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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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25話 「母の謀略」

――トウリの部屋


 南門をくぐってメニュー画面にログアウトボタンが表示されると即座にログアウトしたトウリは、意識が現実に戻ってくるなりヘッドギアの電源を切って外してベッドから飛び起きた。


 時計を見ると12:31になっていた。


「やばいやばい……! 急がないとっ」


 幸い、タクヤはまだSMOにログインしているようだった。

 昼食を早く用意しないとランやタクヤがうるさい、と、トウリは部屋を飛び出して階段を駆け下りた。



 一階にはまだ誰もいなかった。エアコンを切って出ていたために居間はサウナのように蒸し暑くなっていた。


 トウリはすぐにエアコンの電源を入れて、台所に向かった。

 キッチンの下の戸棚から大きな鍋を取り出してコンロの上に置いて水を中に注いで火にかける。


 お湯を沸かしている間にトウリは、廊下の戸棚からそうめんが入った箱を持ってくる。

 

 今日の昼食はそうめんにするつもりのようだった。

 

 しばらくして沸騰した鍋にそうめんを投入して茹でる。茹でたそうめんは、鍋から掬い取ってお湯を切り、冷水にしばらく晒して粗熱を取ってからお皿に盛った。そうめんをよく冷やしておくために冷蔵庫で冷やした水と氷をお皿に注いでおくのも忘れなかった。


 空いた鍋に再び新たにそうめんを入れて茹でる。

 トウリは、その作業を何度も繰り返した。ランとタクヤが兎に角よく食べるのでトウリは、いつもよりも多めに作っておく必要があった。


 蒸し暑い台所の沸騰している鍋の近くで作業していたトウリは、全身から汗を掻いてぐっしょりと服を濡らしていた。滝のように流れる汗をトウリは、首にかけたタオルでやや雑に拭った。


 そうこうしていると、2階からタクヤ達が降りてきた。

 入ってきた3人は冷房が効き始めたとは言え、まだ若干残る居間の熱気に渋い顔をしたが、テーブルに置いてあるそうめんに気付くとわっと声を上げた。


「おっ、昼はそうめんか」


「わー! おいしそー! 」


「そうめんを食べるのは今年は初めてかも。暑い日にはいいわね」


 3人はそれぞれいつもの席へと着く。ランとタクヤは、暑いからか皿の中にあった氷を摘まんで口の中に放り込んだ。コロコロと口内で転がして涼む。


「つゆは、自分で作って先に食べてくれたらいいからな」


「おう、わかった」


「はーい! 」


「じゃあ、トウリちゃんの分も作っておくわね」


「あ、いいの? ありがとうカオル姉」


「いいのよ。これくらい」


 3人は自分たちのつゆを作り始める。タクヤは慣れた様子ですぐに作り終えてそうめんを食べ始めた。カオルは完璧なつゆをトウリに用意しようとキャップで計測したりして慎重に作っていた。

 ランは持ち前の大雑把さで最速でつゆを作り終えたが、そのつゆにそうめんを浸して一口食べたランは「うえー」と顔を顰めた。つゆが濃すぎたようだった。


 どぽどぽと水を足してつゆを薄めたランは、再度そうめんを浸して口にして微妙そうな顔になる。今度は薄すぎたようだった。

 

 お椀がつゆで一杯になるまでやり直しを繰り返したランは、最終的にタクヤに泣き付いた。


「タク兄、上手くできないの! ヘルプミー! 」


「うん? ああ、そっか。わかったわかった。俺がランちゃんの代わりに作ってやるよ」


 タクヤは、大雑把なランにはハードルが高かったのをなみなみとつゆが溜ったお椀から察した。

 快諾したタクヤは、 箸先につゆをつけてペロリと舐めて濃さを確認した後、自身の椀に半分ほどつゆを注ぎ、ランのお椀にめんつゆの原液を少々加えて微調節をして丁度いい濃さにまで調節した。


