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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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75話 「紐なしバンジー」



「皆さんイベント頑張ってくださいね。またのご来店待ってまーす」


 そんなルルルの見送りの言葉と共にシオン達は店を後にした。

 律儀にも、シオン達の姿が見えなくなるまで手を振るルルルにシオン達はそれぞれ手を振りかえした。



「あ……忘れてた」


 そして路地裏から再び東大通りに出たシオンは、大事なことを忘れていたことを思い出して声を上げた。しばしの硬直の後、シオンは不思議そうに見返してくる5人に向けて申し訳なさそうに言った。


「パーティー申請、忘れてた……リーダーは私。アルとランとは既に組んでる」


 シオンに言われて、5人もそのことに気付いた。


「あ、そう言えば、ユリさん達はまだしてなかったですね」


「忘れてましたー」


「じゃあ、フーと組んでたパーティーを先に解散させないとな」


「あ、そう言えばそうですね」


 フーとリンは2人でパーティーを組んでいたようで、一度そのパーティーを解散した後、シオンから来たパーティー申請を受け取った。


 そして、ユリにもシオンからパーティー申請が来た。


「ラン、ここを押せばよかったよな? 」


「うん、そうだよ」



 ランに一応確認を取ってからユリは、パーティー申請を受けた。すると、ユリの目の前に新たに仮想ウィンドウが表示された。


『パーティー名:―未定―

 ・リーダー:・・・・

 ・ARU

 ・RAN

 ・フー

 ・リン

 ・YURI           』



「これでパーティーを組めたのか? 」


 確認のためにユリはシオンに尋ねた。


「ん、大丈夫……これで組めた」


 自分の仮想ウィンドウからユリがパーティーに入っていることを確認したシオンは頷いた。



 こうして、シオンをリーダーとする6人中5人が二つ名持ちという豪華パーティーが結成された。


 言うまでもなく、二つ名を持っていないのはユリだけである。



 自己紹介を済ませ、装備も整えて遅いパーティー結成を済ませたシオン達が、次は何をするか、と考えた時、6人の考えは完全に一致していた。



「戦闘、行く……? 」


「もちろん! 」「そうだな」「行くか! 」「行きましょう」「楽しみですね」


 リーダーであるシオンの言葉に5人はそろって賛成した。



◆◇◆◇◆◇◆




 そうして戦闘することになったシオン達は、



――何故か城壁の上にいた。



 何も言わずに歩くシオンと、その横で鼻歌を歌いながら歩いているラン。その2人に少し後ろをユリ達が歩いていた。


「あのー……天使ちゃん。ここで何をするんですか? 戦闘、するんですよね? 」


 先程から何も言わないシオンにフーが恐る恐る声をかける。


「城壁からだと遠距離攻撃が使えるやつじゃないと戦えないだろ? 」


 リンもフーと同様に気になっていたのかシオンに尋ねた。


 フーとリンの疑問は、アルとユリも声には出していないかったが、心の中では疑問に思っていたことなので、自然とラン以外の4人の視線がシオンへと集まった。



「えー? ここから飛び降りるんじゃないの? 」


 しかし、その4人の疑問に答えたのは、ランの突拍子もない言葉だった。


 ランの突拍子もない発言にフーとリンとアルの3人は、それは流石にないだろと心の中で思って苦笑したが


「まさか……」


 ユリは、以前にシオンが城壁から飛び降りてきたのを思い出し、思わず城壁の下を見た。


 眼下には、鬱蒼と生い茂った森が広がっていた。城壁は、森の木々よりも遥かに高かった。真下を見れば剥き出しの地面が見える。その高さにユリは、吸い込まれるような恐怖を感じた。


 死ねる。この高さから落ちたら死ねる。


 いくらゲームとはいえ、この高さから紐なしバンジーなどやりたくないユリは、シオンにもう一度視線を戻す。


 もしかしたら違うかもしれない


「ん。ここから飛び降りる」


――そんなユリの淡い希望は、シオンにあっさりと一蹴された。


 ランを除く4人の顔が目に見えて強張った。


 ユリの視線は、城壁の下とシオンの間を何度も往復した。

 フーとリンはお互い強張った顔を向けてアイコンタクトを取る。意外にもリンがフーへと無理無理無理無理と全力で目で訴えていた。


「ハハハハ……この高さから落ちたら僕、確実に死にますね」


 アルは、乾いた笑いをあげながら下を見てそう言った。



「ついた。ここから飛び降りて」


 そんな4人の反応にシオンは、意に介すことなく無情にも紐なしバンジーをパーティーに再度強要した。4人は他に方法はないの? とシオンに無言で訴えていたが、シオンが気にした様子は見られなかった。


