56話 「老人のアドバイス」
――【深底海湖】
「クリスこれで許してくれ! 」
両手に手を合わせてユリは、クリスに頼み込んだ。
クリスの目の前には、ユリの謝罪の気持ちとして大量の木の実と魚が10匹積まれていた。
「きゅ~ぅ………きゅ! 」
クリスは、しばらく匂いを嗅ぐように鼻をヒクヒクとさせて満足したのか、許す!というかのように甲高く鳴いた。
早速、木の実を頬張り始めたクリスを見ながらユリは胸を撫で下ろした。
「ふぅ……やっと許してくれた」
アイテムボックスの木の実という木の実を全て出した木の実の山は、クリスの口の中に消えていき、瞬く間のうちにその山は小さくなっていった。
「本当、よく食えるな……クリスの胃袋は底なしか? 」
頬袋がパンパンに膨らむ程に木の実を口に詰め込んで、まとめて一気に飲み込むとお腹あたりがポッコリと膨れ、数秒もせずに元に戻る。それを毎回見ているユリは、未だ慣れることができずに呆れた様子でクリスの食べる様子を見ていた。
そんなユリ達のやりとりの一部始終を見ていた老人は、興味深そうにユリ達を見ていた。
◆◇◆◇◆◇◆
「あ、爺さん来てたんだ」
桟橋の軋む音でユリは、老人に気付いた。
「娘は、実に不思議な奴じゃのぅ。儂の知っている人間やテイムマスターの中でも珍しい、実に興味深い存在じゃ……」
老人は、ユリとクリスを実に不思議そうに、しかし、穏やかな表情で見つめる。
「え、爺さん今何て言った? 興味深いって何が? 」
「いや、何でもない。それより娘はここで何をしておるんじゃ? 今は、ブラッドシャークが多くて、娘一人では危なすぎて泳ぐことができんじゃろ」
「まぁ、そうなんだけどさ。サメはこんなにいるわけだし、今の俺のスキル上げにはここって結構いい場所だからさ。こんな状況でもスキルをできるだけ効率的に上げる方法はないかなーと思って、爺さんを待ってたんだ。爺さん、効率的なスキル上げの方法とかって何か知ってるかな? 」
何かない? と期待した目でユリは老人に尋ねた。ユリの中では、老人は何でも知ってる物知りな爺さんと認識していた。
「ふむ……なるほどのぅ。確かに、このような組み合わせならここは最良じゃのう。しかし、このスキル構成は中々珍しいのぅ」
老人は、意外そうな表情をした後、ユリを初めて値踏みする目で見た。そして、どこか呆れた表情になった。
「ん? 爺さん、オレのスキル構成が分かるのか? 」
「まぁの。儂の持ってるスキルにそういうものがあるからの」
老人は何でもないことのように言うが、ユリはそんなスキルもあるのかと驚いた。
「へー、そんなスキルがあるんだな。もしかしてモンスターのスキルとかも見えたりするのか? 」
「ほぅ、なかなかよい発想じゃな。じゃが、それは無理じゃよ。モンスターにはスキルと呼べるものがないからのう。……ああ、テイムされたモンスターには存在するみたいだがの」
老人は、クリスを値踏みする目で見ながら答えた。
「そうなのか。それで何かアドバイスとかもらえないかな? 」
「そうじゃのぅ……儂が言えることと言えば、【投】が後少しで派生させることができるようになる。それを上げることじゃ。スキル上げに関しては簡単なことじゃ、水中で全てのスキルを使うような戦い方を心がけることじゃの。そもそも娘の戦い方は、儂とは全く異なっておる。アドバイスできることなど当たり前のことしかできぬのぅ」
ユリにそうアドバイスをすると、老人は手に持っていた何本かの銛と釣竿を桟橋に置いてあぐらをかいてその場に座った。
「効率的な上げ方なんぞ、スキル構成の組み合わせによって千差万別じゃ。娘にあったやり方は、自ら模索して見つけることじゃな」
老人のアドバイスにユリは、目から鱗が落ちる気持ちだった。
(自ら模索し見つける……か。確かにそうだ。
そもそも俺はこのゲームで、そんなプレイをしたいからタク達に基本的なこと以外は聞かないようにしてたんだ)
そのことを思い出し、ユリは先程の自身の態度を思い返す。
(先人に知恵を借りるっていうのは悪いことじゃない。でも、自分で試行錯誤をしないうちに頼るのはなんか違うな。少なくとも、俺がやりたいプレイにはそぐわない。自分で試さないうちに聞くのはやめよう……うん、そうしよう)
「爺さん。貴重なアドバイスありがとうございました。爺さんの言う通りだな。まずは、自分でいろいろ試してみるよ」
初心を思い出させてくれた老人に、ユリは感謝の気持ちを込めて頭を下げてお礼を言った。
「ふむ、そうか。娘はそうするか。頑張るんじゃぞ」
そんなユリに向けて、老人は穏やかに笑い、激励した。
「はい! じゃ、早速行ってきます! 」
老人の激励にユリは元気に答えて
そのままサメがいる湖へと飛び込んだ。
「なっ!? 」
ユリの突飛な行動に虚を突かれた老人だったが、すぐに楽しそうな表情に変わり、にやりと笑った。
「まさか、何の準備もなく今の湖に飛び込むとはのぅ……馬鹿と言うのかもしれんが、やはり娘は面白いのぅ」
「きゅ~」
老人は、自分の髭を撫でながら、もう片方の手で膝の上で丸くなっているクリスを優しく撫でた。
ユリが湖に飛び込んで、しばらくしてから水面のサメたちが一か所に集まり始めた。それを見ながら老人は呟いた。
「頑張るんじゃぞ。ユリよ」
老人のその声は誰にも届くことなく、周囲の音に紛れて消えた。
14/09/17 18/04/21
改稿しました。




