45話 「忍び少女とフレンド登録」
――『始まりの町』北門前
SMOにログインしたユリは、早速待ち合わせの場所である北門を出たすぐの場所でラン達を待っていた。
やはり、『初心者の草原』のエリアボスの出現方法の確立とボス撃破によって第2の街『コエキ都市』に行けるようになった影響で、人気のなかった湖とは違って行き交うプレイヤーで周囲は溢れていた。
北門に続く北大通りも、噴水広場から途絶えることなくプレイヤーがごった返していた。歩いていると道行く人と肩がぶつかるような人混みの多さにうんざりしたユリは、ここ数日は避けていたくらいだった。
ユリのような理由で草原をさけるプレイヤーの多くは、東門を出た先にある【アント廃坑】で、その廃坑の攻略や武器や防具を充実させるための鉱石の採掘に精を出していた。
北門から続々と街の外へと出てくるプレイヤーたちは、ユリが以前に訪れた時よりも身に着けている装備に個性が現れるようになってきていた。
中には、まだ初期装備のプレイヤーもいたが、全身を金属鎧で覆い大きな盾を持ったプレイヤーもいれば、見るからに重そうなハンマーを担いだ華奢な少年がいたり、刀らしき刀剣を腰にさした武士のコスプレをしているようなプレイヤーもいたりと、行き交うプレイヤーの観察は、ユリに取ってラン達を待つ間のちょうどいい暇つぶしになっていた。
北門から少し離れた場所、城壁にもたれかかるように立って人間観察をしていたユリは、ふと変な音が聞こえてくることに気づいた。
「うん? 」
異音に気づき、ユリが耳を澄ませると、何か硬質なものが削れる音がどこか遠くからしてきていることに気づいた。
ユリは、その音を不思議に思ってキョロキョロと周囲を見渡したが、それらしい音の正体がわからなかった。
しかし、今も何かが削れる音は聞こえ、それは徐々に大きくなってきていた。
「何の音なんだ? 」
首を傾げるユリの頭上から何かが落ちてきた。
その何かはユリの近くに落ちたかと思うと、ずしゃああ! と地面に滑り込むように着地した。
その何かは、全身を黒装束で覆い2本の小刀を腰に差し、ランほどの小柄な少女の姿をしていた。
その少女は、ちょっと前にユリが出会ったプレイヤーだった。
「えっ!? 」
突然、空から降ってくるように落ちてきた忍び少女の登場にユリは目を瞬いて驚いた。
ゆっくりと立ち上がった少女は服の乱れを直して、ユリの方を見た。その顔は、人形のように何の感情も見せない無表情であった。
「あなたも来てくれたの? 助かる」
少女は、固まるユリの様子を気にすることもなく、変わらない無表情でユリに話しかけた。
「どこから!? えっ、あそこから? 」
その言葉で再起動したかのようにユリは、ばっと『始まりの町』を囲った高い城壁を仰ぎ見た後、目の前の忍び少女に視線を落とした。
「……城壁の上から降ってきた? 」
そんなまさか、と思いつつ、それしか考えらない忍び少女の登場の仕方に、ユリは恐る恐る尋ねた。
すると、忍び少女はコクンと小さく頷いた。
「街に入ると追ってくるから城壁の上を登ってきた。……城壁の上は衛兵、少なくて案外気付かれない」
事もなげに言う少女にユリは目を白黒とさせる。
少女は簡単なことのように言っているが、城壁は高さ30メートル以上ある垂直の壁である。そんな簡単に登れる代物ではないし、そこから落ちれば即死する高さである。
「……ちなみにどうやって登ったんだ? 」
「クナイを城壁に刺して」
少女は、手に持っていた短剣くらいの大きさの黒光りするクナイをユリに見せた。
「これが刺さるのか? 」
「思ったより簡単に」
そう言って少女は、半信半疑のユリの目の前で城壁に向ってクナイを投げた。
ダーツのように鋭く飛んでいったクナイは、固そうにみえる城壁に当たるとガキッという音を立てて突き刺さった。
ユリが確かめにいくと、クナイの先が城壁に刺さっていた。
ユリがクナイの柄を持って刺さり具合を確かめてみるがしっかりと城壁に食い込んでいた。この手段で城壁を登ったという話に納得できるものだった。
「ふんっ」
ユリが力を込めて引っ張ると、ようやくクナイは城壁から抜けた。
「すごいな。お前」
抜き取ったクナイを持って少女の前にまで戻ってきたユリは、呆れと尊敬の混じった目を少女に向けた。少女は、差し出されたクナイをユリから受け取って腰のポーチに戻しながら、静かに首を横に振った。
「別にすごくない」
少女からすれば、この程度の小技は自慢にはならなかった。謙遜ではなく本心で言っていることがなんとなく伝わり、ユリは苦笑した。
そんなユリに少女は、おもむろに片手を差し出した。
「? 」
少女の意図がわからず、ユリはコテンと首を傾げた。
