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128話 「資料室と鑑定結果」


 組合の資料室は2階の一室にあった。『資料室』と、この世界の言語で書かれた標識が入口の枠に打ち付けられていたが、薄汚れていてユリはそれに気づかなかった。


 部屋の中は広く、壁に沿って本棚が並べられていた。部屋の中央には閲覧机が用意されていたが、人気が全くなかった。


 資料室の本棚に意識が向いていたユリは、アルよりも先に入ろうとして、入口で司書から冒険者証の提示を求められて動揺した。あたふたと手間取りながらコエキ支部の支部長ガユンからもらった金属プレートを提示した。


「はい。確認しました。Fランクの冒険者が閲覧可能な資料は、こちらからあちらまでとなっております。それ以外の資料は閲覧ができませんので、ご了承ください。資料の貸出はしておりませんが、一部の資料は写本を販売しております。また、メモなどを取りたいという場合でしたら、紙や筆記用具の販売を行っています。ご入用でしたらお声掛けください。資料を閲覧する際には、こちらのブックカバーをご利用ください」


「ありがとうございます」


 提示した冒険者証と一緒に革製のブックカバーを手渡されて、ユリは中に入った。


 アルが手続きをしている間、ユリは司書から見てもいいと言われた本棚を眺める。きちんと装丁のされた本も多かったが、紙を束ねただけの資料も少なくなかった。


 適当な本棚から本を手に取って、ユリは表紙を見る。表紙の文字は、この世界の言語で書かれていて、そのままでは読めなかったが、依頼書の時のように仮想ウィンドウが重なるように開いた。そこには、『魔物大全~カジバ地方~』と書かれていた。


 めくってみると、ページには魔物の絵と文章が書きこまれていた。しかし、表紙のように文章は、この世界の言語で書かれていた。そして、いつまで待っても翻訳された仮想ウィンドウが表示される気配はなかった。


 これでは読めない。


 ここはまだ閲覧できない棚だったか? と疑問に思ったユリは別の棚の本を取って開いてみたが、やはり読めなかった。


「アル、読めないぞ。読める本はどこにあるんだ? 」


 ユリは不満そうに眉を顰めてアルに尋ねた。聞かれたアルは、悪戯めいた微笑を浮かべて答えた。


「その辺の棚にある資料ならどれも閲覧できますよ」


「俺はこの世界の文字は読めないぞ」


 アルのからかうような返答にユリは、ますます機嫌を損ねて頬を膨らませる。


「わかりました。ユリさん、その本をちょっと貸してください」


 ユリの不満が爆発する前に、アルはユリから本を受け取った。


「ありがとうございます。さて、このままだったら確かに読めませんね。《言語理解》というスキルを持っていれば、このままでも読めるようになるんですが……お互い持っていないので、今回それは置いときましょう。さっき、ユリさんは司書から何を受け取ったか覚えていますか? 」


「……カード(冒険者証)とブックカバー」


「そうですね。このブックカバーですが、実は本の表紙を保護するものではありません」


「へ? 」


 司書から渡された片面A4サイズほどの革製の大きなブックカバー。金属板のようなものがその内側に入っていているようでやたらと重かった。


 ブックカバーっぽくはないとユリも思っていたが、いざ真っ向から否定されると気の抜けた声が漏れた。


「これ、ここの資料を閲覧するために使う魔道具なんです。使い方は簡単です。本の裏表紙をこちらに挟んで固定して、ブックカバーの表面(おもてめん)冒険者証(カード)をはめるだけです」


 アルは、話しながらユリにお手本を見せる。冒険者証(カード)をブックカバーにはめ込むと、まるで電源が入ったかのように、基盤のような文様がブックカバーの表面(ひょうめん)に一瞬だけ浮かび上がった。


