44話 「姉と妹の手料理」
――トウリの部屋
SMOからログアウトしたトウリは、ヘッドギアを外して体を起こした。
「ふぅ、今日はやけに長く感じたな」
固くなった肩を軽く手でもみながらベッドから立ち上がる。
「今日の昼食は何にしようか……適当にチャーハンでもいいかな? 」
昼食の献立を考えながらトウリは、部屋から出た。
――ダダダダッ!!
廊下に出ると誰かがすごい勢いで階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。
「タクだな」
トウリは、階段の駆け上がる音を聞いてタクヤと特定した。そして、トウリの予想通りタクヤが階段を駆け上がってきた。
「トウリ、お前起きてたか! 」
タクヤはトウリを見つけると掴みかからん勢いで詰め寄ってきた。タクヤの表情は何故かひきつっていた。
「お、おい。どうしたんだよ」
様子のおかしいタクヤにトウリは少し驚いた様子で聞き返すと、タクヤはトウリの耳元に口を寄せて小声で囁きかけてきた。
(やばいんだよ! 姉ちゃんとランちゃんが2人だけで昼食作ってんだよ!! )
その言葉を理解するのにトウリは、少しばかり時間がかかった。そして、理解するなり、トウリも思わず顔をひきつらせた。
(う、嘘だろ? )
トウリもタクヤにつられて小声になっていた。
(冗談でこんな恐ろしいこと言わねぇよ。さっき下に降りてみたら台所で2人が何かしてたんだよ……)
(……ど、どれくらいできてたんだ? )
トウリは、おそるおそるタクヤに訊ねた。
タクヤはトウリの質問に静かに首を横に振った。
(わからねぇ。だけど、既にテーブルにはサラダもどきがあったし、何か炒める音と焦げた匂いがした……)
しばらく2人とも無言になる。
タクヤは諦めた様子で、トウリに聞いてきた。
(なぁ……今回は、流石に食べれるよな? )
タクヤの問いに、トウリは無理に笑ったようなひきつった笑顔で答える。
(多分そこは大丈夫だ。洗剤で米を洗ったり、生肉のままだったりしない。そこは俺がしっかり指導した)
それを聞いてタクヤは心底ホッした様子で息を吐いた。
「はぁ……そうか。そこは大丈夫なのか。姉ちゃんはそっちの方はしっかりしてるし、食べれるんだな」
「あ、ああ……大丈夫な筈だ」
2人はそうやって励まし合いながら、下の死地へと向かった。
階段を下りると、タクヤとトウリの2人は居間のドアの前で立ち止まる。お互いに目を合わせ頷き合い、無言でアイコンタクトを取る。
(覚悟はできたか? )
(ああ、行こう)
トウリが覚悟を決めてドアを開けた。
ドアを開けると漂ってくる焦げた匂い、部屋にうっすらと充満している灰色の煙が蛍光灯の光の筋をうっすらと見せていた。
火災報知器が今にも鳴りそうな惨状だった。
そんな部屋の中からトウリ達に気付いたランとカオルが声をかけてきた。
「けほけほ……煙たーい。あ! お兄ちゃんとタク兄! 」
「トウリちゃん降りてきたのね。もう少しでできるから待ってねぇ」
そんな2人にトウリとタクヤは、引きっつった笑みで口をそろえて言った。
「「おう、待ってるから、火事だけは起こさないでくれよ」」
トウリとタクの2人は、部屋の換気をするために動き始めていた。
◆◇◆◇◆◇◆
2人が昼食にと、作った料理は生野菜のサラダとチャーハンだった。
結果から言えば、ランとカオルの作った料理はどちらも完全な失敗作だった。
生野菜のサラダは、レタスとキャベツを間違っており、トマトは熟れきっていない緑色がかったトマトが混じり、キュウリはぶつ切りにされていた。
チャーハンは具材が人参、レタス、玉ねぎ、ベーコンに塩コショウをかけたものだったが、野菜は火が十分に通っておらず生のままで、塩コショウはかけ過ぎで塩辛く、チャーハンはあちこちが真っ黒に焦げており、その上焦がし過ぎたせいで、まるで燻製のようにチャーハン全体に焦げた匂いがついてしまっていた。食べれなくはないがとてもまずい仕上がりになっていた。
これがもし、SMOで作った料理なら評価は測定不能で、料理として認められなかったことだろう。
しかし、そんな料理でもタクヤとトウリは、ダメ出しをしつつも綺麗に全て食べきった。
ランとカオルが2人だけで作ったと分かった時からトウリとタクヤは、とっくに覚悟を決めていた。
むしろ、ランとカオルの料理スキルは以前よりも少しではあるものの確実に上がっているので、この程度のまだまだまともな失敗料理は、問題なく食べれた。
タクヤとトウリは、将来2人が普通の料理を作れるようになることを心の底から願っていた。なので、2人が料理をすることは推奨している。もちろん、自分たちの監視の元という条件ではあるが。
今回のようなランとカオルだけの共同料理は勘弁してほしい。
そう心から思ったタクヤとトウリだった。
◆◇◆◇◆◇◆
食後、4人で手分けして片づけを済ました後は、4人で冷えたお茶を飲みながら雑談をしていた。その最中にランがトウリにある話を提案してきた。
「ねぇ、お兄ちゃん。この後、一緒に第2の街に行かない? 」
「第2の街って草原を超えた先にある街のことだよな」
「そうだよ。ねっ、お兄ちゃん一緒に行かない? カオル姉も一緒なんだけど」
「え、カオル姉も来るの……」
カオルと一緒と聞いて、乗り気だったトウリは躊躇った。トウリが躊躇していることを敏感に察知したカオルは、咄嗟に言った。
「だ、大丈夫よトウリちゃん。あのことは反省してるし、今後しないよう気を付けるわ」
「……ホントに? 」
「ええ、ホントよ」
「…………分かった。一緒に行くよ」
しばらく悩んで、トウリは行くことに決めた。朝のことは反省してるようだし、暴走することはないだろう、と判断してのことだった。それに、老人から聞いた第2の街にあるという「組合」や街の様子に興味があったというのも大きかった。
トウリがそう言うと、ランとカオルの2人は、嬉しそうにハイタッチした。
「タクはどうするつもりなんだ? 」
そんな2人をよそににトウリは、タクヤに尋ねた。
「ん、俺か? 悪いけど今回はパスだ。朝に都合がつかずに行けなかった2人も昼には来れるみたいだから、パーティーのメンバーでクエスト受けるつもりなんだわ」
「あ、そうなのか。タクのパーティーって言うと、あそこにいた女の子と寡黙そうな男のことか? 」
トウリは、森の時を思い出しながら呟いた。
「ああ、チェルシとダイゴだ。あの2人はβで始めた当初からのパーティーなんだ」
「へーそうなのか。そう言えば、βってどれくらいの期間あったんだ? 」
「えーっと、確か、5月、6月だったから……約2か月ぐらいだな」
タクヤは少し思い出すように考えながら、トウリの質問に答えた。
「あ、5月、6月休みがちだったのはそれが理由か」
トウリは、過去を振り返って呆れたようにタクヤを見た。因みにランは、その月も休まず学校には通っていた。
「まぁな! 」
タクヤは、そんなトウリのジト目を胸を張って跳ね返した。
「……やっぱ、お前ゲームに嵌り過ぎだろ」
「廃人と呼びな! 」
その後もしばらく4人で話した後、またSMOをするためにそれぞれ2階に上がっていった。
14/8/15 18/03/05
改稿しました。




