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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
58/138

57話 「やっぱりサメは怖すぎる」

――【深底海湖】


 


 ユリが湖に飛び込むと、水しぶきが上がった。


 近くにいたサメがそれに反応した。


 前方から2体、右方から1体。3体のサメが一斉に向かってきていた。


 サメたちは口を大きく開き、ズラリと並んだ牙を覗かせたまま尾びれを激しく動かしながら迫ってきていた。恐怖で喚きたくなる気持ちをグッと堪えて、ユリは冷静に対処しようと心を落ち着かせた。



 最初に接触したのは、右方から向かってきたサメだった。


 すぐには避けようとせず、ユリは出来るだけサメを引き付ける。半端なタイミングで避けようとしても俊敏なサメは、逃さず噛みついてくる。サメの噛みつきを避けるために、ユリは寸前に紙一重で横に躱した。


 避ける際に左腕の籠手にサメの牙が少し当たったが、ダメージは発生せず、なんとか無傷で避けることに成功した。


 右方のサメの噛みつきを凌いで安心するユリの元に、今度は前方の2体のサメが迫っていた。右方のサメに意識を割き(さき)過ぎていたユリにとって、それは不意を突かれた形だった。


 ユリが2体のサメの接近に気づいた時には、3メートル先に牙がズラリと並んだ大きな口が2つ見えていた。


(やばっ!? )


 ゴボボとユリの口から気泡が吐き出された。ユリは、慌てて躱そうとしたが、手遅れだった。

 


 しかし、ここでユリにとって想定外の出来事が起きた。


 


 攻撃を躱された右方のサメがユリに追撃しようと旋回し、迫ってきていたサメとユリとの間に割って入ってきたのだ。それは偶然にも2体のサメからユリを庇う形になっていた。


 急には止まれない。


 慣性の法則の当然の帰結として、3体のサメたちは激突した。

 前方の2体のサメは口を大きく開いて、ユリ(獲物)に牙を立てようとしていたので、激突した際に右方のサメの体に牙を突き立てた。不運にも噛みつかれたサメは、HPが0になり、大きく身を捩らせながら消滅した。


(ど、同士討ち!? )


 今日の初撃破が、敵の同士討ちという意外な結果になり、ユリは戸惑いを隠せなかった。


 一方で、2体のサメは仕切り直しとでも言うかのように、一度ユリから離れてユリの周りを旋回し始めた。



(同時に攻めてくるのか? それとも時間差? ……あんな大きなサメ2匹に囲まれてるなんてちょっと怖いな)


 いつ襲ってくるのか分からない2体のサメに対して、ユリはいつでも動けるように身構えて警戒体勢を取っていた。



 3周ほどユリの周りをゆっくり回ったところで、突如、目の前のサメが急旋回してユリに襲ってきた。


(っ!? きたっ! ――って後ろからもかっ!? )


 緩急をつけた不意打ちに惑わされず、ユリはすぐにでも左右に逃げれるように身構えたが、後方からもサメが接近してきていることにも気づいた。



 一瞬、逡巡した後に、ユリは上に逃げた。


 【泳ぎ】の補助もあり、ユリは素早く上に浮上した。足が噛みつかれそうになるも寸前で膝を折って水中で1回転することで、サメの牙から逃れた。


 前後から同時に襲ってきたサメはそれぞれ上に浮上したユリに噛みつこうと首を上に向けた。


 その直後に2体は衝突した。


 その衝突で2体のHPは大きく削れたが、どちらも怯むことなく上に逃げたユリに噛みつこうと尾びれを激しく動かして追撃を続けた。


(躱して、蹴るっ! )


 丸呑みにせんと大口を開けて真下から浮上してくるサメたちを見てしまい湧き上がる恐怖を押し殺しながら、ユリは避けるタイミングを見極める。


(今だっ! )


 サメの1体が、ユリに追いついて足に噛みついてきた瞬間に、ユリは膝を折って水中で一回転した後、すれ違うように下に潜り、サメの噛みつきを躱した。


 そして、噛みつき損ねたサメの腹部にすれ違いざまに、踵蹴りを入れた。

 ユリの蹴りが入り、サメのHPは大きく削れた。しかし、そのサメはまるで応えたことのないようにスピードを緩めることなくそのまま水面に浮上していった。


 ユリに避けられた2体のサメは、そのまま水面までスピードを緩めることなく浮上していき、そのまま盛大に水しぶきを上げて水中から飛び出していった。


(えっ? )


