48話 「上げて落として」
コエキ都市の大通りから外れた路地裏。石造りの建物の陰になっているような細い道をユリは歩いていた。
「きゅ~きゅぅ~きゅ~」
クリスの歌うような鳴き声が人気のない薄暗い路地裏に響く。しかし、上機嫌なクリスとは反対にクリスを肩に乗せているユリは、ぶすっとしていた。
「アイツら、黙っていなくなることもないのに……」
初めて訪れたコエキ都市にユリが浮かれている間にラン達が何も言わずに去ったことにユリは不満を抱いていた。しかし、彼女らを忘れてふらふらしていた自分にも非があることもわかっていた。
そのため、燻ぶっているもやもやをうまく消化できず、ユリはご機嫌な斜めだった。
とはいえ、いつまでも不貞腐れるのも折角の時間が勿体ない。
「……まっ、いいさ。俺にはクリスがいるしな」
ユリは、気を紛らわすために肩に乗っているクリスの頭を撫でた。
「きゅぅぅ」
ユリに撫でられ、クリスは気持ちよさそうに目を細めた。フワフワの尻尾がふりふりと揺れていた。
「はぁぁ。やっぱりクリスの触り心地は最高だな」
そんなクリスにユリも癒される。
「ここが気持ちいいのか。このっこのっ」
「きゅぃ。きゅぃぃ」
クリスを手の平に置いたユリは、クリスのぷにぷにお腹をつついて癒される。もみもみと体を揉んでやると、クリスは気持ち良さそうに鳴いた。
クリスにそんなことをしながら適当に路地裏をぶらぶらと歩いていたユリは、一軒の建物に突き当たった。
「行き止まりか……」
ユリは顔を上げて、その建物に視線を向けた。
周りの建物と同じ石造りの建物だったが、外壁はひび割れ、ボロボロ。
その割れ目から蔦が生い茂り、窓は割れたまま放置されていた。
長らく人の手が入っていないと思わせる廃墟だった。
こんな場所もあるのかとユリは面白そうに、その廃墟を眺めた。
「うん? 廃墟? 」
そんな時、自分の記憶の中で何かがひっかるのを覚えた。
「う~ん、なんだっけなぁ……あ、爺さんの言ってた隠れた名店か! 」
しばらく、考えた後にユリは、老人が話した隠れた名店の話を思い出した。その話の中には、一見廃墟に見える名店の話もあった。
実のところ、こうしてユリが路地裏を散策していたのは老人の話に触発されての行動だった。
しかし、ユリ自身もまさか、それらしい建物が見つかるとは思わってはいなくて酷く驚いた。
「確か、ルカ姉がこの街のことを『コエキ都市』って言ってたな。老人の話にもこの街は出てたな。武器屋、だったか? 」
今になってこの街の名前を思い出したユリは、うんうんとしきりに頷く。そう考えると、この廃墟のような見た目もなんだかわざとそうているようにユリには思えてきた。
「よし、ちょっと入ってみるか! 」
ここが老人の話していた武器屋なんだと半ば思い込んだユリは、意気揚々と廃墟のドアに手をかけた。
「すみませーん! 」
古びたボロボロのドアを勢いよく開けて、ユリは中へと足を踏み込んだ。
中も外見通りの廃墟だった。
「…………廃墟」
「きゅ? 」
ドアを開けたままの姿で固まったユリを、その手に乗っていたクリスが不思議そうに見上げた。
「廃墟の中は廃墟だよな。そりゃ」
噂の隠れた名店を見つけたと思っていたユリのテンションは一気に下がった。
しかし、折角なのでユリは、そのまま中へと入った。
薄暗い廃墟の中は、静まり返っていた。
ひび割れた窓の隙間から侵入した蔦が部屋の中にまで広がっていた。
床は埃が厚く積もって灰色がかっていて、椅子が数脚転がっていた。あとは、壁の隅に埃を被った古びた棚が置いてあるくらいだった。
「ほとんど何もないな。やっぱ、廃墟だな……」
期待していただけにユリのテンションはダダ下がりだった。
それでも未練がましくユリは何かあることを期待して廃墟の中を物色する。
「きゅぅ? きゅ! 」
すると、クリスが突然ユリの肩から飛び降りて、埃を舞い上げながら棚へと走っていった。
「きゅ~! きゅ~! 」
そして、棚と壁の隙間に入っていくと、そこから顔を出してしきりにユリを呼んだ。