「ほい、これくらいでいいか? 」


「ん! そう、これくらい! ありがとうタク兄! 」


 タクヤが調節したつゆにそうめんを浸して一口食べたランは、パァァと顔を輝かせてタクヤに礼を言った。

 そのやりとりを台所から見ていたトウリは、そうめんのつゆすらまともに作れないのもある意味すごい才能だなと呆れ、今度一人でできるように教えないとな、と、頭の中にメモするのだった。




 全てのそうめんを茹で終えて使った鍋などの片づけを済ませた頃には冷房が効いてきて、台所に籠っていた熱気も冷やされて涼しくなってきた。


「うわ、汗でびしょびしょだな。これは一度シャワーで洗い流した方が早いかもな。このままじゃ汗臭いだろうし、ちょっとシャワー浴びてくる。俺の分は残しておけよ」


「おう」


「ふぁーい。ふへらはい」


「私は別に……あ、でも風邪を引いたらいけないものね。いってらっしゃい」


 大量の汗を吸って重くなった服が冷えてきたのを感じたトウリは3人に一言伝えてから着替えついでにシャワーを浴びにいった。

 その背後で、あ、でも弱ったトウリちゃんを看病するのも……、と、思考が明後日の方向に飛びかけているカオルの様子にトウリが気づくことはなかった。


 


「ふぅ……すっきりした」



 汗を流して服を着替えてさっぱりとして戻ってくると、最初に茹でた分はとっくに無くなり、すでに3皿目のそうめんを食べているところだった。


 ランとタクヤの2人が競い合うようにたくさんのそうめんを一度につゆにつけては食べていた。必要な分だけ取ってはゆっくり食べているカオルとは酷く対照的だった。



「あ、トウリちゃん着替えてきたのね。ほら座って座って、トウリちゃんのつゆはもう作ってあるわよ」


 戻ってきたトウリに気付いたカオルが手招きする。トウリが戻ってくる前に無事に落ち着いたようだった。トウリの席にはすでにお椀に入ったつゆが用意されていた。ちゃんと刻んだねぎに刻みのりと白ゴマも入っていた。


「ありがとうカオル姉。タクとランはもっと落ち着いて食えないのか」


 カオルに礼を言って座ったトウリは、戻ってきたトウリを無視して今も食べ続けている2人に呆れた視線を向ける。タクヤとランのテーブルの周辺には、水やつゆ、そうめんの切れ端が飛び散っていて非常に汚らしかった。


「ほよふぉふってへすへむふぉやふんだよ」


「まったくわからないからな。口の中を空にしてから喋れ」


 タクヤが口をもごもごとさせながら喋るが、トウリがそれを聞き取ることは出来なかった。


「んぎゅんぎゅ……ごく。えっとね、私とタク兄は、今PTの人たちを待たせてるから急いでるの! 今日は【初心者草原】のエリアボスが見つかったから挑戦する予定なの! だから早くんぐんぐ……食べてるんだよ! 」


 飲み込むのに苦労しているタクヤの代わりに口の中を空にしたランが答えた。


「【初心者草原】? そこのボスがわかったのか? どんなボスなんだ」


 草原と言えば北門かな? と思いながらトウリは尋ねる。


「確か、黒い体長3メートル位の鋭い角のついたウサギよ」


 トウリの質問に既に食べ始めてるタクヤやランの代わりにカオルが答えた。


 カオル曰く【初心者草原】のボスの名前は『デスソードラビット(死剣兎)』という巨大な黒兎ということだった。

 ホーンラビット(角兎)の上位種のソードラビット(剣兎)を3メートル近くまで巨大化して、角を鋭利な湾曲した刃物にして全身を真っ黒に変えた姿をしているらしい。死剣兎は、ボスの間といったような決まった場所にいるようなボスでなく出現条件を満たすとプレイヤーの前に現れるタイプのボスで、そのいくつかあった出現上限が3日目にしてようやく明らかになったのだそうだ。

