にも使った《嵐舞》を発動させるみたいだった。
フーの魔法攻撃が止んだ途端、今までの非ではない数のモンスターがユリ達の元に殺到してきた。フー1人だけで、かなりの数を抑えていたようだった。
「ちょ――!? 一気に襲ってくんなっ! クリスっ《獣の本能》! 」
「きゅっ!! 」
《獣の本能》の効果でクリスの全身が赤く輝き出した。大幅に身体を強化されたクリスは、ユリの指示で口から木の実を連続で撃ち出した。撃ち出された木の実は、モンスターに次々と当たりモンスターを怯ませた。
ユリも《疾脚》と《健足》を発動させて移動速度を上げると、モンスターを時折拳も織り交ぜながら足止めに奮闘した。一体一体に時間を掛けられないので、ユリは出鱈目に跳ねる兎の動きを先読みして、素早く一撃を入れて吹き飛ばしていく。地味に難しいことをやってのけているがユリ本人にその自覚はなかった。
「出来ました! ユリさんそこから離れてください!! 」
フーの準備が整った。
ユリは、すぐさまその場所から飛びのいて、アルのいる場所まで後退した。
「《嵐舞》!! 」
さっきまでユリがいた場所に暴風が吹き荒れた。
無数の嵐刃が範囲内のモンスターを容赦なく切り刻む。モンスターの絶叫が嵐刃が吹き荒れる中から無数に聞こえてくる。
「うわー……一度見てたけど、改めて見るとスゲーな」
「ですね。あの中を生き残る自信はまだありません。流石に防ぎきれません」
魔法を使えない2人は、斬撃の嵐を見て戦慄する。あれに巻き込まれたらと考えてユリはぞっとした。
恐ろしい斬撃の嵐が治まると、範囲内のモンスターは1体も生き残っていなかった。
「よしっ、それじゃあこのまま一気に馬車まで行っちゃいましょう! 」
「了解」
「急ぎましょうか」
フーの言葉に2人も同調し、その場所を一気に駆け抜けた。
そうして、ユリ達3人は、薬を乗せた馬車と合流を果たした。
1/25
一部修正
14/11/25 18/06/18
改稿しました。




