21話 「タクはまた徹夜」
――東野家の庭(朝6:30)
太陽が顔を出しセミの鳴き声が響く早朝、ジャージ姿のトウリは自宅の庭でラジオから流れる声に合わせてストレッチを行っていた。
ラジオ体操を入念に行い、凝り固まった体をほぐしていく。
ラジオ体操が終わってもトウリは、黙々と柔軟体操を続けて、筋一つ一つをゆっくりとじっくりと伸ばしていった。
「ふぅーー」
30分ほどかけて行った柔軟体操が終わった時には、トウリの額には玉のような大粒の汗が浮き出て、トウリの頬は火照って真っ赤に紅潮していた。
体を十分にほぐせれたトウリは、汗を洗い流すために風呂場へと向かった。
スポポーンと手早くジャージを脱いで風呂場に入ったトウリは、シャワーの蛇口を捻った。
「うはっ冷たーー!! 」
シャワーから出てきた水の身が引き締まるような冷たさに悲鳴を上げながら、びっしょりとかいた汗を洗い流す。火照った体に水の冷たさが心地よかった。
シャワーを浴び終えたトウリは、ちょっと大きめのゆったりとした半袖Tシャツを着て、台所に向かった。
冷蔵庫から冷やした水を取り出してコップに注ぎ、一気に呷った。
「くぅ~~~~っ!!冷やして正解だなっ。こっちの方が断然いい」
冷えた水が乾いた体に染み渡るようでトウリは、2杯、3杯と続けて飲む。
―トットットットッ
そこへ誰かが階段を降りる音がした。
「ふわぁ~眠ぃ……ん? 何だトウリか。今日は早いんだな」
その音に反応したトウリが廊下の方に視線を向けると眠たそうにあくびをしながらタクヤが入ってきた。
「おはようタク。まぁここ3日くらいまともに体動かしてなかったからな。軽くストレッチをしてたんだ。タクも水いるか? 」
「おっ、気が利くな。ありがたくもらうよ。ちょうど喉が渇いて降りてきたとこなんだ」
トウリは食器棚からタクヤのコップを取り出して、水を注いでタクヤに渡した。
「これ、ちゃんと冷やしてんだな。うん、うまい、おかわりだ! 」
一気にコップの水を飲み干したタクヤは、コップをトウリに渡した。
「自分で注げよ」
そう言いつつトウリは渡されたコップに水を注いでタクヤに返した。ついでに手に持っていたペットボトルもタクヤに押し付ける。
「サンキュー」
タクヤはそれを受け取って、自分の気が済むまで何杯もおかわりをしていた。
飲み終わったタクヤはペットボトルを冷蔵庫に仕舞って、使い終わったコップを洗って、乾燥機の中に入れた。
「そんじゃ、俺はちょっと寝てくるから飯ができたら起こしてくれよー」
そう言い残してタクヤは二階に上がってしまった。まさかの徹夜明けだったようだ。
「あいつさっきまでゲームやってたのかよ……」
あまりに無茶苦茶なタクヤにトウリは戦慄するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
――居間(朝8:15)
タクヤが2階に上がった後、トウリはしばらくTVのニュースを見ていた。
TVに流れるニュースはトウリたちがやっている『ソード・マジック・オンライン』についてちょうどやっていた。
最近、話題のVR技術は、当時全くの無名だった日本のゲーム会社『アルステナ』が発表したものだった。
今から3年ほど前に突如『アルステナ』がVR技術が使われた対戦ゲームを売り出し、空前の大ヒットととなり、当時不可能と思われていたVR技術の実現に世界は騒然となった。
VR技術の詳細は、会社どころか日本の最高機密とされていて、その全容を知る者は多くなかった。
その後、VR技術は国家プロジェクトとして『アルステナ』を中心にVR技術を使用した様々な分野の新技術が開発された。特に医療の分野ではVR技術が使用された画期的なものがいくつも開発され発表された。
そんな華々しい話題の中には、軍事の分野でVR技術を使って作り出された仮想空間の中で疑似戦闘が行える物が作られたという黒い噂も存在した。
また、『アルステナ』という会社もその重要性の為か、謎の多い会社でもあった。
この会社が日本に存在する『アルステナ』というゲーム会社という以外は完全に秘匿されていて、社員どこか社長すら誰なのかすら明らかにされていなかった。
そんな謎に包まれた『アルステナ』には、ピンク髪の幼女の姿をしたマスコットが存在し、『アルステナ』関連の発表は、全てマスコットであるアルステナちゃんを通して行われていた。
と言うのが『アルステナ』にあまり詳しくないトウリでも知っている一般的な常識だった。
そんな『アルステナ』が発表した新しいゲームがVRMMORPGである『|ソード・マジック・オンライン《通称SMO》』は、今までの一人用ではなく多人数参加型のゲームだった。
これには、ファン達の反応はすごかった。ゲーム機やソフトを買うために発売日の3日前から販売店の前で待つ人たちで溢れ返り、多い所では五キロにもなる長蛇の列になった場所もあったらしい。
