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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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43話 「教えて爺さん。『街』講座! 」

――【深底海湖】



 いつものように桟橋に行くと桟橋の上で釣りをしている老人を見つけた。


「爺さん、おはよう」


 ユリは手を挙げて、いつものように老人に声をかけた。


「おお、ユリか……。む、何じゃ、その恰好は? 前のよりも奇抜な恰好をしておるの」


 ユリの方を向いた老人は、ユリの恰好を見て目を見張る。


「そうか? 知り合いからは結構好評だったんだけど……」


 ユリは老人に言われて、自分の服装を確認する。


 ユリの着ている紺色の忍び装束は、袖がなく肩から先は下に着ている鎖帷子が剥き出しになっていた。胸元は大きく露出し、紺色の装束の下から鎖帷子が鈍い輝きを発していた。両手足にはそれぞれ初期配布の籠手と脛当を装着している。そして、靴の代わりに草履を履いている姿は、まさしく忍びの装いだった。


 袖がなかったり、胸元がはだけてたりと少し露出は多めだが、腰には腰布を巻いて以前のスパッツのような短パンよりは露出が抑えられていたので、ユリとしては、この忍び装束は気に入っていた。



「いや、似合ってはいると思うが……その格好自体が見たこともなかったのでな少々驚いただけじゃ」


 老人はユリの服を珍しそうに視る。老人の目の周りに白い光の粒子が微かに漂い始めていたが、それにユリは気づかなかった。


「あ、なんだ。そういうことか」


「防具としては中々よい物じゃの。まぁ、そんなことより娘、今日は、ここに何をしにきたんじゃ? またブラッドシャークでも倒しに来たのか? 」


 忍び装束や鎖帷子をひとしきり視た老人は、その性能に感嘆する。そして、ユリにここに訪れた用事を尋ねた。


「ああ、うん。今日はサメを倒しに来たわけじゃないんだ」


 なんとも端切れの悪い返答をするユリに老人は言葉を続ける。


「ふむ、そうか。あれを狩るにはもっと娘が強くならんと大変じゃからのぅ。ならば、今日は魚でも取りに来たのか? 」


「いや、そうでもないんだ。今日は爺さんにちょっと頼みたいことがあってきたんだ。」


「ほぅ、儂に頼み事か。で、どんな頼み事じゃ? 」


 老人は、少し驚いた様子でユリに続きを促した。


「この世界のこと、俺はほとんど分からないからさ。爺さん、俺にこの世界のことを教えてくれないか?

爺さんの都合のいい時でいいから」


 お願い! とユリは両手を合わせて老人に頼んだ。


「ふむ、儂の知っている範囲でいいのなら娘がここに来た時にでも教えることはできるぞ」


 老人はあっさりとユリに教えることを承諾した。


「ありがとう爺さん! 」


 ユリは、ホッとして老人に礼を言った。


「よいよい。娘から頼まれなくとも、そのうち儂から言い出しておった。それよりも、少し気になることがあるんじゃが……」


「ん、何? 」


「クリスという名のククトリスはどこにおるんじゃ? 肩には乗っておらぬようじゃが」


 老人の言葉にユリはハッとした表情になる。


「あ、クリス出すの忘れてた! 」


 ユリは、慌ててクリスを呼び出した。

 空中に展開された仮想ウィンドウから光の玉が現れ、地面で弾けるとクリスが現れた。体をプルプルと震わせたクリスは、周囲をキョロキョロと見回してユリを見つけると、足からよじ登って肩まで登ってきた。


「きゅ、きゅ~」


 クリスはユリに向かって挨拶をするように鳴き声をあげた。


「おはようクリス。出してやるのが遅くなって悪かったな。はい、木の実」


 ユリは、謝罪の意味も込めてアイテムボックスからいくつかの木の実を取り出した。それを手に乗せて肩に乗っているクリスに近づけた。クリスは肩から手に飛び乗って、そこに置かれた木の実を頬張った。


