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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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33話 「賑やかな家」


「あっ!? 時間過ぎてる! 」


 釣り上げたサメに止めを刺した後、老人と少しばかり話をしていたユリは、ふと時間を確認して思わず叫び声を上げた。


 皆と夕飯を食べる時間は20:00と予め決めていた。


 現在の時刻は20:30。つまり、約束の時間から既に30分が経過していた。


 しかも、夕飯を作るのはユリなのに夕飯の下拵えはまだ何もしていなかった。先に終わって待っているだろう3人の中でまともに料理ができるのはタクヤのみ。


 残りの2人は、大雑把かつ、独創的な為に料理スキルが壊滅的なランと作れるのは作れるが、料理中に塩と砂糖を間違えたり、包丁で指をざっくりと切ったり、沸騰したお湯を鍋から盛大にこぼしたり、油に水を投入する等危険で致命的なミスをするので料理を禁止されているおっちょこちょいのカオルしかいない。


 ユリは、慌てて老人と別れて街までダッシュで戻り、門に飛び込んでログアウトした。


 服装は、万が一また噴水の中にログインしてもいいように、老人と別れる前にスク水から普段着ている紺色の燕尾服に着替えていた。



◆◇◆◇◆◇◆



――トウリの部屋(20:40)


「あー……やっちまった」


 SMOからログアウトしたトウリは、早々にそう呟いた。ヘッドギアを外したトウリの表情はどよーんと落ち込んでいた。


 ちらりとタクヤが敷いている布団を見たが、すでにタクヤはおらず、電源を切ったヘッドギア型のゲーム機だけが置かれていた。


「はぁ……後悔しても仕方がない。早く夕飯作らないと」


 深いため息をついた後、トウリは足取り重く階段を降りて一階に向かった。


「……ん? この匂い」


 階段を下りている途中、落ち込むトウリの鼻につい最近嗅いだことがある匂いが下の居間から漂ってきていた。


――ガチャ

 

 階段から降りたトウリが居間のドアを開けると匂いの正体がわかった。


「ああ……そういや親子丼の元つくったままだったな」


 匂いの正体は、親子丼だった。

 タクヤ達が来たため急遽カレーになって、そのまま鍋ごと冷蔵庫に入れてたのを忘れていた親子丼だった。それを多分タクヤが使って親子丼を作ったのだろう。冷蔵庫にある卵だけでは足りないはずだが、コンビニのレジ袋を見て誰かが買ってきたのか、とトウリは察した。


「あ、トウリちゃん降りてきたのね。お腹空いてるでしょ。丁度タクヤが作った親子丼ができたから食べて食べて」


「ん! おひぃひゃんだ! 」


「やっと来たか。お前が遅かったから冷蔵庫にあった親子丼の元を勝手に使わせてもらってるぞ」


 ドアを開けて入ってきたトウリに最初に気付いたカオルが、既に出来立ての親子丼が置かれたトウリの席に座るよう声をかける。親子丼を食べていたランが口の中に頬張ったままトウリを名前を呼ぶ。そして台所の方からは、そこで料理を作っているタクヤがトウリに気付いて声をかけてくる。


 誰も遅れてきたトウリのことを責めなかった。


 この3日間、料理に関しては三食全てトウリが作っており、家事のほとんどもトウリが1人で熟していた。今回くらい自分たちでするのもいいかと考えがタクヤ達の中にはあった。