「はい。これで、この本の閲覧が可能になりましたよ」


 アルがそう言って本を開くと、開いたページからモンスターが飛び出してきた。


「うわっ」


 突然のことに驚いて身構えたユリだったが、すぐにそれが立体映像であることに気づいた。


 本から浮かび上がったモンスターにユリが注視していると、その傍に日本語の文章が書かれた仮想ウィンドウが開かれる。その仮想ウィンドウは、本に関連付けされたもののようで、本の真上に展開されていた。


 本から立体映像が出てくるという夢のような体験に、ユリは口を半開きにして魅入っていた。

 そんなユリを見るアルは、悪戯が成功した親のような微笑を浮かべていた。




 ブックカバーを使用した資料の閲覧は、パソコンの操作が苦手なユリにもわかりやすいものだった。横からアルにアドバイスをもらいながら、そのやり方に慣れるのは早かった。


 

「アル、ありがとう。正直、すげぇ助かった」


 『魔物大全~カジバ地方~』の本で、カジバの街周辺の戦闘エリアで出現するモンスターを確認していたユリは、ふと顔を上げて隣で別の本を読んでいたアルに礼を言った。


「ユリさんのお役に立てたのなら何よりです。私もお仲間が増えて嬉しいですから構いませんよ」


「アルは組合の資料室をよく利用するのか? 」


「はい。β時代の頃は、コエキ都市を北に進んだ先にある街の図書館もよく利用してました」


「ネットの攻略サイトみたいなところも利用してるのか? 」


「えぇ、たまにですが。掲示板を利用することがありますね。ですが、基本的に僕はここや図書館で調べますね。攻略サイトを利用するのが嫌いってわけではないんですが、こうやって資料を探して手に取って読む方が楽しいので」


「ふーん、そうなのか」


 ユリと話しながら、アルは本のページをめくった。ユリはそのページをめくる音を聞いて、何ともなしにアルの手元の本に視線を落として、疑問を覚えた。


「アル。その本、ブックカバーがついてないぞ? そのままじゃ読めないだろ」


「え? ああ、問題ありませんよ。この世界の共通語なら多少読めるので」


「あれ? アルってそういうスキルを持ってたのか? 」


「いいえ。ただ、この世界の言語を学んで覚えただけですよ」


「えっ」


「え? 」



 ユリは、アルのとんでも特技(プレイヤースキル)をまた一つ知った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆





――リーンリーン


 資料室で時間を忘れて本に没頭していたユリは、鐘が奏でる音で現実に引き戻された。


「何の音だ? 」


 本から顔を上げて周囲を見回すが、その音は頭の中に直接響いているようだった。ふと視界の端に表示されていた鑑定の経過を表示していた仮想ウィンドウに目をやって、その内容が『鑑定が完了しました』に変化していることに気づいた。


「どうかしたんですかユリさん? 」


「んー、どうやら鑑定が終わったみたいだから行ってくる。また戻ってくるかもしれないけど、今日はありがとなアル。またな」


「はい。またどこかで」


 アルに別れを告げてユリは資料室を後にした。そして、その足でバーボンのいる個室に向った。




 個室に戻ってくるとバーボンがユリを出迎えた。


「お待ちしておりましたYURI(ユリ)様。鑑定が完了しましたので、鑑定の結果をご報告させていただきます。どうぞ席にお座りください」

 

 促されるままに席につくと、バーボンから数枚の用紙を渡された。それに意識を向けると、仮想ウィンドウが勝手に開かれた。ユリが鑑定を頼んだ326種類のアイテムのアイコンが一列6マスの枠に何列も羅列されて表示されていた。


 そのアイコンの1つをタップすると、新たな仮想ウィンドウが開いてアイテムの名称と説明が表示される。その末尾には、売却価格も記載されていた。


 その時、ユリがタップしたアイテムは、『ガーネットの原石(小)』。その価格は、500G だった。


 ユリは、ふんふんと頷きながら他のアイテムの詳細も確認した。ひとしきり確認した後、バーボンから鑑定料の支払いを求められた。


「今回の鑑定料は、10万Gとなります」


「えっ、そんなにするんですか? 」


「はい。今回は希少な品も多くありましたのでこのような金額となっております」


 訝しむユリにバーボンはおおまかな内訳を説明する。それによると、一種類につき最低50Gはかかり、高いものになると1200Gもかかっていた。前回のイベントで入手したアイテムは、鑑定料が総じて高く設定されていた。新種であり、武器や防具の素材になることが加味された結果である。


