131話 「飛んで追われて」
『カジバの街』の西門から外へと出たユリは、【アント廃坑】に続く道から少し外れた場所で立ち止まり、胸元から透明な結晶のペンダントを2つ、引っ張り出して握り締めた。
「《召喚:クリス》、《召喚:レイヴン》」
ユリの言葉に呼応して、手に握り締めた従魔結晶が光り輝き、握り締めたユリの手の隙間から無数の光の粒子が溢れだした。
思わず目を庇ってしまうほどの眩い光の奔流は、一度ユリを取り巻くように広がった後に2つに収束を始めた。一つは手のひらサイズほどで形が生じ、もう一つは軽自動車サイズまで大きなっってから形が生じた。
ユリの視界がホワイトアウトしてしまうほどに眩しかった光が治まり、目を開くと、目の前には地面の上に立つクリスとレイヴンの姿があった。
2体の姿を視界に収めたユリは、笑みを浮かべた。
「おはよう。今日もよろしく」
「きゅ! 」
「おーあっ!」
ユリの挨拶に2体の従魔は元気に鳴いて返した。
いつものようにユリは、クリスを肩に乗せて木の実を与える。クリスは、その木の実をせっせと頬袋につめて口を膨らませる。
「レイヴン、撫でてもいいか? 」
そして、ユリは、レイヴンに一言断りを入れてからレイヴンの首元に手を伸ばして、しっとりとした漆黒の羽毛を撫でた。ボス戦では触れる機会は存分にあったものの、それを堪能する余裕がなかったユリは、改めてその撫で心地に静かに感嘆の声を漏らした。
ユリに撫でられたレイヴンもまた心地よさそうに円らな瞳を細めた。ユリの手に頭を擦りつける仕草をとる。クリスと違って甘えた仕草を見せるレイヴンにユリは、微笑を浮かべて押し付けてきた頭も撫でてやる。軽く指を立ててやや強めに撫でてやると「くるるるぅぅ」と喉を鳴らして甘えた鳴き声がレイヴンの口から漏れた。
一頻り撫でた後にユリは撫でる手を止めた。そして、アイテムボックスから万能鞍を取り出して、レイヴンに声をかけた。
「レイヴン、またお前と一緒に空を飛びたい。だから、この鞍をお前の体につけていいか? 」
そうユリに頼まれたレイヴンは、細めていた黒い眼を開いてユリが手にもつ万能鞍を一瞥した。その後、何も言わずに膝を折り曲げてペタッと地面に座り込んだ。
「ありがとう」
聡いレイヴンにユリは、礼を言って頭を撫でた。
レイヴンに万能鞍を装備させようとしたところで、どうやって装備させればいいのかわからないという問題が発生したものの、メニュー画面の『装備』の項目にいつの間にか増えていたテイムモンスターの枠から装備できるということが判明して、無事に万能鞍をレイヴンに取り付けることができた。
「着心地はどうだ? 」
背中に鞍を装備したレイヴンは、着心地を確かめるように立ち上がって二、三度翼を羽ばたかせた。そして、問題がないとばかりに「おーあっ! 」と元気よく鳴いた。
「そうか。なら、よし」
ユリが満足そうに頷いた。レイヴンは、次の行動を察してたか再びペタッと地面に座り込んだ。
「ありがとう、レイヴン」
その配慮にユリは嬉しそうに笑みを浮かべて、レイヴンの背中に跨った。
「お祭りが始まるっていうし、まずは始まりの町を目指すか。ルルルにも会っておきたいし」
ユリは、鞍に腰を落として手綱を握ると、軽く足で蹴ってレイヴンに合図を出した。
「レイヴン、あの山の向こう側の町まで頼む」
「おーあっ! 」
ユリの指示にレイヴンは、力強く鳴いて翼を大きく羽ばたかせた。
そうして、レイヴンは、ユリとクリスを乗せて空へと飛び立った。
高く高く。
仮想世界に創られた太陽の下に広がる遮るもののない青空へと翼を羽ばたかせて飛び去っていた。
その様子を道行くプレイヤーの何人かに見られているとは露も知らずに。
この一件で、掲示板が俄かに騒がしくなるが、それはまた別の話である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おぉ……あっという間に山の天辺か! 」
ユリを乗せてぐんぐんと上昇を続けたレイヴンは、あっという間に鉱山の天辺に到達した。眼下には、前にユリ達がレイヴンと戦った広場が見えていた。
開きっぱなしのエリアマップで現在地を確認しながらユリが手綱を引くと、その指示に従ってレイヴンは、軌道修正を行った。お互いにまだ慣れないので、軌道が変わり過ぎて修正の修正という風に指示を何度も出すことになった。しかし、クオッチ達よりも上空を飛んでいたことで、空の旅の最中にモンスターの襲撃に合うこともなく、ユリ達は快適な空の旅を満喫していた。
