52話 「依頼」
――冒険者互助組合コエキ支部
「おぉ、だいぶ騒がしいな」
ルカとの通話を終えて組合に入ってきたユリは、中の怒号の飛び交う喧噪に反射的に耳を抑えた。
組合の中は、今まさに大規模イベントが発生した影響で多くの商人や冒険者が詰めかけ、大変な騒ぎになっていた。
「きゅぅぅ」
あまりの騒がしさに方に乗っていたクリスは怯えたように耳をペタンと閉じてユリの懐に引っ込んでしまった。
「うーん、仕方ない。組合は俺の相手なんかしている暇がなさそうだし、爺さんに聞きに行くか」
周囲の喧噪にすっかり怯えたクリスと、詰めかけてくる人々に忙しなく対応している職員たちを見たユリは、組合は日を改めて来ることにして、目下の悩みは湖の老人に相談しようと考えた。
くるっと踵を返したユリは、出入り口の方を見て思わず声をあげた。
「あ、シオン」
そこには、ちんまりとした忍び姿のシオンが立っていた。
いつの間に。と、ユリは驚く。
「ちょっとついて来て」
「えっ? 」
シオンは、ユリに端的にそう言い残してたくさんの人が詰めかけている受付へと入っていた。人と人の隙間に入り込むように足を止めることなくすいすいと進んでいっていた。
受付の一番前まで入り込んだシオンは、職員の1人に何事かを告げた。
すると、話しかけられた職員は駆け足で奥へと引っ込んで、しばらくするとまた戻ってきてシオンに対し何かを告げた。
シオンはユリを指して職員に何かを伝えた。
職員はユリを見て頷き、シオンに何か言いながら上に続く階段を指した。
ユリは、何が何やらと全くついていけていない困惑の表情でそのやり取りを遠巻きにしてみていると、シオンが職員との会話を終えてユリの元に戻ってきた。
「こっち、きて」
戻ってきたシオンはユリにそれだけ言うと、階段の方へ歩き出した。
「あー……まぁいいか」
ユリは、首を傾げながらも好奇心からシオンの後についていった。
2階に上がると、両開きのドアの前でシオンが立ち止まった。
「ここ」
シオンは、ドアを指してそう言った。
「いや、ここって言われても……何の部屋なんだ? そもそも何で俺をここまで連れてきたんだ? 」
「後で説明する。今は入って」
ユリの質問には答えずシオンはドアを開けて、中に入っていった。
「後でって……失礼します」
ユリも仕方なくシオンに続いて中に入った。
そこはシオンが先程までいた組合の応接間だった。
◆◇◆◇◆◇◆
――冒険者互助組合コエキ支部の応接間
無人の応接間に入ったシオンは、当たり前のようにドアから見て左側のソファに座り、ユリにも座るよう自分の横をポスポスと叩いて促した。
今更、逆らう理由もないのでユリは大人しく座った。
ユリがソファに座るとクリスは、ユリの肩から降りてユリの膝の上に座って上目遣いにユリを見つめてきた。この状況にも関わらずエサをねだってきていることにユリは気づいた。
仕方ないな。
と、ユリは苦笑して、アイテムボックスから木の実をいくつか出してクリスにあげた。
「で、もう一度聞くけど、俺がここに連れてこられた理由は? もしかして、今回のイベントのことでか? 」
クリスが膝の上で木の実を食べるのを見ながらユリは、シオンにもう一度質問してみた。
「さっきの会話、聞いてた」
隣に座るシオンがユリをじっと見つめて答えた。
両者の間には大人と子供ほどの身長差があるので、自然とシオンがユリを上目遣いに見ている感じになっていた。
「会話? ああ、ルカ姉とのか。あれって周りの人にも聞こえるのか」
「少し違う。通信の向こう側の声は、通信している人にしか聞こえない。あなたの話を聞いた後に、ルカに確認した」
「あ、そうなのか。……ということは、やっぱり俺のあれはイベントに関係あるのか? 」
「ある」
シオンは、ユリに断言した。
「でも、どう関係するのかまだ憶測の域を出ない。だから、あなたが盗ってきたアイテムを組合で調べてもらう」
「盗ってきたって……人聞きの悪いこと言うなよ。戦利品って言ってくれ」
「きゅう! 」
クリスもユリに同意するように鋭く鳴き声を上げた。
「どうせ同じこと」
しかし、シオンはユリの主張をバッサリと切って捨てた。