 適正な価格だと言われてしまえば、ユリとしては払うしかない。


 これまで使う機会が少ないこともあってお金には無頓着な傾向にあったユリだったが、手持ちの7割という手痛い出費には流石に苦い表情をする。


「それで買い取りの件ですが……どの品を如何ほどお売りになりますか? 」


 金貨にして10枚、支払った後にバーボンがそういうと、ユリの視界に新たな仮想ウィンドウが表示された。


 鑑定するアイテムを選ぶ時と似た画面だったので、同じ仕組みだろうと思い、右の画面から試しに適当なアイテムをタップすると、個数の選択が出た。個数を選択すると、何もなかった左の画面にそのアイテムが表示された。右下には、合計売却金額が表示された。


 それで仕組みを理解したユリは、 換金価値の高い宝石の原石や銅や鉄といった一般的な鉱石を中心にアイテムを選択していく。モンスターのドロップ素材もゴブリンや角兎の角など量が多いものは、一定数まで選択した。ルルルの欲しそうなものや自分が使いそうなアイテムを除いて、量が多いものや換金価値の高いものを選択した結果、合計売却金額は5万Gに達した。


 半分まで元を取れた。と、ユリはほっと息をついた。


 試しに今回は売らなかった換金価値が高くとも魔鉱石やモンスター素材もすべて選択してみたところ、合計金額は、20万Gに達した。


 ルルルに鑑定し終わったアイテムを売り込みに行けば、きっと組合よりも高く買い取ってくれるので元は余裕で回収できるだろうとユリは、考えた。



「思ったよりでっかい出費になったな。今度からはこまめに持ち込むようにしよう」


 個室から出たユリは、頭を掻きながらそう独り言ちた。



「あ、そうだ。鑑定でわかったアイテムを資料室で調べてみよう。何か面白い情報が見つかるかも」


 そんな考えに思い至ったユリは、早々に資料室に戻るのだった。


・資料室

 組合の各支部に必ずと言っていいほど存在する施設。その地方に出没するモンスターや植物などの資料の他に、冒険者に必要な資料が幅広く保管されている。


 ただ、組合が大々的に宣伝をしていないため知名度は低い。攻略サイトで調べればいいと考えるプレイヤーも多いので利用者も少ない。


 しかし、攻略サイトにも乗っていないような情報が数多く眠っている場所であることを忘れてはならない。


 資料室や図書館で収集した情報をまとめるサイトや掲示板も存在する。



『ブックカバー』

本の情報を読み込み、修正を加えて出力する魔道具。

文章の翻訳だけでなく、イラストの立体映像化するなど多機能。音声操作やタッチ操作も行える。

冒険者証のランクで閲覧可能な本を分類しているので、自身のランク以上の設定がされている本では機能しない。


なお、非売品である。



・組合の鑑定

一種類につき1回という扱いで、鑑定を行ってくれる。

鑑定料はそのアイテムの希少性や需要の有無などによって上下する。最低額は50Gから。

大規模イベントや特殊なクエストで入手したアイテムは、総じて鑑定料が高く設定される傾向にある。

モンスターの素材は、そのモンスターの強さと出現率、ドロップ率、需要の有無などで大きく上下する。

特にモンスターから極稀にドロップする武器などの類は高い傾向にある。ボス格のモンスターも高い傾向にある。


売却金額は、まとまった数が手に入る場合や需要があるものの供給が満たされている場合は、低くなる傾向にある。逆に貴重な場合や需要が見込めれるもの場合は高くなる傾向にある。



 やっと情報収集という行動が解禁された気分。




感想で、鑑定の結果に指摘がありますので、補足をいれました。

18/05/10

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