55話 「鮫達の宴」
明日始まることになった大規模イベントの前夜となった今夜。
ユリは寝る前にSMOに再びログインしていた。
イベントの影響で戦闘エリアのモンスターが増加傾向にあるというカオルの話がユリの恐いもの見たさの好奇心をくすぐったようだ。
『始まりの町』の北大通りは、『コエキ都市』や【初心者の草原】から戻ってきたプレイヤーで溢れかえっていた。イベントの影響もあるのだろう。現実では夜にも関わらず……いや、仕事終わりの趣味に打ち込める夜だからこそ街は活気に満ちていた。
「こんな時間なのに北門の方は人が多いなー」
『始まりの町』の噴水広場に現れたユリは、その人混みを遠巻きに見つつ、相も変わらず人通りの少ない南大通りを通って南門に向かった。
「待て、そこの者」
「うん? なんですか? 」
南門から外に出ようとすると、そこの門番にユリは呼び止められた。
「今、この街周辺では、モンスターの活動が活発になってきている。その数も増加傾向にあり、モンスターの襲撃が危険視されている。もし、モンスターが街を襲ってくるようなことになった場合、この門は脅威が去るまで閉ざす決まりとなっている。そうなった際は、例え外から開門を求められようと脅威が去るまで門を開けることは出来ない。今はまだ問題がないが、そうなる可能性は高い。よって、街の出入りは推奨できない」
イベント開始時刻になると門は閉じて、門を通した街の行き来はできないくなるのか。
門番の話を聞き、ユリはそう解釈した。
「以上の話を聞いて、それでも外に出るというのなら止めはしない。自己責任だからな」
最後にそう言葉を締めくくった門番に対して、ユリは簡潔に答えた。
「出る」
イベントの開始時刻を知っているユリは、門番の警告を特に気にすることもなく、南門を潜って堂々と外へと出て行った。
◆◇◆◇◆◇◆
――【深底海湖】
湖に続く道を歩いていたユリは、湖が見えてきたところで、いつもと違う点に気づいた。
「お、プレイヤー? ここで他のプレイヤーに会ったのは初めてだな……」
湖の周辺で、数人のプレイヤーがいることにユリは気づいた。
南大通りの人気のなさからいつものようにプレイヤーがいないと思っていたユリは驚く。
しかし、そのプレイヤーたちは何故か湖の水面を覗き込んだり、近くのプレイヤーと話してるだけで一向に湖に潜る気配はなかった。
様子を見ていたユリは、そのことを疑問に思った。
「湖の水面に何かあるのか? 」
湖に近づくにつれて、どのプレイヤーも頻りに水面を見ていることに気付いたユリは、自らも桟橋の上を歩いて湖の水面を覗いた。
「何があるのかな――――――――ッ!? 」
「きゅ? 」
何気なく水面を覗いたユリは声にもならない悲鳴を上げて後ずさった。クリスは口をパクパクしているユリを不思議そうに見て首を傾げた。
ユリの視線の先の水面には、見覚えのある三日月状の背びれが浮かび上がっていた。その背びれは、水面を切り裂くかのようにスーッと静かに水面を切って滑らかに泳いでいた。
その数、ユリが見える範囲で16体いた。
水面に背びれが顔を出しているサメだけで16体。
水面の下には、それ以上の数のサメが潜んでいるに違いないと、ユリは考えていた。
流石のユリもこんなサメのパラダイスのような状態の湖に入ろうという気は微塵も起きなかった。
口をパクパクとさせていたユリは、絞り出すように「何だこれ………」と零してただ呆然と水面を眺めていた。
それから30分後。
桟橋の上でうつ伏せに寝転がっていたユリは、湖の水面をボーッと眺めていた。
クリスは、ユリのすぐ横でユリがアイテムボックスから出した大量の魚を食べていた。
ユリより先に来ていたプレイヤーは、2つのタイプに分けられていた。
1つは、何もせずに街に引き返すタイプのプレイヤー。もう1つは、以前のユリのように陸からサメを攻撃してみるタイプのプレイヤーだった。
