63話 「森抜けたその先に」
ユリと老人が陸に上がってきたモンスターと交戦し始めた頃、タクとそのパーティーメンバーも進攻してきたモンスターと交戦中だった。
タクたちは、パーティーのレベル上げも兼ねたクエストで【豊かな森】の奥地にまで来ていた。
奥に進むほどモンスターの数は増していった。戦っていると異常種が現れることもあったが、タクたちは苦戦しつつも脱落者を出すことなく勝利を重ねた。そして、目的のクエストアイテムも入手することが出来た。
クエストアイテムを手に入れて、そろそろ街へ戻ろうという頃にモンスターたちの街の進行が始まった。
絶え間なく襲ってくるモンスターを倒しながら、タクたちは街へと撤退していた。
◆◇◆◇◆◇◆
「《連撃》! 」
茂みから現れた森狼2体と木鹿1体の攻撃をバックラー(円形の小型の盾)で巧みに防いだタクは、《連撃》で森狼2体の首を下から刈るように振るった横薙ぎの2連撃で的確に急所を刈ってまとめて倒す。
「よし! もう一体――痛ってぇ!? 」
残った木鹿にタクが斬りかかろうとしたところで、死角から隠猿が投げた大きな木の実がタクの後頭部に当たった。タクのHPが1割ほど削れた。
「ちょ、ダイゴ! まだ猿を射抜けないか!? さっきから地味に痛い! 」
何度目か分からない隠猿の奇襲に苛立ちを隠せずに声を荒げた。
「もう4体は倒してる。数が多い、もう少し待て。タクも余裕ができたら近くの木ごと斬り倒してくれ」
木製の弓に矢を番えて頭上に注意を払っているダイゴは、タクの方を見ずに素っ気なく答えた。
「無茶言うなっ! 敵が多すぎてMPに余裕なんてないわっ! ランちゃんみたいにアーツ使わずに切り倒せるかよ! あ、そうだ。チェルシ! 《風の刃》で猿のいる木ごと切り倒せ! 」
ダイゴの無茶ぶりに猛然と抗議したタクは、魔法使いであるチェルシに面倒事をぶん投げた。
チェルシは、【中級火魔法】以外にも【初級風魔法】のスキルも持っている。【初級風魔法】で使える風の刃を飛ばす《風の刃》の使用を要求した。
「《風の守り》!! これでちょっとダメージが減ると思います! 」
「サンキューチェルシ! 」
チェルシは、タクに遠距離攻撃の威力をほんの少し減衰させる風を纏わせた。初級防御呪文であるので、その効果はあまり期待できないが、ないよりましという程度だ。
「風の刃で進行方向の木を倒すのでちょっと待ってキャァッ!? 」
チェルシは、タクに頼まれた通り《風の刃》の詠唱を始めようとした。直後に横の茂みから森狼が飛び出してきた。チェルシは、突然のことに驚いて悲鳴を上げた。
森狼は、タクとダイゴが反応するよりも早く硬直したチェルシのか細い首に食らいつこうと飛びかかった。
「《突き》! 」
「ギャウッ!? 」
しかし、それは横合いから突き出された槍によって阻まれた。目にも止まらぬ速さで突き出された槍は、森狼の首を貫いた。その一撃で森狼はHPを全損させて消滅した。
「こ、怖かった~。あ、ありがとございます、ラリリさん」
「チェルシは、私が守ってあげるから安心しなさい! 」
寸でのところで槍を突き出したのは、ストレートの黒髪を腰まで伸ばした色白のラリリと呼ばれた長身の女性だった。革鎧を身に着け、腕には鋼鉄製の籠手をつけていた。鋼鉄製の槍を持ち、腰に短剣を差していた。
「大丈夫かチェルシ!? 」
盾で森狼を食い止めながらタクは、チェルシのいる後方に首を動かして顔を向けた。
「だ、大丈夫です」
「私が守ったんだから大丈夫に決まってるでしょ!ほら、チェルシ。早く詠唱始めちゃいなさい」
「あ、はい! 」
ラリリに促されてチェルシは、詠唱を始める。詠唱中、無防備になるチェルシの傍で、ラリリは槍を構えて警戒する。
「いくら雑魚でもここまで多いと面倒だね。あーめんどくさい。あー眠ぅ……。もう二徹なんだけど、絶対今日で三徹だ」
ダイゴの傍にいた金髪の青年が気だるそうに愚痴を零す。革鎧を着ているだけの軽装の青年の両手に短剣がそれぞれ握られていた。
「カラク、愚痴はいいから働け。ふっ! ……よし、次はどこだ? 」
ダイゴが木の上の隠猿を射落とすと、次の矢を弓に番えながら隣のカラクに尋ねた。