 せっせと木の実を口に詰め込むクリスの頭をユリは撫でる。今日もふさふさとした触り心地のいい毛並みだった。




◆◇◆◇◆◇◆




 クリスとしばらく戯れた後、老人の話を聞くために老人の隣の桟橋の縁に腰かけた。


「ちょうどよいから早速、教えようと思うが……まずは、どんなことを知りたいんじゃ? 」


 老人は、釣り竿を持ったままユリに聞いてきた。視線はユリに向けられていた。


「うーん、どんなことがって聞かれても、何を知っておけばいいのがわからなくて困ってるんだよな」


 老人の質問にユリは困ったように腕を組んだ。


「はぁ……まぁよい。それならば最初は『始まりの町』にある重要な施設や基礎知識から教ようかのぅ……」


 老人は呆れたようにため息をつくと、今日の内容を決めた。


 ユリも特にそのことに反論はないので、素直に頷いた。


「それでお願いします」


「ふむ、ではまず、【街】の中心には、【転移門】と呼ばれている施設がある。

 【転移門】は、云わば街の要じゃ。街の中央に必ず存在し、街と街を繋ぐ機能と、娘らが生命の危機に瀕した際に拠点としている街に転移する機能が基本の機能として存在しておる。【転移門】の形は、【街】によってバラバラじゃ。

 娘も知っておると思うが、『始まりの町』なら噴水。儂の知っているこの湖を超えた先にある『水上都市マイス』も噴水じゃが、形が少し違っておる。森を抜けた先にある『カンナ村』は、中央に生えている大樹が転移門の役割をしている。【転移門】は【街】によって面白いギミックが備わっているそうじゃから、探してみるのも一興かもしれんの」


「へー、あの噴水は転移門だったのか」


「その通りじゃ。おお、そう言えば、あの噴水の下にはどこかへと続く水路が存在しているという噂がある。探してみるとよいかもしれんの。【泳ぎ】スキルを持っている娘ならば、挑戦してみる価値もあるかもしれん。」


「噴水の下に水路なんかがあるのか、面白そうだな。今度暇があったら探検してみようかな」


 冒険の匂いに目を輝かせるユリを老人は、微笑ましいものを見るように目を細める。


「次の話は、大体の【街】にある【武器屋】【防具屋】【道具屋】の施設についてかの。

 名前の通り、一通りの武器、防具、生活や野営、魔物との戦いの際に役立つ道具や薬などを取り扱っている専門の店じゃな。

 これらの店は、街によって置いている商品の性能や値段は大きく変わってくる。

 『カンナ村』では、薬の素材が比較的簡単に手に入るから高品質のものが安く手に入る。他にも弓矢の種類が豊富じゃな。じゃが、金属製の武具は割高じゃ。

 逆に、鉱山を超えた先にある『カジバの街』は鉱石などが比較的簡単に手に入るから、高性能で多少安価な金属製の武器や防具が多い。しかし、薬の方は近場では採取できないものが多いから割高じゃの。

 その点、『始まりの街』は近くに鉱石の取れる鉱山、資源が豊富の森、水産資源が取れる湖、他の街の行き来が比較的安全な草原、というかなりの好条件な立地じゃから、値段や質は安定しておるの。ただまぁ、優秀な人材の多くは、一分野に特化した街に優遇されるからと流れるので、品質や性能はあまり高くはないがの。街周辺のモンスターからいい素材が取れないというのも大きいの」


「街によって値段や質も変動するのか」


 老人の言っていることをユリは自分なりに噛み砕いて飲み込む。

 

「まぁ、そうじゃの。立地だけじゃなく、災害やモンスターの影響で大きく変動する時もあるが、基本は【街】ごとにだいたいの値段や質は一定に保たれておる。

 さて次は、【衛兵】と【掲示板】についてじゃな」


「掲示板? 掲示板ってあの掲示板か? 」


 ユリは、インターネットで有名な掲示板の方を思わず思い浮かべたが、老人はそんなユリに怪訝な表情を作った。


「掲示板は掲示板じゃ。噴水場の北にある兵舎の入り口付近に大きな木の板があったじゃろう? 」


「? 」


 覚えのないユリは、あいまいに微笑んで首を傾げた。


「……知らんのか。娘はそれすら知らなかったのか……」


 先程から初めて聞いたという姿勢が崩れる様子のないユリに、老人は深々とため息をついて、やれやれと首を横に振った。


「……まぁよい。そこに衛兵が住民に向けた連絡や、懸賞金の賭けられた賞金首の名前が金額とともに張り出されるんじゃ。時にはモンスターの大量発生や大規模な公共事業など、重要な知らせが張られておることもある。時折、見てみるとよいかもしれんな。

 それを見ずにモンスターが大量発生したエリアに近づけば、目も当てられぬからの」


「あ、ああ分かった。注意してみることにするよ」


 老人から遠まわしに『見とけ』と言われたユリは素直に頷く。

 実際のところ、大量発生などの緊急イベントはアナウンスとしてゲームをしている全プレイヤーに知らされるので、掲示板で随時確認する必要はなかったりするのだが、ユリがそれを知るのはまだ先のことだった。