当然のことながら、大量のサメが湖中に潜んでいるとわかっていて湖に入る度胸のある自殺プレイヤーは出てこなかった。
サメを攻撃したプレイヤーは、弓や魔法といった遠距離での攻撃をしていたが、サメが湖から飛び出してきた時点で、ほとんどのプレイヤーは取り乱してその場から逃げだしていた。
湖面から飛び上がってきたサメに腰を抜かすプレイヤーの様子を桟橋の上に寝転がりながら見ていたユリは、「あぁ、俺もあんな感じだったなー」と昔を思い出しながらのんきに観戦していた。
中には、魔法の遠距離攻撃でHPを削り、サメが陸に出てきたら取り乱すことなく剣や槍といった近接武器で仲間と連携して止めを刺していくパーティーもいた。
その統率の取れた連携にユリも感心しながら見ていたのだが、そのパーティーが水面のサメを10体ほど倒した頃に問題が起きた。
突然、湖から8体のサメが水面から飛び出して陸にいたパーティーに強襲したのだ。
この強襲は、そのパーティーも予想外だったようで、戸惑うプレイヤーや悲鳴を上げて取り乱すプレイヤーがそのメンバーの中からも出る事態となった。
それでも地力のあったパーティのようで、その強襲で残存HPが一割を切った瀕死のプレイヤーが出たものの、脱落したプレイヤーはいなかった。
戦闘終了後、そのパーティーは湖から距離を取って話し合いをし、街に戻るという結論に至ったようで全員で街に引き返して行った。
結局、到着して30分が過ぎる頃には、この湖にいるプレイヤーは、ユリ一人になってしまっていた。
ユリは、水面を覗きながらため息をついた。
「まさか、あんな形でサメが襲ってくる場合もあるとはな……。ソロだったら確実に死ぬな。あれじゃ前みたいに陸からちまちま一体ずつ倒していく方法は危険だな。うわぁ、めんどくせぇ」
ユリは、現実から目を背けるようにごろんと寝返りを打って、煌々と輝く太陽が昇っている創られた空を眺めた。
近くにいたクリスに自然と手が伸び、その両脇を両手で掴んで持ち上げた。
「きゅ? 」
魚を口に詰め込むのに夢中だったクリスは少し驚いたような鳴き声を上げて、もぞもぞと身動ぎをとって、ユリの手から抜け出そうとする。
「うりゃ、うりゃ」
ユリは、逃がさないためにクリスのお腹あたりを親指でぐりぐりとくすぐった。
「きゅ、き、きゅぅっ!? 」
くすぐったいようで、クリスは身を捩って小さな手でユリの手をタップして、ユリにやめてと訴えかけるが、ユリがそれで止めるわけもなかった。
「うりゃ、うりゃ、うりゃ」
更にクリスをくすぐって、その感触とクリスの反応をユリは目一杯楽しんだ。
毛の触り心地やぷにぷにとした腹の感触、そして、手のひらに感じる温かさが、まるでクリスが生きているかのように感じ、ユリは改めてその想像もつかない技術の凄さに驚いた。
「うりゃうりゃ、「きゅきゅっ! 」うりゃ、「きゅ」うりゃ――「ぎゅっ!! 」―――痛っ!? 」
科学技術の凄さを実感しながら、調子に乗って更にくすぐっていると、それに怒ったクリスがユリの指に思いっきり噛みついた。
「ぎゅぅぅぅぅ」
「痛い痛い痛いっ! ちょ、クリス噛みつくなって! 」
ユリは、噛まれた痛みで思わず飛び起き、指に噛みつくクリスを振り払おうと腕を上下に激しく振った。しかし、クリスはユリの指にしっかりと噛みついて振り払えなかった。
「ぎゅぅ~」
「痛い痛い痛いっ! マジで痛いから! 悪かったって、つい魔が差したんだ! ごめん、許して! 本当痛いから噛むの止めて! 」
ユリが必死に謝りながら、ブンブンと風切り音が鳴るほどの速度で腕を振っても、クリスは一向に噛むのを止める気配はなかった。
「な~にやっとるんじゃ? 娘らは」
そんな桟橋の上でのユリとクリスの騒ぎを見た老人は、呆れたように声を零した。
14/09/17 18/04/20
改稿しました。