「どこって言われても、僕の索敵範囲の中だけで十数体はいるよ。ダイゴから見て右側の木のあそことあそこに計3体、ラリリの正面の木に2体と左右の茂みに3体と1体いるよ。あと、タクの近くの木に2体」
「わかった」
カラクの指した木を狙ってダイゴは、矢を放った。
「ウキィッ!? 」
ダイゴの放った矢は狙い違わず隠猿に当たり、一撃で倒した。その成果に喜ぶことなく、ダイゴは次々とカラクが知らせた箇所に狙い違わず矢を放っていった。
「ひゅー、相変わらずの腕前だねー。弓って結構難しいって聞くけどダイゴは百発百中だね。敵がこないから僕すごく楽かも」
木の上にいる姿が見えにくい隠猿や栗鼠を淡々と、一度も外すことなく一矢でもって倒していく様子にカラクが軽口を叩く。
「カラク! そんなこと言わずにお前も働けよ!! マジでモンスター多くて大変なんだから! 」
「はいはい。分かりましたよ。あ、タク、後ろの木にモンスターいるから注意ね」
ひっきなしに敵がやってくる殿で戦っているタクは、すでにHPが5割まで削れている。そんなタクの悲鳴の混じった言葉にやれやれと言った様子でカラクは、首を左右に振った。ダイゴから離れたカラクは、タクと一緒に殿についた。
二徹の影響なのか気怠げな雰囲気を出しつつも角を突き出しながら突進してきた木鹿の攻撃をスルリと躱して、すれ違い様に木鹿の首を掻っ切った。急所を斬られた木鹿が痛みで棹立ちになったところを反転してもう一方の短剣を胸部に突き立てて止めを刺す。
カラクの戦闘スタイルは、タクと違ってモンスターの攻撃を防ぐのではなく、ユリのように軽快なステップで躱してカウンターのように両手に持った2本の短剣で敵の急所を斬っていくスタイルだった。
「カラクさん準備できました。どこに打てばいいですか!? 」
「ん~? チェルシちゃんから見て右斜め前の方にお願い」
カラクは、飛びかかってきた森狼の噛みつきを躱してその首を短剣で掻っ切って倒すと、チェルシの方に振り向いて周囲を見渡した後にチェルシの前方を指さした。
「わかりました。《風の刃》!! 」
チェルシは、カラクの言葉に従って詠唱を終えた《風の刃》を前方の木々に放った。
風で形成された不可視の刃がチェルシの前に発生すると、その刃はまっすぐと飛んでいき、触れた茂みを切り裂き、木々を切り倒した。
「「ウキィ!? 」」
「キュ!? 」
木から落ちてきた隠猿と砲栗鼠から悲鳴が上がった。
「逃がさないよ!《乱れ突き》!! 」
チェルシの隣にいたラリリは、落ちてきたモンスターに反撃の隙を与えずに高速の連続突きで一掃した。すると、前方にモンスターのいない空いた空間が生まれた。
「チェルシ、ラリリ、ダイゴ! その空いた空間を広げながら後退してくれ! こっちも遅れて行くから! 」
3人にそこまで後退するよう指示を出したタクは、自分とカラクで襲ってくるモンスターを食い止めるために殿を続けた。
そうやってタクたちは、誰一人として欠けることなく森の出口まで後退した。
◆◇◆◇◆◇◆
「よし、あと少しだ! 一気に行くぞ」
出口まであと少しとなった時、タクがそう言った。
「チェルシ、前方に《風の乱舞》! ダイゴとラリリは《乱れ突き》と《乱れ撃ち》で残った敵の一掃! カラクは双剣連撃で周囲の敵を攻撃したら、すぐに後退! 俺もそれに続くから! みんな、やることやったらこの森の外まで一気に駆け抜けろ! 」
「了解しましたっ。準備に1分、お願いします! 」
「了解。その間、チェルシは私が守るよ」
「了解」
「了解ー。ふぅ、やっと休める」
タクの指示に4人はすぐに従った。詠唱を始めるチェルシをラリリが守り、ダイゴが周囲の木の上や茂みに隠れるモンスターを次々と射抜いていく。カラクとタクは、最後の踏ん張りで、チェルシの準備完了までモンスターに突破されないよう奮闘した。
「準備できました! 」
きっかり1分後、チェルシは合図を出した。
「よし、みんな! 《風の乱舞》の後は一気に畳み掛けろよ! チェルシ、頼む! 」
その言葉を待っていたタクはすぐに指示を出した。
「行きます!《風の乱舞》! 」
チェルシが魔法を発動すると、前方に複数の風の刃で構成された旋風が発生した。そこにあった茂みや木といったものも関わらず、全てを切り裂いて森の切れ目である出口まで開けた空間を生み出した。その空間には、風の刃に切り裂かれて深手を負ったモンスターが何体か生き残っていた。