「衛兵は、主に街の防衛や犯罪防止、凶悪な犯罪者の検挙など色々なことをしてくれておる。門番も衛兵が毎日交代でモンスターや犯罪者が街に入り込まんよう見張ってくれておるんじゃ。挨拶ぐらいは毎回するといいじゃろうな」


「そうだったのか。今度からそうするよ(そう考えると、あの子は完全に悪人に見えるな。街に入れなくて不憫だとは思うけど、あんまり衛兵の人たちに迷惑をかけないといいな)」


 相槌を打ちながら、ユリはあの忍び少女のことを考える。


「『始まりの町』にある重要な施設はそれぐらいかのぅ。あとは、そうじゃのぅ……【露店】は個人で作ったものを自由に売買できる。中には、ぼったくりや偽物などを売る悪徳商人が紛れておるから気を付けるんじゃぞ」


「ここでもそんなことがあるんだな。気を付けるよ」


「おお、そうじゃもう一つ『街』での楽しみがあるんじゃ」


「楽しみ? どんなの? 」


「それはのぅ……隠れた名店探しじゃ!! 」


「隠れた名店探し? 」


 興奮気味に言った老人の言葉にユリは興味をそそられた。


「そうじゃ。大通りにある店ではなく大通りから外れた細い路地など人通りが少ない場所に店を開く奇特な店があるんじゃ。

 そこの店の中には、街の特色にあまり左右されず良い物を取り扱っている名店があるんじゃよ。それが隠れた名店というわけじゃ! 」


「おおっ」


「まぁ、外れも多い上に見つけても入れない店なんかもあったりするんじゃがのぅ。そういう店の店主は得てして変わり者が多いからの」


「そういうものがあるのか(ルルルさんが迷路のような路地に先に店を作った理由って、まさかそんな理由もあったりするのかな? 確かにあの店は名店だけど……)」


 熱く語る老人の話を聞きながら、ユリはルルルがあんな分かりにくい場所に店を開いた理由なんとなくわかった気がした。



 その後も、ユリはどうも老人の趣味らしい隠れた名店探しの体験談を聞き続けた。しばらくすると、老人も話に熱が入ってきたのか、釣竿を桟橋に置いてユリと向き合って身振り手振りで熱く語った。


「――――キ都市』にある古びた廃墟なような外装をしていた店は、中に入ると驚くことに手入れが行き届いたとても清潔だったんじゃ。中に並べられた武器は、どれも一級品と言っていい性能を持っておっての。特にその中にあった黒い槍は――――」


「へー……あっ! もうこんな時間だっ」


 老人の話に聞き入ってたユリが、ふと気づいた時には時刻が12時になろうとしていた。


 老人の話を2時間近くも聞いていたことにユリは驚く。クリスは、ユリの頭の上で寝息を立てて熟睡していた。


「おお、本当じゃ。いや、すまん。儂の趣味の話で時間を取りすぎたな。今日はここで仕舞いとしておくかの。また、話を聞きたいときは儂に声をかけてくればよい」


 老人も太陽の高さを確認し驚き、ユリにすまなそうに謝る。ユリは、気にしなくていいと手を横に振った。


「いや、爺さんの話は面白かったし、楽しかったよ。今日は色々と教えてくれてありがとうございました。そろそろ家に戻って昼食を作らないといけないからもう街に戻るね。それじゃ、爺さん、今度もまたよろしくお願いします! 」


 老人に別れを告げたユリは、老人に頭を下げた後、足早に去って行った。



 門まで駆け足で帰っていくユリの後ろ姿を見た老人は思わず笑った。


 何故なら、走り去っていくユリの後ろ髪に振り落とされまいと髪を掴んでぶら下がるクリスの姿があったからだ。



 ユリがそんなクリスに気付くのは、門番から指摘された後だった。



ユリ「お勤めご苦労様です」

門番「ああ。……ところでその後ろ髪にぶら下がっているククトリスは君のテイムモンスターかね? 」

ユリ「へ? ……あ」

クリス「きゅ、きゅぅ~! 」



老人の説明は、あくまでNPCの話です。普通のプレイヤーでも知らない情報があったり、老人の知らない情報があったりします。


水路や隠れ名店は知っているプレイヤーはあんまりいないと思います。


隠れ名店はNPCの店です。ルルルと言ったプレイヤーの店とは別です。


14/8/15 18/03/05

改稿しました。

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