62話 「這い出る魔物と迎え撃つ青と白と小さな栗色」
「よっしゃぁぁああああああああっ!? 」
髑髏蛸に止めを刺したユリは、歓声を上げた。
しかし、髑髏蛸の消滅と同時に一瞬の浮遊感の後、3メートルの高さから落下し始めると、歓声は悲鳴へと変わった。
「うぎゃ! 」「うきゅ!? 」
顔から地面に落ちたユリは、鈍い音を響かせた。
「締まらんのぅ……」
それを見ていた老人は呆れた表情で呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆
「死ぬかと思った」
ユリは、初級HPポーションを割って回復しながら言った。ユリのHPは、残り4割から全快した。
「危険が排除した後に自滅はかっこ悪いのぅ」
「……分かってるから、言わないで」
老人に指摘されて、ユリは情けない表情になる。
「しかし、さっきのタコはびっくりしたな。本当に唐突だったし」
「確かにそれは儂も驚いたが、娘が特攻した時の方が驚いたわい」
「いや、だってイケると思ったから……」
老人に非難する目を向けられて、ユリはあからさまに視線を逸らしてばつが悪い表情で言い訳をする。
「何も髑髏蛸が怒っておる時にいくこともないじゃろう……」
「え、怒ってる時? 異常種って常に狂暴化してるんじゃないのか? 」
ユリは、組合の支部長のガユンが言っていた話を思い出しながら老人に問いかけた。
「よく知っておるの。確かにそうじゃが、ちと違うの。モンスターは、一度に大きなダメージを受けると一時的に狂暴化することがある。この状態を儂らは、『怒る』と表しておるんじゃ。あの得体のしれない異常種でも同じことがいえる。まぁ、より攻撃的になって手が付けれなくなると思えばよい」
「あれ? でも怒ったモンスター見るのは今回が初めてだぞ。滅多に怒らないものなのか? 」
老人の説明にユリは首を傾げる。
「そりゃ娘が気付いてないだけか、娘がそれほど強いモンスターに出会ってないからじゃろうな。怒ったからといって極端に強くなるモンスターはそうそうおらんよ。ブラッド・シャーク程度では、怒ったとしても大して変わらん。この近辺ならはっきりと分かるのは、主か異常種ぐらいかの。はっきりと分かるモンスターは、危険と覚えておけばよい」
「え゛っ、サメってもしかしてそんなに強くないのか? 」
老人のサメを軽んじる言動にユリは、少なからぬ衝撃を受ける。
「戦う力を持つ冒険者などからすれば、雑魚じゃのぅ。あれに苦戦するうちはまだ駆け出しじゃ」
「爺さんの戦いを見てて薄々感じてたけど、サメが雑魚か……雑魚かぁ……」
老人がサメを軽く蹴散らすところを見ていて薄々感じていた思いを老人にはっきりと告げられて、ユリはショックを隠せなかった。
「まぁそう気にすることはないぞ。娘は、たった数日でブラッド・シャークを一人で倒せるようになったんじゃ。娘ならば、儂なんかすぐに追い抜けるじゃろ」
遠い目で湖を見つめ始めたユリを老人は慰める。
「……爺さんが、サメを倒せるようになったのはどれくらいなんだ? 」
「儂か? 儂は娘より若い頃からじゃったからのぅ……。倒せるようになったのは湖に潜り始めて一か月ぐらいかのぅ」
「あ、やっぱり最初は皆そんなもんなんだ」
「そりゃそうじゃろ。娘は儂を何じゃと思っておるのじゃ」
「えっと、爺さん? 」
呆れた声音で問いかけてきた老人に、ユリはコテンと首を傾げながら即答した。
「娘から見れば確かに儂は年寄りなんじゃろうが、その評価は何かおかしかろう」
その答えに老人は、眉間に皺を寄せて苦笑する。
「まぁよい。儂かて最初はブラッド・シャークに喰われそうになったことは何度もある。儂含めて皆始めはそんなもんじゃ。成長して強くなるもんじゃ。初めから強者なんぞ稀有な例じゃ。娘もあまり気にせず自分のペースで強くなっていけばよい。心身ともに強くなくば真の強者とは言えぬからの」