そういう意味で、タクヤから何の苦労もなく手に入れたトウリは幸運だった。
そもそも周りの人が全員SMOをやっている時点で奇跡的なことだった。
よほど運が良かったのだろう、とトウリは改めてそう思った。
「さてと、朝食の準備をするか」
ニュースを見終えたトウリはTVの電源を切って、そろそろ起きてくるだろうラン達のために朝食の支度を始めた。
◆◇◆◇◆◇◆
スクランブルエッグを作って、炒めたウインナーと一緒に皿に盛って、バターを塗ってカリカリに焼いたパンを置く。
全員分をテーブルに用意したところでカオルが下に降りてきた。
「おはようカオル姉」
「おはようトウリちゃん、朝食作ってくれたのね。いつもありがとう」
テーブルに置いてある朝食に気づいたカオルがにっこり笑ってトウリに礼を言う。
「まぁ、いつものことだしね。ランはまだ? 」
「ランちゃんはさっき起きたみたいだからそろそろ降りてくると思うわ。タクヤの方は? 」
「ん? あいつの方は徹夜してたみたいでさっき寝たばかり。朝食の用意が出来たから今から起こしにいくところ」
「あらそうなの。それじゃあよろしくね」
「カオル姉は先に食べといたらいいよ。牛乳は冷蔵庫にあるから」
「わかったわ」
カオルにそう伝えてトウリは二階に上がった。そして、階段を上がったところでランと鉢合わせた。眠たげに半目になっているランの髪は、嵐にあったように寝癖で乱れていた。
「あ、おはよう。ラン。お前、髪が爆発してるぞ」
「……あ、お兄ちゃんおはよう~。ん~? 顔洗ってくる~」
まだ眠いのか生返事するランは、足元がふらふらとしていて危なっかしかった。
「ちゃんと目を覚ませ。階段を踏み外すぞ。朝食はできてるから顔を洗ったらちゃんと食べとけよ」
「ラジャー……」
トウリの言葉に一応返事を返していたが、トウリにはまだ半分眠ってるようにしか見えなかった。ランはそのままふらふらとしながら階段を降りていった。
無事にランが階段を下りたのを見届けた後、トウリはタクヤが寝ている自分の部屋の前にまで辿り着いた。
「あいつは、まだ寝てんのかな~っと」
タクヤを起こすためにトウリは、ドアを開けた。
「はははははは! 」
「タふぇっ!? 」
――バンッ!
突然、聞こえたタクヤの笑い声に仰天したトウリは、タクヤを起こそうと喉元まで出かかっていた声が裏返った。びくっと大きく体を震わせたトウリは、反射的にドアを大きな音を立てて閉めた。それほど驚いていた。
「な、何だったんだ今の……」
胸に手を当てて動揺を隠しきれてないトウリの心臓は、バクバクと早く鼓動していた。
「落ち着け、落ち着け」
何度か深呼吸したトウリは、もう一度そーっとドアを開けて部屋の中の様子を伺った。今度はドアを開けてもタクヤの笑い声は聞こえてこなかった。
見ればタクヤは自分の布団で普通に寝ていた。あの笑い声は寝言らしかった。
「なんだよ……タクの寝言かよ。驚かすなよなーホントに。心臓に悪い……」
本当に人騒がせなやつだった。
「まったく一体こいつはどんな夢を見てるんだよ」
呆れながらも起こすためにトウリはタクヤに近づいた。
「……くっくっくっ……ユリちゃんぷっ……女装にあってるな……ぷっ。くっくっ」
タクヤは目を瞑ったまま笑いながらぶつぶつと寝言をつぶやいていた。
本当に寝てるのか?と大分怪しい寝言だが、本当に寝ているらしい。
「…………」
トウリは無言で拳を握りしめた。
「はははははっ! あーマジでおもしれー――って何だ夢だったか」
運がいいのか悪いのかちょうどタクヤが目を覚ました。
「あ、トウリ起こし――おごっ!!? 」
部屋にタクヤのお腹にトウリの拳が入る鈍い音が響いた。かなり痛そうな音だった。油断しきっていたタクヤはお腹を押さえて布団の上で悶絶した。
「ちょっ、俺が何したって……んだよ」
痛みをこらえながらタクヤは、トウリに抗議した。
「少しは自分で考えろ」
しかしその問いかけにトウリは答えず、そう吐き捨てて部屋からさっさと出て行ってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆
タクヤが2階から降りてきたのは、それから10分後のことだった。
まだ痛むのかお腹を擦りながら降りてきた。トウリはタクヤの方に一切視線を向けず無言でモクモクと自分の朝食を食べていた。
朝食を食べた後の片付けは、カオルとラン2人がトウリに気を利かせてやってくれた。2人ともトウリが2階を上がってから機嫌が悪いのには気付いてた。
4人で昼食を食べる時間を適当に決めた後、トウリは部屋に戻ってベッドに寝転がった。
今日は一人でスキルのLV上げをするつもりだった。森にでも行こうかなと考えながら、トウリはヘットギアを被りSMOを起動させた。
14/8/10 17/04/04
改稿しました。




