71話 「クリス大人気」
――『始まりの町』西門付近
「勇者? なるほど……勇者か。しっくりくるな」
シオンから告げられたアルの二つ名『勇者(笑)』。ユリは、その二つ名を何度か口に出して呟き、アルの姿を見て納得したように頷く。アルの行動も装備も勇者に相応しいものだとユリには思えた。
しかし、アルとしてはその二つ名はあまり気に入ってはないようで、困ったような笑みを浮かべた。
「そんなしっくりだなんて、僕はただの勇者もどき。勇者(笑)ですよ。不倒の勇者なんて言っている人もいますが、正式稼働から既に40回近く、βも含めたら200回以上は死んでますよ」
「200回!? 結構死んでるな……死因は何なんだ? 」
「普通にモンスターの攻撃を受けての死に戻りですよ。デスペナのせいで、一度死ぬと死に癖がつきますし。ボス戦なんて何十回も死にましたし、一人だと倒すのに1時間もかかるので苦労します」
「……1時間ボス戦でノーダメ」
「すげぇな」
具体例を挙げて自分を卑下しようとするアルだったが、シオンがそれに被せるように言葉を補足した為にすごいことのようにしかユリには聞こえなかった。ユリは、アルに対して驚きと尊敬の目を向け始めていた。
「いえいえ、必要に迫られて、ですよ。」
ユリにそんな目を向けられたアルは、そんな目に慣れていないのか何とか否定しようと、必死になって自分の弱さを挙げていく。
「ほら、僕の装備って見た目は、防御力が結構ありそうですが、実際は初期装備の布の服並みの防御力しかない紙装甲なんですよ。それに鎧の重さを軽減させるような【鎧】スキルも持っていませんから鎧が重くてろくに動けないですし、盾も【盾】スキルを持ってませんから、自由に振り回すことは難しいです。正面から受け止めようとすると衝撃で硬直しちゃいますし、ダメージもけっこう通ってしまいますから、うまく攻撃を受け流さないといけないんですよ。頑張ってはいますが、僕はまだまだ弱くて未熟ですよ」
そう捲し立てるようにアルは言い切ってから、我に返ったのか気恥ずかしそうに笑みを浮かべて頭を掻いた。
「スキルのひとつでも習得できればもう少しよくなるのですが……習得するにはまだまだ時間がかかりそうです」
「……そんな状態でゴブリンと連戦して生き残っている時点で、俺から言わせれば十分すごいと思うんだけどな」
スキルをセットしないままゴブリンと戦った経験のあるユリは、アルのような重装備でゴブリンと戦う姿をイメージして、ありえないと首を振る。ダメージが碌に入らないのはどうにかなるとしても、身動きが碌に取れないまま上手く戦える自信は、ユリにはなかった。
「というか、そもそも何でそんな戦い方してるんだ? そういうプレイスタイルか? 」
「うーん……プレイスタイルって言われるとそうなりますかね? スキルを自力で習得する方がなんか面白いじゃないですか」
アルはそう言い切って笑う。
横にいるシオンがアルに向ける黒い瞳が「バカ」と無言で語っているようにユリには思えて苦笑する。
「最初にスキルを取ってないのは、スキルを取らずに始めると手に入る称号の【勇者(笑)】とその際の初期装備として渡される『勇者の全身鎧(笑)』と『勇者の大盾(笑)』が目当てですね。……子供っぽい憧れかもしれませんが、勇者に憧れているので、もどきだろうとゲームだからこそそういう格好がしたかったんです」
「あ、だから二つ名が【勇者(笑)】だったのか。その称号や装備には、何か効果とかがあるのか? 話を聞いていると、全くいいことがなさそうなんだけど」
「うーん、戦闘に直接効果がないものなので、人に有用なのかは分かれると思いますが、称号は、スキル習得条件の緩和。装備には、スキル習得条件の緩和とスキル熟練度の上昇値が増えます。
といっても、スキル習得条件を緩和したとしても、スキル一つ習得するには、かなりの時間がかかるんですけどね。条件もまだあやふやなものだらけですし、以前のβでは結構頑張ったんですが戦闘に慣れてなかったこともあって、スキルを手に入れるまでに時間がかかりました。結局、【鎧】と【受け流し】、【剣】と【盾】の4つしか習得できませんでした。どれか一つでもスキルを取れた時には、芋づる式にどんどんスキルが手に入りましたから手に入れた時期は、βの終了の一週間前ぐらいでしたね。最後にあったPVPの大会にも参加しましたが、シオンさんが相手に出てきてあっさりと《首切り》されたんですよねー。あの時のシオンさんの攻撃が全く知覚できなくて完敗でした……」
