133話 「ルルルの依頼」
狂兵蟻に襲われていた新兵蟻を助けた後も、ユリは何度か狂兵蟻と遭遇し、戦闘になった。一度に遭遇する数が5体以下で対処可能な数だったため、1対1になるように立ち回りながら全て打倒した。
新兵蟻の群れと遭遇することもあったが、彼らは警戒するだけで彼らから襲ってくることはなかった。ユリとしても余計な戦闘は避けたかったので、彼らとは一定の距離を取りながら道をすれ違うことで事なきを得た。
「前みたいに襲ってこないのは、あのクエストの影響か? 何にしても助かった」
ユリは彼らが襲ってこないことを不思議に思いつつも、すれ違う際に餌として鉱石を与えてみるくらいには楽しんでいた。新兵蟻たちとそんな交流をしつつ、ユリはアント廃坑から無事に外に出ることができた。
廃坑内の狂兵蟻が粗方狩り尽くされていて、小規模の群れとしか遭遇しなかったのはユリにとって幸いだった。
【アント廃坑】から無事に出ることができたユリは、『始まりの町』の門をくぐり、その足でルルルの店へと向かった。
ルルルの店は入り組んだ路地の奥にひっそりと立っている。
看板のようなものはなく、一見してここが店だとわかる特徴はなかった。
ユリは、開くために握ったドアノブに視線を落として苦笑する。
「わかりにくいよなぁ」
ドアノブには、彫られた装飾に紛れるように「ルルルの防具店」と店名が刻まれていた。以前、一緒に廃坑に行った帰りにルルルに教えてもらった店の見分け方である。
初見でこれを見つけて、店に訪れる客がいるとは思えなかった。
「まぁ、ゲームなんだし、楽しみ方は人それぞれか」
ドアを押し開いて店内に入ると、ドアベルが鳴り響いた。
店内にはルルルの姿はなく、カウンターの前に見知らぬ男女が3人立っていた。談笑していた3人は、ドアベルの音で談笑を止め、ユリの方を見てきた。
「いらっしゃい。ルルルに用か? 嬢ちゃんは今、奥で作業しとるからしばらく待っといてくれ」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
ルルルの姿を探していたユリは、カウンターの前にいた顎髭を生やした厳つい男の話で納得する。よくよく耳を澄ませると、カウンターの奥から金属をリズムよく叩く音が響いていた。
素材を売りに来ただけで別に急ぐ用事でもなかったので、ユリは店内に陳列された商品を見ながらルルルを待つことにした。
店内に陳列された商品は、2日前に訪れた時よりも増えていた。廃坑で採掘できた魔鉱石が新たに加わった様で、新しい名称の武器が武器ごとに1種類から2種類ほど増えていた。
「げっ、魔鉱石のになると5万とか6万するのか……」
露店で見かけた魔鉱石製の籠手が4万だったのを考えると、なかなかにお高い。ユリは手持ちのお金は、盛夏祭に備えて装備を一新するには心許なかった。
「稼がないとなぁ」
ユリが陳列された武器を見ながら、町のおつかいクエストを受けることを真面目に検討していると、ルルルが作業場から出てきた。
「あぁ、ごめんなさーい。お待たせしました……ってユリさん! 今日はどうされたんですか? 」
「いや、今日はルルルにアイテムボックスの肥やしになってる素材を売ろうと思って来たんだ」
「……なるほど! 素材の買い取りはいつでもウェルカムですよ」
ルルルは、数拍の間があってから以前ユリが見せたものを思い出し、納得する。そして、すぐに申し訳なさそうに眦が下がった。
「ただ未鑑定の品となると、スキルの関係で鑑定に時間がかかってしまうので、ちょっと今日は未鑑定の品の買い取りは難しいですね……」
「あ、それは大丈夫。ギルドの方で粗方鑑定してもらったから、多分鑑定済みになってる」
「ギルドで鑑定してもらったんですか! それなら大丈夫ですね。すぐ確認できるので買い取りできます」
ルルルは、ギルドに鑑定してもらったと聞いて、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑った。
ユリは、どれが買い取ってもらえるかわからなかったので、ルルルに自分のアイテムボックスの一覧が見えるようにウィンドウを可視化し、ルルルに見せた。
「どれどれ……ユリさんのアイテムボックスは何でも入っているので何が入っているか楽しみですね」
アイテムボックスに目を通すルルルの目は真剣だった。
「やっぱり、いっぱいありますね。質は低いですけど、魔鉱石や宝石の原石もありますし、森の素材が多いのはありがたいです。湖の素材も豊富ですね! あ、これ丁度切らして欲しかったんですよ。あ、これも結構持ってるんですね」
ルルルは、よっぽど集中しているようで、独り言が口に出ていた。キャアキャアとおもちゃ箱を目にした子供のように楽しんでいた。
15分ほどかかって目を通し終えたルルルは、ユリに買い取りたい品数を提示した。その種類実に100種類近くであり、それらをほとんど全て買い取りたいと言った。
「随分と大量に買ってくれるんだな。こんなに買って大丈夫か? 」
「大丈夫ですよ。えっと、ユリさんには普段ご贔屓にしてもらってますし、ギルドの売却価格に色を付けて切りよく合計で45万でどうですか! 」
「45万!? 」
ユリは、ルルルが提示した額に噴き出した。