「まぁ、いいや。それでこの部屋にいるのは組合の人に俺が隠し部屋で手に入れた戦利品を見せるってことでいいのか? 」
「ん、報告」
ユリの言葉にシオンはコクンと頷いた。
◆◇◆◇◆◇◆
しばらく待っていると、応接間に老人とメガネをかけた若い青年の2人が入ってきた。
「さっきぶりじゃのネームレスよ。手がかりとなるアイテムを見つけたそうじゃが、それは、この娘が持っておるのか? 」
老人の支部長ガユンは、入ってくるなりシオンに尋ねた。
「そう」
ガユンに対して、シオンも言葉少なめに答える。
「ほぅ、因みにどんな物なんじゃ? 娘よ。出してもらえるか」
「ああ、別に構わないよ」
話が早いなと思いつつ、ユリはアイテムボックスから隠し部屋で発見した未鑑定の本や紙束、怪しい説明が書かれた黒い液体、ついでに草を出して、テーブルの上に置いた。
「ふむ……これはどこにあったんじゃ? 」
ガユンは、本の表紙に書かれた文字を一瞥すると隣の青年に渡して尋ねた。
「怪しい魔術師がいた隠し部屋から見つかった物。ユリと会っているその魔術師が今回の騒動の黒幕だと思う」
ユリの代わりにシオンがガユンの質問に答えた。
「ほぅ、何故そう思うのじゃ? 」
「その魔術師、ユリに対して私がしたことの文句を言ってたみたい」
「なにっ、そうなのか? 」
ガユンは確認するようにユリの方を見た。
その質問にユリは、こくこくと頷いて答えた。そして、一言一句間違えずに魔術師が話していた内容をガユンに伝えた。
「当然だけど、俺は魔術師の言っていた内容に関しては、全く身に覚えがなかったからな」
「魔術師は、ユリを私と勘違いしてた」
ユリが話し終えるとシオンがそう言った。
「確かに。荒熊や『協力者』と言っていた者から盗ませたのも儂がネームレスに指示したことじゃな。それにその魔術師が最後に残した言葉を考えると、この騒動を裏で操っていた黒幕であり、異常種を創っておった張本人ってことじゃの……ドルメン、お前はどう思う」
ガユンは、隣の青年ドルメンに意見を求めた。
「はい、私もそう思います。
この液体『暴走する黒き欲望』が、その異常種を創る為の薬品のようです。この液体をモンスターに振り掛けることでモンスターの体を内部から作り変えるようで、その際に全くの新種として認識されるようです。また、副作用で異常種は体色が黒く変色すると書かれています。
そして、この紙束に書かれている内容はまさに【錬金】と【調合】の秘術を用いて作った薬でモンスターを持続的に強化させる薬の調合方法とモンスターの自由意思を奪った上での効果的な使役の仕方などが書かれています」
ドルメンは、ユリから渡されたアイテムの鑑定結果からユリと出会った魔術師が今回の騒動の黒幕であり、異常種を創っていた者だと断言した。
「そうか。ならば、その薬の効果をなくす方法はあるか? 」
「いえ……私もこのような薬は初めてなのでやってはみますが、結果が出るのには相応の時間がかかると思います。今回の襲撃までに完成させるのは厳しいかもしれないです」
優秀な薬師でもあるドルメンにガユンは聞いたが、ドルメンからはあまりいい返事を聞くことはできなかった。
「ならば、その魔術師を倒し、異常種を含めた使役されているモンスターを全て叩くしかないか……。その魔術師、高レベルな【調教】を持つテイムマスターでもあるとは、厄介な存在じゃの」
ガユンは、今回の襲撃の厄介さに頭を抱える。
通常のモンスターの襲撃ならば、モンスターの種族はほとんど一種で、モンスターの種によって多少数は変動するが、総数の5割も倒せば、モンスターは徐々に撤退していく。
だが、今回の襲撃に関して言えば魔術師によって操られていて、モンスターに自由意志がないので、撤退という言葉は存在せず、死ぬまで襲撃をやめない危険があるからである。
「いえ、それに関してなら、魔術師を倒せば、大半のモンスターは魔術師の支配から解放されるかと思われます」
「何じゃとっ? それはどういうことじゃ!? 」
心配を払拭するようなことを言ったドルメンにガユンは驚きの声を上げた。