「じゃあ、最初は私から行くね」


 4人が怖気づく中、最初の挑戦者はランだった。




「ちょ、ラン。お前本当に飛び降りるのかよ」


 すぐにでも飛び降りそうなランに、ユリは思わず声をかけた。


 ランが絶叫マシンが大好きなことをユリは知っている。ユリ自身も絶叫マシンは嫌いではない。しかし、いくら何でも現実でやれば、ただの飛び降り自殺であるこの行動に、沸き起こる恐怖心をユリは隠せなかった。



「大丈夫だよお姉ちゃん。私、前にも飛び降りたことあるし」


 しかし、そんなユリの心配を余所にランは余裕の笑みを浮かべて 



 あっさりと飛び降りた。



「――っ!? ラン!! 」


 何の躊躇いもなく飛び降りたランにユリは一瞬反応が遅れた。すぐに我に返ったユリは、ランの名前を叫びながら城壁から顔を出して下を覗き込んだ。



「《ガード》!! 」


 落下するランの口から言葉が飛び出し、地面に激突する瞬間、ランの持つ双剣が青いエフェクトを発生させた。


 鈍い音が城壁の上にいるユリ達にも聞こえた。

 ランの頭上に表示されているHPバーが1割ほど削れたのをユリは見た。


 無事に? 下に降りたランは、城壁から身を乗り出しているユリ達に向けて手に双剣を持ったままぶんぶんと振った。



 その様子を見て、ユリは安堵の溜息をついた。


「はぁ、まったくランの奴驚かせやがって、こっちがひやひやしたぞ」


 そして、ユリがふと周りを見ると何故かアルが温かい目でユリを見ていた。


「何にやにやして見てんだ? 」


「いや、ユリさんはいいお兄さんだなー、って思っただけですよ」


 アルにそう言われ、ユリは自分がいつのまにか前に手を伸ばしていたことに気づいた。


「……なんでそうなる」


 ユリは手を引っ込めながら睨みつけるが、アルは意にも介さずにこにこと笑っていた。



「次は誰? 」


 そうした中で、シオンは次の挑戦者を求めた。


 リンは乗り気ではないようで、フーの後ろに隠れて「よーし、フー! 次はお前が行けっ」とぐいぐいとフーを押していた。フーもあの無茶苦茶なランの飛び降りを見て腰が引けてるのか「ちょ、止めてよ。お姉ちゃん! 私だってまだ心の準備があるんだから」と抵抗していた。


 ユリもとてもではないが、先程のランのを見ても飛び降りる気など起こるはずもなく、向けられたシオンのくりくりとした黒曜石のような目からわざとらしく目を逸らした。



「じゃあ、次は僕が行きますよ」


 そんな中、アルが次の挑戦者として手を挙げた。



「アル、お前の死は無駄にはしない」


「アルさん……頑張って逝って(・・・)きてください」


逝って(・・・)も帰ってこいよ! 待ってるからな」


 3人とも酷い言い様である。


「勝手に殺さないでください……。リンさんも死に戻り前提で言わないでください。本当に死に戻りする結果になりそうじゃないですか……」


 これには、自らの防御力の低さを自覚しているアルでも苦笑せずにはいられない。


「シオンさん、何か飛び降りる時のコツとかありますか? できればアーツを使わずに出来る方法で」


 シオンが自分の防御力の低さを知った上でこの方法を提示してきたと考えているアルは、シオンに飛び降りる時のコツを尋ねた。


 そして、そのアルの予想は正しかったようで、聞かれたシオンはそのコツをアルに教えた。


「降りる時、壁に剣を刺しながら降りると落下ダメージを軽減できる」


「剣を壁に刺しながらですか……ありがとうございます」


 シオンからコツを聞いたアルは、礼を言うと早速腰から剣を抜いた。


 そして、試しに壁と同じ材質の床に剣を突き刺してみた。


――ガキィィ!


 甲高い金属音が響いて、床に剣が突き刺さった。手を放しても倒れない位の深さまで剣は刺さっていた。


「手応えは結構硬い印象ですが、意外と刺さりますね。弾かれる心配とかはなさそうですね」


 手応えと実際の刺さり具合の違いに少々違和感を抱きつつもアルは、シオンの言う方法を試してみる気になった。



「じゃ、行きます」


 重たい全身鎧を身に着けて右手に盾を持ったままアルは、左手に剣を握って飛び降りた。



「はああっ! 」


 飛び降りたアルは、直後に裂帛の気合と共に左手に持った剣で城壁を突いた。


――ガキィィ!


 甲高い金属音が響いたかと思うと、すぐに壁を削る音がユリたちの耳に届いてきた。



――ガガガガガがガガガガガッ!!