 といっても、女子2人の料理はタクヤによって全力で阻止された。


「遅れてすまん! 」


 トウリは、遅れたことを3人に頭を下げて謝罪した。


「気にしなくていいのよ」


「貸しひとつな」


「気にしなくても大丈夫だよ。お兄ちゃん」


 3人は、笑ってトウリを許した。


「ほら、そんなことより折角の親子丼が冷めちゃうから早く食べましょ」


 カオルに促されてトウリは席に座り、自分の分の親子丼を食べた。


「うん、うまい! 」



◆◇◆◇◆◇◆



「で、トウリって遅れてまで何してたんだ? 」


 全員分の親子丼を作ったタクヤが席に座って親子丼を食べながら、トウリに尋ねた。


「湖の方でサメ釣りしてた」


 トウリは、嘘をつく理由もないので素直に答える。


「「「サメ釣り!? 」」」


 トウリの言葉に3人の声が見事にはもる。しかし、タクヤはあきれた表情、カオルは驚いた表情、ランは興味津々な表情とトウリの言葉に対する反応は三者三様に違っていた。


「おいおいトウリ……お前あんなマイナーな【釣り】スキルなんて取ってたのかよ」


「タクヤ、そこじゃないでしょ。サメと言ったら、あの2メートル越えの血鮫のことなのよ。トウリちゃん何でサメを釣ろうと思ったの!? 」


「ええ! サメなんか釣れちゃうの!? お兄ちゃんどうやって釣るの! 」


 タクヤは、サメよりも【釣り】スキルをユリが取ったと思って呆れてるようだった。カオルとランの2人はサメという単語に反応してトウリに詰め寄った。


「サメを釣ったのは俺じゃないぞ。湖にいる爺さんが釣ってくれたんだ」


「爺さん? その爺さんがサメを釣ったのか? 」「そのお爺さん釣り名人だね!!」「釣ったサメはどうなるの? 」


「ちょっと待てって! 3人が同時に喋るな。訳が分からなくなる! 順番に話せ!! 」


 3人がほとんど同時に聞いてくるためトウリは、話を遮って抗議する。

 その言葉で3人は口を噤むが、3人は『詳しく話せ』と雰囲気でトウリに無言の圧力をかけた。


 トウリは、3人の無言の圧力に気圧されながらもログインして湖に向かった辺りから今日起きた出来事を洗いざらい全て3人に話したのだった。



 スク水でのログイン? あれは不幸な事故だった。


 無論、あの一件は、トウリの記憶の中で幾重にも厳重に保管・封印されて記憶の奥底に沈められているので、3人に話すようなことはなかった。



◆◇◆◇◆◇◆



トウリが全て話し終えた頃には、全員が夕食を終えていた。食後のデザートとしてランとタクヤは冷凍庫からアイスを取り出して食べていた。


「よく【関節】スキルなんてマイナーなスキルを使うな。俺の知っている中でも使ってるプレイヤーお前くらいだぜ」


「スク水を着たユリちゃん……いいわぁ。今度ルルルにユリちゃん用の水着を作ってもらおうかしら」


「すっごーい! お兄ちゃんサメを水中で絞め殺したんだ!! かっこいいー!! 」


「………」


 トウリが話し終えた内容に呆れた表情のタクヤに恍惚とした表情のカオル、尊敬の眼差しでトウリを見るランと3人の反応はそれぞれ違った。


 いろいろな意味でカオルの反応がトウリからすれば一番怖いものだった。

 ログインの一件は死守することができたものの、スク水を着たことはカオルの巧みな誘導尋問によってポロリと口から漏らしてしまった。


 カオルにスク水のことを話したことを若干後悔しているトウリだが、今更どうしようもできない。

クーラーの効いた部屋でトウリの顔から一筋の汗が流れ落ちた。




「この情報は、結構有益そうだから攻略掲示板に乗っけようと思うんだが、トウリはそれでもいいか? 」


 3人が落ち着いたところでタクヤがトウリに切り出してきた。


「ん? ああ別にいいぞ」


 こうりゃくけいじばん?と内心首を傾げつつトウリは了承した。実は掲示板というのをインターネットの事情に疎いトウリは今一分かっていなかった。


「トウリちゃん、攻略掲示板はSMOを攻略するにあたって情報交換をしたりまとめたりする場所よ」


「あ、そうなんだ」


「……おいトウリ、まさか攻略掲示板すら知らなかったとか言うんじゃないだろうな」


「うるさいな。オンラインゲームするの初めてなんだから仕方ないだろ」


 ジトーとした目で見てくるタクヤの視線から目を逸らしてユリは、バツが悪そうに唇を尖らせる。


「なら少しは俺たちに聞けよな。お前全然俺たちに聞いてこないだろ」


「いいんだよ。こういうのは自分で知っていくのが楽しいんだから」


「そうよ。これがトウリちゃんのプレイスタイルなんだからタクヤが口を出すことじゃないわ」


 トウリに甘いカオルがトウリを擁護する。相変わらずトウリに甘々とも言えるが、攻略サイトを見ずにゲームをするというトウリの考えにはカオルも全面的に賛成だった。


「まぁ、いいや。じゃあ、さっきの話は攻略掲示板に流しとくからな~」


 めんどくさくなったタクヤは、さっさと話を終わらせて2階に上がってしまった。


「よし、一通り話が終わったところだし、片付けをしようか。ラン、昼サボったんだから手伝えよ」


「うー……了解しました~」


「じゃあ私がテーブルを拭いとくわ」


 カオルはニコニコと笑いながら、流し台から絞ったナプキンを取ってきてテーブルを拭いていく。ランは、しぶしぶ洗った食器を乾燥機に入れるのを手伝うのだった。




「トウリちゃん、今日は久々に一緒に入らない? 」


 片付けが終わると、次はお風呂に入る順番を決めるのだが、カオルが突然そんなことを言い出した。


「お兄ちゃんとカオル姉一緒に入るの? じゃあ私も私も! 」


 カオルに便乗してランまでもそんなことを言い始める。


「一緒に入るわけないだろ! 」


 カオルの冗談に便乗するランにとりあえずチョップを入れながらトウリは拒否する。


「残念ね~昔はいつも入っていたのに」


「いつの話してるのカオル姉! それって小学3年以前の話だよね! 」


「トウリちゃんから私を誘ってきたのに……」


「お兄ちゃん、ご・う・い・ん♪ 」


「だからそれ小学3年前の話だろ!! カオル姉も小学生だったじゃん!! 」


 からかってくるランに強めのチョップを入れながらトウリは反論する。

 しかし、カオルは、過去を思い返してうっとりしているのか頬を紅潮させながらトウリの話を聞いてない


「洗いっこもしたのに……ああ、あの時の屈託のない笑顔で「僕がかわりにお姉ちゃんを洗ってあげるよ」って洗ってくれたのに、もうしてくれないのね」


「私も最近お兄ちゃんと一緒に入ってない! 私もお兄ちゃんに洗ってもらいたい!! 」


―ごん!


「できるわけないだろ! 年を考えて!! 」


 余計な事を言う妹に拳骨を落としながらトウリは、恥ずかしさで顔を赤くしながら反論した。



 結局このやり取りは、トウリが風呂場に逃げるまで続いた。




◆◇◆◇◆◇◆



 トウリが風呂から出て部屋に戻ると、タクヤは既に寝ていた。ゲームをしているというわけではなく普通に寝ていた。


「もう寝てんのか。そういや、こいつ二徹してたし当たり前か……」


 ゲームをしていないことに少し驚いたトウリだったが、昨日・一昨日の間ほとんど寝ていないタクヤのことを思い出して納得する。


「うーん……もう22時くるし俺も寝ようかな」


 今日はまだ少しプレイしようと思っていたトウリだったが、タクヤも寝ていることもあってこのまま寝ることにした。


 トウリは部屋の電気を消して、ベッドに潜り込んだ。




 10分程するとトウリの部屋から2つの寝息が聞こえるようになった。



14/8/13 17/06/30

改稿しました。

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