「クリス? どうした? 」
適当に床に転がった椅子を見ていたユリは、クリスの鳴き声に気付いて棚に近づいた。
「きゅぅ! きゅ~ぅ、きゅぅ! 」
ユリが近づいてくると、クリスは棚と壁の隙間を出たり入ったりして、何かをしきりにアピールした。
「中に入れって言ってんのか? 」
「きゅー! 」
何となくクリスの言いたいことが分かったユリは、取りあえず棚をどかしてみた。中身の入っていなかった棚はすんなりと動いた。
すると、棚に隠れていた鉄のドアが姿を現した。
「おお、こんなところに隠し扉かっ!? 隠し扉ってことは何か奥にあるかもな!! すごいなクリス! 」
その分厚く頑丈そうなドアは、ボロボロの廃墟の中にあって不自然であり、如何にもな隠し扉だった。
それは、これ以上なくユリの子供心をくすぐった。
クリスのおかげで、下落していたユリのテンションは急上昇した。
「きゅ!! 」
ユリの肩に登ったクリスは誇らしげに胸を張った。
「えらいえらい」
そんなクリスにユリは微笑みかけながら、アイテムボックスから出した木の実をご褒美にあげた。
「きゅぅ~」
それをクリスが嬉しそうに頬張った。
「よし、じゃあ入ってみるか! 」
「きゅっ! 」
クリスが木の実を食べ終えるのを待って、ユリはクリスが見つけた鉄のドアに手をかけた。
ユリはドアノブを回して勢いよく鉄のドアを――
「ん? あれ、んん? 」
――開けれなかった。
ドアノブは回るのに鉄のドアは、ユリが全力で押しても引いてもピクリとも動かなかった。
「……またか」
ユリは、無表情に呟く。膨れ上がっていた期待は、あっという間に萎んでいった。
「はぁぁぁ」
ドアノブを握ったままユリは重いため息を吐いて、ドアにもたれかかった。
――ガラ……
その時、重い音ともに微動だにしなかったドアが動き、ドアと壁の間に僅かな隙間ができた。
「……もしかして引き戸? 」
ドアノブのついたドアは、鉄の引き戸だったのである。
「わかるわけねぇだろ」
ユリは、疲れたように深いため息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――ガラ……ガララララ……
「お、重っ……」
ユリは気を取り直してドアノブを動かそうとしたが、鉄のドアはよっぽど重いのか、それとも建付けが悪いのか、開けるのは一苦労だった。やっとの思いで、鉄のドアを開けたユリは、顔の汗を手で拭う仕草をした。
ゲームの中なので実際に汗が出ているわけではないが、ユリの気持ち的にはそれほどの重労働だった。
そして、やっとの思いで開いたドアの中をユリは覗いた。
「……階段がずっと下に続いてるな。というか暗い」
隠し扉の先は、階段がずっと下に続いており、明かりもないようで階段の途中で先が見えなくなっていた。
「鬼が出るか蛇が出るか……まぁ、中に入ってみるか。行くぞクリス」
「きゅ! 」
この先にある『何か』を期待しつつ、ユリは光源を持たずに階段を下りて行った。
◆◇◆◇◆◇◆
真っ暗闇の中、ユリは階段をひたすら降りていた。
すでに入ってきた入り口から明かりは届いていない。しかし、階段は未だに下に続いていた。
――ガ……ガララララ……バンッ!
「ん? 今、何か音がしたか? 」
そんなユリの耳に何か重いものが閉まったような音が聞こえた気がした。
真っ暗で何も見えないので、ユリは手探りで左右の壁をぺたぺたと触ってみる。
「きゅ? 」
そんなユリの奇行にクリスは、首を傾げる。
「……いや、気のせいか。それにしても階段どこまで続くんだよ。もう真っ暗で何も見えないし。階段踏み外しそうで恐ぇ……」
「きゅぅぅ」
入り口の隠し扉が閉まったことに気付かなかったユリとクリスは真っ暗闇の中、階段を下へ下へと降りて行った。
このユリの行動が、大きなイベントの引き金を引くことになることをこの時のユリは知る由もなかった。
14/8/17 18/03/30
改稿しました。




