59話 「影から支える老人」
今回は、爺さんSUGEEE!を多分に含みます。
血鮫の首回りに両腕を回して締め上げて【関節】の補正の入った継続ダメージ。血鮫の背中にしがみついたまま【蹴】の補正の入った膝蹴りを当てて血鮫に追加のダメージ。
この方法でユリは、血鮫を時間をかけずに簡単に倒すことがきでるようになった。その発見は、ユリの中でサメに対する恐怖心を上書きするほどの興奮を生み出し、自分から積極的にサメを探していくという行動をユリに取らせた。
現在この湖では、イベントの影響でモンスターが大量発生し、ユリの探す血鮫もまた水面近くに何体も確認されていた。さらに湖底から続々と新手の血鮫が水面に浮上してきているので、水面近くにいる血鮫の数は大きく変動せず、ユリが血鮫を探すのに苦労することはなかった。
サメを探していると早速、前方から2体のサメが向ってきているのにユリは気づく。
(おっ、いたいた……ってうん? 結構離れているのにもうこっちに気づかれてないか? サメってそんな遠くからでも気づけたっけ? そもそも気づいた時には、こっちに向ってきていたような…………気のせいか。よし、2体いるけど、相手にとって不足なし! 各個撃破だ! )
ユリは、サメの反応の速さに違和感を感じたが、気のせいだとその考えを払拭した。そして、向ってくるサメに対して不敵に笑い、サメが向かってくるのを落ち着いた様子で待った。
ユリがサメに対して不敵に笑えるような余裕があるのも、サメに対する必勝法の存在がサメに相対するユリにとっての精神安定剤になっているからだった。
(1体目を避けた後に2体目の攻撃を躱して背中に回る。2回続けて避けないといけないから油断はできないな……)
脳内で予測しながら、ユリは避けるタイミングを見極める。
前方から来た2体のサメは、一本の線のように前後に並んで襲ってきた。
先頭のサメの噛みつきをユリは、横に大きく避けて躱した。2体目のサメは、躱したユリに反応して追撃するように身を捻って噛みついてきた。その噛みつきもユリは、体を捻って寸でのところで躱した。
(よし、いける! )
自分の体のすぐ間近を通り過ぎようとするサメの体にユリは、体をさらに捻ってサメの首に腕を絡めて背中に密着した。サメがユリを振り落とそうと暴れ出す前に素早く首に腕を回して、サメの前で外れないように両手を固く繋いだ。
この一連の動きで、ユリはサメの背中に乗ることに成功した。そして、ユリは両腕に力を入れてサメの首を一気に締め上げた。最初は、振り落とされないようにしっかりと足もサメの体に密着させて太ももに力を入れて固定する。
サメは、ユリに首を絞められた途端にユリを振り落とそうと出鱈目に暴れ出した。もう1体のサメは、ユリが乗ったサメが出鱈目に暴れるので、その背中のユリに近づけずにいた。
ユリは振り落とされないように腕に力を入れつつ足の力を抜いて、膝蹴りをする準備をした。足の力を抜くと、サメが猛スピードで泳いでいるために足が後方に勢いよく引っ張られ、足がサメの体から離れた。体も足が後ろに引っ張られるせいでサメから引き剥がされそうになるが、腕に力を入れて堪える。
そして、片足の膝を曲げて、ユリはサメの体に鋭い膝蹴りを放った。ユリの膝がサメの体に減り込み、サメのHPが削れた。
(うお!? )
膝蹴りを受けてサメが急旋回をしたために首に回していた腕を除いて、ユリの体がサメから引き剥がされる。しかし、腕が解けないように力を入れていたのでギリギリのところでユリは振り落とされずに済んだ。ユリは、腕が解けない様に力をより一層入れながら再びサメの背中に膝蹴りを放つ。連続してもう片方の足も膝を折り曲げて膝蹴りを放つ。
肉を打つ鈍い音が水中に響く。首の絞めつけによる継続ダメージもあって、サメのHPは半分を切った。
(よし、いい調子だ)
ユリは、サメに振り回されながらも以前よりも余裕を持っていた。サメの残りHPを見て余裕の笑みを浮かべる。周囲の様子をみる余裕の生まれたユリは、襲ってきた残りの1体の姿が見えなくなっていることに気づいた。
首が回せる範囲で見渡してみるが、ユリの乗っているサメが出鱈目に移動しているため視界が揺れて十分に周りを見ることができず、そのサメの姿を見つけることができなかった。
(どこに行ったんだ? もしかして結構移動してるから振り切ったのか? )
そう考えていた時、横からぬっと現れたサメがユリの足に噛みつこうとした。