 その音は前にユリが聞いた音よりも速く大きな音だった。重すぎる鎧のせいで削れる音は大きく、シオンの時よりも明らかに落下速度は速かった。


 そして、壁に剣を突き刺し削りながら落ちたアルは数秒後、地面に降り立った(・・・・・)。着地の衝撃で、アルのHPは一気に4割近く削れた。


 アルのHPが4割も削れたのではなく、アルのHPが4割しか(・・)削れなかったのである。


 この意味は大きく、城壁の上でアルの降りる様子を見ていたフーとリンの様子は目に見えて変わった。



「あっ……アルさん。生きてますね。じゃあ落ちても大丈夫そうですね」


「残ったか……。ということは死なないってことだな。……大丈夫。これはゲームだから、これはゲームだから……」


 全く乗り気ではなかったリンですらもアルが死んでないのを見ると、飛び降りることに前向きになった。


 アルには失礼な話であるが、アルの防御力とHPは、このパーティーの中では断トツで低かった。つまり、アルがダメージを受けて死なないのならば、それは即ちパーティー全員が死ぬことはないと言えた。



 ならば、やるしかない。死なないのだから


 そんな心境が今のフーとリンの中にはあった。


 そんな事情を知らないユリですらも、その2人の反応から死ぬことがなさそうのを悟り、ユリもアイテムボックスからゴブリンがドロップする錆びた剣を取り出してシオンのコツが自分でも可能か試してみた。


「ふんっ! 」


 ユリもアルのように剣を床に突き刺した。


――ガギィ!


 剣は、鈍い音が響くと僅かに床に刺さった。しかし、アルの剣のように深く刺さる様なことは起きなかった。手を放すと剣はグラリと傾き、大きな音を立てて倒れた。


「硬ぇ……」


 思った以上に硬い手応えにユリは自分の手が痺れるのを感じた。ユリの持つ錆びた剣程度では、壁には上手く刺さらなかった。


 それを見ていたシオンがユリに声をかけた。


「その剣じゃダメ。これ、使って」


「本当か? ありがとうシオン」


 ユリは、シオンの心遣いに感謝しつつシオンから渡されたクナイを受け取った。クナイがきちんと刺さることは前に見ているので、ユリは試すようなことはしなかった。


「じゃあ……次はユリ」


 ユリがクナイを受け取るとシオンはそう言った。


「げっ、まぁ仕方ないか。うしっ! 逝ってきます!! 」


 一瞬の躊躇いの後、ユリは頬を叩いて気合を入れると城壁から飛び降りた。




 空中に身を投げ出すと一瞬の浮遊感の後、重力に引かれて腹の奥にズシッと重圧がかかった。


 どこまでも落ちていきそうな感覚に恐怖を感じ、悲鳴が喉のあたりまで出かかった。


「くっ……! 」


 無意識の内にユリは、歯と腹に力を入れた。

 そして、落下していくことに恐怖を感じつつも、頭のどこかで冷静な自分がいるのを漠然と感じた。その冷静な自分の出した指示に従って、ユリは手に握ったクナイを全力で壁に突き刺した。


――ガキィィ!


 先程の錆びた剣で刺した時の鈍い音ではなく甲高い金属音が辺りに響き、クナイが壁に刺さった。突き刺さった後も握っているユリが落下していくのに従ってクナイは壁を削り始めた。


――ガガガガガガがガガガガガッ!!


 クナイが壁を削る度にクナイを握る手は大きく振動し、壁を削る感触をユリに伝えてくる。


 落下速度が少しゆっくりなる。何かに掴まりながら落ちるのは、何も掴まずに落ちるより遥かに心に余裕ができ、ユリに周囲を見渡す余裕が生まれた。


 下を見れば、アルとランがユリを見上げていた。

 上を見れば、フーとリンが身を乗り出して見下ろしていた。



 そして、着地。


――ダンッ!


 地に足がついた瞬間、足の裏から全身へと衝撃が突き抜けた。高い所から飛び降りた時に似た痛みが足全体に走った。自分のHPを確認すれば、1割も減っていなかった。


「ふー……」


 ユリは、いつの間にか止めていた息を吐き出した。そして城壁を見上げる。


 下から見るとその高さ、迫力がよく分かった。




「普通、この高さから落ちたら死ぬだろ………」


 ゲームなんだなと、ユリは改めて実感した。



次回はやっと戦闘に入るかも



指摘があったので、アルが落ちる時の描写を修正しました。

アルの落ちるスピードが速かった。

という描写は、シオンがクナイで壁を削りながら落ちた時より落下速度が軽減されなかったという意味です。


14/10/27 18/06/17

改稿しました。

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