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アルステナの箱庭~仮想世界で自由に~  作者: 神楽 弓楽
一章 始まりの4日間
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23話 「湖に老人登場! 」

――【深底海湖】


「結局、全部食っちまったな。クリス……お前の胃袋は、ホントどうなってんだよ」


 桟橋の上にいるユリは、お腹一杯食べれて満足そうなクリスのふわふわとした尻尾を撫でていた。


 あの後、ユリは準備した角兎の肉塊10個分の180枚の焼肉を全て焼き上げた。

 やはり回数を熟すと、ユリが慣れてきたことや【調理】スキルのレベルが上がったこともあって、後半になると評価3がつく焼肉の数が増え、ごく稀に評価4が付くことがあった。評価4の焼肉は評価3よりも匂いも味も上だった。評価一つ違うだけで、はっきりと変わるものなのかと口にしたユリは驚いていた。


 中には失敗して評価が測定不能の焼肉も出てしまったが、焼いた数を考えれば出てしまうのも仕方のないことだった。また、焼けた焼肉の内のほとんどである170枚近くが全てクリスの胃袋に収まった。


 それは、ユリが焼肉を一枚食べている間に皿に盛っていた残りの焼肉が全てクリスの頬袋に入っていくような驚異的なペースだった。


「きゅぁぁ……」


 そんなハイペースで焼肉を食べ尽くしたクリスは、一頻りユリに撫でられて眠たそうに一声鳴いた。もぞりとユリの手の中で起き上がったクリスは、服をその小さな手足でしっかりと掴みながらやや覚束ない足取りで登っていき、いつもの肩にではなく燕尾服の胸元にあるポケットの中へと頭から入っていった。

 そして、そのままポケットの中で体を丸めると寝てしまった。


 胸元のポケットにクリスの大きな尻尾までは入りきらず、外へと食み出して垂れ下がっていた。ユリが、もこもことした尻尾をつつくとピクンと反応して少しゆらゆらと揺れた。



「ふふっ」


 そんなクリスの尻尾の反応にユリの口元には自然と笑みが浮かんだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 


 その後、胸元のポケットに眠ったクリスを入れたまま使った道具の片づけをしたユリは、エプロンと包丁を装備から外して代わりに籠手を再び身に着けて桟橋の縁へと腰かけた。



 桟橋の縁からは太陽の光を反射して宝石のようにキラキラと眩しく輝く湖が見えた。

 すぐ下の水面へと視線を落とせば、透き通った水の中で優雅に泳ぐ色鮮やかな魚たちを見ることができた。



 そんな幻想的で穏やかな湖の景色をユリは、足をぷらぷらとさせながらぼーっと眺めていた。




「さてと、そろそろ泳ごうかな」


 ひとしきり景色を堪能したユリは徐に立ち上がった。



「どうせゲームなんだし、水着で泳ぐのもいいか」


 気分が良かったユリは、メニュー画面を操作してクリスを収納すると、籠手と具足を除いたすべての装備を外してスクール水着へと着替えた。しかし、その操作でニーソを外すことが出来なかった。


 下着に分類されるニーソは、履いたり履き替えることこそ容易なのだが、外すことはシステムの関係上迂遠な操作を必要としていた。それを知らなかったユリは、ニーソを外すことが出来ずに結局脱ぐことを諦めてスクール水着に着替えた自身の体へと視線を落とした。



 体にぴったりと密着する紺色のスクール水着は、ユリの慎ましやかな胸やほっそりとしたお腹を隠していたが、肩は大きく露出し、手足は根元から真っ白な素肌が曝け出されていた。

 


「……やっぱりまだ慣れないな。まぁ、ビキニじゃない分、上着を着てるようなものだと思えばそれほどじゃないか」


 ユリは、前よりも落ち着いた様子でそう判断する。比較する基準がおかしいことに疑問に思ってないところが、長年ルカの玩具にされてきたユリが、毒されてきている証拠だった。

 


 スクール水着を着たユリは、桟橋の上で軽く体の(すじ)を伸ばす準備運動をする。

 以前は興奮のあまりすぐに飛びこんでしまったユリだったが、普段水に入る際には準備運動をするように心掛けていた。


 とはいえ、ここは仮想世界なので準備不足で体が攣ってしまうなんてことは起こり得る筈はないのだが、泳ぐ時の習慣となってしまった準備運動をユリは、結局最後までしっかりと行った。