(うおっ!? 危なっ! )
間一髪でサメの体に足を密着させることで回避したが、ユリの心臓は激しく脈打ち驚いていた。
(うわぁ、今の不意打ちはビビった。まさか足を狙ってくるとは思わなかった。サメの体から足を離しすぎたら喰われるな。気を付けよう。どうやら乗っているサメごと攻撃する気はなさそうだし、密着しとけばひとまずは安全だな)
ユリは、もう一体の奇襲を警戒して、さっきよりも出来るだけ足がサメの体から離れすぎないよう気を付けて膝蹴りで確実に少しずつサメのHPを削っていった。
(よし、これでラスト! )
心の叫びともに止めの膝蹴りがサメに入り、残り少なかったサメのHPは全損し消滅する。
(おっしゃ! )
サメが紺色の光の粒子を水中に四散させながら消滅していくのを、水中で体勢を整えながらユリは、内心でガッツポーズをとる。
その気持ちの隙をもう一体のサメに付け込まれた。
もう一体のサメは、ユリがサメを倒すまで暴れていたサメの周りを泳いでユリの隙をずっと窺っていた。そして今、暴れていたサメがユリによって倒され、ユリはもう一体のサメの存在を一瞬忘れていた。
サメは、死角であるユリの背中から静かにユリに迫った。
大きく口を開いたサメは、自身の鋭い牙で着ている青い忍び装束ごとユリを噛み切る気満々だった。
しかし、結果から言えば、ユリの体にサメの牙が突き立てられることはなかった。
「娘よ。じゃから無理はするなと言ったじゃろう」
老人が投げた銛によって、サメは眉間を射抜かれて絶命したからだった。
◆◇◆◇◆◇◆
少し時を遡り、ユリがサメと一緒に水面から飛び出してきた頃に戻る。
ユリが水中に戻ってから老人は、桟橋の上で胡坐をかいて湖面を見つめていた。片手には銛が握られており、いつでも投げられるように静かに構えられていた。
「……まだ上がってはこんか。―――む。来たか? 」
老人がそう呟いて顔を上げた視線の先で、湖の中央で不自然に水が盛り上がり、巨大な黒い何かが水面から飛び出してきた。
その巨大な何かは、盛大な水しぶきとともに水面から飛び出し、ほとんど垂直に空高く舞い上がった。
その巨大な何かは、血鮫だった。
老人は、そのサメに向けて銛を投げようとし、動きを止めた。
「ひゃ、ひゃぁあああああああぁぁ!! 」
直後に湖に甲高い悲鳴が響き渡った。
その声はサメの背中から聞こえていた。それは、老人が最近聞き慣れた声だった。
「む、娘!? 」
意外にも視力がいい老人は、銛を投げることも忘れて、サメの背中にしがみ付いているユリに呆気にとられた。
「きゅっ!? 」
老人の膝の上で寝ていたクリスは、その甲高い悲鳴に叩き起こされて飛び起きた。
老人とクリス、一人と一体が見ている中、ユリを乗せたサメは4メートル近く水面から飛び上がり、そしてそのまま落ちていった。
「落ちる落ちる落ちる! 落ちるぅううううううう!! ――っぷ!? 」
ユリの悲鳴を響かせながらサメが頭から水面に落下すると、ユリもまた水の中に消えていき、湖には静けさが戻った。
「…………はっ! い、いかん! 早く助けに行かねば! 」
しばし、湖の中央を見つめたまま思考を停止していた老人は、我に返って、紐付きの銛を握ると躊躇いもせずに水中に飛び込んだ。
「…………きゅ」
桟橋に一人残されたクリスは、しばらく湖面を見つめた後、何事もなかったように桟橋の上で体を丸めると寝息を立て始めるのだった。
クリスにとって、それは些細な出来事でしかなかった。
老人が湖に潜ると、すぐ近くにいたサメの1体が襲いかかってきた。しかし、サメは直後に眉間を銛で射抜かれて一撃で絶命した。紺色の光の粒子を水中に四散しながら消滅し、刺さっていた銛が自重で底に沈もうとするのを老人は、紐を引っ張って手元に引き寄せた。
老人は、何事もなかったかのようにユリを探すために周囲を見渡した。そして、近くにユリがいないのを確認すると中央に向かって泳いで向かった。
老人がユリを見つけた時は、丁度サメに止めを刺す時だった。
「ふむ。まさか本当にあのような絞め技でブラッド・シャークを絞め殺すとは……いや、止めは膝蹴りじゃったな。じゃがまぁ、ようやるのぅ……」
水中でガッツポーズをとるユリを見ながら、老人は水中で声を出して呟いた。
その間、老人の手は休むことなく銛を投げていた。投げられた銛は、ユリに近づこうとするモンスターを片っ端から射抜いて一撃で倒していた。