「えっ、そんなにくれるの? えっ、そんなに高いやつあった? 」
ほとんどが道中に【発見】で反応したから採ったに過ぎない路傍の花のように価値のないものだと思っていた。
「ありましたよ。まずモンスター素材ですね。異常種はどれも高めですし、その他にもユリさんは湖の素材が多いですからね。それと、未鑑定の時に分からない素材は市場に出回ってないのが多いので、その分希少価値が高いのです。ユリさんはそういうのがとにかく多かったので、この値段ですね」
ルルルに一から値付けの説明を受けて、ユリはその値付けに納得する。
モンスター素材は単価が高いが、数がそれほどなかったので合計で10万ほどだったが、採取していた素材は単価こそ基本的にモンスター素材ほど高くないが、とにかく数が多かったので結構な値段になっていた。また、中には単価が高い素材もあり、その存在が大きかった。
「このステラライザ草なんて、抽出した成分が魔鉱石を加工する際の安定剤になる重要な素材なんですが、上級マナポーションの素材とかにも使われるですよね。この辺りならどこにでも生えているんですが、群生地ってほど一ヶ所に集まってることがなくて、それでいて数がとにかく必要になるのにスキルを持ってない人が採取すると、謎の草の一種になってしまうので、市場でも不足しがちで、最近は魔鉱石が出回ったり、上級ポーションの需要が高まってきた影響で今はかなり高騰してるんですよ」
そう言ってルルルが、この植物に提示した価格は1束1000Gであり、50束ほど持っていたので、この植物だけで5万G以上の金額になった。ちなみに、1つの武器に10束から20束ほど消費するとのことなので、魔鉱石製の武器が高くなりがちな一因にもなっているようだった。
そういった何気に採取していた植物や石の中には、1つで数百Gや数千Gの価値がある希少なものや高騰している素材が存在し、マメに採取していたためにそれらが50や100と溜まっており、それが積もり積もってこの値段になっていた。
金額に納得したユリは、その金額で了承した。
「不足していた素材もあったので助かりました! また素材が溜まったら売りに来てくださいね! 」
「うん、その時は売りに行くよ。それでルルル。今日はそれだけじゃなくて、このお金で装備を更新したいんだけど、できるかな? 」
「装備の更新ですか。えっと、はい。できますよ。……もしかして、盛夏祭の闘技大会に参加するのですか? 」
「記念にね。自分がどれくらいの強さなのか知りたいし」
ユリがそう答えると、ルルルは少しの思案の後、ユリに1つの提案を持ち掛けてきた。
「そういうことなら、ユリさん。ちょっと私の依頼を受けてみませんか? 」
「依頼? 」
「はい。森の奥地で採れる素材の採取を頼みたいんです。ユリさんの【発見】は素材採取に最適なので。素材を採ってきてもらえたら、譲ってもらったミスリルで最高の武器が作れるので、依頼達成した際にはその武器を報酬として渡します」
「素材採取か……興味はあるけど、素材の見分けなんて俺にはつかないぞ。それに森は浅いところまでしか行ったことないけどいいのか? 」
「それは大丈夫です。一緒に行ってもらいたい人が森に詳しいですし、素材の見分けもつけれるので」
「他に人がいるのか? 」
「あ、はい。ヴァルリーさんのことは覚えていらっしゃいますか? 」
「ヴァルリーさんって言えば、一緒に洞窟に行った魔法剣士の人だよね」
「はい。そうです。ヴァルリーさんに頼んでいたのですが、一人では少々時間がかかっているようなのでユリさんに助っ人をお願いしたいんです」
「それは別にいいけど……ヴァルリーさんの方は了承してくれてるのか? 」
「これから確認を取ってみるつもりですけど、多分大丈夫です」
謎の自信で断言したルルルが、ログインしていたヴァルリーに向けて連絡を取ると、ヴァルリーは実際にユリと組むことを了承した。
「ユリさん、これから行けますか? 」
フレンド通信の途中で、ルルルがユリに聞いてきた。ユリは、その質問に首を横に振る。
「いや、そろそろお昼の時間だから一旦、昼食で落ちるつもり。午後からなら大丈夫だぞ」
「ふむふむ。そういうことなら13時からでいいですか? 」
「それなら大丈夫だ」
「わかりました。――13時からなら大丈夫そうです。ええ、はい。よろしくお願いします」
ヴァルリーとは話がついたようで、ルルルは通信を切った。
「13時に、西門の前に集合だそうです。大丈夫ですかね? 」
「ああ、大丈夫だ」
「急な頼みを引き受けてくれて、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「うん、報酬の武器には期待してるよ」
「任せてください! ユリさんにスタイルにピッタリな武器にして見せますよ! 」
ルルルは、ユリの言葉に胸を叩いて自信満々に応じた。
「それじゃ、一旦ログアウトするよ」
「はーい。お疲れ様です」
ルルルに見送られて、ユリはSMOからログアウトしたのだった。
お久しぶりです。というより大変お待たせしました。
今後もリアルが忙しい為、更新は不定期になりますが、なるべく更新するよう頑張りたいと思います。応援のほどよろしくお願いします。