「よしっ、それじゃ泳――」



 準備運動を終えたユリは湖へと飛び込もうと体を屈めた――――ところで、いきなり背後から声をかけられた。



「ふむ。そこの娘、この湖で泳ぐつもりなのか? 」



「えっ?―――うわわっ!? わぷっ」


――ザッパーン


 突然真後ろからかけられた声に反応して振り返ったユリは、桟橋の上に立つ白髪の老人の姿を捉えると同時に、振り返った拍子に片足を桟橋から踏み外して後ろ向きのまま背中から湖へと落ちた。


 大きな音と水飛沫が上がった。

 ユリが落下した水面からはしばらくブクブクと気泡が立ち昇った。


「ぷはぁ! 」

 

 しばらくするとそこからユリが浮かび上がってきて水面から顔を出した。



「げほげほっ……げほげほ……! はぁ、今のはビックリした……」


 湖から桟橋に上がってきたユリは、しゃがみ込んで何度も咳き込んだ。


「あー……大丈夫かの娘? 」


 そんなユリに釣竿を持った白髪の老人がバツの悪そうな表情で声をかけた。


「大丈夫じゃねえよっ! 急に話かけてくんなよ爺さん! 」


「いや、すまんかったのぅ。こんなところに1人でおった娘が、少し気になってしもうてつい声をかけてしもうたんじゃ。驚かせてすまんかった」


 ユリの咎めるような鋭い視線に老人はすまなそうにぺこりと頭を下げた。


「……で、なんで急に声をかけてきたんだよ」


 老人が謝ったことで、ユリから咎めるような雰囲気はなくなったが若干不機嫌そうに尋ねた。


「うむ。

 娘さんが桟橋でなにか楽しそうなことをしとるのをあそこの小屋の方から見かけての。それが気になって出かける支度をして小屋を出てきたんじゃ。

 湖へと行ってみると……すくーる水着? だったかのぅ……娘がそれを着て湖に飛び込もうとしておるのを見かけたんで少しばかり忠告しておこうと思うて声をかけたんじゃ。

 ここには危険なモンスターがおるからの。

 遊びで泳ぐにしては少々危険じゃと思って忠告しようとたんじゃが、まさか声をかけて娘が落ちるとは思わんかった。すまんかった。儂の配慮が足らなんだ。

 して、どうしてここで泳ごうとしたんじゃ? 」


 どうやら話を聞く限りだと、老人はユリに親切心から声をかけたようだった。

 老人に悪気はなかったことが伝わったユリは、老人を許して老人の質問に答えた。


「どうしてって言われても……そこに湖があったからだよ。サメとか出てきても倒せばいいわけだしな」


「……娘よ。それは少々命知らずと言うか無謀過ぎやしないかのぅ」


 ユリの返答に老人は呆れたような表情になった。


「大丈夫だって! ちゃんと槍を銛代わりにするつもりだし」


 過去にサメに襲われた経験を元にユリは用心のために考えていたことを老人に話して、手元に槍を出して見せた。ユリ自身は、根拠の無い自信からいける!と確信しているようだったが、試したことはまだなかった。


「不安じゃのう……」


 気楽に笑うユリを見て老人は、心配そうな目をユリに向けた。

 しばし老人は熟考すると、ぽんと手を叩きユリに新たな提案をしてきた。


「おお、そうじゃ。娘、少し儂と釣りでもしてみんかの? 」


「釣り? 釣りは父さんと何度かしたことあるけど……スキル持ってないけど、いいのか? 釣竿も持ってないぞ? 」


「よいよい。スキルがなくとも釣りはできる。釣竿ならほれ、儂のを貸してやる」


 そう言って老人は、懐からもう一本の釣竿を取り出してユリへと手渡した。


「それならすこしだけ釣竿を借りるな! 」


 そこまで行ってくれ鳴るなら釣りをするのもいいかなと思ったユリは礼を言って、老人が差し出してきた釣竿を受け取った。



 老人があまり奇異の目でユリを見なかったせいなのか。それとも単に忘れているだけなのか。


 ユリは、未だにスクール水着を着たままだった。



14/8/11 17/04/10


改稿しました。

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