 その行動の意図が読めず、ユリは不思議に思ったが、すぐにその理由は分かった。



 水中から飛び上がった2体のサメは、重力に従って頭を下にして再び水中に戻ってきたのだ。



 そして、その勢いのままユリに食らいつこうと襲ってきた。



(何だよその攻撃っ!? )


 上から降ってきたと言ってもいい猛スピードで迫ってくる巨大な2体のサメからユリは、泳いで距離を取った。


 もし水面近くにいたら避ける暇もなく食われてただろうと思い、ユリは出るわけもない冷や汗を拭った。



 上から落ちてきた2体のサメはその勢いのまま下へ沈んでいくと旋回して、再び下からユリ目指して浮上してきた。


(HPが残り少ない左の方から倒そう)


 相手の方から来てくれるのだから、ユリはサメが近づいてくるのを待った。2体は仲良く横に並んで上がってきていた。


 2体のサメが噛みついてくる前にユリは左に避けた。そして、残りHPの少ない左側のサメとすれ違いざまに、歯を食いしばって全力で右拳をそのサメの眼球に叩き込んだ。


 ユリの渾身の拳を弱点である眼球に受けたサメは、HPが0になった。最後に大きく身を捩ったサメは、ガラスの砕ける音とともに消滅した。


 最後のサメは、ユリに躱されて上へと浮上していくが、すぐに体を旋回させて今度は、正面から猛スピードで迫ってきた。何度も避けられて興奮しているようで、ユリを食い千切ろうとしきりに口を開閉させていた。



(ああ、もうっ! そんなに喰いたそうにするなよ! 俺はおいしくないぞ! )


 ユリは、心の中で絶叫しながらもさっきと同じようにサメを引き寄せてからギリギリのタイミングで避ける。今度も無傷でサメの側面に回ることに成功する。


(よし! )


 内心ガッツポーズをしつつ、ユリはこの好機を逃さずに後ろ回し蹴りを放った。勢いの乗った足の踵がサメの体にめり込んだ。サメのHPが大きく削れた。


 サメが首を捻ってユリに噛みつこうとしてくるが、ユリはあっさりとそれを躱してサメの頭上に移動した。


(もういっちょ! )


 水中前回りをして勢いのついた踵落としがサメの頭にめり込んだ。

 2度のサメ同士の激突によって半分近くまでHPが削れていたサメは、ユリの強烈な蹴りを2発によって0になり、サメは体を大きく痙攣させると消滅した。


(よっし! 倒せた! )


 初めて真正面からサメを倒せたことにユリは思わず、水中でガッツポーズを取ってしまうほどに喜んだ。


(怖かった……怖かったけど、倒せた、倒せた! ――う、息苦しくなってきた。一旦息継ぎするために水面に出よう)


 しばらく勝利の余韻に浸っていたかったが、息苦しさを感じて、ユリは慌てて息継ぎをするために水面に上がった。


「ぷはぁっ! はぁはぁ……すぅーー、サメに勝ったぞー! 」


 水面から顔を出したユリは、深呼吸すると大声で喜びの声を上げた。


 桟橋にいた老人は、それを目にして微笑ましそうに目を細めた。


「ふむ、すでに単独で複数のブラッドシャークとの戦闘でも勝てるようになったか。成長が早いのぅ」


 老人の呟きはユリの耳に届くことはなかったが、老人の視線を感じたユリはぷかぷかと水面に浮いたまま、桟橋にいる老人に向けて拳を突き出して満面の笑みを浮かべた。


 老人はそれに応えるようにユリにも見えるように大きく頷いた。


 老人が大きく頷くのが見えたユリは、嬉しそうに笑って再び水中に潜っていった。




 因みに、クリスは老人の膝の上で小さな寝息を立てて熟睡していた。


「すー……すー……」



 潜ったユリは新たにモンスターが来てないか周囲を警戒しながら、先程の戦闘を思い返した。


(ゴブリン以外でも同士討ちは起こるんだな。図体がでかいからお互いに邪魔し合ってたな。あと、防御力もあんまりないみたいだな。今の俺なら本気で攻撃したら4回で倒せるかな?……うん、回数にしてみるとすごい雑魚に感じるな。全然雑魚じゃないけど。