 今の装備だとボス相手にはソロは厳しく、PTによる攻略が一般的らしい。

 途中で口を挟んだランやタクヤによると2人ともソロだと10回戦えば6回以上は負ける(死亡する)危険があるのだそうだ。

 勝てないわけではないが、死亡した場合のデスペナルティーの1つであるHP、MPの最大値が3時間の間7割になるのがまだ始まったばかりのSMOではそれなりに痛いため、ソロで挑戦するメリットはあまりなかった。



「カオル姉もボスに挑戦するのか? 」


「ええ、そのつもりよ。ただ、今日は他に予定があるから明日の話になるけどね。トウリちゃんはどうするの? 」


「俺? 俺はまだいいよ。今は全然するつもりはないよ。気が向いたら挑戦してみるかもしれないけど」


「そう。ソロだと大変だからルルルのとこでちゃんとした装備を買ってから挑戦するのを勧めるわ」


「ん、分かった」


 そんな雑談をカオルと交わしながらトウリは、そうめんを食べ終えた。

 ランとタクヤは食べ終わると「ごちそうさま!」と言って席を立ってお椀を台所の流し台の中に放り込んで駆け足で二階へと上がっていってしまった。

 いろいろ言いたいことがあったトウリだったが、人を待たせているみたいなので今回だけは大目に見ることにした。



 その後、カオルと2人で手分けしてタクヤ達が汚したテーブルを拭いたり、お椀や箸を洗った。それを終えた2人は、冷えたお茶を飲みながら雑談をした。


「そういえば聞いてなかったけど、カオル姉達はいつまでこの家にいるんだ? 」


「あら? ランちゃんやお母さん達から聞いていないの? 」


 トウリが何気なく聞くと少し驚いたようにカオルに聞き返された。


「え? あの後も俺は何も聞かされてないけど? 連絡してみたけど母さんの電話、電源が入ってないのか通じないし……」


「あらそうだったの。7月一杯までよ。私の両親とトウリちゃんの両親が一緒に旅行に行っているから……え? もしかしてトウリちゃんそれも知らなかったの!? 」


「全く……」


 カオルの話はトウリにとって寝耳に水のことだった。カオルが今度こそ驚く。


「本当に教えてもらってなかったのね。確かトウリちゃんのお母さんの提案で、初めは私たち含めて2家族全員で海外旅行に行くつもりだったのよ」


「それも初耳なんだけど」


 そんなことをトウリの前であの両親は一度も口にしていなかった。


「でも、3日前SMOの正式稼動の日だったでしょう? 旅行の日程が夏休みの初日からだったものだからすでにβテストを受けていた私やタクヤ、ランちゃんもそれを理由に断ったのよ。だから親だけで行こうという事になったの」


「……俺の意見完全に無視されてる」


「で、その間ご飯はどうするかになって、『カオルちゃん達がよければ、うちに泊まっとく? あの子が料理してくれるからゲームに集中できるわよ? 』ってトウリちゃんのお母さんが提案してくれたから、両親が旅行中で不在の間はトウリちゃんの家に泊まるってことになったのよ。……大丈夫トウリちゃん? 」


「ダイジョウブジャナイ」


 トウリは、テーブルに突っ伏していた。あの母親が自分に行き先を告げずに父親とどこかに行くことは日常茶飯事だったが、まさかそんな話になっているとは知らなかった。


 しかも、家の家事などの面倒事を全て勝手に自分に任せて


 トウリの頭にしてやったりと言った表情の母親の顔が浮かんだ。


「……帰ってきたら料理は全部母さんが嫌いな激辛料理にしてやる」


 突っ伏したままトウリは、母親達が帰ってくる日の献立を決めたのであった。



◆◇◆◇◆◇◆




 カオルと話を終えたトウリは重い足取りで2階に上がって自分の部屋に戻った。


「湖で泳ご………」


 ベッドに倒れこんだトウリは、ヘッドギアをのろのろとした動きで頭に被り電源を入れた。


 SMOのソフトを起動させたトウリは、仮想世界にユリとなってログインした。




 そして、ログインしたユリが現れたのは噴水広場の石畳の上ではなく、何故か水の中だった。





14/8/12 17/04/14

改稿しました。

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