28話 「油断するとサメは飛ぶ」
――【深底海湖】の桟橋
サメの三日月状の背びれが水面を切りながら桟橋の周りを旋回していた。その桟橋の上にはユリとクリスがいた。
「さて、桟橋に上がったはいいけど、これじゃあ湖に入れなくなったな」
湖に入ればサメに襲われるのは結果を見るよりも明らかだった。それが分かっているからこそユリは悩んだ。
「どうしようか………」
ユリは頭を悩ませる。そんなユリを他所にクリスが肩から飛び降りる。
「きゅ」
何を思ったのかクリスは、おもむろにサメのいる水面へと木の実を撃ち込んだ。
――ププププププッ
――バシャシャシャシャシャシャ!
発射された木の実が水面に当たり水しぶきを上げながら音を立てた。
「あ、おい! クリス何やってんだよ!? 」
「きゅぷ!? 」
クリスの暴挙に気づいたユリが慌ててクリスの口を塞ぐ。口を塞がれたクリスがジタバタと暴れるがユリは無理やり押さえ込んだ。
クリスを止めた後、ユリは湖のサメを恐る恐る確かめるとHPが1割近く減少していた。しかし、変わらず桟橋の周囲を旋回しているだけだった。
ユリが危惧していたサメが怒って陸に上がってくるような気配はなかった。
「ふー……よかった。大丈夫か。マジで焦ったぁ……」
ユリは、汗が出ていないにも関わらず額を手で拭った。
「クリス、頼むから無茶なことはしないでくれよ」
ユリは、やっと大人しくなったクリスを両手で持ち上げて懇願する。
「きゅ? 」
「はぁ………」
だが、クリスには伝わらなかったようで首を傾げられた。ユリは大げさに項垂れた。
「きゅう? 」
クリスは不思議そうに首を傾げた。
◆◇◆◇◆◇◆
「でも桟橋の上からだとサメは攻撃されても反応しないんだな」
クリスの突然の暴挙に焦ったユリだったが、落ち着いてみればクリスのおかげで有用な情報が分かった。それにクリスは一度ユリをサメの牙から助けてくれていた。
そんなこともあってユリはご褒美にクリスにタイを与えてみた。
丸飲みだった。
クリスの口の大きさから考えれば到底無理な筈なのだが、知ったことかとばかりにタイは一口でクリスの頬袋に収まった。
「ハハハ。ほんとクリスは何でも丸のみだな。――よし! サメに反撃するぞ! クリス、今度は思う存分サメを攻撃したらいいぞ! 」
「きゅきゅう! 」
槍は一度投げてしまうと回収できないので、たくさん拾ってある様々な形をした石をアイテムボックスから放出して桟橋に山のように積んだ。
両手にこぶし大の石を持って、分かりやすい三日月型の背びれが出ている水面に向かって、ユリは投げた。
「おらおらおらおらおおらおらおらおら!! 」
――ブンブンブンブンブンブンブンブンブン!
――バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャ!!
投げて投げて投げまくる。
【投】スキルの補正がかかり、投げた石はかなりの速度で狙った水面に当たって水しぶきを上げる。
クリスもユリの肩から木の実を連射した。
――ププププププププププププッ!
――バシャシャシャシャシャシャシャシャ!
ユリの投げる石が与えるダメージは、入手が容易である分角兎でも10回以上は当てないと倒せない程に低威力なのだが、水面越しの攻撃で一度にサメに与えるダメージ量は更に減少していた。その上投げた石の3割近くは外れていた。それでも数に物言わせて投げ続けていくと例え一撃の威力が低くとも蓄積されていき、サメのHPは少しずつだが減少していった。
いける! とユリが手応えを感じ始めたところで、これまで愚直に旋回を続けていたサメに変化が現れた。
ユリたちの攻撃から逃れるように水面から三日月状の背びれが消えてしまった。どうやら水面にいたサメが潜ってしまったようだった。
「逃げた……。えぇぇ……ここまで地道に削ってきたのに……あと少しだったのに」
チマチマと時間をかけて残り4割まで削っていただけにサメに逃げられたことにユリはショックを受けた。
50個近く投げた石が無駄になってしまった。
「はぁ……惜しかったな」
ユリはため息を吐いて桟橋に寝転がった。サメが逃げてしまってユリは、途端にやる気がなくなってしまった。
「あーあ、ここの湖、爺さんが言ってた通り泳ぐのに向いてなかったな。今度は森にでも行ってみようかなー」
ユリは、次のことを考えながら日光浴をする。
「この世界だと日焼けの心配をしなくていいからいいな」
「きゅぃ!? きゅきゅ~! きゅ~!! 」
ユリがボーっと空を見ていると、何やらクリスが慌てたような鳴き声で叫び始めた。
「んー? どうしたクリス? そんなとこまで移動して」
ユリが寝ころんだままクリスの声が聞こえる方に視線だけを向けると、陸地に移動したクリスが後ろ足で立ち上がって、しきりにこちらに向かって鳴いていた。クリスのふわふわの尻尾がいつになく大きく膨れ上がっていた。
「どうした? そこにいいもんでもあったのか? 」
珍しいクリスの行動にユリは興味を示してよっこらせと起き上がった。
そんなユリの頭上に影が差した。ユリの耳に遅れてザパという水が波打つ音が届いた。
クリスの方に向いていた視線をユリは頭上に持って行った。
「――は? 」
サメが空中を泳いでいた。
その瞬間を目撃したユリの目にはそう映った。
空中を泳ぐサメの口は大きく開かれ、次第に見上げるユリへと向いてくる。
口の周りにびっしりと生えた鋭牙が先程目にした時よりも鮮明にユリの目に映った。
ユリはサメとばっちりと目が合った。
あまりの予想外のことにユリの思考は完全に真っ白になり――
「ひゃあああああああああ!!? 」
錯乱したユリの全力の右アッパーが口を大きく開けていたサメの下顎にクリーンヒットした。
弱点部分のクリティカルヒット攻撃によりサメのHPはガリッと大きく削れて、クルクルと宙を舞ったサメは、陸に墜落した。
「ぎゅ~~~~ッ!!? 」
あらかじめ危険を察知して逃げていたにも関わらず、すぐ近くにサメが墜落してきたクリスは、全身の毛を逆立てて驚いた。
サメは、ユリの右アッパーを受けてHPが大きく削れたのだが、僅かに残っていて陸の上でも尾を振ってびったんびったんと元気に暴れていた。
クリスは慌ててその場から逃げた。
――ププププププ!
サメから距離を置いたクリスは、サメに木の実を撃ち込んだ。撃たれたサメのHPは0になり消滅した。
その間、ユリは桟橋にへたり込んで放心していた。
「し、死ぬかと思ったぁぁぁ」
正気に戻ったユリの最初の一言はそれだった。
今日1日だけで、ユリの精神は疲れ果ててしまった。
サメは実際飛び上がっただけです。
ユリの目にその飛び上がったサメが泳いでいるように見えただけなので、実際このサメは空中を泳ぐことはできません。
14/8/12 17/04/26
改稿しました。




