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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
33/138

32話 「サメ一本釣り!」

――【深底海湖】


「――ブラッドシャークを一本釣りじゃ! 」


 そんな老人の一言で始まったサメの一本釣り。


 それを行う為にユリは、老人の指示である魚を湖から調達してきた。


「ふぅ、なかなか見つからなくて骨が折れたよ。ほら爺さん、この魚でいいのか? 」

 

「おお、それじゃそれじゃ。それがブラッドシャークを釣る為に必要な『トランスフィッシュ』じゃ」


 ユリがアイテムボックスから取り出したのは、口が鋭く尖った赤黒い体色をした毒々しい魚だった。老人はユリからその毒々しい魚を受け取り、魚の尖った口から大きな釣り針を押し込んで取り付ける。


 魚。

 厳密には釣りスキルを使って釣ることができるノンアクティブモンスターの一部は、湖のアクティブモンスターを釣るための餌としての用途が存在する。その為、魚を倒した際のドロップアイテムは一匹丸ごとであることが多かった。しかし、この手法はまだプレイヤーの間ではあまり知られていない情報だった。



 老人の作業をユリは横から覗いて興味深そうに見る。

 リアルで父と釣りに行ったことがあるユリだが、その時は、ミミズのような生き物(イソメ)を餌にしたので、魚を餌にするのを実際に目にするのはこれが初めてだった。


「きゅぁー」


 そのユリの肩の上で釣りに興味のないクリスが大あくびをしていた。


「魚って餌にできたんだな。これでサメが釣れるのか? 」


「たぶんの、よしできた。……ふむ、これでよい。―――トランスフィッシュは、吸血をする魚での常に体内に普通の魚の50匹分の血を凝縮して溜めておけるんじゃ。ブラッドシャーク(血鮫)は、水中に含まれる血に敏感な以外にも血そのものがたっぷりある生き物が大好きでのう。トランスフィッシュは、あの鮫の大好物じゃ。あれを釣るには最高の餌というわけなんじゃよ」


 釣り針に仕掛けた魚ごと釣り糸を水面に垂らした老人は桟橋に座り直すと、ユリにそう説明した。ユリは、なるほどと時折相槌を打ちながら老人の豆知識に耳を傾けた。


◆◇◆◇◆◇◆



「………」


「………」


―パシャパシャパシャ…トプン


「………」


―シュ


―パシャパシャ…トプン


 老人は釣竿を持ったまま、身じろぎひとつせず桟橋の縁に座っていた。まるで、長年そこにある石のように周りの風景に溶け込んでいる。その横ではユリが、サメがなかなか来ないで暇になったのか、アイテムボックスから石を出して、水切りをしていた。そのことに老人は特に咎めることはなかった。


 四回ほど水切りをした頃か、ユリの方から老人に話しかけた。


「なぁ爺さん釣り上げた後はどうすればいいんだ? 」


「娘が倒すに決まっておるじゃろ」


「いや、倒し方」


「そんなもの娘が考えるもんじゃ」


「そういうもんか? 」


「そういうもんじゃ」


「ふーん……それなら、投槍が安全かな」


 縁に座り足をブラブラとさせながらユリは、空を見上げる。その姿は、未だにスクール水着のままであった。老人以外いないとは言え、いつまでその格好でいるつもりなのだろうか。



「なんじゃ娘、【投擲】スキルをもう持っておるのか? 」


「【投擲】? いやそんなスキル持ってないぞ。似たのなら【投】スキルっていうのを持ってるけど……」


「ワンランク下じゃったか。スキルレベルはいくつくらいじゃ? 」


「ちょっと待てよ……今は16だな」


 老人に尋ねられてスキル欄で【投】のスキルレベルを確認してからユリは答える。


「まだまだか……」


「何がまだまだなんだ? 」


「【投】スキルはレベル30で派生スキルの【投擲】スキルにすることができるんじゃよ」


「派生スキル? 」


「基となるスキルが習熟して必要条件を満たすことで新しく得る(・・)スキルのことじゃ。確か他にも混合スキルというのもあったかのう」


「混合スキル? 」


「それまでに修得したスキルがいくつか合わさり、新しく確立されたスキルのことじゃな。今までの行動次第で同じスキル構成同士でも現れる混合スキルは変わってくる。まさに人によって個性の出るスキルじゃ。

 SP(スキルポイント)を通常より多めに消費するが、自分のプレイスタイルに合ったモノになるから使い勝手はよいぞ。混合スキルを取得できるようになるとスキル取得欄に新たに混合スキルの項目が現れるはずじゃ」