「確かにそうだよな。徐々に強くなっていくもんだよな普通。……妹は異常としか思えないが」
「何じゃ。娘には妹がおるのか? 」
「あれ、言ってなかったっけ? まぁ、今度機会があったら爺さんに紹介するよ。ランが戦っている所を見てれば、俺の言った言葉がよく分かると思うぞ」
「ほっほぅ! それは是非会って見てみたいのぅ」
今のユリは、スキルレベルや経験の差ではラン達に数段劣っているが、元々の素質、運動センスや動体視力、反射神経などのプレイヤースキルに関して言えば、そこらのプレイヤーと比べて十分に高い部類に入るだろう。
少なくとも老人はユリを数日見てきて、似た見解に至っていた。だからこそ、そのユリにして異常と言わせるランに少なくない関心が沸いた。
「娘に異常と言われる妹とは、興味深いの……――む?……娘、どうやら新たにモンスターが湖から来たようじゃ」
老人は、湖から這い出てきた数匹のウツボ型モンスター綱魚に気付き立ち上がった。銛を片手に握りしめて老人は、ユリに問いかけた。
「娘はどうする? 街に帰るか? 今ならば、まだ門は開いておるじゃろ」
「爺さんはどうするんだ? 」
「儂か? 儂は戦うぞ。そもそもこの湖のモンスターに負ける要素がないからのぅ。それに儂の家がモンスターに壊される危険もあるしの。それだけは勘弁願いたいからの」
老人は、ユリの質問に答える傍ら、銛を投げつけて湖から這い出てきた綱魚を倒した。
「爺さんは街に住んでないのか? 爺さんの家ってどこにあるんだ? 」
「ここからでも見えるじゃろ。あそこじゃ」
老人が指で示した方向には、湖に隣接するように作られた木造でできた一軒の小屋があった。
「近っ!? というか、あそこ家だったのか! てっきり、物置小屋とかかと思ってた」
「人の家に随分と失礼なことを言うのう! まぁ、といわけじゃから儂は戦うつもりじゃ」
「あ、ごめん。思わず口が滑った。あ……いや、ま、まぁ、そういうことなら俺も爺さんに協力するよ」
口が滑ったと本音を零して老人に睨まれたユリは、誤魔化すように貰ったばかりの伸び蜘蛛の銛をアイテムボックスから取り出して自分の意思を表明した。
「門が閉まるかもしれんがよいのか? 」
老人は、念を押すようにユリに問いかける。
「あー……それは困るかも」
門閉まる=ログアウトができなくなるということなので、ユリは言葉に詰まった。
しかし、すぐにシオンが壁を登って街に侵入したことを思い出した。門が閉まっても街に入る方法は、他にあることにユリは気づいた。
「あ、やっぱ大丈夫かな? それにモンスターが街に近づかなければ、門も閉まらないから頑張れば大丈夫だろ」
「何故、疑問形になんじゃ……まぁよい。戦うならば覚悟するんじゃぞ。いくら陸に出て弱くなっておっても数は脅威じゃからの。HPには常に気を配っておくんじゃぞ」
「了解」
そんなやり取りの後、ユリと老人のたった2人だけの早めの防衛戦が始まった。
「きゅ!! 」
ユリの肩の上で自分もいるぞ、と主張するようにクリスが鳴いた。
◆◇◆◇◆◇◆
ユリと老人、それにクリスが陸に上がってきたモンスターと戦闘を始めた頃、他の『始まりの町』周辺の戦闘エリアでも似たようにモンスターが街に向けてゆっくりと進攻を開始した。
モンスターは、遭遇したプレイヤーを襲っていき、その戦火は静かにゆっくりと街へと迫っていた。
――イベント開始まで残り『11:48』
というわけで、イベントの前哨戦の始まりです。
この前哨戦の結果によってイベント開始時の始まり方が変わるので、ユリ達プレイヤーと一部のNPCには頑張ってほしいです。
次からしばらくは、他の場所の前哨戦の様子を見てみることになります。
14/10/12 18/05/14
改稿しました。