「この紙束に自由意思を奪う効率的な使役の仕方が書かれている、と先程言いましたが、これは、【調教】によってモンスターを飼い馴らすことではなく、モンスターの意思を低下させる【幻影魔法】を使った上で、いくつかの薬を投与することでモンスターの意思を奪い、意のままに操るという言わば、洗脳をしているわけで、実際にあの魔術師が【調教】を使い使役できるモンスターは異常種の中でも数体程度に限られると思われます。
なので、おそらく魔術師を倒せば、モンスターは正気に戻り、互いに争い始めるなどして結果的に街を襲撃するモンスターは少なくなると考えれます。
しかし、あまりにもモンスターの数が多いと、街を襲撃するモンスターの数は増える上にこの騒動が終息した後もモンスターが『始まりの町』付近に多く残ることになり、街の行き来に支障をきたすと考えられます。
魔術師を無力化する前にモンスターをある程度減らしておく必要があります。魔術師によってモンスターは自我が低下しているので普段よりも動きが単調になっていると考えられるので、薬によって強化しているとはいえ、倒しやすい相手だと思われます」
ドルメンの話を聞いたユリは、魔術師を倒す前にモンスターの数を減らせってことかと解釈した。
「ふむ……ならば、魔術師の捜索、討伐に関してはネームレスに一任した上で極秘とし、他の冒険者に関しては街の防衛とモンスターの殲滅に回ってもらうかの。
ネームレスよ。というわけで、お主の今回の依頼を改めて伝える。
組合からお主に依頼するのは、魔術師の調査と討伐。そして、それを邪魔をする異常種の討伐じゃ。無論一人ではなく、お主の信頼できる者ならば、一緒に組んでも問題はない。
報酬に関しては、その人数分払うことを約束する。ただし、最大でもパーティーを2組。つまり、お主を含めて12人が限界じゃ。それ以上となると、それはネームレス達で話し合って報酬を山分けしてくれ。頼めるか? 」
「ん、わかった」
悩む素振りを一切見せずにその依頼を二つ返事で応諾した。
「それと、アイテムを持ってきた娘……「ユリ」おっとすまぬ。ユリという名じゃったな。ユリよ、アイテムを見せてもらい感謝する。して、物は相談なのじゃが、今回の襲撃でも確認されている異常種に関して書かれた紙束と『暴走する黒き欲望』に関しては、この騒動の対策を立てる為にも、今後異常種を調べるためにも、買い取りたい。いくらで売ってくれる? 」
「んーそうだな。特に俺は必要ないから別に上げてもいいんだが……買ってくれると言うならそっちで決めてくれ」
ガユンに取引を持ち込まれたユリは、特に金を必要としていない上に、ゲーム内でお金をやり取りした経験が浅くこっちでの金銭感覚が全く育ってないので、判断はガユンに丸投げした。
「ふむ。ならば、紙束と『暴走する黒き欲望』6本で、2万6千でどうじゃ」
思い切った表情で、ガユンは金額を提示した。
「わかった。それでいいよ」
その金額に特に驚くことなくユリは了承した。
その金額がどれくらい高額なのかわからないのだから仕方なかった。
内訳で言うと、紙束が2万、『暴走する黒き欲望』という液体が1本で千だった。
紙束の金額が高いのは、今回の異常種の対策を立てるために必要なためと、モンスターを強化したり、使役する為の有益な情報が多く書かれており、資料としても貴重だったからだ。
取引が成立したのでガユンは、懐から金貨2枚と銀貨を6枚ユリに渡した。
ついでにドルメンも鑑定した本は、ユリに再び返した。
「この本は既に持っているものなので、あなたに返します」
「あ、どうもありがとうございます」
読めないので別にいらないと思ったユリだが、折角返してくれたなので素直に受け取った。
「では、儂は今回の騒動の対応で忙しいので戻らせてもらう。ドルメンもすぐに薬を調合してもらう必要があるしの。ネームレス、今回のことは頼んだぞ」
シオンにそう言うとガユンはドルメンを連れて足早に応接間を出て行った。
「よし、じゃあ俺たちも出るか」
「ん」
ここに残る理由のないユリ達も、ガユン達が去った後に少し遅れて応接間を出て行った。
14/8/20 18/04/16
改稿しました。