「へーそんなスキルあるんだな。……で、スキル取得欄ってどこ? 」


「……スキル画面のSPを押せば表示されるはずじゃ」


「ああ! ほんとだ。表示された。なぁ爺さん混合スキルってどこだ? ないぞ」


「そりゃ、まだ解放条件を満たしてないからじゃろ」


「ふーん、そういうもんか。で、爺さん【投擲】スキルって具体的に【投】とどう変わるの? 」


「名前の通りじゃな。アイテムを投げることに特化したものじゃ。代わりにモンスターを掴んだりといった補正(アシスト)は一切なくなるがの」


「ありゃ。じゃあ近接の時にはあんまり使えないな」


「まぁそうじゃろうな。じゃがモンスターを掴んで投げたりすることに特化した混合スキルがあると聞く。娘が、そのスタイルをそのまま続ければ自ずと出てくるじゃろう」


「それは楽しみだな……あっ、爺さんサメが来たぞ! 」


 スキルの豆知識を老人から聞かせてもらっていたユリは、水面に三日月状の背びれが現れたのに気づいて声を上げた。湖面に現れたサメは、ゆっくりと老人の釣糸の先にある赤い魚を目指していた。


「よし、そろそろ喰いつくぞ。娘! 血鮫が喰いついた瞬間に一気に釣り上げるぞ! 油断していると、一瞬で釣竿ごと湖中に持って行かれるからこっから先は気を抜くでないぞ! 」


「わかった!! 」


 座っていた老人は、立ち上がり踏ん張れる態勢に入った。ユリも老人の指示に従い、老人の後ろに回って老人の手に自分の手を重ねて釣竿を持った。


 端から見れば、スク水少女が白髪の老人に後ろから抱き着いているように見える構図になっていた。


「……」


「……」


 サメが釣り針付きの魚の周りをゆっくりと旋回しながら徐々にその距離を狭めていく。

 ユリは、緊張で体を強張らせながらも両足をいつでも踏ん張れるようにしながら竿を持つ手に力を込める。


――ガッ!!!


サメが餌に喰いついた!!


「今じゃ! 一気に行くぞ! 」


「ッ……!? 」


 あまりの引きの強さに竿が一気に湖中に持って行かれそうになる。踏ん張っていた足が湖へと滑っていく。


 しかし、老人が力強く気迫のこもった声とともに、湖に引きずり込まれそうになる体を踏ん張って踏み止まり、竿を思いっきり持ち上げた。


 ユリも老人と一緒に竿を持ち上げる力を強めた。


 竿は今にも折れんばかりに大きくしなり、湖の中ではサメがバシャバシャと水面を波立たせながら暴れて必死に抵抗していた。


――ギリギリギリ………!


――バシャバシャバシャバシャ!


 両方の力が拮抗して、勝負はすぐにつきそうになった。


 ユリが長期戦を覚悟したその時


――ププププ!


 ユリの肩に乗っていたクリスがサメに向かって口から木の実の弾丸を飛ばした。


「ク、クリス!? 」


「っ!? 好機! 」


 ユリはそれに驚いたが、老人はその攻撃によって一瞬サメの抵抗が緩んだのを好機と捉えて、後ろに倒れんばかりに思いっきり竿を引いた。


 老人の後ろにいたユリも前の老人が後ろに傾いてくるのでそれに押されてユリも竿を引っ張りながら上半身が思いっきり後ろに反らされた。


――ザ、ッパーー!!


 水面からサメが上がる音が聞こえ、老人とユリはそのまま後ろに倒れこむ。その拍子にクリスもユリの肩から転げ落ちた。その頭上をサメは通過し、湖ではなく陸の上に大きな音を立てて墜落した。


「きゅぅ……」


「あいててて……」


「あたたたた……腰に響くのう……ほれ娘何をしておる! 早くあの陸におるブラッドシャークを倒さんかっ。早くせんと気絶から覚めて暴れ出すぞ! 」


 老人は、腰を押さえながら立ち上がり未だに立ち上がっていないユリを叱咤する。肩から落ちたクリスは、ユリが立ち上がれないでいる間に背中を伝って肩の上に乗り直していた。


 老人の指摘する通り、陸に上げられたサメは落下の衝撃で気絶してぐったりとして動いていないかった。しかし、それは一時的なものであり、目を覚ますのは時間の問題だった。


「お、おう。倒してくる! 」


 老人言われてユリは、その肩にクリスを乗せて慌ててサメの倒れている陸の方に走っていった。



「気を付けるんじゃぞ~」


 老人はその後ろ姿を見ながら応援を送った。



 その表情は弟子を見る師匠や孫を見る老人の目と似ていた。




14/8/13 17/06/30

改稿しました。

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