37話 「ランと忍びの鬼ごっこ」
――『始まりの町』西大通り近くの路地裏
大人一人がやっと通れるぐらいの幅しかない狭い路地の中を黒い忍び装束を身にまとった小柄な少女が走っていた。
腰まで伸びた黒い髪を束ねて尻尾のように棚引かした少女は、手には籠手をつけ、足には脛当、靴は足袋で腰には小さな小刀を2本両脇に差していた。肌は白く、顔は人形のような端整な顔立ちだったが、お面を被ったような無表情のせいか、それとも他の要因があるのかどこか無機質で冷たいものを感じさせた。
その少女は、後ろを振り返って苛立たしげに呟いた。
「しつこい」
小さくそう呟いた少女は、変わらず無表情だったが、よくよく見れば少女の眉が少し吊り上って苛立たしそうな表情に見えなくもなかった。いや、苛立った声音がそう見せたのかもしれない。
少女が苛立つ原因は衛兵ではなかった。衛兵は、路地裏に逃げる前にとっくに撒いていた。
では、少女を苛立たせるのは何かと言うと……
「ちょっとまってよー。そこの忍びさ~ん」
背中に大きな大剣を差した銀髪ツインテールの白ゴス少女――つまりランだった。
ランは、ユリと別れてすぐにまだ衛兵に追いかけられていた少女を発見し、衛兵を撒いた今もしつこく路地裏までついて来ていた。足の速さでは確実に少女の方が速いのだが、何故だかいつまでたっても追いつかれる事はないが振り切ることもできず、感情の起伏が顔に出にくい少女も顔に苛立ちが見えてくるしつこさだった。
本来であれば、知人でないプレイヤーを追い回すランに警告が飛んでもおかしくないのだが、少女が衛兵に追われている身という特殊な状況下だったが故にランの動機は兎も角、行為自体はグレーだった。
少女はこのままでは振り切れないと感じたのか、路地裏から再び大きな道へと飛び出した。道を歩くプレイヤーという名の障害物の隙間を少女はすいすいと縫うようにかいくぐっていく。音も立てずあまりにも滑らかに移動する為、少女がすぐ横を通り過ぎても気付かないプレイヤーもいた程だった。
それほど、少女は無駄なく素早く正確に人目を縫っていった。
一方ランは、少女とは真逆の手を取った。
「すいませーん。ちょっと通りまーす! ごめんなさーい」
その方法は、声をかけながら人混みの中を強行突破だった。紛うことなきゴリ押しだった。
周囲のプレイヤーもランに気付いて率先して道を開けた。βテストの時のイベントで何度も上位入賞したことのあるランは、SMOではちょっとした有名人だった。……まぁ毎度のことでプレイヤーも慣れていると言えばそれでいいのかも知れないが。
これでもついてくるランを見て少女は舌打ちする。
少女は、速度を更に上げて西大通りを駆け抜ける。目指す場所は西門から続く【豊かな森】
あそこに行けば流石に振り切れるだろうと少女は思って。
「むっ、そこの貴様!! 止まれ!! 貴様はあの―――」
「相手にしている時間は、ない。通らせてもらう」
西門に辿り着いたところで、門番が少女に気付いて槍を構えた。やはり少女は何らかの理由で衛兵に指名手配されているようだった。門番が少女に対して何かを言い終える前に、少女は門番に真正面から愚直に突っ込んだ。
「なめるなっ! 」
――ガシャ!
少女の正面突破に侮られたと思った門番は身に着けた金属鎧を鳴らしながら手加減なしで少女に槍を突き出した。門番を務めるだけあってその槍は早く正確で少女の正面を捉えていた。
しかし、その穂先が少女を捉えることはなかった。
槍が少女の体に届く直後に少女は大きく跳躍した。
「何!? 」
視界の狭い兜を着けた門番には少女が一瞬にして消えたように見えたのだろう。驚く門番の頭上を少女は悠々と跳び越えて、音もなく着地した。
「「おおおーー」」
少女の軽業を間近でプレイヤー達は感嘆の声を上げた。
「…………」
少女はそんなプレイヤーたちに反応することもなく、西門を潜って街を出ていった。恐らく森に向かったのだろう。門の前には、少女を見失いキョロキョロとあたりを見回す門番だけが残った。
「いない! どこに行った!? 」
「すごーい。カッコいいー!! 」
その光景を目の当たりにしたランは、目をキラキラさせてパチパチと全力で拍手をしていた。どうやら先程の光景にランは少女を追いかけるのを完全に忘れるほど衝撃を受けたようだった。
◆◇◆◇◆◇◆
――【豊かな森】
「あれー? いなーい。おっかしいなぁ」
少女を追って森へと足を踏み入れたランは、少女を見失っていた。
門を潜って出て森に入っていく少女を見つけたまではよかった。しかし、後を追って森に入ってすぐに少女の姿はどこにも見えなくなってしまっていた。
――キキキキ!