「《乱れ突き》!! 」
そこにラリリが飛び込んで、穂先が複数に分裂してみえるほどの高速の連続突きでまとめて止めを刺す。
「《乱れ撃ち》」
幸運にも《風の乱舞》の範囲外にいた茂みや木の上に潜んでいたモンスターをダイゴが次々と矢を浴びせて射抜いた。安全を確保した3人は、迅速に森から脱出した。
「《連撃》! よし逃げる! 」
カラクの2本の短剣が、襲ってくるモンスターの集団の一番前にいたモンスターたちに交わるように二筋の赤い軌跡を残した。最前列にいたモンスターたちは、首を掻っ切られて一掃された。
それで、MPがほとんど空っぽになったカラクは、自分が役目が終わると即座にモンスターから背を向けて森から脱出した。
「《チャージング》!《連撃》! 」
最後に残ったタクは、襲ってきた木鹿の突進を盾で防ぎ、《チャージング》で弾いて硬直させる。無防備に晒された首に《連撃》を叩き込んで倒す。
「《恐喝》! こっちくんな!! 」
邪魔だった木鹿を倒したタクは、迫ってくるモンスターたちに向けて怒声をあげた。スタン効果が込められた大声は、間近にまでモンスターたちを一時的に硬直させた。前のモンスターたちが立ち止まったことで、障害となって後ろのモンスターたちも足止めを食らった。
タクは、その隙にダッシュで逃げた。
モンスターの硬直はすぐに解けた。背を向けて逃走するタクをすぐさま追いかけかけてきたが、すでに森を脱出したダイゴとチェルシから援護を受けて、タクはなんとか無事に森から脱出した。
やっとのことで森から出たタクは、そのまま門へと逃げ込もうと考えていた。しかし、街の門に視線を向けたタクは、目にした光景に愕然とした。
「よし、やっと出た――って門がしまってる!? 嘘だろ! 」
タクが目にしたのは、巨大な門が木製の扉で固く閉ざされた光景だった。
《風の刃》
【初級風魔法】スキルで使える魔法
MP消費量が少なく、数秒で再使用可能な魔法。序盤でよく使われる魔法の一つ。
長さ1メートル程の見えない風刃を敵に向けて扇状に射出する。
《水の刃》とほとんど同じ。
《風の守り》
【初級風魔法】スキルで使える魔法。
対象に風の薄い膜を纏わせ、遠距離攻撃の威力を減らす。その効果は気休め程度。
MP消費量、冷却時間は【初級風魔法】の中で最少で最短。詠唱時間もほぼない。
お守りで使われることもあるが、使われる機会はほとんどない。
《風の乱舞》
【初級風魔法】でスキルレベル20で使えるようになる広範囲魔法
複数の《風の刃》を指定した範囲に一気に放つ魔法。
MP消費量は、《風の刃》の約6倍で冷却時間、詠唱時間も【初級風魔法】の中では、長い方。
《突き》
【槍】スキルで覚える基本アーツ。
目で追えないほどの突きを放ち、敵を貫く。
貫通効果が付与されているアーツなため、モンスターの弱点を狙った攻撃で大ダメージを与えやすい。
MP消費量も少なく、冷却時間も数秒程度なので頻繁に使われる。
《乱れ突き》(槍)
【槍】スキルで覚えるアーツ
穂先が複数に分裂して見えるほどの速度で連続突きする。単体にも複数にも有効なのでよく使われる。
回数は4~6でランダム、攻撃する場所は慣れるとある程度狙える。
MP消費量は少し多めで冷却時間はそこそこ長いので連発が難しい。序盤はここぞという時に使われることが多い。
《乱れ撃ち》(弓)
【弓】スキルで覚えるアーツ
10秒間弓に矢を一度に3本つがえ放つことができるようになる。どれほど、放てて命中するかは、本人の技量による。
大抵は、3~6本、命中率は半分を下回る。数を撃って当てるようなアーツ。単体を狙うよりも固まった集団を狙った方が当たりやすい。
ダイゴの場合は、一度の使用で6~12本。命中率は70%以上という精度であり、弓を使うプレイヤーの中でもトップクラスの技量。
《恐喝》
【大声】スキルのアーツ
一定の確率で、モンスターをスタンさせる。
敵が多いほど確率が下がるが、スキルレベルのゴリ押しでタクはモンスターをスタンさせた。(勿論中にはスタンしなかったモンスターもいたが、スタンしているモンスターが障害となって足止めできた。
次話もタク達の話になります。
14/10/13 18/05/14
改稿しました。