数拍置いて、勘の鈍いユリに痺れを切らした少女は手を伸ばしてユリの手を強引に掴んだ。
「えっ」
突然のことに驚くユリを無視して少女は手を握ったまま、空中に展開した仮想ウィンドウを素早く操作すると、ユリの目の前にも仮想ウィンドウが新たに表示された。
『・・・・からフレンド登録を申し込まれました。許可しますか? Y/N 』
「あ、そういうことか」
目の前に展開された仮想ウィンドウの内容を読んで、少女の意図がやっとわかり納得したユリは、断る理由もないので、YESを押した。
『・・・・がフレンド登録されました』
「ん、できた」
「……よろしく」
少女は登録が完了するとすぐにユリの手を放した。
「うん。まぁよろしく? それよりこれってどう読むんだ? 点が四つ? 何の記号だ? 」
ユリはフレンドリストに新たに登録された少女の名前である『・・・・』を指差して呼び方を尋ねた。
「……好きに呼んだらいい」
「好きにって、何でこの名前にしたんだ? 」
「……。βの時に『aaaa』が先に使われてたから」
「すげぇ、適当な理由だな!? 」
ユリは、少女のあまりの適当っぷりに思わず突っ込んだ。
「まぁ、いいや。じゃあさ、周りはどう呼んでるんだ? 」
「……ムオン、シノビ、シオン、テンシとかいろいろ……」
「結構、好き勝手に呼ばれてるんだな」
少女がこれと言って決めていないせいなのか、少女は様々な名前で呼ばれていた。忍びを除けばどれも四つの点が由来にはなっているようだった。
「もっと酷いのもある」
他にもあるらしい。
「酷いって? 」
気になったユリは興味本位で尋ねた。
「黒ゴキ」
「……それは酷いな」
少女はユリの言葉に同意するようにコクンと小さく頷いた。
「うーん、じゃあ、俺は一番名前っぽいシオンって呼ぼうかな。言いやすいし覚えやすい。これからはシオンって呼んでいいか? 」
「ん、大丈夫」
こうして、ユリは忍び少女のことを今後、シオンと呼ぶことになったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「おっ、待ったせー!! お姉ちゃん、来たよー!! 」
「お待たせ、ユリちゃん」
忍び少女の呼び方をシオンと決めてから少しして、北門からランとルカが出てきた。キョロキョロとツインテールを振り回して辺りを見回していたランが、目敏くユリ達を見つけて駆け寄ってきた。
「やっときた。遅かったね」
「ごめんねお姉ちゃん。準備してたら遅くなっちゃった。あ、忍びちゃんも来てたんだ! 遅くなってごめんね」
ランは、ユリとシオンに手を合わせて謝った。シオンは、気にしてないとフルフルと首を横に振り、ユリも気にすんなと手を振った。
「そんなに待ってないし、気にしなくていいぞ」
「それじゃあ、みんな揃ってるみたいだし、パーティーを組みましょうか」
「はいはい! 私がリーダーやる! 」
全員が揃っているのを確認したルカがそう提案すると、ランが元気よく手を挙げてぴょんぴょんと跳ねてリーダーに立候補した。
その元気の良さにユリとルカは、揃って苦笑した。
「わかった」
シオンは、相変わらずの感情の読めない無表情な顔でそれをあっさりと認めた。
「はいはい。ランがリーダーでいいよ………って、ん? 」
ユリも苦笑しながら送られてきたパーティーの申請を受けて、ランがリーダーのパーティーを組んだところでユリはある違和感を感じた。
「あれ、シオンも一緒に行くのか? 」
ユリは、パーティーの中に入っている『・・・・』の名前に気づき、シオンに尋ねるとシオンは首をかしげた。
「言ってなかった? 今回のことは私からラン達に頼んだ。だから、私も一緒」
「あ、そうなんだ。ごめん、知らなかった。じゃあ、改めてよろしくな」
シオンの意表のつく登場の仕方で、シオンの最初の言葉を聞き取っていなかったユリは、シオンが突然、フレンド登録を申し込んできた理由がわかって納得した。
「よーしっ!! ボス戦頑張ろー! おー! 」
パーティーを組んだラン、ルカ、ユリ、シオンの4名は、ランの元気な掛け声とともに【初心者の草原】のエリアボスとの戦いの場へと意気揚々と出発した。
「……え、ボス戦? 」
ただ一人、状況についていけていないユリを除いて……
SMOではプレイヤー名は英語、英数字、記号の中から自由にできます。
正式稼働からは、ひらがな、カタカナ、漢字も追加されました。
全く同じ名前は、できない仕様です。
忍び少女の地の部分の呼び名は、ユリが忍び少女を呼ぶ名前と一緒にします。
忍び少女の呼び名は、キャラによって違うので混乱させてしまうかもしれませんすみません。
ランとタクは忍びちゃん
ルルルは、無音さん
ユリは、シオンです。
14/8/15 18/03/15
改稿しました。