 攻撃手段は、噛みつくぐらいしかなさそうだな。動きも相変わらず速いけど、ほとんど直進だし気を付ければ無傷で避けれる。周囲を旋回し始めた時さえ気を付ければ、なんとかなりそうだな)


 先程の戦闘と今までの戦闘を分析して、ユリはサメの倒し方、戦い方を考える。


(やっぱり、サメの攻撃を避けたすれ違いざまにカウンター攻撃するのが一番安全か? いや、決めつけるのはまだ早いな。他には何かないか? うーん……他の戦い方……うーん……ってん? )


 悩みつつも周囲を警戒していたユリは、湖の底の方で何やら細長いひも状の物体が漂っているのに気付いた。


(ひも……? 新手のモンスター? )


 水中を漂う謎のひも状の物体に少し興味が出たユリは、自ら近づいて行った。


 ひも状の何かは近づていくと、黄土色の体表に茶色の斑点模様がある長さは4メートル近くの巨大なウツボに似たモンスターであることがわかった。


(ウツボだ! )


 テレビや水族館でしか見たことのないウツボにユリは、少々驚いた。


(でっかいな……でも、サメと比べれば全然怖くないな。一度戦ってみるか)


 前にいたパーティーが水面近くにいたサメを大量に倒してくれたおかげか、ユリの周りにはサメの姿はなかった。初めて出会ったモンスターだということもあってユリは、試しにウツボと戦ってみることにした。


 ユリはアイテムボックスから槍を2本取り出して両手に一本ずつ持った。


 ゆったりと泳ぐウツボにユリは狙いを定めて投げた。


 現実ではありえないぐらい勢いで槍は、ウツボに一直線に進んでいき、見事ウツボの体に穂先が埋まるくらい深く突き刺さった。奇襲と判断されたことでダメージボーナスが入ったようでウツボのHPが一気に削れて半分にまで減少した。


 ユリの攻撃に対してウツボは、刺さった槍を包み込みこむようにとぐろを巻いた。


(2投目っ!! )


 続けてユリは2投目の槍を投げた。それも外れることなくウツボに刺さった。

 先程のようにとはいかないが、それでもHPが大きく削れた。


 2本の槍が刺さったことで、くねくねと悶絶するウツボに手ぶらになったユリが接近する。


 ウツボは刺さった2本の槍に体を絡ませてとぐろを巻いたまま、接近してくるユリに口を大きく開けて鋭くとがった歯を見せて威嚇する。


(無理して近づいて戦う必要はないか……槍で倒そう)


 そう判断したユリは、アイテムボックスから更に槍を2本取り出して、再び投擲した。

 槍は、その場から動かないウツボの体に容赦なく突き刺さる。ウツボは激しく身を捩って暴れる。なんとかして槍を抜こうとしているようにも見える。


 ユリはそんなウツボの様子に構わず、止めの一投を投げた。


 最後に投げた槍は、偶然にも大きく開けていたウツボの口の中に入り込んで突き刺さった。


 HPが0になったウツボが消滅すると、ウツボに刺さっていた4本の槍がその場に残った。しかし、すぐに重力に従って底へと沈み始めた。


(あっ、やべ!? )


 槍が沈むことを忘れていたユリは、慌てて槍を回収しにいった。そして、なんとか見失う前にすべての槍を回収することができた。


(あぶないあぶない。沈むことを忘れてた。槍は意外と使えるから大事に使わないとな)


 そう心の中で呟きながら槍を一本だけ残して、残りは全てアイテムボックスにしまった。


(思った以上に弱かったな。

 何で威嚇するだけで襲ってこなかったんだろう? 槍の方はすごく巻き付いていたからもしかして槍を敵だと思ってたのか? うーん、まぁ、これは何度か戦って見ないと分からないな。

 それより最後の攻撃。口の中に槍が入った時、ウツボが大きく痙攣した気がする。口内って攻撃判定どうなってんだ? 普通に弱点っぽいんだが……残りHPが少なかったから、HPの減りでじゃ判断できなかったな。……サメで試してみるか? 襲ってくる時、大抵口を大きく開いてるし……うん、やってみる価値はあるな)


 口内に攻撃。

 もし、予想通りに他よりもダメージが入るとしたら試す価値は大いにあった。

 試してみたいことができたユリは、サメと戦う為に水面近くまで移動することにした。


(息継ぎがすぐ出来るようにしておきたいからな)