しかし、この快適な空の旅にも限界が存在した。
ユリが異変を感じたのは、鉱山の中腹付近の上空を飛んでいる時だった。
地面がさっきよりも近くなっていることに気づき、ユリは高度が下がっていることに気づいた。だと言うのに、レイヴンは高度を上げようとせずに翼を広げた滑空姿勢を続けていた。
そのことに違和感を感じたユリは、もしや、と思ってレイヴンに声をかけた。
「レイヴン、大丈夫か? 」
それに対しての返答は、疲れの滲んだ鳴き声だった。
「レイヴン、適当なところに降りてくれ」
その声で限界を察したユリは、レイヴンに着陸の指示を出した。レイヴンは、それに従い、滑空姿勢を保ったままゆっくりと旋回をしながら高度を落としていき、山道の少し開けた場所に降り立った。
レイヴンは、地面を滑るように砂埃を立てながら着地した。ユリは、着地に合わせて軽やかにレイヴンの背中から飛び降りた。
レイヴンは、広げていた翼を折りたたみ、嘴で軽く毛繕いを行った後に、疲れたようにペタっと地面に座り込んだ。
「お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
「おーあ」
「《帰還:レイヴン》」
ユリが言葉を唱えると、レイヴンが光り輝き、形を崩して無数の光の粒子へと変わり、ユリの首に下げられたペンダントに吸い込まれていった。
「一応、確認しとくか」
ユリは、メニューを開いて『テイムモンスター』の項目をタップし、レイヴン画面を開いた。そこに表示されたデータを見て、ユリはレイヴンのMPがほとんど枯渇していることに気づいた。
「もしかして、飛ぶのにはMPを消費するのか? 」
ということは、途中からレイヴンが羽ばたきを行わなくなったのは、MPが枯渇したせいだと考えられた。マナポーションを使ってMPを回復させれば、継続して飛べるのか? という疑問がユリの中で浮かんだ。しかし、その浮かんできた疑問をユリは頭を振って振り払った。
「ひとまず、レイヴンは休憩だ。そろそろ歩きじゃないと、空飛んでるの誰かに見られて悪目立ちしそうだしな」
離陸の際に既に目立ってしまっていることを知らずにユリは、のんきにそんなことを呟いた。
そうして、ユリは、クリスを肩に乗せて【忘れ去られた山道】の急な坂道を下り始めたのだった。
「クオーア!」「クオーア! クオーア! 」「クオックオッ! 」「クオーア! 」「クオックオッ! 」「クオーア! 」
「ちくしょう! 数が多すぎだろっ」
ユリは、上空から群れを為して襲ってくるクオッチたちに悪態を吐きながら、石がごろごろと転がる急な坂道を跳ねるようにして駆け下りていた。
快適な空の旅とは一転して、徒歩での下山は、クオッチ達に見つかったために早々に忙しないものとなっていた。
幸いなことと言えば、クオッチの群れが以前タク達と登った時のものより小規模だったくらいだろう。
「クオックオッ! 」「クオーア! 」「クオーア! 」
山道を駆け下りるユリよりもクオッチ達の方が早く、逃げるユリは、クオッチ達に群がれて体のあちこちを嘴で突かれていた。
「痛ッ! あだっ!? くっそ、失せろ鬱陶しい! 《猫騙し》!! 」
ユリが手を叩くと、パァンという大きな炸裂音が発生し、それに驚いたクオッチ達が散り散りになってユリから離れる。その隙をついて、ユリは転げるように山道を駆け下りていった。
しかし、それでクオッチ達を振りきれるほど甘くはなかった。
その後も何度も追いつかれては、《猫騙し》で切り抜けてを繰り返したユリは、それなりのひらけた場所を見つけて、そこに逃げ込んだ。当然、そのユリの後をクオッチ達は追ってきた。
ユリは、広場の中央でクオッチ達に向き直ると、構えを取った。
「これだけ広けりゃ、存分に戦える」
追いかけ回されてユリの鬱憤は、相当に溜まっていた。その瞳は、昂った戦意によってらんらんと輝いていた。
「お前ら全員、焼き鳥にして喰ってやる」
その瞳でクオッチ達に狙いを定めたユリは、口角を釣り上げて牙を剥いた。
「クオーア! 」「クオーア! 」「クオックオッ! 」
「シッ――! 」
立ち止まったユリに、クオッチ達は愚直に群れを為したまま迫ってきた。そこにユリは、一歩踏み込んで先頭の一体に高速のパンチを放った。
群れで向ってくるが故に先頭のクオッチは、急な方向展開は無理だった。
「オッ」