「しかし、あのようにサメにしがみついてこの湖の中を泳ぎ回るのは、関心せんのぅ。悪戯にあたりのモンスターを刺激すれば、大群で引き寄せることになる。ましてや、攻撃的になっておるモンスターが水面付近にまで出てきているこの状況でやるなぞ自殺行為じゃぞ。……まさか気付いておらぬのか? ……仕方ない。年長者として、若者を少しばかり陰から支えてやるとしよう」
老人は、投げた銛についた紐で銛を手繰り寄せては、サメにも劣らぬ速さで水中を移動し、ユリが意図せずトイレインしてしまったモンスターの注意を自分に向けさせ、ユリに近づくモンスターのほとんどを自分を囮にすることでユリから遠ざけた。そして、ある程度距離を取ったところで、一体一体確実に一度も外すことなく老人は、モンスターを仕留めていった。
モンスターを全て殲滅するのに、そう時間はかからなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
トレイン下モンスターを殲滅した老人は、ユリの様子を見に戻った。そして、ユリがまたサメの背中に乗っていたのを見つけた。思わず、老人はため息をついた。
「無茶をする娘じゃ。……じゃから面白いんじゃが」
幸いなことに老人が水面近くのモンスターをほとんどトレインして倒したおかげか、ユリの周りにいるのはユリが乗っているサメを除くと一体のみだった。
「ふむ……もう少し近くに行って観察するかのぅ」
ユリが複数のサメをどうやって対処するのか興味がわいた老人は、もう少し近づいて見ることにした。
「ほぅ……なるほどのぅ。ブラッド・シャークの背中におるから、ブラッド・シャークの攻撃が娘には当たらん。娘は後ろから頸部の部分を締め上げて、膝蹴りによって更にサメの生命力を奪うか……なるほど、これならば安全に素早く倒すことができるのぅ。応用すれば、他の大型のモンスターにも活用できそうな方法じゃな」
老人は、観戦しながら興味深そうにユリの戦い方を分析する。
「……じゃが、複数の場合じゃと無防備になりすぎじゃ。ブラッド・シャークが暴れ回るから他のモンスターが近づけないようじゃが、でなければ無防備の背中を攻撃されておる。さらにブラッド・シャークが出鱈目に暴れるから悪戯に他のモンスターを刺激してトレインを引き起こしておる。これでは倒した時には、周囲をモンスターに囲まれてしまうの。まだまだ穴だらけのある戦法じゃ。しかし、発想自体は中々奇抜で面白いのぅ。やはりこの娘は面白い―――――む! 」
ユリが考えた必勝パターンの欠点まで気付いた老人は、そこまで呟いた後、ちょうどサメを倒し終えたユリに視線を向けた。
ユリの後ろからもう一体のサメが近づいてきているのを老人が気付いた。ユリを見ると、まだ後ろから来るサメに気付いた様子がない。
「やはり、娘は危なっかしいのっ! 」
老人は、素早く手元の銛をサメに向けて投げた。
老人が投げた銛は、ユリが槍を投げた時とは比べようにもならないほどの速さで、サメまで一直線に飛んでいき、サメの眉間に突き刺さった。
その一撃によって、サメのHPは全損して消滅した。
後ろを振り返り、目を見開いて驚いているユリに向かって、老人は近づきながら言った。
「娘よ。じゃから無理はするなと言ったじゃろう」
ユリの考案した必勝法の問題は、トレインと攻撃中無防備になるということでした。
前者は特にサメに使う場合は致命的な弱点です。老人がトレインしたモンスターを代わりに倒してくれなかったら、囲まれて嬲り殺しにされていたことでしょう。
老人の視力は、かなりよく(勿論スキルです。)離れた場所から銛で支援射撃してたので、ユリはとんと気付きませんでした。
老人は勿論強いですが、強すぎるというわけではありません。ユリもスキルレベルを上げれば将来老人以上になっていきます。
SMOのNPCは、弱いNPCも勿論いますが、衛兵などのNPCは当然そこらのプレイヤーよりも強いです。(と言ってもプレイヤーが遠く及ばないという程ではないです。
SMOでは、NPCは、クエストを出してくれたり街での色々のサポートをしてくれるだけでなく、日常会話や、パーティーを組んで一緒に戦ったり、時には敵として出てきて戦うこともあります。
正式稼働から数日の現在では、戦えるNPCの多くはトッププレイヤーよりも強いです。しかし、今後トッププレイヤーたちが成長していくに連れてその差は縮まり、最後に追い抜いていくことでしょう。
14/10/11 18/05/06
改稿しました。