 水面近くまで浮上して、少し桟橋から離れて探索すると、すぐに2体のサメがユリに気付いて接近してきた。


(どっちにしようかな)


 左方と前方からサメが口を大きく開いて猛スピードで迫ってきていた。ユリは、槍をいつでも投げれるように構えながら、どちらに投げようかと悩む。


(前……いや、左が先にくるな。なら左だっ! )


 ユリは、左方のサメに向けて槍を全力で投擲した。


 ユリが投げた槍が、ズラリと牙が並んだサメの口内に入っていった。そのサメが、慌てて口を閉めた時には柄も全て口内へと入った後だった。

 

 サメの体が大きく跳ねた。

 HPはたった一撃で全損し、呆気なく消滅した。



 想像以上の結果にユリは驚いた。


(一撃……やっぱり弱点か。というか普通にすげぇ! もう口に槍投げれば、勝ちじゃねぇか! )



 この結果にユリは、目を輝かせて喜んだ。

 喜び過ぎて前から迫ってきいたサメのことをすっかり忘れていた。


(もうサメなんて怖くな――――いやぁぁああ!? )


 噛みつかれる寸前までサメのことを忘れていたユリは、飛び上がらんばかりに驚いた。


(無理無理無理無理無理無理無理ぃーー!! )


 ユリは、声が出ないにも関わらず水中で口をパクパクさせて取り乱しながら、横に泳いで全力で逃げようとした。


 ガギン!


 避け損なったユリは、左足をサメに噛みつかれた。左足の脛当てがサメの牙に当たって水中に鈍い金属音を響かせた。


(痛――ッ! )


 激痛とはいかないまでもそれなりの痛みが走り、ユリは顔をしかめた。

 ユリのHP自体は、サメに噛みつかれたにしては防具のおかげで1割ぐらいしか減っていなかった。


 ユリは、身を捩って左足に噛みつくサメの眼球を殴った。サメは、堪らず口を開いて悶絶した。


 左足を外すことに成功したユリは、その間に距離を取った。


(今のは怖かった、マジで怖かった。完全に油断してた。焦った焦ったー……落ち着け落ち着け、大丈夫大丈夫まだ大丈夫だ。何が大丈夫か分からないけど大丈夫だ)


 ユリの心臓は激しく脈を打ち、思考は支離滅裂で取り乱していた。


 眼球を殴られたサメは、怒ったのか口をガチガチと開閉しながらユリに接近してきた。


 そのサメの様子に先程以上の恐怖を感じて、ユリは自分の体が強張るのを感じた。


(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!! )


 その言葉が頭を埋め尽くし、ユリの頭の中が真っ白になりそうになった。それでも、ユリは逃げずに僅かに働く思考で避けるタイミングを見極めた。


(ああ、もうどうにでもなれ! )


 内心叫びながらユリは、ここだと思ったタイミングで横に避けた。


 サメがそれに反応し、横に避けようとするユリの方に首を捻って噛みつこうとしたが、サメの牙はユリに届くことはなかった。


 ユリは心臓が激しく脈打つのを感じながら、覚束ない手つきでアイテムボックスから槍を出した。


 その間にサメは旋回し、スピードは落ちてるがなおも噛みつこうと大きく口を開いて迫ってきた。


 口を大きく開けて真正面から迫ってくるサメに対して、ユリは口内めがけて槍を全力投球した。


(そんなに喰いたきゃ、これでも喰っとっけこの野郎ぉぉおおおお!! )


 距離が近かったこともあり、サメが口内に入った槍に気付くのが遅れて、槍は口内の奥深くに突き刺さった。


 頭と尾びれが大きく跳ね上がり、痙攣したサメのHPは一瞬で0になって消滅した。


 サメが消滅すると、ユリは無意識で槍を回収する。

 鼓動の激しい胸を押さながら、ユリは水中で槍を掲げた。


(か、勝てたー……)


 先程までの威勢は完全に削がれ、激しく心臓が脈打つのを感じながら、ユリは桟橋が見える水面に向かってゆっくりと浮上していった。



(い、一旦休憩しよぅ……)

モンスターには、それぞれ弱点部分(つまり急所)が存在します。

そこを攻撃されると普段よりダメージが高くなります。


弱点部分は打撃、斬撃、刺突、魔法などでさらにダメージボーナスが入ります。

部位によって、有効な攻撃は変わります。


14/09/17 18/04/21

改稿しました。

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