ユリのフックが脇腹に入り、飛んでいたクオッチは、横からの衝撃で大きく傾いだ。
「フッ! 」
その瞬間に追撃の飛び膝蹴りが顔に入った。その一撃でクオッチのHPは消し飛び、黒い光の粒子を撒き散らして消滅した。
早々に一体を屠ったユリだが、まだ周囲には20近い数のクオッチ達が群れていた。
群れの中に飛び込んできたユリに対してクオッチ達は、一度減速をして衝突を避けた後にぐるりとユリの周囲を囲った。そして、順番に四方八方から間断なく襲い始めた。
「それはもう見た! 」
ユリは、爪を突き立てようと迫ってきたクオッチの一体の首を掴みとって締め上げる。
「グゲェ!? 」
握力に物を言わせた首絞めは効果的だったようでクオッチのHPは、一瞬で半分を切り、あっという間にHPバーが赤く染まる。
「おらぁ! 」
そのHPが0になって消滅する前にユリは、そのクオッチを大きく振りかぶって別の一体へと投げた。投げられたクオッチは、飛んでいたクオッチの一体に当たって、その命を散らした。しかし、体重が軽かったせいか当たった方のクオッチは、HPを4割ほど減らしつつも生き残っていた。
「きゅプププッ!! 」
そこをすかさず、ユリの胸元から顔を覗かせていたクリスが口から木の実を弾丸のように吐き出して、負傷したクオッチを撃ちぬいた。木の実の弾丸に体を撃ち抜かれたクオッチは、残ったHPを散らして消滅した。
まるで空から雨が降り注いでくるような攻撃に晒されながらもユリは、怯むことなくクオッチ達の動きを目で追っていた。そして、拳や肘、時には足を使って向ってくるクオッチ達を迎撃していく。時には、クオッチを捕まえ、他のクオッチに投げつけた。
しかし、四方八方から襲いかかってくるクオッチ達の足の爪や嘴がユリの体を捉える度に、ユリのHPは痛みと共に減少した。だが、ポーションをアイテムボックスから取り出す余裕はなかった。
「くっ……! 《猫騙し》!! 」
残りHPが3割を切ったところでユリは、両手を叩き、パァンという大きな炸裂音を発生させた。その音に驚いたクオッチ達は、散り散りになってユリから離れた。
「あいつらチクチク攻撃しやがって」
悪態を突きながら、稼いだ僅かな時間の間にアイテムボックスから取り出した中級ポーションと中級マナポーションを割って、HPとMPを回復する。
ふぅ、と息を吐く。
「だが、半分は喰ってやった……! 」
ユリの言う通り、混乱から回復し、再結集を始めているクオッチの群れの規模は最初の半数まで減っていた。
「12……いや、14か。それだけ減れば、楽勝だ。残りも全部喰らってやる」
「クオーア! 」「クオーア! 」「クオックオッ! 」
結集したクオッチ達は、一度大きく弧を描くように空を飛び、助走をつけると翼を折りたたみ、ユリへと急降下してきた。
それはまるで意思を持った矢の雨のようだった。
「あ、やばっ」
これには、好戦的だったユリも不利を悟ってその場からの離脱を計った。
頭上のクオッチ達の動向を伺いながら、ユリは、二度、三度と大きく後ろに飛び退った。
この時、広い広場の中央に立っていたために背後の足場に意識は向いていなかった。
ここが、地盤が脆い場所だということをユリは、失念していた。
踏みしめていた足場が、突如崩壊する。足場を失い、ユリの体が後ろへ傾いだ。
「へ? 」
突如広場に開いた大穴に、ユリは吸い込まれるようにして落ちていった。
「うっそだろ、おい!? 」
ユリの驚愕の声は、落盤で生じた音によってかき消された。
一応、レイヴンは道から外れた場所で出しました。
しかし、遮蔽物のほとんどない開けたエリアだったので、軽自動車並みの黒いモンスターが突然現れれば、目につくプレイヤーも出ます。それが、空を飛べば気づく人はもっと増えるし、青い恰好の人が乗っていることに気づく人は気づきます。
不幸中の幸いは、プレイヤーであることまでは断定されていない。(新しいNPCという懸念と半々
・レイヴンに騎乗した飛行。
最大15分ほどの飛行が可能。クールタイムは最大20分ほど。
飛行の際にはMPを消費する。激しい飛行ほどMPの消耗は大きくなる。滑空時が一番MPの消耗が少ない。(というより、ほぼない)よって、クールタイムは、MPの枯渇によるものが大きな要因。しかし、疲労的な裏要素もあるので、最大時間飛んだらMPを回復させても最低10分は休息を入れないとパフォーマンスは落ちていく。小まめに休むなどでクールタイムの短縮は可能。




