39話 「混沌とした森」
「ルカ姉、嫌がってるんだから止めてあげろよ」
「そうだよっ。ルルル姉も忍びちゃんから離れよーねっ。そのまんまだと死んじゃうよ! 」
首に小刀を突き刺されて、それなりのダメージを受けているというのにじゃれている程度にしか思ってないのか、一向に少女から離れる気がないルカとルルルをユリとランが協力して引き剥がす。
目の前で知り合いが人に迷惑をかけているのを見逃すのも、知り合いが自業自得とはいえ死にかけているのを見殺しにするのも2人にはできなかった。
なんとかルカとルルルを少女から引き離すことに成功した2人だったが、今度は目が据わった少女が両手に小刀を構えて幽鬼のようにゆらりとした足取りでルルルへ近づいてきた。
このままではまずいと思ったランは、ルルルを背に大剣を構えて少女の前に立ち塞がった。
「どいて、アレを殺せない」
「どかないっ! さっきのはルルル姉たちが全面的に悪かったけど、忍びちゃんも落ち着いて! 殺しちゃったらレッドネームになっちゃうよ! 」
「構わない。アレは一回死なないとわからない」
「そ、そんなことないよ! ……たぶん」
「……邪魔者は、斬る」
ランと短い問答を交わした少女は、大剣を構えたランへと躊躇なく詰め寄った。そして、2本の小刀が的確にランの眉間を狙って振り抜かれた。
「くっ……! もうこうなったら実力行使で止めるよっ! 」
それを寸前で大剣で受け止めたランは説得を諦めて、実力行使に出ることにした。
「はぁ! 」
鍔競り合いになっていた状況からランは細身の腕に見合わない腕力で少女の2本の小刀を押し返した。そして、後ろに反れた少女に対してランは、大剣を大振りに横に振り払った。
「《ジャンプ》」
少女は小さく何かを呟くと軽やかにその場でバック宙を行ってランの横払いを躱した。ブオッと風を巻き上げる大きな音を上げてランの大剣が空を切った。
「すごっ」
少女のアクロバティックな動きに思わず声を上げたランに地面に着地した少女が斬りかかる。それをランが大剣を盾にして防いだ。
「ここは通さないよ! 」
「通してもらう」
互いに譲らない2人の間では、大剣と2本の小刀がぶつかり合う激しい斬り合いが繰り広げられた。
一方、少女とランが斬り合いを行っている間、ユリはルルルを抑えていた。
「ユリさん、行かせてください! 無音さんに殺されるなら私は本望です! 死ぬまで堪能するんです! 」
「落ち着いてください! 堪能するって何をですか!? 彼女嫌がってたじゃないですか!! 」
「そこが可愛いんです!! 」
「本当に落ち着いてくださいよ! 」
完全に暴走をしているルルルの肩を掴んでユリは必死で押さえ込む。何がそこまでルルルを駆り立てるのか、ユリにはわからなかった。
「彼女は、もう衛兵に追われてる身なんでしょう! それなのに彼女がルルルさんを殺したら、彼女はもっと多くの衛兵に追われることになりますよ! 折角、彼女の為に作った忍び装束を失ってもいいんですか! 」
道中にルルルがユリに教えたことだが、SMOには危険度というものが存在する。
危険度はプレイヤーやNPCのHPを全損させる。つまり、殺害することで上がることが広く認知されている。
1人殺すと、それから2時間、街に入ると門番(1人~3人)に犯罪者として追われることになる。
3人殺すと、それから3時間、街に入ると衛兵(5人~8人)に犯罪者として追われることになる。
6人殺すと、それから3時間、街に入ると衛兵(10人~)に犯罪者として追われることになる。
10人殺すと、それから4時間、街に入ると衛兵(20人~)に犯罪者として追われることになる。
15人殺すと、それから5時間、街に近づくだけで、衛兵が町から出動してくるようになる。
21人以上殺すと、近隣の街まで連絡が伝わり、捕まるまで犯罪者として追われるようになる。
また、危険度が一定の高さに達した犯罪者には危険度に応じた懸賞金がかけられる。21人以上殺した犯罪者ともなると倒せば、それなりの額の懸賞金が手に入ることで知られている。
そのため、SMOには犯罪者プレイとそれを狙う賞金稼ぎプレイは存在している。
ユリが少女を見かけた時、少女は既に10人近くの衛兵に追いかけられていた。そこからルルルは、信じないまでも3人から6人は少女が人を殺しているという推測を行っていた。
これ以上、少女がPKを行うと、より追っ手の数は増えて少女は確実に街で捕まってしまうことになるだろう。現状、SMOでは街でしかログアウトが行えず、ログインすれば街の中心の噴水場からしか出れない。攻撃が一切不可能な街にログイン・ログアウトを行う度に入る必要があるため、少女にとって衛兵の数が増えるというのは捕まる確率がそれだけ跳ね上がることに繋がる。
そして、捕まれば装備しているものを全て没収された上で囚人服を着せられ牢獄に入れられることになる。そうなれば、彼女の為に作ったというルルル自信作の忍び装束は失くすことになる。
だからこそ、ルルルは自信作である少女が着ている忍び装束の喪失を恐れてここまで来たのである。
ユリは、そうルルルに説得して落ち着かせようとした。そんなユリの後ろに忍び寄る影があった。
「やっぱり私にとったら、ユリちゃんが一番ねっ」
そう叫んだルカが何の脈略もなくユリを背後から抱きしめた。普段なら空気が読めるルカは、興奮していて周りが見えていないのか今は全く空気が読めていなかった。
「ルカ姉!! ややこしくなるから黙ってて!! 」
「もうっユリちゃんったら拗ねてる? 」
「あ゛あ゛っ? ルカ姉、今の状況わかってんだろっ!? 」
ユリは思わず、ルカに対して声を荒げた。
「隙あり! 無音さーーん♪ 」
ユリがルカに気を取られた隙にルルルは、ユリの脇を掻い潜ってランと戦う少女の元に行こうとした。
「だから、落ち着けって!! 人の話を聞いてっ! 」
ユリは行こうとするルルルの肩を掴んで止める。
「ああもうっ! ユリさん離して下さい! 私は無音さんのとこに行くんです! 」
ユリに掴まれて、ルルルはじたばたと暴れてユリの手を振り払おうとするが、ユリはがっちりと掴んで離さなかった。
「ユリちゃん可愛い♪ 」
後ろからユリに抱きついて、ころころと変わるユリの表情を覗き見てルカが幸せそうに微笑む。
「……手強い」
「忍びちゃんこそ強いね! 」
離れた所ではランと少女の斬り合いが激しさを増していた。互いにHPを減らしつつ、ランは楽しそうに少女と戦い、少女は変わらず無表情で正確にランの急所を狙って攻撃をしかけていた。
「もうどうすりゃいいんだよこれー!! 」
それはルカに後ろから抱きつかれ、左手でルルルの肩を掴むユリの心の底からの叫びだった。
ユリの悲痛な叫びは森にいたプレイヤー全てに聞こえた――かどうか真偽のほどはわからない。
ルルル…………
14/8/14 17/10/18
改稿しました。