「ん? 」
――ヒュン
樹の上から猿がランに大きな木の実を投げた。
「甘いよ! 」
――カン
ランは、背中の1本の大剣を両手で持って木の実を受け止めた。
「悪い猿には痛い目にあってもらうんだからねっ! 」
以前のβテストの時に散々、このサルを相手に苦戦したランは、慣れたように周囲の樹を大剣で切り裂いた。ランが大剣を一回転させると、近くにあった3本の樹が、斬れて倒れて消滅した。
「ウキキィ!? 」
すると、横にあった樹の上から猿が一匹落ちてきた。
「バイバーイ」
ランは、猿を一瞬で三回切り裂いた。猿のHPは呆気なく散り消滅した。
このゲームでは、破壊不可能なオブジェクトは街以外には存在しない。全てのオブジェクトは、斬撃、打撃、爆撃で壊すことができる。壊したオブジェクトは残ってアイテムになるものと、何も残さず消滅する場合がある。今回の場合、いくつかの枝と木の実が辺りに散らばっているが、大本の樹本体は綺麗さっぱり消滅した。
オブジェクトは時間がたつと自動的に復活するようになっているので、森林の切りすぎで森が消滅するなんて心配はいらなかった。しかし、だからと言って切りすぎれば木々が復活するまで時間がかかるので他プレイヤーからは恨まれてしまうので何事もやり過ぎは禁物だった。
今回は、樹が消えることを利用して猿を樹から強制的に落としたというわけだ。この猿によく使われる対処法だった。。
――サッ
「ん? 今なにか端っこで動かなかった? 」
ランの視界の隅で何かが上に飛び上がったのを見た。
―……っち
静かな森から本当に小さな舌打ちがした。
「ムムム……なんか今忍びちゃんがいた気がする! 上か!! 」
そう言ってランは近くにあった樹を手当たり次第に切り裂いていった。
◆◇◆◇◆◇◆
――たったったった……
少女は樹の上を枝から枝へと飛び移って移動していた。時折出てくる猿や栗鼠、肉食植物は、前に出て阻むなら二本の小刀で切り裂き、追ってくるなら相手にせず逃げていた。倒す必要はないのだ。怯ませている内に逃げれればよかった。
――ズズズン……
――ズズズン……
軽快に樹の上を移動している少女の後ろでは、樹がどんどん倒れては消えていっていた。
少女を追いかけようとしたモンスター達も足場の樹が無くなり落下し断末魔の声を上げた。
「忍びちゃん。まてー」
原因は、当然ランであった。元気に笑いながら樹の下から少女を追いかけていた。少女はランを憎々しげに睨んだ。
「……!? 」
後ろのランを見ていたが為に飛び移る枝を踏み外し、少女は頭から下へと落ちた。
「っく」
少女は、空中で体を捻って強引に体を半回転させると足から地面に着地した。
「あー! 忍びちゃん発見!! 」
ランが大剣で少女を指差した。
とても嬉しそうな表情だ。好きな有名人にあった時の表情と似ている。しかし、少女の方は敵愾心剥き出しに二本の小刀を構えて警戒する。
「本当にしつこい。なんで私を追いかけてくるの」
「カッコよかったから!! 」
警戒しながら聞いた少女の質問に即答で答える。
「……本当にそれだけ? 」
「あと可愛かったから!! 」
「…………」
少女は無言でランに斬りかかった。少女の顔には青筋が見て取れた。
「うわ! 危ない。危ない」
少女の繰り出した斬撃をランは辛うじて受け止めた。
――ギン!ギン!ギン!
ランは、少女の繰り出す2本の小刀を使った連続攻撃を大剣を盾にすることで防いだ。
「すごい! 強い! 」
「…………」
ランは少女の攻撃を防ぎながら感嘆の声を上げる。少女はランの言葉には応えず、攻撃のスピードを上げた。
――ガガガガガッ!!
「だけ、ど……まだまだ甘いよー! 《チャージング》!! 」
「!? 」
――ガン!!
ランの大剣が黄色に輝き、その大剣で防がれた小刀が強い衝撃で弾かれた。
まさか大剣で【盾】のアーツを使うとは思っていなかった少女は、まともに受けて、衝撃で体が硬直し身動きが取れなくなった。
そんな少女にランは飛び掛かった。
「忍びちゃん確保ー♪ 」
そして、少女の体を思いっきり抱きしめた。スタン状態の少女はなすすべもなくランに捕まった。
「これはルカ姉にも報告しないとね」
ランは、上機嫌にそう言うと、早速とばかりにメニュー画面を操作してルカに連絡を取るのだった。
『アーツ』
基本的に各スキルにあるMP又はHPを消費して出す技です。武技や魔技と呼ぶこともあります。
発動すればシステムアシストによる強力な攻撃や動きだったり、一定時間特定の効果が現れます。
技名を言ったり、ウィンドウを操作することで出すことができます。
本来ならチュートリアルで説明を受けますが、ユリは受けてないので知りません。
因みに魔法はアーツと似てますが異なった仕様です。
14/8/14 17/07/08
改稿しました。