シオンとの戦闘を思い出したのか、首すじに手を当ててアルは苦笑する。シオンもその時のことを覚えていたようで首を左右に振って口を開いた。
「アルもすごかった。攻撃した私を盾で殴り飛ばした。もし、アルが反撃できたなら私は抵抗できなかった」
「それは可能性の話ですよ。僕はその後すぐに死にました。追撃もできなかった。だからシオンさんの勝ちですよ」
「でもすごかった」
シオンは納得ができていないようでそう言い返した。譲る気のないシオンにアルは困ったように笑みを浮かべた。
「要するにどっちもすごいってことだな。よく分かった」
アルとシオンのやりとりを見ていたユリは、この2人には敵いそうにないとしみじみと思ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「さて、次はユリさんの番ですよ」
「えっ、俺? 」
その後もしばらくはアルの話で盛り上がっていたが、その矛先が唐突にユリへと変わった。ほとんど聞き役に徹していたユリは、急に話を振られて戸惑い気味に自分を指さした。
「僕のことを話したんですから、次はユリさんのことを教えてほしいです。ほら、ランさんから聞いてても知らないことはありますし、その肩に乗ってるリスは、ユリさんの従魔ですよね? 」
「きゅ? 」
そう言ってアルは、ユリの頭の上でくつろいでいるクリスを指さした。自分が注目されていることに気づいたのか肩の上で毛づくろいをしていたクリスが、顔を上げた。
「クリスのことか? まぁ、そうだな」
「きゅ」
ユリが、アルと同じように自分の肩の上にいるクリスを指さして答える。クリスが目の前に突き出されたユリの指を掴もうとして空振った。
「へぇ、やっぱり従魔なんですか。まだ始まったばかりなのに持っているなんて珍しいですね。やっぱり【調教】持ちですか? 良ければ、どうやってテイムしたの参考までに教えてもらえませんか? 」
「【調教】? いや、そんなスキルは持ってないぞ。どうやってテイムしたって聞かれてもほとんど成り行きだったからなぁ。俺がクリスに触らせてもらおうとして、木の実を上げたら懐かれただけだぞ。ほら、こんな風に」
そう言って、ユリは手の平に木の実をいくつか出して見せる。すると、肩の上に乗っていたクリスがその木の実に反応して肩からジャンプし、手の平に着地すると木の実を食べだした。
「――と、いうわけだ。まぁ、こいつが単純に食い意地が張ってるだけかもしれないけど」
「なら僕にも出来るかもしれないのですね。……一体欲しいなぁ」
ユリにテイムの方法を聞いたアルが、ふむふむと頷き、木の実を頬張るクリスを物欲しそうに見る。最後のセリフは、ユリには聞こえなかったようだが、横にいたシオンにはばっちり聞こえてたようで、アルに同意するように小さく頷いていた。
「ユリさん、僕にもクリスに木の実をあげることはできませんか?やってみたいのですが」
「うーん……前に爺さんが釣った魚を食べてたりしてたから、多分食べるとは思うけど……やってみるか? 」
「ぜひとも」
「私も」
そんな流れで、アルとシオンの手でクリスに木の実をあげてみることになった。
クリスは、特に他人から木の実を貰うことに何ら抵抗はないようで、差し出された木の実を躊躇いもなく頬張っていく。
しかし、触るということになると最初のユリと同じように十分なだけの木の実を貢ぐ必要があるようで、巧みに避けていた。
2人がクリスに触れるようになった時は、焦らされただけに2人とも嬉しそうだった。
「う~む。この手触り、癖になりそうですね。やっぱり一体欲しいです」
「ユリ、クリス頂戴」
「やだよ。クリスは俺のだ」
やはりクリスは、最強だった。
14/10/22 15/06/13
改稿しました。




